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小さな嘘
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「あはは。ごめん、ごめん」
ミオがカラカラと屈託なく笑っている。
「ごめんじゃないよ。どこ行ってたのよ」
花火大会の夜、3人でいたはずなのに風花には何も言わずにミオがいつの間にか消えていた。
「探さなくていいかなあ」
花火が終わりかけた頃、帰ってこないミオを探さなくていいかと孝太に聞いたが、彼は「大丈夫、大丈夫」と気にする様子もなかった。
花火大会が終わった夜の9時、海岸沿いの人混みを抜け出し風花の家へ向かう。上り坂は近所の人たちだろうか、何組かの家族が前を歩いている。
一人で帰れるからと風花は孝太に一応断りは入れたが、それでも彼が送っていくと言う。街灯の少ない坂道を慣れない下駄で歩くことでもあり、本音をいうと実はとてもありがたかった。
途中でバランスを崩しかけ、孝太が差し出す左手を風花はもうためらわずに握り返した。
先日買った巾着袋に入れておいたスマホが鳴ったのは、その時だった。
それはまるで、風花と孝太が手をつないだのを見計らったようなミオからの電話だった。
「いやあ、実はあそこで菊池と会ってさあ。気がついたら右側に立ってたの」
「菊池君? クラスの?」
「そう。ヤツとはちょっと込み入った話したいことがあってね。言って行こうかって思ったけど、花火はバンバン鳴ってうるさいし、風花は熱心に花火見てたし、孝太もいたからいいかなって。黙って消えてごめんね」
「ほんとだよ。急にいなくなってたから、びっくりしちゃった」
「でも、二人で浴衣デートできたから、うれしいでしょ」
デートという言葉にドキッとした。しかも——あれからずっと手をつないで花火を見ていた。
「デートだなんて。孝太君と私はそんなんじゃないから」
風花はミオにはっきりと「嘘」をついた。チラリと孝太の顔を覗くとクスッと彼は笑った。
「で、今どこ?」とミオ。
「もう帰るとこ。坂の途中」
「孝太は?」
「隣にいるよ。家まで送ってくれるって言うから、まあ、ありがたく」
風花はそう言って孝太と視線を絡めた。彼はニコッと笑い、鼻の頭を人差し指で掻いた。
「ならいいや。ねえ、明後日《あさって》はひま?」
ならいいや、か。どこまで本音かわからないけど。
「うん。全然ひまだけど」
「因島《いんのしま》のプールに行こうよ。海水浴場も一緒にある大きな施設でさあ。うちもかるたばっかで夏らしいことしてなかったから、今年の思い出づくりしない?」
プールって……
「私、泳げないし。プールはちょっと——」
「いいんだよ、泳げなくたって。プールなんてさ、可愛い水着きてプールサイドで男の注目を浴びてりゃいいんだからさ。子供用の水浴びするとこだってあるんだよ? いいじゃん、水遊びに行こうよお。ね、うちの夏の思い出。お願い、一緒に行って!」
必死にミオが電話の向こうで懇願する。
「えーっ……」
正直、気乗りしないんだけど。プールなんて憂鬱だ。
「なんだって?」
風花の表情を見たのだろう、孝太が小声で聞いてきた。風花は手短に孝太に説明しする。
「孝太、聞いてる?」電話の向こうでミオが大声で怒鳴った。
風花が携帯をスピーカーに切り替えた。
「孝太、孝太はもちろん行くよね?」
「まあ、お前らが行くって言うなら、ボディーガードぐらいしてやる」
無茶ばかり言うな、とか言ってくれると思ってた風花は少し肩透かしを喰らった感じだ。
「ほらね、風花。孝太もああ言ってるし。ねえ、いいじゃん」
散々あれこれと言い訳したが、結局、子供のようなミオのおねだり攻撃に根負けしてしまった。
