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エピローグ
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圭司とステラが空港で二人を見送って家に帰ると、二通の遺伝子検査の結果が届いていた。紗英の方の結果だけを彼女の母親と圭に伝えた。
⌘
圭司がホールを出て石の階段の一番上に立つと、階段の両脇で待ち構えた観衆から大きな拍手が起こった。隣のステラが恥ずかしそうに圭司の左腕に右手を組み、二人は階段を下り始めた。
圭司は緊張で足が震えて、この階段に敷かれたレッドカーペットの上を躓かないで歩く自信がない。緊張を解こうと立ち止まり、大きく息を吸って視線を上げると、見慣れたはずのニューヨークの夜景がやけに遠くまで広がっていた。
日本に帰った圭は、無事に聖華学園を卒業し、アメリカに帰ってきた。日本にいる間、頻繁におばあちゃんの家にも泊まりにいく日々を過ごしていたと史江から聞いた。
早瀬圭太は、圭が日本の高校を卒業してアメリカに帰るのに合わせて追いかけるようにアメリカに渡って来た。いつか圭とデュオとしてアメリカで活動したいと言う。アメリカで音楽をやりたいなら、とりあえず飯を作れるようにならなきゃ食っていけないと圭司が言うと、ロック・イン・ジャパンに住み着いて圭太の手伝いをするようになった。
圭司の姉、西川史江は予告通り翌年三月で聖華学園を辞め、しばらくアメリカをゆっくり見て回りたいと言って、一人でやってきた。当面は通訳や翻訳をしながら暮らす予定だと言っている。
菊池誠は、彼の事務所に所属するバンド「OJガール」——正式にはOJ Meets a girl——が、週刊日日の記事を発端とした馬鹿馬鹿しい騒ぎで活動を停止したにもかかわらず、逆に発売したアルバムがバカ売れし、事務所としては大儲けしたらしい。しかも、OJガールに端を発し楽器のスペシャリストをたくさん抱えてたこともあり、引く手数多の音楽事務所となっていった。さらに、圭太の姉である早瀬恵と結婚することになったという報告に、誰もが驚いた。
そして人生の転機というのは、ある日思い掛けない方向から突然訪れる。
OJ meets a girlで発売したシングル曲「アイム・ヒア・ジャパン」の英語バージョンを圭と圭太がロック・イン・ジャパン前でいつものように演奏していたのは、圭司の店の共同経営者であるボブ・ストックトンが訪ねてきたときだった。
ボブは陽気でノリのいいその曲をいたく気に入り、彼の勧めで新たに録音し直して、すでに八店舗となったボブの店の全店で流していたところ、客として訪れた有名なDJが自分の番組で拾い上げ、そしてラジオから全米に火がついた。それならと、すべて英語によるミニアルバムを急遽発売したところ、それに収録した「遥かなる大地」、いや圭が手を加えた「Over The Sea」が人気をさらに加速させたのだ。
圭と圭太はその年の音楽賞を受けることになり、作曲者の一人として、圭司は今、マジソンスクエアガーデンで行われた音楽祭へ招待されたのだ。
「それにしてもさ、あの二人もいくら忙しいったって、少しはうちでゆっくりしてってもいいじゃないか」
圭司はレッドカーペットを下りながら、ステラに愚痴った。
「仕方ないじゃない。明日からツアーで日本なんだから。フーミンだって一緒にいるんだし。ほら笑って」
階段の脇に張られたロープの向こうにいる観衆に笑顔で手を振りながら、ステラが言う。そうそう、言い忘れたが、西川史江は二人のマネージャーとして最近は活動している。
「いや、それにさ。あの二人、どうなんだよ。付き合ってんのか?」
ステラから言われて、無理矢理笑顔を作りながら圭司がいう。
「あら、いいじゃない。もしそうなら、私はうれしいけど」
「だって十三歳も離れてるんだぜ?」
