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She's got a way
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夏前に圭司に姉のフーミンからメールが入った。
入学願書の申込は10月から。その後12月にニューヨークとロスで面接があるということだ。絶対条件として、来年の3月までに日本の中学と同等の学校を卒業している、或いは卒業見込であること——
さらに姉に調べてもらったところによると、このエフという制度は、いわゆる「帰国子女」の受け皿ではなく、基本的に留学生を優先するという。できるだけ英語で話す機会を増やすことと、言葉が違う生徒同士がお互いにコミュニケーションをとる方法を実践的に学ぶことを理念としているという理由らしい。
エフの生徒には毎日1時限、どこかのクラスで英会話の授業に参加する代わりに、日本語への理解に起因する学力不足を補うために学校の方で個別授業もカリキュラムに入っているという。これなら安心して学校に預けることはできるかもしれない。
ただ、圭の場合はどうなんだろう。英語がしゃべれるのは当たり前だが、ぱっと見は普通の日本人に見える。何も知らなければ留学生に見えないことが、学校が理念とする制度にとって吉と出るのか凶と出るかわからないところだ。
圭を横浜の家に住まわせることについては、保留にさせて欲しいと姉はいう。伴侶を病気でなくしてからもまだ教師を続けているということで、部活などで平日の夕方や土日も結構忙しいらしく、圭の支援まで手が回りそうもないという。
圭司としては定年になった両親ならなんとかなりはしないかと思って実家に連絡してみたのだが、姉の一人暮らしだと確かにそうかもしれないと思うと無理が言えなかった。まさか、そのフーミンが鎌倉の高校を辞めて聖華学園にいるなど、その頃の圭司は知りもしなかったのだから仕方がないことだろう。
それでも、圭が希望するなら叶えてあげたい——
ステラと二人でいろいろ考えて、この夏にアメリカの学校を卒業してからの来年の3月までの半年と少しの間、ニューヨーク郊外にある日本人学校に3月まで通わせることができないか学校に相談に行ったところ、事情を汲んでくれて引き受けてもらえることになった。希望通り日本の高校に行けるかどうかはわからないが、勉強を続けられることは圭にとってもいいことだ。学校もニューヨークの南と北でアミティとは真反対の場所にあり、圭も少しは安心して通えるだろう。通学にはまだ不安が残るだろうから、車で送り迎えを圭司とステラで朝晩交互にしようと決めていた。
⌘
そういえば、例の事件があってから圭があまり店で歌わなくなっていたが、最近は店内でなら少しずつ歌うようになっていた。進路希望を決めて気持ちが落ち着いたせいだろうか、ゆったりとした曲が今の圭の好みらしい。特に最近のお気に入りはビリー・ジョエルで、ピアノによる彼のバラードを歌うことが多い。これがまた親の贔屓目じゃないが、抜群にうまいのだ。ビリーの曲が今の圭の心情にぴたりと合うのかもしれない。そんな圭の歌をお客さんたちも食事の手を止めて聴き入っている光景が最近のロック・イン・ジャパンではよく見られた。
⌘
そして夏が過ぎたころ圭は中学を無事に卒業し、予定通り日本人学校に編入し通い始めた。少し遅れていた勉強も一生懸命に頑張っていた。
そうこうしているうちに季節は秋になり、予定通り応募要項に従って入学願書を出した。学力試験を受ける普通の進学とは違うので、冬に行われる面接というのがどういうものなのかわからない。簡単にいかないのは覚悟していて、もし今年ダメなら諦めずにあと一年は頑張って見ようと圭とは話していた。
「ねえ、圭司。あの学校にはロックバンドがあるんだって」
圭は最近、暇さえあれば穴が開くほど学校案内のパンフレットを見ていて、ちょっとでも新しい発見があるとすぐに圭司に報告をしてくる。おかげで新しいパンフレットを手に入れに行くはめになった。
ただ、あれから「ダディ」とは一度も呼んでくれないのは少し寂しくもあったが、圭なりにステラに気を遣っていたのかもしれないと圭司は今にして思う。
そしてクリスマスの直前に、学校による面接が領事館のある建物の会議室を借りて行われるという通知をもらう。日本滞在中の生活環境調整などのこともあり、保護者も同伴して欲しいということだったので、ステラを含めて3人で行くことにした。
⌘
会議室の扉はマホガニーのような渋い茶色の荘厳な作りで、その前に立つだけで何かに圧倒される感覚を覚えた。
どれくらいの希望者がいるのかと緊張しながらここまで来たのだが、他に面接を受けそうな年頃の子供が見当たらなかった。もしかして、圭が1番最後の面接者だったのかもしれない。
しばらくの間、扉の近くの長椅子に3人で待たされたが、ほどなくして関係者と思しき女性から会議室に入るよう促された。
——さあ、本番
緊張しながらマホガニーと勝手に想像した扉を開けて、圭、ステラの順に部屋に入れ、そして最後に圭司が入り、正面を見ると——