「じゃあ、そうと決まれば、まずは明日は水着買いに行こうよ」
ころっとミオの機嫌がよくなった。
「買うの? 学校の水着とかじゃだめ?」
「風花さあ、スクール水着きてプール行く気? 行くのは学校のプールじゃないんだよ。それをあんな味も素っ気もないロリコン男だけが喜ぶ水着なんて。うちらも高校生になったんだから、ちょっとはおしゃれなセパレートの水着の一つや二つ——」
「わかった、わかった。わかったからあ」
どう言っても、ミオはもう止められそうにない。そう理解した。
電話の後、また風花と孝太は手をつないで坂道をテクテクと歩いた。孝太のことでミオに嘘をついてしまったことにチクリと胸が痛んだが、それは口にしなかった。
「じゃあ、ここでいい。ありがとう」
家の明かりが少しだけ見える場所で、孝太にそう言った。街灯も何もない場所だ。手をつないでいるのを、誰かに見られたら恥ずかしい。そんな気持ちがこの場所で足を止めさせた。
「うん。じゃあ」
孝太がそう言う。だが、彼はつないだ手を離さなかった。
「明日の朝もさ、走るよね?」
風花も顔を上げられなかった。この手をまだ離したくない。
わざわざ聞かなくてもいい、毎朝のルーティーンだ。もちろん明日の朝も孝太は坂の下で待っているはずだ。
ただ、少しでも手をつないでいる時間を伸ばしたくて——
「そこ、誰かいるの? 風花?」
祖母の声が灯りの方からして、弾かれたように二人は手を離した。
「うん、私。孝太君に送ってきてもらって、お礼言ってたとこ」
カタカタと下駄の音を鳴らしながら、風花は祖母の声がした明るい場所へ少し移動して顔を見せた。
「あらあら、孝太君。いつも風花を送ってもらってごめんね。お腹空いてない? スイカでも食べていかない?」
そういう風花の祖母に、いえ、今日は帰ります。ペコリと頭を下げた孝太に、風花はさっきまで繋いでいた右手を小さく振って見送ったのだった。
ミオがカラカラと屈託なく笑っている。
「ごめんじゃないよ。どこ行ってたのよ」
花火大会の夜、3人でいたはずなのに風花には何も言わずにミオがいつの間にか消えていた。
「探さなくていいかなあ」
花火が終わりかけた頃、帰ってこないミオを探さなくていいかと孝太に聞いたが、彼は「大丈夫、大丈夫」と気にする様子もなかった。
花火大会が終わった夜の9時、海岸沿いの人混みを抜け出し風花の家へ向かう。上り坂は近所の人たちだろうか、何組かの家族が前を歩いている。
一人で帰れるからと風花は孝太に一応断りは入れたが、それでも彼が送っていくと言う。街灯の少ない坂道を慣れない下駄で歩くことでもあり、本音をいうと実はとてもありがたかった。
途中でバランスを崩しかけ、孝太が差し出す左手を風花はもうためらわずに握り返した。
先日買った巾着袋に入れておいたスマホが鳴ったのは、その時だった。
それはまるで、風花と孝太が手をつないだのを見計らったようなミオからの電話だった。
「いやあ、実はあそこで菊池と会ってさあ。気がついたら右側に立ってたの」
「菊池君? クラスの?」
「そう。ヤツとはちょっと込み入った話したいことがあってね。言って行こうかって思ったけど、花火はバンバン鳴ってうるさいし、風花は熱心に花火見てたし、孝太もいたからいいかなって。黙って消えてごめんね」
「ほんとだよ。急にいなくなってたから、びっくりしちゃった」
「でも、二人で浴衣デートできたから、うれしいでしょ」
デートという言葉にドキッとした。しかも——あれからずっと手をつないで花火を見ていた。
「デートだなんて。孝太君と私はそんなんじゃないから」
風花はミオにはっきりと「嘘」をついた。チラリと孝太の顔を覗くとクスッと彼は笑った。
