【新編】オン・ユア・マーク

笑里

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嘘と真実

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 バスは「しまなみ海道」の橋のひとつである因島大橋《いんのしまおおはし》を渡る。車窓からは、ひたすら真っ青の空と眼下に風光明媚な瀬戸内の島々が見えるのだが、初めてしまなみ海道を通る風花は巨大な人工建造物である吊り橋に目を奪われてしまった。この先には四国までいくつもの様々な巨大な橋があると孝太が教えてくれた。
 そして尾道駅を出発して50分ほどで2人を乗せたバスは、「因島アメニティプール」へ到着した。先に風花がバスを降り、「荷物持ち」の孝太が後に続いた。

 入り口で高校生料金である入場料400円を支払う。この施設は何度出入りしてもいいシステムで、それを思えば安いものだ。しかも施設へ来て初めて知ったのだが、ここはプールだけでなく海水浴場が併設されているのだ。

 施設の中に入ってから、風花は立ち止まってチラッと左手に握りしめたスマホの画面を見る。気になってバスに乗っているときも何度もチェックをしていたのだが、やはりまだミオからは何も連絡は入っていない。

「女子のロッカーはあっちだって」
 孝太が指を差した。
「う、うん——」
 プールに誘ったミオがまだ来てないのに、先に着替えるのが少し気が引けていた。待ってた方がいいのか迷う。
「どうしたの?」
 屈託なく孝太が笑っていうので、そんな気持ちを口にするのが憚られる。
「いや、なんでもないの。じゃあ、着替えてくる」
 風花は無理に笑顔を作った。
「じゃ、後で。あそこの売店前で待ち合わせしよう」
「わかった。じゃあね」
 ——着替えてる間に来るかもしれないし
 気を取り直して、風花は水着に着替えるため女子用ロッカーに向かった。

 真新しい水着を着て鏡に映してみる。なぜか少し恥ずかしい。なぜだろう、小さい頃からほぼ毎日着ていた競泳用の水着は「恥ずかしい」などと思ったことなどなかったのに。
 しかも、昨日買うときには、孝太がこの水着を気にいるか、なんてことまで気にしていたのに。

 またスマホを確認する。着信もメッセージもない。
 鏡の前でラッシュガードを羽織り、タオルとスマホを手に、更衣室から外に出て孝太との待ち合わせ場所へ向かった。

 風花の姿を認めたらしく、先に来ていた孝太が大きく手を振った。
「どっちに行く? 海? プール?」
 孝太はもう泳ぎたくてうずうずしてるのが手に取るようにわかる。こんなところが案外子供っぽい。
「私はプール、かな。浅いプールが向こうにあったよね。あそこでいいかな」
「あー、プールか。せっかく来たんだから、まずは海に行かない?」
 きっと本音はそっちね。
「でも私、泳げないし……。それにミオから電話があるかもしれないしさ」風花は左手に握ったスマホを孝太に見せる。「私は構わないからさ、孝太君は海に行って泳いできたら?」
「いや、後でいいや。俺もプールに行くよ」
 そう言って先に歩き出した。

「浅っ」
 最初に孝太が大笑いしながら声を上げた。
 ふたりが向かった円形のプールは幼児用なのだろう、大人だと足首から上付近までしか水深がないのだ。そしてメガネのようにつながったもう一つの円形プールも、子供でも腰までしか水につからない深さだ。
「ホントだ。ハハハ、これじゃ流石に泳げないね」
 泳ぐ気のなかった風花でさえ笑ってしまうほどだ。
「いや、俺はどこでだって泳ぐさ」
 そういうが早いか、孝太は寝そべっても全身が隠れないそのプールにうつ伏せになり、「クロール」で豪快に泳ぐ真似をしたので、その手で跳ね上げた水飛沫が風花に盛大にかかってしまった。
「キャッ!」
 それを慌てて避けようとして、風花が水の中で尻餅をついた。持っていたスマホはかろうじて水没を免れたようだ。
「あー、もう。どうしてくれんのよ。服が濡れちゃったじゃない。ほらあ、びしょびしょ——」
 立ち上がりながら、頬を膨らませて孝太に文句をいうと、孝太は「クックック」と笑いをかみ殺している。
「何よ」
 風花がじっと孝太を睨むと、「だってさ」と言いながら、孝太は水の中で大の字になってさらに笑う。
「濡れちゃったって風花ちゃん。そのために水着着てんだし」
「あっ、そっか」
 バカだ。自分が水着を着てることを忘れてた——
 しばらくふたりでプールサイドに腰掛けて、他愛もない話を続けながら、何度もスマホをチェックする。
 ミオからは相変わらず何もない。
「ミオ、どうしたんだろ。昨日はすっごい楽しみにしてるって言ってたのに。せっかくの遠征なのにねえ」
 同意を求めるように、風花は孝太の顔を覗き込んだ。
「来ないよ——」
 視線を前に向けて、孝太が確かにそう呟いた。
 えっ? どういう意味? 孝太の顔をじっと見た。
 孝太は顔を風花に向けて、もう一度言った。
「ミオは——今日はここには来ないんだ。ごめん」
「ごめん、意味わかんない。なんで?」
「俺がミオに頼んで、嘘をついて誘い出してもらった」
「だからなんで」
「君とふたりで来たかったから」
 伏せ目がちに孝太がそう言った。
 風花はまだ意味がわからず、戸惑うばかりで。
 周りではしゃぐ子供たちの声だけが、やけに頭に響いて感じた。
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