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ブルース
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アミティでの銃撃事件を境に、あれからずっと圭が家と店以外の場所、つまり圭司がいる所以外へ出かけなくなっていた。学校にも一回も行っていない。
どうしたものかと思う。表面上は全く暗い影は見せないのだが、よっぽどのショックを受けたのは間違いない。今は圭が自分で言ってくるまで見守った方がいいかもというステラとの意見も一致したこともあって、しばらく静観することにした。
「どうだい、久しぶりに店の前でライブでもやるか」
事件から1ヶ月ほど経ったある日、圭司がギターを持ち出してきた圭に声をかけた。圭は一瞬だけ圭司と目を合わせたが、すぐに視線を落としてギターを一人でポロポロと弾き始めた。聞いたことがない曲だった。
「それ、綺麗なメロディの曲だな。聞いたことがないが、なんて曲だ?」
一曲弾き終わるのを待って、圭の心の中に深く踏み込まないように注意しながら、そっと聞いてみた。
「ストロベリー・ナイト」
カウンターの中で食器を準備していたステラがチラリと圭司を見た。
「ほお、誰の曲だい」
——実はタイトルを聞いてすぐに気がついていた。
「私が作ったの。ちゃんと曲になってるのか心配だったんだけど」
——あのノートの最後のページに書いていたタイトルだ。
「いや、すごくいい曲だ。レイ・チャールズかと思ったよ」
「本当に? 前に教えてもらったブルースのコード進行を使ってやってみたのよ。ちゃんとできてたなら、よかったあ」
「本当だよ。俺も若い頃にたくさん曲を作ったけど、今の曲を超える曲は作れてないなあ」
本心だった。実際、圭の曲作りのセンスはなかなかのものだ。育った環境によるものなのか、もともと生まれ持ったものなのかはわからないが、圭司が本格的に音楽を教えてからの吸収力には舌を巻く。
「でも、圭司の曲も私は好きよ? OVER THE SEAとかすごくいい曲だし」
「あれは圭のアレンジがよかったんだよ。日本語で作った元の曲はやたらと夢とか歌っててさ、ちょっとベタ過ぎて全くウケなかった」
これは本当だ。笑うしかない。
「ストロベリーハウスのことを思い出して曲にしてみたの」
そう言って圭はまた視線を床に落とし、まだ何か言いたげにしていた。圭司は焦らせないよう、店のカウンターに肘をつき黙ったまま次の言葉を待つ。
「この間、アミティへみんなで行ったでしょ」
訥々と圭が語り出す。「うん」と圭司は相槌だけ打つ。
「あの人たち、知ってる人だったの」
「あの人たち?」
「うん。拳銃を持ってた人とか」
——強盗犯のことか。
「アミティの知り合いってことかい?」
カウンターから出てきたステラも傍の席に座った。圭は頷くとしばらく黙っていたが、また訥々と喋り始めた。
「初めてここへ来た日ね、あの人たちがいる街から逃げてきてたの」
あの感謝祭の夜のことだろう。圭は床をじっと見つめていたが、意を決したように話し出した。
「また叩かれそうになって、夜中にストロベリーハウスを逃げ出して、あの人たちがいるストリートへ行ったの。ハウスを抜け出したときはいつもそうしてたから。だけど——」そこで一呼吸置いた。圭司は軽く頷いた。
「夜中だったから、いつも遊んでいた一番仲のいい男の子たちはいなくて、あの人たちだけが何人かいて。ハウスを抜け出して来たって言ったら、じゃあ——。じゃあ、今から女の子が一人で生きていく方法を教えてやるって、あの人たちが、私を囲んで笑うから……」
——まだ11歳になってない子供が一人で生きていけるわけがない。
「先にトイレに行かせてって言ったら、上着を置いていけって。逃げたら凍えて死ぬぜって笑ってた」
「だからあの格好で逃げてきたのか」
小さく頷く圭を隣に座っていたステラが黙って優しく抱きしめた。
「私、高校行かなきゃだめ? 学校に行かなくても、私も圭司とステラと一緒にこのお店で働くってどうかな」
圭はこのあいだまで高校にいけることをとても喜んでいた。それなのに。
「まあ、絶対行かなきゃいけないってことはないよ。それは圭の自由だ。でもなんで行きたくないのかい」
とにかく今は無理強いするのだけはやめておこう。
「顔を見られたの、あの人たちに。追いかけてくるかも」
あれから外に出たがらない理由はそれだったか。
「アミティからここまでかなりの距離があるからな。圭がここにいるってことはあいつらも知らないとは思うけど——」
「でも、学校に行ってる途中を見られるかも」あきらかに怯えていた。泣き出しそうな顔をしていた。
「じゃあ、それがはっきりするまで学校は休んでいいから、お店を手伝って。最近お客さんが増えちゃって、私一人じゃ大変なのよ」
圭の肩を抱いていたステラがそう言いながら、圭司をチラリと見た。——しばらくはそっとしておこうよ。ステラの目はそう言っていた。