「あなたと私は十五歳離れてますけど、私と別れたいの?」
そう睨まれて、圭司は言葉に詰まった。
「あっ、思い出した」突然、ステラが声を出した。
「どうした?」
「圭と初めて会った感謝祭の夜のこと覚えてる? 確か圭司は秘蔵のシャンパンをあけようって言ったのに、私はまだ飲ませてもらってない」
「ああ、そういえばずっと保冷庫にしまったままだ。忘れてた」
「じゃあ、帰ったら今度こそ乾杯ね」
「ああ、いい考えだ。ターキーを買っとけばよかったかな」
圭司は緊張していたことを忘れて、ステラと二人、主催者から用意された白いリムジンに乗り込んだ。
車窓からニューヨークの星空を見上げる。
今なら、圭はこの空に向かって、何を歌うだろうか。
⌘
少女は疲れ果てていた。
アミティの街から逃げ出し、目立たないように隠れながらひたすら南へ走り続けたが、そろそろ限界だった。足が痛くて、もう動けそうもない。しかも一昨日の朝、あの店でもらったパンを最後に何も食べていなかった。
ビルの隙間で段ボールを見つけ、ボロ切れを肩に掛け膝を抱えて少しだけ眠ったが、空腹と寒さですぐに目が覚める。
大人に見つかったら、きっとあそこへ連れ戻される。だが、もうどこへ逃げればいいのかわからなかった。
もう限界だ。そう思ったとき、風に乗ってギターの音が聴こえた。ビルの影から音のする方にそっと顔を覗かせると、黒い髪の男の人が路上でライブをしている。
今まで聞いたことのない彼の歌う曲に、いっぺんに心をぎゅっと掴まれた。
ライブが終わる。あの歌は、またどこかで聴けるだろうか。
少女が男の後ろを目立たぬように追うと、彼は街角の小さな店に入ってゆく。
躊躇いながら店の裏に回ると小さなゴミ置き場があった。もう歩く気力もない少女は、そこに身を潜めて待つことに決めた。
いつもでも逃げられるわけがない。でも、ここで待っていれば、最後にもう一度あの歌を聴けるかもしれない。ただそれだけを希望に、寒さを忘れるためさっき覚えたばかりの歌を少女は小さな声で繰り返し歌い続けた。
ママ、行かないで
パパ、帰ってきて
(了)
⌘
圭司がホールを出て石の階段の一番上に立つと、階段の両脇で待ち構えた観衆から大きな拍手が起こった。隣のステラが恥ずかしそうに圭司の左腕に右手を組み、二人は階段を下り始めた。
圭司は緊張で足が震えて、この階段に敷かれたレッドカーペットの上を躓かないで歩く自信がない。緊張を解こうと立ち止まり、大きく息を吸って視線を上げると、見慣れたはずのニューヨークの夜景がやけに遠くまで広がっていた。
日本に帰った圭は、無事に聖華学園を卒業し、アメリカに帰ってきた。日本にいる間、頻繁におばあちゃんの家にも泊まりにいく日々を過ごしていたと史江から聞いた。
早瀬圭太は、圭が日本の高校を卒業してアメリカに帰るのに合わせて追いかけるようにアメリカに渡って来た。いつか圭とデュオとしてアメリカで活動したいと言う。アメリカで音楽をやりたいなら、とりあえず飯を作れるようにならなきゃ食っていけないと圭司が言うと、ロック・イン・ジャパンに住み着いて圭太の手伝いをするようになった。
圭司の姉、西川史江は予告通り翌年三月で聖華学園を辞め、しばらくアメリカをゆっくり見て回りたいと言って、一人でやってきた。当面は通訳や翻訳をしながら暮らす予定だと言っている。
菊池誠は、彼の事務所に所属するバンド「OJガール」——正式にはOJ Meets a girl——が、週刊日日の記事を発端とした馬鹿馬鹿しい騒ぎで活動を停止したにもかかわらず、逆に発売したアルバムがバカ売れし、事務所としては大儲けしたらしい。しかも、OJガールに端を発し楽器のスペシャリストをたくさん抱えてたこともあり、引く手数多の音楽事務所となっていった。さらに、圭太の姉である早瀬恵と結婚することになったという報告に、誰もが驚いた。
そして人生の転機というのは、ある日思い掛けない方向から突然訪れる。
