【新編】オン・ユア・マーク

笑里

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初陣

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 尾道昇華高校は、尾道市街地の西側にある。地図を使ってJR尾道駅を中心に折り畳むと、反対には風花たちの海潮高校があるような位置だ。
 その昇華高校は、中堂秋穂の1学年上で次世代のかるた女王《クイーン》候補と言われる床田千佳という全国レベルのA級の選手がいて、彼女が率いる昇華高校は昨年の広島大会ベスト4の実績を残したのだが、今年はA級選手3人を擁して初出場する海潮高校がダークホースになるのではという噂を聞きつけ、偵察を兼ねて練習試合を受けてくれたらしい。

 来月の大会は団体戦で行われるが、今回の練習試合はすべて個人戦で行うと決めてあった。
 初めての対外試合でガチガチに緊張している風花とは対照的に、孝太はやる気満々だった。この自信はいったいどこからくるのかわからないが、そんな孝太が風花にはうらやましくもあった。

 市バスを昇華高校前のバス停で降りると、目の前がその昇華高校だった。校門を入ると右手には広いグラウンドがあり、サッカー部と野球部が練習をしているのが見えた。そこを横目で見ながら奥の体育館のような大きな建物の脇を過ぎると、目的のかるた部の部室があるらしい。
 その大きな建物の脇を通り過ぎるとき、風花がそのガラス窓から中を覗くと、なんと驚いたことにそこは室内プールの施設で、しかも立派な50メートルプールだった。こんな地方の高校にこんな設備とはとても珍しい。
 風花は思わず足を止めたが、すぐに思い直して仲間たちを追いかけるように、その場所を足速に通り過ぎた。

 練習試合は午前に2試合、お昼休憩を挟んでもう1試合と合計3試合を行ったが、風花にとって散々な結果だった。
 最初の相手はB級に上がったばかりの2年生で、来月ある高校選手権広島大会では補欠の選手ということだったが、予想通りではあるがまったく歯が立たなかった。
 風花の実力差を見極めたのだろう、次からの2試合は経験者ではあるが同じ1年生だった。だが、やはり経験者と初心者の風花ではその実力には大きな差があるようだ。結局3試合とも大差で負けたのだった。
 一方で奮闘を見せたのは孝太だった。最初の1試合目はC級の1年生だったが、「うりゃあ」と体ごと飛び込むような勢いのよい取りで相手の出足を何度も止めて見せ、最終的には3試合とも実力差もあって負けはしたが、昇華高校の絶対的エースである床田千佳キャプテンをして「彼、大きく伸びそう」と言わしめる活躍だった。
 最後の4試合目はA級選手同士の試合を、全員で見学することになった。ミオの相手がエース床田千佳で、中堂と上本の両先輩の相手は3年生だった。

「床田さん、どうだった?」
 帰りのバスの中、中堂先輩がミオに聞いた。
「やっぱり強いです。でも——」ミオが少し微笑んで答えた。「近いうちにクイーン戦で必ず勝ちます」
「言うねえ。でも、それはうちの方が先だよ」ニヤリと中堂先輩が笑った。
 確か床田千佳は全日本クラスの選手だと風花は聞いているが、その人を相手に「必ず勝つ」というミオと、「無理よ」とは言わない中堂先輩がいる。
 風花はミオに乗せられて勢いで始めた競技かるたということもあるが、正直にいうとミオや先輩たちがこんなにもレベルが高い選手たちだとは知らなかった。
きっと彼女たちが競技かるたのために積み上げてきた時間やかけてきた情熱は、始めたばかりの自分にはとても手が届かない場所にあるのだろうと思う。
 去年までの自分と同じだ——

「風花はさあ」先輩たちと話していたミオが風花に話しかけてきた。「3試合目の最後の『せをはやみ』、あれは手が出なかったの?」
 ミオにしっかり見られていた。そうだ、私は最後の1枚を取りに行けなかった。敵陣にはあの1枚しか札はなかったのに。
「うん。なんか、『せ』の音が聞こえなくて」
 嘘だった。本当ははっきりと「せ」の音を風花の耳は捕らえていた。この間、ミオに自分でブレーキをかけていると言われたのが少し悔しくて、そうではないことを証明したくてヤマを張っていた。せめて、あの1枚だけは取りに行こうと決めていたのに。
 また泡が邪魔をした。部室で倒れたときと同じだった。その瞬間から、体が固まってしまって動けなかった。

「あんなときはね、一発ヤマを張って狙わなきゃ」
 ミオの言葉に、「わかった。今度は絶対狙うから」と返事をした。

 きっとあそこでプールを見たせいだ。あそこにプールがなかったら、あの1枚はきっと——
 私の札だったはずだ。

 バスよりずっと早く昇華高校を走って出発した孝太の背中が見えた。
 私の札だったはず——なんて、それはただの強がりだってわかってる。私には彼みたいな強さはない
 「臆病」な私を乗せたバスが軽々と孝太を追い越していく。
 でも、きっと今の私はいつまでも孝太君を追い越せない。

 わかってる——
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