「そうだな。圭がお店で歌を歌い出してから、ほんとお客が増えたよな。圭が手伝ってくれるなら助かるよ。それでいいかい?」
ステラに同調するようにそう言うと、圭は大きく頷いて笑ったのだった。
どうしたものかと思う。表面上は全く暗い影は見せないのだが、よっぽどのショックを受けたのは間違いない。今は圭が自分で言ってくるまで見守った方がいいかもというステラとの意見も一致したこともあって、しばらく静観することにした。
「どうだい、久しぶりに店の前でライブでもやるか」
事件から1ヶ月ほど経ったある日、圭司がギターを持ち出してきた圭に声をかけた。圭は一瞬だけ圭司と目を合わせたが、すぐに視線を落としてギターを一人でポロポロと弾き始めた。聞いたことがない曲だった。
「それ、綺麗なメロディの曲だな。聞いたことがないが、なんて曲だ?」
一曲弾き終わるのを待って、圭の心の中に深く踏み込まないように注意しながら、そっと聞いてみた。
「ストロベリー・ナイト」
カウンターの中で食器を準備していたステラがチラリと圭司を見た。
「ほお、誰の曲だい」
——実はタイトルを聞いてすぐに気がついていた。
「私が作ったの。ちゃんと曲になってるのか心配だったんだけど」
——あのノートの最後のページに書いていたタイトルだ。
「いや、すごくいい曲だ。レイ・チャールズかと思ったよ」
「本当に? 前に教えてもらったブルースのコード進行を使ってやってみたのよ。ちゃんとできてたなら、よかったあ」
「本当だよ。俺も若い頃にたくさん曲を作ったけど、今の曲を超える曲は作れてないなあ」
本心だった。実際、圭の曲作りのセンスはなかなかのものだ。育った環境によるものなのか、もともと生まれ持ったものなのかはわからないが、圭司が本格的に音楽を教えてからの吸収力には舌を巻く。
「でも、圭司の曲も私は好きよ? OVER THE SEAとかすごくいい曲だし」
「あれは圭のアレンジがよかったんだよ。日本語で作った元の曲はやたらと夢とか歌っててさ、ちょっとベタ過ぎて全くウケなかった」
これは本当だ。笑うしかない。
「ストロベリーハウスのことを思い出して曲にしてみたの」
そう言って圭はまた視線を床に落とし、まだ何か言いたげにしていた。圭司は焦らせないよう、店のカウンターに肘をつき黙ったまま次の言葉を待つ。
「この間、アミティへみんなで行ったでしょ」
訥々と圭が語り出す。「うん」と圭司は相槌だけ打つ。
「あの人たち、知ってる人だったの」
「あの人たち?」
「うん。拳銃を持ってた人とか」
——強盗犯のことか。
「アミティの知り合いってことかい?」
カウンターから出てきたステラも傍の席に座った。圭は頷くとしばらく黙っていたが、また訥々と喋り始めた。
「初めてここへ来た日ね、あの人たちがいる街から逃げてきてたの」
あの感謝祭の夜のことだろう。圭は床をじっと見つめていたが、意を決したように話し出した。
「また叩かれそうになって、夜中にストロベリーハウスを逃げ出して、あの人たちがいるストリートへ行ったの。ハウスを抜け出したときはいつもそうしてたから。だけど——」そこで一呼吸置いた。圭司は軽く頷いた。
「夜中だったから、いつも遊んでいた一番仲のいい男の子たちはいなくて、あの人たちだけが何人かいて。ハウスを抜け出して来たって言ったら、じゃあ——。じゃあ、今から女の子が一人で生きていく方法を教えてやるって、あの人たちが、私を囲んで笑うから……」
——まだ11歳になってない子供が一人で生きていけるわけがない。
「先にトイレに行かせてって言ったら、上着を置いていけって。逃げたら凍えて死ぬぜって笑ってた」
「だからあの格好で逃げてきたのか」
小さく頷く圭を隣に座っていたステラが黙って優しく抱きしめた。
「私、高校行かなきゃだめ? 学校に行かなくても、私も圭司とステラと一緒にこのお店で働くってどうかな」
圭はこのあいだまで高校にいけることをとても喜んでいた。それなのに。
「まあ、絶対行かなきゃいけないってことはないよ。それは圭の自由だ。でもなんで行きたくないのかい」
とにかく今は無理強いするのだけはやめておこう。
「顔を見られたの、あの人たちに。追いかけてくるかも」
あれから外に出たがらない理由はそれだったか。
「アミティからここまでかなりの距離があるからな。圭がここにいるってことはあいつらも知らないとは思うけど——」
「でも、学校に行ってる途中を見られるかも」あきらかに怯えていた。泣き出しそうな顔をしていた。
「じゃあ、それがはっきりするまで学校は休んでいいから、お店を手伝って。最近お客さんが増えちゃって、私一人じゃ大変なのよ」
圭の肩を抱いていたステラがそう言いながら、圭司をチラリと見た。——しばらくはそっとしておこうよ。ステラの目はそう言っていた。
「そうだな。圭がお店で歌を歌い出してから、ほんとお客が増えたよな。圭が手伝ってくれるなら助かるよ。それでいいかい?」
ステラに同調するようにそう言うと、圭は大きく頷いて笑ったのだった。
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