OJ meets a girlで発売したシングル曲「アイム・ヒア・ジャパン」の英語バージョンを圭と圭太がロック・イン・ジャパン前でいつものように演奏していたのは、圭司の店の共同経営者であるボブ・ストックトンが訪ねてきたときだった。
ボブは陽気でノリのいいその曲をいたく気に入り、彼の勧めで新たに録音し直して、すでに八店舗となったボブの店の全店で流していたところ、客として訪れた有名なDJが自分の番組で拾い上げ、そしてラジオから全米に火がついた。それならと、すべて英語によるミニアルバムを急遽発売したところ、それに収録した「遥かなる大地」、いや圭が手を加えた「Over The Sea」が人気をさらに加速させたのだ。
圭と圭太はその年の音楽賞を受けることになり、作曲者の一人として、圭司は今、マジソンスクエアガーデンで行われた音楽祭へ招待されたのだ。
「それにしてもさ、あの二人もいくら忙しいったって、少しはうちでゆっくりしてってもいいじゃないか」
圭司はレッドカーペットを下りながら、ステラに愚痴った。
「仕方ないじゃない。明日からツアーで日本なんだから。フーミンだって一緒にいるんだし。ほら笑って」
階段の脇に張られたロープの向こうにいる観衆に笑顔で手を振りながら、ステラが言う。そうそう、言い忘れたが、西川史江は二人のマネージャーとして最近は活動している。
「いや、それにさ。あの二人、どうなんだよ。付き合ってんのか?」
ステラから言われて、無理矢理笑顔を作りながら圭司がいう。
「あら、いいじゃない。もしそうなら、私はうれしいけど」
「だって十三歳も離れてるんだぜ?」
「あなたと私は十五歳離れてますけど、私と別れたいの?」
そう睨まれて、圭司は言葉に詰まった。
「あっ、思い出した」突然、ステラが声を出した。
「どうした?」
「圭と初めて会った感謝祭の夜のこと覚えてる? 確か圭司は秘蔵のシャンパンをあけようって言ったのに、私はまだ飲ませてもらってない」
「ああ、そういえばずっと保冷庫にしまったままだ。忘れてた」
「じゃあ、帰ったら今度こそ乾杯ね」
「ああ、いい考えだ。ターキーを買っとけばよかったかな」
圭司は緊張していたことを忘れて、ステラと二人、主催者から用意された白いリムジンに乗り込んだ。
車窓からニューヨークの星空を見上げる。
今なら、圭はこの空に向かって、何を歌うだろうか。
⌘
少女は疲れ果てていた。
アミティの街から逃げ出し、目立たないように隠れながらひたすら南へ走り続けたが、そろそろ限界だった。足が痛くて、もう動けそうもない。しかも一昨日の朝、あの店でもらったパンを最後に何も食べていなかった。
ビルの隙間で段ボールを見つけ、ボロ切れを肩に掛け膝を抱えて少しだけ眠ったが、空腹と寒さですぐに目が覚める。
大人に見つかったら、きっとあそこへ連れ戻される。だが、もうどこへ逃げればいいのかわからなかった。
もう限界だ。そう思ったとき、風に乗ってギターの音が聴こえた。ビルの影から音のする方にそっと顔を覗かせると、黒い髪の男の人が路上でライブをしている。
今まで聞いたことのない彼の歌う曲に、いっぺんに心をぎゅっと掴まれた。
ライブが終わる。あの歌は、またどこかで聴けるだろうか。
少女が男の後ろを目立たぬように追うと、彼は街角の小さな店に入ってゆく。
躊躇いながら店の裏に回ると小さなゴミ置き場があった。もう歩く気力もない少女は、そこに身を潜めて待つことに決めた。
いつもでも逃げられるわけがない。でも、ここで待っていれば、最後にもう一度あの歌を聴けるかもしれない。ただそれだけを希望に、寒さを忘れるためさっき覚えたばかりの歌を少女は小さな声で繰り返し歌い続けた。
ママ、行かないで
パパ、帰ってきて
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