シング 神さまの指先

笑里

文字の大きさ
49 / 97

ライブチケットの行方

しおりを挟む
 先日の顔合わせの後、ムーさんから圭太に電話が入った。当面、圭のバックでドラムを叩くとしたら、それ以外の時間にうまく仕事を入れなきゃ、フリーのムーさんと上田はこれまでのように食っていくのが難しくなる、という。
「やっぱり厳しそうですか」と圭太は肩を落とした。できれば一緒にやりたい。
「でな」ムーさんは少し間をおいた。「上田とも話したんだが、あの子に帯同してる期間、お前のとこの事務所で俺たちのマネージメントをしてくれる条件ならいいんじゃないかってことになってな」
「えっ、それはつまり——」
「つーか、俺も上田も、あの子と演奏《や》ってみてえと思ってな。お前、すげえもん見つけてきたな」
「ありがとうございます。すぐに社長に伝えます」
「まあ、自分で仕事の交渉して、スケジュール立ててってのにもちょっと疲れちまったとこがあってさ。どこかに所属するのも、これがいい機会かなと思うところもあるんだ。うまいこと話しといてくれよ」
 電話を切ってすぐさま菊池に電話を入れる。もちろん二つ返事で菊池も喜んでその提案を受け入れた。圭のマネージャーという話から、いつの間にか「秘書」をしている姉の恵の仕事が増えただけだという噂もあるが。
 
 現在、圭太やムーさんたちがすでに請け負っている仕事のこともあり、本格的にムーさんたちを交えて音作りを始めるのは、学園祭の後からということになった。今は学校とスカイ・シーを優先すると西川先生と約束したからだ。
 圭太と西川先生の最初の約束は月に1回だったが、圭太としては乗りかかった船でもあり、学園祭まではできるだけスカイ・シーとディープ・ブルー——新たに2年生を中心に結成されたバンド——の指導にできるだけ時間を作って通ったのだった。

 ⌘

「学園祭のライブチケット、買ってくださいよ」
 圭太が事務所にチケットの束を持ってきたのは、学園祭のひと月ほど前のことだった。
「なんだよ、学園祭のアマチュアバンドで金を稼ぐ気かよ」と菊池が笑いながらいう。
「いやあ、結構アマチュアったってそれなりに経費もかかるし、来年以降の軽音部の活動経費にもなるんですから、ケチケチせずに、ここは社長らしくドーンと30枚ぐらいは頼んますよ」と圭太が水を向けると苦笑いをして「買うんじゃなかったと後悔しないぐらいのステージ、やってくれるんだろうな」と言いながら札入れを取り出した。
「任せてくださいよ」
と言いながら、圭太は菊池が持っている札入れに無造作に手を突っ込んで、数えもせずに結構な厚みの札を引っこ抜き、代わりにチケットを札入れに返した。
「なんだよ、がめついな。まあ、いいわ。で、ライブはどんな構成?」
「最初はジョニービーグッドからあの辺のオールディーズでと思ってたんですけどね、圭がせっかくの初ライブだからツェッペリンから入りたいっていうんですよね」
「へえ、ツェッペリンか。で、どんな曲やんの」
「まずはいきなり強烈に『Rock  and  Roll』から入って『Black dog』へいこうかと。どうです、社長。聴きたくなってきたでしょう」
「あの子、本当に10代かよ。そりゃあ、本番まで待てねえよ。ちょっとリハに招待してくれるとかないのか。俺は大口の上得意のスポンサーだぞ」と、冗談とも本気ともわからない顔で菊池が言ったが「俺は権力には屈しないスタイルなんで」と話に乗らず、
「まあ、チケットいっぱい渡したんで、いっぱい誘ってきてください。そこらの女子高生バンドよりはすげえもん見せますんで」
と圭太が自信ありげにニヤリと笑った。
 そうこうしているところに、
「圭太、あたしのチケットは? もちろんあるんでしょうね」
と事務所の奥から恵が顔を覗かせた。
「めぐちゃんの分は社長がさっき買ってくれてるから、そっちからもらって」
と圭太が言うと、恵は菊池に向かって「ですって、社長」と笑っていう。
「ちぇっ、しょうがねえなあ。このがめつい姉弟《きょうだい》め」と菊池が吐き捨て、札入れからチケットを1枚抜いたのだった。

 だが結局、菊池の買った数十枚のチケットは、そのチケットを売りつけた圭太が事務所の関係者やなど、あちこちに配って綺麗にはけて、菊池の手元には1枚だけチケットが残ったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...