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パンドラの箱
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日本から持ってきている圭司の音楽カセットテープを、一緒に暮らすようになってから圭が凄い勢いで聴いている。どうやら圭司コレクションをひとつ残らず制覇するつもりらしい。そんなある日のことだった。
「圭司、これは誰の曲?」
いつものようにヘッドホンで音楽を聴いていた圭が、また片耳の方を外して圭司に聴いた。圭はお気に入りの音楽が見つかると、こうやって圭司に曲名や歌っている歌手の名前を聞くのだ。だから、圭司もいつものことと思い、何も気にせずに圭が外したヘッドホンの片側から漏れる音に耳を近づけた。
——俺の、曲だ。
音楽を諦めてガラクタと一緒に箱の中にしまっていたはずのカセットテープから、圭司が作った曲が流れている。
「これ、どこにあった?」
「この箱に入ってたの」
そう言って圭はカセットテープがたくさん入った箱を差し出してきた。どうやら引越しの時に慌てていたので圭司が何も考えずに、全部まとめてその箱に突っ込んだみたいだ。テープには圭司が作曲したがどこにも採用されなかった曲が10曲ほど入っていたはずだ。
「あー、俺が作った曲かな……」
少し照れながら圭司が言う。
「えーっ! 圭司って曲が作れるの? すっごーい!」
すると本気で驚いている圭の反応に、むしろびっくりする。
——いや、全く売り物になりませんでしたがね。
作った時は名曲ができたと思い込んでいたのが今更ながらに恥ずかしいが、そういう自分の中の黒歴史を圭司はグッと飲み込んだ。
「コツを覚えれば、誰でも作れるようになるよ。音楽なんてそんなもんさ」
とその時は「そんなこと大したことじゃない」と平静を装いお茶を濁したつもりで言ったのだが。
「私にも教えて!」
あれほど音に対する感性が高い彼女がそう言い出すことは今にして思えば必然だったのだ。それが圭にギターを教え出したきっかけだった。
最初は圭司のギターで練習を始めたのだが、彼女の体にはギターが大きいせいだろうか、圭の歌に感動したあの初めてのドライブの時ような感性が感じられず、ちょっと意外だった。妙にリズム感を感じないのだ。
音階とコードを教えるとそこはすぐに理解したみたいだが、どうにもリズム良く右手がピックを動かせない。
——まだ子供だからかな。
そう思いながら、圭司は練習を止めて休憩をとり、店のお昼の開店時間に間に合うように、2人の早めのお昼ご飯を用意した。その間にも圭はギターの練習に余念がなかった。
「圭、ご飯食べようよ」
圭司が声を掛けると名残惜しそうに圭は練習をやめて食卓についたのだが、その時になって圭司は初めて気がついたのだ。
——俺は、バカなのか! 圭は左利きじゃないか!
そうなのだ。圭のギターのリズムが狂っているのは、利き手が違うのだ。毎日一緒にご飯を食べているくせに、そこに全く思い至らなかった。圭司は間抜けな自分に大いに反省するのだった。
そこで店のランチタイムが終わるといったん店を閉め、圭司はステラと圭を連れて近くにある楽器店へ向かうことになった。もちろん左利きの女の子用のギターを買ってあげるためだった。
「私が自分のギターを持つ日がくるなんて! ああ、神様はなんて罪作りなことをするの! お勉強する時間がなくなっちゃうじゃないの! きっともうこのギターで私も3曲は作れるようになったに違いないわ!」
いちいち大袈裟な表現で喜ぶ圭が、新しいギターで作れると思う曲がなぜ3曲だったのかは未だにもって圭司はわからないが、買ってもらった新しいギターを愛おしそうに抱えながら、空まで飛んでいってしまうほど舞い上がりながら神様と圭司に感謝の言葉を並べたのは言うまでもあるまい。
ところで、圭司がふと気がつくと、ステラはキーボードの前に立っている。鍵盤に指置いてCの和音を鳴らす。
「あれ? ステラってピアノかなんかやってたの?」
圭司が話しかけると、
「施設にはピアノはなかったけど、小さなキーボードならあったのよ。これでも少しは弾けるのよ」
と言いながら、ビートルズの「レット・イット・ビー」のイントロ部分をゆっくりと弾き出した。するとすぐ近くに圭が来て、ステラの弾くキーボードに合わせて歌い出したのだ。そのうち店内にいた人たちが、いつの間にか少しずつ2人の周りを取り囲むように集まり2人の演奏と歌を楽しんでくれていた。
そんなことがあって、結局48鍵のリーズナブルな日本製のキーボードも「ロックオブジャパン」に置かれることになった。
ちなみに、圭のレット・イット・ビーは赤盤を聴いて覚えたみたいだ。青盤が入ったテープも聴いたらしいが、彼女はどちらかというとビートルズは初期のシンプルな曲たちが好きだと言っていた。
圭司が圭にギターを教え始めてしばらく経った頃、どこかで聴いたことがあるような曲を圭が歌い始めた。歌詞は英語になっており、曲もかなり大胆にアレンジされていたが、間違いなく例のカセットテープに吹き込んでいた圭司が作ったアメリカへの憧れを歌った曲「遥かなる大地」だ。アレンジだけでこんなにも良い歌に生まれ変わっている。
