【新編】オン・ユア・マーク

笑里

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みんなで息を合わせて

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「はい」
 バン!
「はい」
 バン! ——あっ、空振り
「ほら、もっと札に集中! はい」
 バン!

 対面に座ったミオが、リズムよくランダムに札を畳に置いた瞬間に、その札を風花が間髪を入れずに払っていく。野球でいう「トスバッティング」と似ていて、競技かるたの選手たちが練習でよく行う、札を払う感覚を体に叩き込むための訓練の一つだ。
 札が読まれてから頭で考えているようでは競技かるたは勝てない。耳から読手の声が入ってきたときには、その札のある場所へ瞬間的に手が伸びるようでなければならない。そして同時に、そのための筋力を鍛えるための訓練でもある。

「わあああ、もう限界!」
 風花が畳の上に大の字にひっくり返った。
 相手の右下段に思いっきり飛び込めない風花のために、これから毎日、1日1回は百枚を払う特訓を取り入れようとミオが提案して始めた練習の初日だった。
 考えるな、感じろ——
 何かの格闘技で有名な言葉。つまり、そういうことらしい。
 肩で息をしながら、大きく深呼吸をする。私、明日は筋肉痛で起きられないかも。部室の天井のシミを見つめながら、風花はそんなことを思っていた。

「うりゃあ!」
 風花に続いて、最後の1枚をひときわ大声で気合を入れながら、孝太が札を払い、彼もまたそのままバタンと畳に倒れ込んで「わあ!」と大声を上げた。
 孝太は、部室に入って来たときに風花がやり始めたのを見て、自分もやりたいと言い出し、上本先輩が相手をしてくれていたのだ。
 風花にだいぶ遅れて始めたが、もともと筋力が強く持久力のある孝太のペースはなかなかすごかった。
 追いつかれたくない——
 孝太にこんな勢いで隣でやられたら、先に始めた風花とて手を抜くわけにはいかなかった。とにかく追いつかれないよう、全力で逃げ切った。

 2人が倒れ込んでいるところへ、「ちょっと用事があるから遅れるね」と言っていた中堂先輩がやってきた。両手に大きな紙袋を抱えていた。
「お待たせ。できたよ」
 そう言って袋をみんなの前に置いた。紙袋には「佐々岡スポーツ」というロゴが入っている。尾道商店街にあるスポート用品店の名前だった。
「なになに?」
 上本先輩が真っ先に紙袋に飛びついて、折っている袋の口を広げで中を覗き込んで、パッと顔が綻んだ。そして、袋に手を入れて中身を取り出し、みんなに見せた。
 袋に入っていたのはビニール袋で綺麗に包装された、少し薄い青色のティシャツで。
「あ、ユニフォームだ!」とすぐにミオが袋をに飛びつき、逆さまにするようにザザザっと中身を畳の上に広げた。
「サイズが大河内君と風花ちゃんだけは違うから、間違えないでね」
 中堂先輩に言われ、ミオが首元のタグを確認しながらそれぞれみんなにTシャツを振り分けた。洗濯替え用に、ひとり2枚ずつ作ってある。
 孝太を畳部屋から追い出して襖を閉め、みんなで試着する。思っていたよりもずっと肌触りもよく、生地も伸びやすくストレスがない。注文するときには、Tシャツとしてはちょっと高いかなという意見もあったが、そこはさすがにスポーツ用品店が取り扱うちゃんとしたメーカー品だけのことはある。
 背中の文字もとてもかっこいい。勢いのある毛筆の書体で放浪記の一節が背中で語りかけている。

  海が見えた。
  海が見える。
   尾道海潮高校かるた部

 試合中もこの文字がきっと背中を押してくれるに違いない。

「ちょっと円陣を組んでみようか」
 中堂先輩が言い、初めて円陣を組んでみた。
「これでやっと私たちが参戦する団体戦の形ができた気がする。いよいよ来月は試合だよ。梨花ちゃんとミオちゃんは、自分の全力を出すことに集中するよ。風花ちゃんと大河内君は、結果なんか気にしなくていいから、まずはかるたを楽しもう」
 中堂先輩がみんなに語りかけるようにいう。
「はい」
「海高って私が声かけるから、みんなで『ファイッ』でいいかな?」
 みんなが大きく頷く。海潮高校は、略称は「ウミコー」だ。
「声を揃えてね。じゃ、いくよ」中堂先輩が大きく息を吸い込む。
「ウミコー」
「ファイッ!」「ファ——あ」
 団体競技を知らない孝太と風花の声が他の3人とずれてしまい、みんながお腹を抱えて大笑いしながら畳の上にひっくり返った。

「ほらほら、もう一回。ちゃんと合わせるまでやるよ」
 落ち着いたときを見計らって中堂先輩がそう声をかけ、もう一度円陣を組んで顔を見合わせてタイミングを軽く合わせる。
「じゃ、本番」と中堂先輩。みんなが頷いた。
「ウミコー」
「ファイッ!」
 今度はピッタリと息があった。
「イエーイ」
 たったそれだけのことがうれしくて、みんなでハイタッチを交わした。
 海潮高校かるた部が本格的にスタートした日だった。
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