「で、今どこ?」とミオ。
「もう帰るとこ。坂の途中」
「孝太は?」
「隣にいるよ。家まで送ってくれるって言うから、まあ、ありがたく」
風花はそう言って孝太と視線を絡めた。彼はニコッと笑い、鼻の頭を人差し指で掻いた。
「ならいいや。ねえ、明後日《あさって》はひま?」
ならいいや、か。どこまで本音かわからないけど。
「うん。全然ひまだけど」
「因島《いんのしま》のプールに行こうよ。海水浴場も一緒にある大きな施設でさあ。うちもかるたばっかで夏らしいことしてなかったから、今年の思い出づくりしない?」
プールって……
「私、泳げないし。プールはちょっと——」
「いいんだよ、泳げなくたって。プールなんてさ、可愛い水着きてプールサイドで男の注目を浴びてりゃいいんだからさ。子供用の水浴びするとこだってあるんだよ? いいじゃん、水遊びに行こうよお。ね、うちの夏の思い出。お願い、一緒に行って!」
必死にミオが電話の向こうで懇願する。
「えーっ……」
正直、気乗りしないんだけど。プールなんて憂鬱だ。
「なんだって?」
風花の表情を見たのだろう、孝太が小声で聞いてきた。風花は手短に孝太に説明しする。
「孝太、聞いてる?」電話の向こうでミオが大声で怒鳴った。
風花が携帯をスピーカーに切り替えた。
「孝太、孝太はもちろん行くよね?」
「まあ、お前らが行くって言うなら、ボディーガードぐらいしてやる」
無茶ばかり言うな、とか言ってくれると思ってた風花は少し肩透かしを喰らった感じだ。
「ほらね、風花。孝太もああ言ってるし。ねえ、いいじゃん」
散々あれこれと言い訳したが、結局、子供のようなミオのおねだり攻撃に根負けしてしまった。
「じゃあ、そうと決まれば、まずは明日は水着買いに行こうよ」
ころっとミオの機嫌がよくなった。
「買うの? 学校の水着とかじゃだめ?」
「風花さあ、スクール水着きてプール行く気? 行くのは学校のプールじゃないんだよ。それをあんな味も素っ気もないロリコン男だけが喜ぶ水着なんて。うちらも高校生になったんだから、ちょっとはおしゃれなセパレートの水着の一つや二つ——」
「わかった、わかった。わかったからあ」
どう言っても、ミオはもう止められそうにない。そう理解した。
電話の後、また風花と孝太は手をつないで坂道をテクテクと歩いた。孝太のことでミオに嘘をついてしまったことにチクリと胸が痛んだが、それは口にしなかった。
「じゃあ、ここでいい。ありがとう」
家の明かりが少しだけ見える場所で、孝太にそう言った。街灯も何もない場所だ。手をつないでいるのを、誰かに見られたら恥ずかしい。そんな気持ちがこの場所で足を止めさせた。
「うん。じゃあ」
孝太がそう言う。だが、彼はつないだ手を離さなかった。
「明日の朝もさ、走るよね?」
風花も顔を上げられなかった。この手をまだ離したくない。
わざわざ聞かなくてもいい、毎朝のルーティーンだ。もちろん明日の朝も孝太は坂の下で待っているはずだ。
ただ、少しでも手をつないでいる時間を伸ばしたくて——
「そこ、誰かいるの? 風花?」
祖母の声が灯りの方からして、弾かれたように二人は手を離した。
「うん、私。孝太君に送ってきてもらって、お礼言ってたとこ」
カタカタと下駄の音を鳴らしながら、風花は祖母の声がした明るい場所へ少し移動して顔を見せた。
「あらあら、孝太君。いつも風花を送ってもらってごめんね。お腹空いてない? スイカでも食べていかない?」
そういう風花の祖母に、いえ、今日は帰ります。ペコリと頭を下げた孝太に、風花はさっきまで繋いでいた右手を小さく振って見送ったのだった。
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