「そこへ座ってください」と西川史江が英語で言ったのだった。
入学願書の申込は10月から。その後12月にニューヨークとロスで面接があるということだ。絶対条件として、来年の3月までに日本の中学と同等の学校を卒業している、或いは卒業見込であること——
さらに姉に調べてもらったところによると、このエフという制度は、いわゆる「帰国子女」の受け皿ではなく、基本的に留学生を優先するという。できるだけ英語で話す機会を増やすことと、言葉が違う生徒同士がお互いにコミュニケーションをとる方法を実践的に学ぶことを理念としているという理由らしい。
エフの生徒には毎日1時限、どこかのクラスで英会話の授業に参加する代わりに、日本語への理解に起因する学力不足を補うために学校の方で個別授業もカリキュラムに入っているという。これなら安心して学校に預けることはできるかもしれない。
ただ、圭の場合はどうなんだろう。英語がしゃべれるのは当たり前だが、ぱっと見は普通の日本人に見える。何も知らなければ留学生に見えないことが、学校が理念とする制度にとって吉と出るのか凶と出るかわからないところだ。
圭を横浜の家に住まわせることについては、保留にさせて欲しいと姉はいう。伴侶を病気でなくしてからもまだ教師を続けているということで、部活などで平日の夕方や土日も結構忙しいらしく、圭の支援まで手が回りそうもないという。
圭司としては定年になった両親ならなんとかなりはしないかと思って実家に連絡してみたのだが、姉の一人暮らしだと確かにそうかもしれないと思うと無理が言えなかった。まさか、そのフーミンが鎌倉の高校を辞めて聖華学園にいるなど、その頃の圭司は知りもしなかったのだから仕方がないことだろう。
それでも、圭が希望するなら叶えてあげたい——
ステラと二人でいろいろ考えて、この夏にアメリカの学校を卒業してからの来年の3月までの半年と少しの間、ニューヨーク郊外にある日本人学校に3月まで通わせることができないか学校に相談に行ったところ、事情を汲んでくれて引き受けてもらえることになった。希望通り日本の高校に行けるかどうかはわからないが、勉強を続けられることは圭にとってもいいことだ。学校もニューヨークの南と北でアミティとは真反対の場所にあり、圭も少しは安心して通えるだろう。通学にはまだ不安が残るだろうから、車で送り迎えを圭司とステラで朝晩交互にしようと決めていた。
⌘
そういえば、例の事件があってから圭があまり店で歌わなくなっていたが、最近は店内でなら少しずつ歌うようになっていた。進路希望を決めて気持ちが落ち着いたせいだろうか、ゆったりとした曲が今の圭の好みらしい。特に最近のお気に入りはビリー・ジョエルで、ピアノによる彼のバラードを歌うことが多い。これがまた親の贔屓目じゃないが、抜群にうまいのだ。ビリーの曲が今の圭の心情にぴたりと合うのかもしれない。そんな圭の歌をお客さんたちも食事の手を止めて聴き入っている光景が最近のロック・イン・ジャパンではよく見られた。
⌘
そして夏が過ぎたころ圭は中学を無事に卒業し、予定通り日本人学校に編入し通い始めた。少し遅れていた勉強も一生懸命に頑張っていた。
そうこうしているうちに季節は秋になり、予定通り応募要項に従って入学願書を出した。学力試験を受ける普通の進学とは違うので、冬に行われる面接というのがどういうものなのかわからない。簡単にいかないのは覚悟していて、もし今年ダメなら諦めずにあと一年は頑張って見ようと圭とは話していた。
「ねえ、圭司。あの学校にはロックバンドがあるんだって」
圭は最近、暇さえあれば穴が開くほど学校案内のパンフレットを見ていて、ちょっとでも新しい発見があるとすぐに圭司に報告をしてくる。おかげで新しいパンフレットを手に入れに行くはめになった。
ただ、あれから「ダディ」とは一度も呼んでくれないのは少し寂しくもあったが、圭なりにステラに気を遣っていたのかもしれないと圭司は今にして思う。
そしてクリスマスの直前に、学校による面接が領事館のある建物の会議室を借りて行われるという通知をもらう。日本滞在中の生活環境調整などのこともあり、保護者も同伴して欲しいということだったので、ステラを含めて3人で行くことにした。
⌘
会議室の扉はマホガニーのような渋い茶色の荘厳な作りで、その前に立つだけで何かに圧倒される感覚を覚えた。
どれくらいの希望者がいるのかと緊張しながらここまで来たのだが、他に面接を受けそうな年頃の子供が見当たらなかった。もしかして、圭が1番最後の面接者だったのかもしれない。
しばらくの間、扉の近くの長椅子に3人で待たされたが、ほどなくして関係者と思しき女性から会議室に入るよう促された。
——さあ、本番
緊張しながらマホガニーと勝手に想像した扉を開けて、圭、ステラの順に部屋に入れ、そして最後に圭司が入り、正面を見ると——
「そこへ座ってください」と西川史江が英語で言ったのだった。
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