——そうか。こんなアレンジにしたら、もっといい曲になってたんだな。
圭の歌を聴きながら、しみじみとそんなことを思う圭司だった。
「圭司、これは誰の曲?」
いつものようにヘッドホンで音楽を聴いていた圭が、また片耳の方を外して圭司に聴いた。圭はお気に入りの音楽が見つかると、こうやって圭司に曲名や歌っている歌手の名前を聞くのだ。だから、圭司もいつものことと思い、何も気にせずに圭が外したヘッドホンの片側から漏れる音に耳を近づけた。
——俺の、曲だ。
音楽を諦めてガラクタと一緒に箱の中にしまっていたはずのカセットテープから、圭司が作った曲が流れている。
「これ、どこにあった?」
「この箱に入ってたの」
そう言って圭はカセットテープがたくさん入った箱を差し出してきた。どうやら引越しの時に慌てていたので圭司が何も考えずに、全部まとめてその箱に突っ込んだみたいだ。テープには圭司が作曲したがどこにも採用されなかった曲が10曲ほど入っていたはずだ。
「あー、俺が作った曲かな……」
少し照れながら圭司が言う。
「えーっ! 圭司って曲が作れるの? すっごーい!」
すると本気で驚いている圭の反応に、むしろびっくりする。
——いや、全く売り物になりませんでしたがね。
作った時は名曲ができたと思い込んでいたのが今更ながらに恥ずかしいが、そういう自分の中の黒歴史を圭司はグッと飲み込んだ。
「コツを覚えれば、誰でも作れるようになるよ。音楽なんてそんなもんさ」
とその時は「そんなこと大したことじゃない」と平静を装いお茶を濁したつもりで言ったのだが。
「私にも教えて!」
あれほど音に対する感性が高い彼女がそう言い出すことは今にして思えば必然だったのだ。それが圭にギターを教え出したきっかけだった。
最初は圭司のギターで練習を始めたのだが、彼女の体にはギターが大きいせいだろうか、圭の歌に感動したあの初めてのドライブの時ような感性が感じられず、ちょっと意外だった。妙にリズム感を感じないのだ。
音階とコードを教えるとそこはすぐに理解したみたいだが、どうにもリズム良く右手がピックを動かせない。
——まだ子供だからかな。
そう思いながら、圭司は練習を止めて休憩をとり、店のお昼の開店時間に間に合うように、2人の早めのお昼ご飯を用意した。その間にも圭はギターの練習に余念がなかった。
「圭、ご飯食べようよ」
圭司が声を掛けると名残惜しそうに圭は練習をやめて食卓についたのだが、その時になって圭司は初めて気がついたのだ。
——俺は、バカなのか! 圭は左利きじゃないか!
そうなのだ。圭のギターのリズムが狂っているのは、利き手が違うのだ。毎日一緒にご飯を食べているくせに、そこに全く思い至らなかった。圭司は間抜けな自分に大いに反省するのだった。
そこで店のランチタイムが終わるといったん店を閉め、圭司はステラと圭を連れて近くにある楽器店へ向かうことになった。もちろん左利きの女の子用のギターを買ってあげるためだった。
「私が自分のギターを持つ日がくるなんて! ああ、神様はなんて罪作りなことをするの! お勉強する時間がなくなっちゃうじゃないの! きっともうこのギターで私も3曲は作れるようになったに違いないわ!」
いちいち大袈裟な表現で喜ぶ圭が、新しいギターで作れると思う曲がなぜ3曲だったのかは未だにもって圭司はわからないが、買ってもらった新しいギターを愛おしそうに抱えながら、空まで飛んでいってしまうほど舞い上がりながら神様と圭司に感謝の言葉を並べたのは言うまでもあるまい。
ところで、圭司がふと気がつくと、ステラはキーボードの前に立っている。鍵盤に指置いてCの和音を鳴らす。
「あれ? ステラってピアノかなんかやってたの?」
圭司が話しかけると、
「施設にはピアノはなかったけど、小さなキーボードならあったのよ。これでも少しは弾けるのよ」
と言いながら、ビートルズの「レット・イット・ビー」のイントロ部分をゆっくりと弾き出した。するとすぐ近くに圭が来て、ステラの弾くキーボードに合わせて歌い出したのだ。そのうち店内にいた人たちが、いつの間にか少しずつ2人の周りを取り囲むように集まり2人の演奏と歌を楽しんでくれていた。
そんなことがあって、結局48鍵のリーズナブルな日本製のキーボードも「ロックオブジャパン」に置かれることになった。
ちなみに、圭のレット・イット・ビーは赤盤を聴いて覚えたみたいだ。青盤が入ったテープも聴いたらしいが、彼女はどちらかというとビートルズは初期のシンプルな曲たちが好きだと言っていた。
圭司が圭にギターを教え始めてしばらく経った頃、どこかで聴いたことがあるような曲を圭が歌い始めた。歌詞は英語になっており、曲もかなり大胆にアレンジされていたが、間違いなく例のカセットテープに吹き込んでいた圭司が作ったアメリカへの憧れを歌った曲「遥かなる大地」だ。アレンジだけでこんなにも良い歌に生まれ変わっている。
——そうか。こんなアレンジにしたら、もっといい曲になってたんだな。
圭の歌を聴きながら、しみじみとそんなことを思う圭司だった。
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