シング 神さまの指先

笑里

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 人は言葉より先に、音で会話をしていたという説がある。うれしいこと、楽しいこと、悲しいこと。音を奏でるだけで何もしゃべってはいないのに、ちゃんとその感情まで伝えてしまうことは確かにあるのだ。
 少女は心から楽しそうに歌っている。圭太もまた、人のためにギターを弾くことがこんなにも楽しいと思うのはいつ以来だろうと思った。初めて買ったギターで友達に習ったばかりのコードを押さえ、ピックを振り下ろして音が出た時のあの感動を思い出した。
 曲が終わった瞬間、拍手と歓声が上がった。圭太が夢中でギターを弾いていた間に、気がつくと圭太と少女の前に人の輪ができていたのだ。鳴り止まない拍手。そしてパラパラとアンコールまでかかる。
「アンコールだってよ。いけるか? 何が歌える?」
 圭太はアンコールを歌うことを前提に少女に聞くと、ちょっと考えている。
「ビートルズか、カーペンターズ、とか」
 涙の乗車券をうたえるなら俺はその辺、なんでも知ってるぞというアピールを兼ねてもう一度圭太が水を向ける。
「……ロングトールサリー」
 確かに少女は小さい声でそう言った。彼女の流暢な英語をそう聞き取れた。圭太はニヤリと笑う。
 ——リトル・リチャードかよ、お嬢ちゃん上等!
 目くばせをして圭太は最初のコードを押さえ、ギターを構える。それを感じ取った少女もじっと圭太の目を見て一瞬間を取った。
 次の瞬間、少女とは思えない強烈なシャウトが響いた。すでに観衆となった大勢の人々のどよめき。
 ——すげえ……。
 アコースティックギター用にアレンジした、1950年代、それこそ初期のアメリカンロックンロールと少女の声が見事に調和し、圭太のギターがますます激しくなってゆく。それにつられて聴衆は体を揺すり、踊り出すものまで現れた。
 
  リトルリチャードが終わると、今度は少女が自分から次の曲をつなげて歌い出した。圭太のギターへの信頼がそうさせたのか、「ロック・アラウンド・ザ・クロック」がボーカルのソロで始まると、それに圭太がギターをのせて行く。それはまるで、昔見た映画「アメリカングラフィティ」のワンシーンのようだった。

——今日、思いついてここに来てよかった。
 圭太は気まぐれで始めたストリートライブに心から満足した。久しぶりにストリートをやったが、こんな思わぬ出会いがあるからおもしろい。

 即興のミニライブが終わる。盛大な拍手。いく人かは圭太と少女に握手まで求め、それからバラバラと散って行った。
 少女もまた圭太に近寄りハイタッチを交わしたが、すぐに少女は小さく手を振り、「バイバイ」と言うが早いか、駆け出して行く。
「あっ、待って」
 慌てて圭太は彼女を追いかけようとしたが、ギターを抱えすぐに動けなかったので、大声で呼び止めた。
 彼女が足を止めて振り向いた。
「名前だけでも教えてくれないか」
「ケイ」
「ケイ、最高だった」
「あなたのギターも!」
 それだけ言うと彼女はまた手を振って、軽やかに走って消えたのだった。
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