【新編】オン・ユア・マーク

笑里

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告白

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「そんなこと、直接私に言えばいいじゃん! なんでふたりで嘘までついて!」
 行き場を失った風化の感情が爆発した。
「なんでよ! ねえ、孝太君もミオも友だちじゃないの! 普通に話せばわかることじゃないの! なんでわざわざそんなこと」
 孝太は何も言わず、じっと水面を見ている。
「返事もできないんだね。それともふたりして私をからかってたの?」
 だいたい、ミオもミオだ。友達のふりしてさ。

「帰る!」
 新しい水着まで買って、3人で遊ぼうってワクワクしてた自分が馬鹿みたい。
 怒り狂って踵を返した風花の背中に、やっと孝太の大声がした。
「待って。お願いだから待って」
 風花は足を止めた。
「僕がミオに頼んだんだ」
 顔なんか見たくない。振り向いてやるもんか。
「ミオにまず君の友達になってくれって、そう頼んだ。入学式の日に——」
 はっ? 今、なんて言った? 思わず振り向いた。
 この人は何を言ってるの?
「あの日、同じクラスに君が——大道風花がいるって最初に気がついたのはミオだった」
 なんの話?
「それは……どういう意味」
 風花はやっと声を絞り出した。
「最初の席決めのくじを引いたとき、先にくじを引いて席についた君はずっと外を見てた。ミオは、とりあえず隣の席を確保するからって、自分が君の友達になるからって、そう言って隣の席の近くに立ってそこに座ろうとした子に頼んで、君に気づかれないように席を代わってもらったんだ。そして僕もその後ろに座ったんだ」
「だから、なんの話をしてるのって聞いてるの!」話がみえない。今日のこととなんの関係があるのよ。「ミオと孝太君は前から私のことを知ってたって、つまりそういうこと?」
 孝太は黙って頷いた。
「出会った最初から私を騙そうってしてたって、つまりそういうこと?」
 ふつふつとまた怒りが湧いてきた。
「違う。全然違う。騙そうなんて——してない」
「じゃあなんで嘘ついてんのよ」
 孝太が大きく呼吸をする。そして話し始めた。

「去年の全中の大会は、僕は散々な結果で……。決勝にも進めなくて悔しくて、悔しくて競技場にいたくなくて、近くの建物に隠れたんだ。そこは水泳競技の会場でさ」
「去年の——全中の」
「うん。観客席の一番端っこに座って、タオルを頭から被って落ち込んでてな。正直、そこがなんの競技だったのかさえ見てなかった」

 観客の騒めきが高まっていく。
 孝太は頭のタオルを外してみんなの視線の先を追った。
 先頭を、クロールでひとりだけぶっちぎりで泳ぐ姿が目に入った。
 がゴールをした瞬間、場内のボルテージは最高潮となり——
 彼女は水の中で右腕を高々と突き出した。
 泳ぎ終わった他の選手たちが次々に近寄り、声をかけに行くのが見える。

「ただいまの記録は、日本新記録です」
 場内放送がそれを告げると、再びどよめきが起こる。
 プールから上がった彼女が、両手を振って歓声に応えた。

 眩しかった。自分と同じ歳の彼女の迷いない目が、笑顔が、自信に満ち溢れていた。人に「オーラ」があることを、孝太は初めて知った。
 そして彼女の名前を、深く胸に刻んだ。

「その名前は——大道風花。僕は、もう一度彼女に会いたいと思った。競技は違うけど、来年の高校総体に出られれば、また彼女に会えるかも知れない」
 孝太の目が真っ直ぐに風花を見ている。
「彼女を特集した次の月の水泳マガジンを買って、毎日、毎日、トレーニングの前に読んだ」孝太は少しはにかんだ。「来年、必ず彼女に会いにいくって。それが僕の陸上を続けるモチベーションだったんだ」
 風花は言葉を失った。最初から、いや最初になる前から何もかも知らなかったんだ。
「僕が熱を出したとき、実は僕の机の上にはその本が置いてあった。目を覚したら目の前には君がいて、僕は君がその本に気がついたんじゃないかって、それが気が気じゃなくて……」
 孝太が恥ずかしそうに、頭をポリポリと掻いた。

 記録を出した後、風花は長い長いインタビューを受けた。
〈次世代のオリンピック候補〉
 そういう見出しで特集された号だ。その本を孝太が持っている——
 風花は今度は恥ずかしさで顔を上げられなくなる。

「ミオからは、散々ばかにされた。そんなすごい子に、俺なんかが簡単に会えるわけないって、鼻で笑われたよ。でも、その君がクラスにいるのを気がついたのはミオだった」
「入学式の日に?」
「そう。ミオが君と友達になったら僕も友達になれるよねって。僕がミオにそうして欲しいって頼んだ。だから、ミオを怒らないで欲しい。全部僕が悪いんだ」
 どう返事をすればいいんだろう。
「陸上で総体にいくはずの孝太君が、なんで水泳部を作ったの」
「だって、水泳部のないうちの高校にきたってことは、君に何かあったってことだろ? その君を水泳に繋ぎ止めるのは僕の役割だって、神様か仏様か知らないけど、そう言われた気がしたんだ」そこで孝太は一息ついた。「もう一度、君が泳ぐところを見たいんだ。だから、今日ここへ誘い出してもらった。やっぱり迷惑だったかな」
 何かが込み上げて、そして風花は自然と涙が溢れて——
 やがてやっと声を絞り出した。
「怖いの……。怖くて、——泳げないの」
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