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震え
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携帯が震える音で目が覚めた。スタジオなどで不意に着信音が鳴ってはいけないので、いつもマナーモードにしている携帯が、テーブルの上で動いていた。
誰だよ、朝っぱらから——
時計は十時を回ったところだった。結局謹慎ということになり、とりあえず何もすることがないので、昨夜はあれからしこたま飲んだ。
二日酔いの頭で体を無理やり起こし、携帯に手を伸ばして画面を見ると「西川先生」と表示されている。
「おはようございます。珍しいですね、こんな時間に」
自分でもおかしいくらいに声が枯れて呂律が回ってない気がする。
「圭太くん、今どこ?」
「自分の部屋っすけど」
「あ、あのさ、もしかして圭とは一緒にいるってこと、ない……よね?」
突拍子もないことを先生はいう。
「いきなりなんすか、先生。やめてくださいよ。この部屋に圭を連れ込んだことなんかないっすよ。いや、そんな冗談、本当に勘弁してくださいよ」
——そんなことしたら、マジ圭司さんに殺される
思わず苦笑いをしていた。
「あっ、ごめん。そんな意味じゃなくて」
先生が妙に慌てている。
「どうしたんすか。また圭に何かあったとか?」
「いや、そうじゃなくて。あー、なんて言えばいいのかな。あのね——いないのよ」
「えっ? いないって」
「朝ね、あの子、学校に行くっていつも通り確かに家を出たのよ。さっき一時間目が終わって、他の先生が、教室に圭がいなかったけど休みですかあって聞かれて、教室に見に行ったら——やっぱりいなかったの。今日、教室にも来てないって同じクラスの子が。もしかして、圭太くんに電話とか来てないかな」
「いや、ないです」
先生の息が荒い。
「あっ、ごめん。授業が始まるから、また後でかけ直すね。それからさあ、まだ誰にも言わないでね。ホント、フラッと一人になりたかっただけかも知れないから」
「わかりました。とりあえず俺、そっちへ今から向かいます」
そう言って電話を切ると大急ぎで顔を洗い、壁に掛けたダウンのジャンパーを手に取り、昨日から着た切りの服の上に引っ掛けて部屋を飛び出した。
車にしようかと思ったが、まだアルコールがたっぷり体に残っている。しかたなく走って駅へ向かい、売店で買った牛乳をムカムカする胃に流し込んで少し落ち着いた。
タイミングよく間に合った電車に飛び乗って、横浜まで三十分弱。そのままタクシーをつかまえて学校に向かった。そしてもう少しで学校に着くというところで、また先生から電話が入った。
「もう少しでそっちに着きます」
電話を受けてそう言ったとき、学校の正門が見えた。
「わかった。そっちに行くから」
先生はそれだけ言って電話を切ると、すぐに校舎の方から駆けてきた。
「ごめんね、わざわざ。どこ行ったんだろ、あの子。電話も電源を切ってるみたいないのよ」
「何か心当たりとか——、まあ、昨日のあれが原因なのはわかるけど」
「でも、今日はバスで行くって普通に家を出たんだけどな。ちょっと元気なかったけどさ。私、学校には事情を説明して休みもらってきたから、ちょっと一回家に帰ってくるわ。圭太くんは?」
「俺、二日酔いなんで電車で来たんですよ。一緒に行っていいっすか?」
「わかった。じゃあ、車出してくるから、ちょっと待ってて」
先生の自宅について、家の中を探してみたが、帰っている様子もない。一応、何か置き手紙でもないかと圭の部屋も探したが、特に変わった様子もない。
いつも貴重品を置いている引き出しに財布はないが、それは学校に行く時も持っていくのでいつもと同じだという。あとはパスポートなどはちゃんと揃えて収めてあった。
制服は部屋にないので、おそらくそのままだと思われた。出かけた先で私服に着替えていることも考えられないこともないが、最近テレビ出演とかもあり、私服で出ることもあるため、それなりに衣類は増えている。先生でも服が全部あるかどうかはわからないらしい。
とりあえず思いついたところを二人で探してみようということになった。ただ、昨日の騒ぎのこともあるので、事務所にだけはちゃんと話しておこうということになり、圭太が恵に電話しておいた。事件に巻き込まれたことも全く考えられないわけではないので、皆で心当たりをあたってみることになった。
「私、プライベートで圭がどこに行ってるのか、実のところ、あんまり知らないんだよね。学校以外、ほとんど圭太くんたちと、っていうか、圭太くんと一緒だし。結局、あなたが一番圭のことを知ってるのかもね。どこか圭が行きそうなところ、知らない?」
「そう言われても、ほとんどスタジオに—— お気に入りの場所っていうなら、ベイブリッジの本牧側っすかねえ」
