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「うっかりはげ」の行方
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中堂先輩が、コホンと咳払いをした。それが先輩の癖らしい。
「要はね、自分の手元の25枚をどう並べるかなのよ。いい?」
先輩が少し乱れた自陣の札を綺麗に並べ直した。今日は、自陣の札の置き方について解説してくれているところだ。
「例えば、A級の選手とかは1字決まりが早く取れるのは当たり前。逆にいうと早い相手に早く取らせない工夫を考える必要があるわけよ。そうなると、気持ちとして相手から一番遠いところに置きたくなるでしょ?」
そう言って、先輩は1字決まりの取り札「われてもすゑに」を自分の右手側の下段右隅に置いた。
「じゃあ、その辺りに1字決まりの札を集めるってことですね」
「ところがさ、今度は相手は1字決まりが下段右下に固まってるってわかってれば、空札じゃない限り相手のその辺りを全部払っちゃえばいいってことだよね」
「あっ、そうか。それでもお手つきにならないんでしたよね。じゃあ、どうすれば……」
もう頭がこんがらがりそうだ。
「正しい答えなんかないのよ。要は、自分がどれだけ取れるかってことになるんだよね。例えば、相手から1番近いところに置いたって、自分が相手より早く取れるなら、それも正解。結局自分が得意な形を見つけるしかないんだよね」
「それじゃあ、ますますわからなくなるじゃないですかあ」
「まあ、最初はなかなか決められないと思うから、初心者向けのセオリーはあるから知っておいてね。まず『とも札』は分けて置く」
先輩が2枚の札をスッと風花の目の前に置いた。
「とも札ですか?」風花は初めて聞く言葉だ。
置かれていたのは、次の2枚。
よしののさとに ふれるしらゆき
あらはれわたる せせのあしろき
「この2枚は『朝ぼらけ』で始まる6字決まりの札でね、大山札って呼ばれてる札なの」
「大山札ですか」またまた新しい単語が登場した。
「そう、6字目を聞かなきゃ取れない札ね。これがさ、もし隣同士に並んでたらどうする? さっ、まず自分で考えてみよっか」
「どうするって……」風花は考え込んだ。「隣に並んでたらあ——、あっ!」
ふと気がついて風花が2枚の札を、同時に右手で軽く押さえた。
「同じ陣にある札はお手つきはないんだから、2枚とも一緒に払っちゃえばいいんですよね」
先輩はにこりと笑い、「そういうこと」と言った。
「同じ決まり字で始まる札は、相手からも一気に払える札になるわけだから、並べたり近くに置いてたら、そこはガンガンに狙われるわけ。だから、同じ読みで始まる札は、まずは離して置くのがセオリーね」
なるほど。
「そういう札を、とも札っていうの。それから、最初に話したけど1字決まりとか、決まり字の短い札は、やっぱり自分の利き手に近い方に置くのが一応セオリだね。なんだかんだ早く取りやすいし。でもさ、これも相手から狙われやすい札になるからね。逆にいうとさ、相手の右下段ある札を風花ちゃんが飛び込んで抜いたら、これほど気持ちいいことはないし、相手も動揺するから試合を優位に運びやすくなるよ」
そういって先輩が風花の右下段に一気に手を伸ばした。
「だから、違うって。もう同じことを何度も言わさない! ほら、もう一度」
隣ではミオの声が響いている。孝太も必死だ。
「あとは自分だけの定位置を早く決めることなんだよね」先輩がいう。
「定位置、ですか」
「本当にさ、札って自分が覚えやすくて相手より早く取れるなら、どこに置いてもいいんだよ。ただ、いつも同じ札が同じ場所にあると、慣れれば見なくても払っちゃえばいいでしょ。上級者はみんなそんな定位置を作ってるんだよ」
「うー、なんか漠然としててわかったような、わからないような」
「じゃあね、例えばなんだけど『うっかりはげ』は頭のことだから、一番上に置くとかさ」
「えー、そんな単純でいいんですか」
「もちろんよ。要は自分が覚えやすくて、相手より早く取れる場所ならいいの。だから、そんなもんでいいんだよね。でもね、決まり字を覚えることと同じくらい、定位置を決めるのは大事だからね」
「はい、がんばります」
「定位置を決めたら、送り札のセオリーも基本は同じよ。まず、とも札は分けるから、1枚は相手に送り札で送ってしまう。それから、決まり字の短い札から送り札にする、とかね」
「えっ、1字決まりを送ったら、相手に取られやすくなっちゃいませんか」
「もちろんよ。だけど、それを怖がってたら競技かるたは勝てないよ。自分のかるたのスタイルが『攻めがるた』か『守りがるた』かにもよるけど、相手の懐に飛び込む勇気がなかったら、かるたは勝てないんだよ」
「攻め……がるた?」
「攻めがるたっていうのは、相手の陣地にガンガン攻めていくスタイル。守りがるたは自分の陣の25枚を全て守りきれば、絶対に負けないってスタイルかな。自陣の札を全部自分が取って、そのうち相手が一回でもお手つきすれば勝っちゃうってことでしょ? でも、なかなかそれは難しいよね。攻めも守りもやるオールラウンダーもいるけど、前提としてまずは相手に飛び込む勇気がなきゃやっぱり勝てないよ。風花ちゃんは手も長いし体格もいいし、風花ちゃんみたいなタイプにガンガンに攻めてこられたら、相手は結構ビビると思うよ」