「じゃあ、まずはそこに行ってみましょう」
そうやって一日中、二人は先生の車で思いつくまま探し回った。だが、結局夕方になっても圭の行方はわからず、探す場所がなくなり、いつの間にか横浜にある圭の家、つまり西川史江の実家に全員集まっていた。
誰だよ、朝っぱらから——
時計は十時を回ったところだった。結局謹慎ということになり、とりあえず何もすることがないので、昨夜はあれからしこたま飲んだ。
二日酔いの頭で体を無理やり起こし、携帯に手を伸ばして画面を見ると「西川先生」と表示されている。
「おはようございます。珍しいですね、こんな時間に」
自分でもおかしいくらいに声が枯れて呂律が回ってない気がする。
「圭太くん、今どこ?」
「自分の部屋っすけど」
「あ、あのさ、もしかして圭とは一緒にいるってこと、ない……よね?」
突拍子もないことを先生はいう。
「いきなりなんすか、先生。やめてくださいよ。この部屋に圭を連れ込んだことなんかないっすよ。いや、そんな冗談、本当に勘弁してくださいよ」
——そんなことしたら、マジ圭司さんに殺される
思わず苦笑いをしていた。
「あっ、ごめん。そんな意味じゃなくて」
先生が妙に慌てている。
「どうしたんすか。また圭に何かあったとか?」
「いや、そうじゃなくて。あー、なんて言えばいいのかな。あのね——いないのよ」
「えっ? いないって」
「朝ね、あの子、学校に行くっていつも通り確かに家を出たのよ。さっき一時間目が終わって、他の先生が、教室に圭がいなかったけど休みですかあって聞かれて、教室に見に行ったら——やっぱりいなかったの。今日、教室にも来てないって同じクラスの子が。もしかして、圭太くんに電話とか来てないかな」
「いや、ないです」
先生の息が荒い。
「あっ、ごめん。授業が始まるから、また後でかけ直すね。それからさあ、まだ誰にも言わないでね。ホント、フラッと一人になりたかっただけかも知れないから」
「わかりました。とりあえず俺、そっちへ今から向かいます」
そう言って電話を切ると大急ぎで顔を洗い、壁に掛けたダウンのジャンパーを手に取り、昨日から着た切りの服の上に引っ掛けて部屋を飛び出した。
車にしようかと思ったが、まだアルコールがたっぷり体に残っている。しかたなく走って駅へ向かい、売店で買った牛乳をムカムカする胃に流し込んで少し落ち着いた。
タイミングよく間に合った電車に飛び乗って、横浜まで三十分弱。そのままタクシーをつかまえて学校に向かった。そしてもう少しで学校に着くというところで、また先生から電話が入った。
「もう少しでそっちに着きます」
電話を受けてそう言ったとき、学校の正門が見えた。
「わかった。そっちに行くから」
先生はそれだけ言って電話を切ると、すぐに校舎の方から駆けてきた。
「ごめんね、わざわざ。どこ行ったんだろ、あの子。電話も電源を切ってるみたいないのよ」
「何か心当たりとか——、まあ、昨日のあれが原因なのはわかるけど」
「でも、今日はバスで行くって普通に家を出たんだけどな。ちょっと元気なかったけどさ。私、学校には事情を説明して休みもらってきたから、ちょっと一回家に帰ってくるわ。圭太くんは?」
「俺、二日酔いなんで電車で来たんですよ。一緒に行っていいっすか?」
「わかった。じゃあ、車出してくるから、ちょっと待ってて」
先生の自宅について、家の中を探してみたが、帰っている様子もない。一応、何か置き手紙でもないかと圭の部屋も探したが、特に変わった様子もない。
いつも貴重品を置いている引き出しに財布はないが、それは学校に行く時も持っていくのでいつもと同じだという。あとはパスポートなどはちゃんと揃えて収めてあった。
制服は部屋にないので、おそらくそのままだと思われた。出かけた先で私服に着替えていることも考えられないこともないが、最近テレビ出演とかもあり、私服で出ることもあるため、それなりに衣類は増えている。先生でも服が全部あるかどうかはわからないらしい。
とりあえず思いついたところを二人で探してみようということになった。ただ、昨日の騒ぎのこともあるので、事務所にだけはちゃんと話しておこうということになり、圭太が恵に電話しておいた。事件に巻き込まれたことも全く考えられないわけではないので、皆で心当たりをあたってみることになった。
「私、プライベートで圭がどこに行ってるのか、実のところ、あんまり知らないんだよね。学校以外、ほとんど圭太くんたちと、っていうか、圭太くんと一緒だし。結局、あなたが一番圭のことを知ってるのかもね。どこか圭が行きそうなところ、知らない?」
「そう言われても、ほとんどスタジオに—— お気に入りの場所っていうなら、ベイブリッジの本牧側っすかねえ」
「じゃあ、まずはそこに行ってみましょう」
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