先輩がうんうんとひとりで頷いている。
私、けっこう臆病なんですけど——
「要はね、自分の手元の25枚をどう並べるかなのよ。いい?」
先輩が少し乱れた自陣の札を綺麗に並べ直した。今日は、自陣の札の置き方について解説してくれているところだ。
「例えば、A級の選手とかは1字決まりが早く取れるのは当たり前。逆にいうと早い相手に早く取らせない工夫を考える必要があるわけよ。そうなると、気持ちとして相手から一番遠いところに置きたくなるでしょ?」
そう言って、先輩は1字決まりの取り札「われてもすゑに」を自分の右手側の下段右隅に置いた。
「じゃあ、その辺りに1字決まりの札を集めるってことですね」
「ところがさ、今度は相手は1字決まりが下段右下に固まってるってわかってれば、空札じゃない限り相手のその辺りを全部払っちゃえばいいってことだよね」
「あっ、そうか。それでもお手つきにならないんでしたよね。じゃあ、どうすれば……」
もう頭がこんがらがりそうだ。
「正しい答えなんかないのよ。要は、自分がどれだけ取れるかってことになるんだよね。例えば、相手から1番近いところに置いたって、自分が相手より早く取れるなら、それも正解。結局自分が得意な形を見つけるしかないんだよね」
「それじゃあ、ますますわからなくなるじゃないですかあ」
「まあ、最初はなかなか決められないと思うから、初心者向けのセオリーはあるから知っておいてね。まず『とも札』は分けて置く」
先輩が2枚の札をスッと風花の目の前に置いた。
「とも札ですか?」風花は初めて聞く言葉だ。
置かれていたのは、次の2枚。
よしののさとに ふれるしらゆき
あらはれわたる せせのあしろき
「この2枚は『朝ぼらけ』で始まる6字決まりの札でね、大山札って呼ばれてる札なの」
「大山札ですか」またまた新しい単語が登場した。
「そう、6字目を聞かなきゃ取れない札ね。これがさ、もし隣同士に並んでたらどうする? さっ、まず自分で考えてみよっか」
「どうするって……」風花は考え込んだ。「隣に並んでたらあ——、あっ!」
ふと気がついて風花が2枚の札を、同時に右手で軽く押さえた。
「同じ陣にある札はお手つきはないんだから、2枚とも一緒に払っちゃえばいいんですよね」
先輩はにこりと笑い、「そういうこと」と言った。
「同じ決まり字で始まる札は、相手からも一気に払える札になるわけだから、並べたり近くに置いてたら、そこはガンガンに狙われるわけ。だから、同じ読みで始まる札は、まずは離して置くのがセオリーね」
なるほど。
「そういう札を、とも札っていうの。それから、最初に話したけど1字決まりとか、決まり字の短い札は、やっぱり自分の利き手に近い方に置くのが一応セオリだね。なんだかんだ早く取りやすいし。でもさ、これも相手から狙われやすい札になるからね。逆にいうとさ、相手の右下段ある札を風花ちゃんが飛び込んで抜いたら、これほど気持ちいいことはないし、相手も動揺するから試合を優位に運びやすくなるよ」
そういって先輩が風花の右下段に一気に手を伸ばした。
「だから、違うって。もう同じことを何度も言わさない! ほら、もう一度」
隣ではミオの声が響いている。孝太も必死だ。
「あとは自分だけの定位置を早く決めることなんだよね」先輩がいう。
「定位置、ですか」
「本当にさ、札って自分が覚えやすくて相手より早く取れるなら、どこに置いてもいいんだよ。ただ、いつも同じ札が同じ場所にあると、慣れれば見なくても払っちゃえばいいでしょ。上級者はみんなそんな定位置を作ってるんだよ」
「うー、なんか漠然としててわかったような、わからないような」
「じゃあね、例えばなんだけど『うっかりはげ』は頭のことだから、一番上に置くとかさ」
「えー、そんな単純でいいんですか」
「もちろんよ。要は自分が覚えやすくて、相手より早く取れる場所ならいいの。だから、そんなもんでいいんだよね。でもね、決まり字を覚えることと同じくらい、定位置を決めるのは大事だからね」
「はい、がんばります」
「定位置を決めたら、送り札のセオリーも基本は同じよ。まず、とも札は分けるから、1枚は相手に送り札で送ってしまう。それから、決まり字の短い札から送り札にする、とかね」
「えっ、1字決まりを送ったら、相手に取られやすくなっちゃいませんか」
「もちろんよ。だけど、それを怖がってたら競技かるたは勝てないよ。自分のかるたのスタイルが『攻めがるた』か『守りがるた』かにもよるけど、相手の懐に飛び込む勇気がなかったら、かるたは勝てないんだよ」
「攻め……がるた?」
「攻めがるたっていうのは、相手の陣地にガンガン攻めていくスタイル。守りがるたは自分の陣の25枚を全て守りきれば、絶対に負けないってスタイルかな。自陣の札を全部自分が取って、そのうち相手が一回でもお手つきすれば勝っちゃうってことでしょ? でも、なかなかそれは難しいよね。攻めも守りもやるオールラウンダーもいるけど、前提としてまずは相手に飛び込む勇気がなきゃやっぱり勝てないよ。風花ちゃんは手も長いし体格もいいし、風花ちゃんみたいなタイプにガンガンに攻めてこられたら、相手は結構ビビると思うよ」
先輩がうんうんとひとりで頷いている。
私、けっこう臆病なんですけど——
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