星に捧げる小夜曲

のえ桐花

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第一章 魔法都市サムサラ

星の消えた夜 1

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 嘘だ。
 誰か嘘だと言って。



 静かに目を閉じて横たえられた、亜麻色の髪の少女。
 その瞳の色を見ることは、もう叶わない。

「うそ……嘘でしょ、ねえ」

 首から下は真っ白なシーツに覆われていて、その下にどんな傷が隠されているのかはわからなかった。
 ただ、とにかく見える部分は――眠っているだけに見えるくらい、綺麗だった。
 市警と魔術師ギルドの検分の後、シスターたちが見てくれを整えてくれたようだ。
 死化粧を施された頬も唇も赤みが差していて、呼吸をしていないなんて信じられない。

「やだ……嫌だ、嫌だよぉ……エステルっ……! 返事してよ、エステル……」

 遺体に縋りついてしゃくり上げるリルフィーナを、グリンプス司祭もシスターたちも、付き添いで来たセリやニコルも痛ましい目で見守るしかない。
 孤児院の子供たちは、エステルとリルフィーナが対面する前に、別室へ移動していた。
 今はそれを気にしている余裕なんてないけれど、きっと後で配慮に感謝するだろう。
 こんなに取り乱した姿を、『兄弟たち』には見られたくはない。

「どうして、どうしてあなたが死ななきゃいけないの……」

 つい数日前、元気でいたのに。
 あの帰り際の見送りの姿が、最後になるなんて。
 リルフィーナの様子を見て、自分も諦めないと言っていたエステルの、真っ直ぐな眼差しを思い出す。
 彼女には夢があった。将来があった。
 好きな人がいて、目標のために頑張って、今を懸命に生きている普通の女の子だった。
 それなのに。

 こんなに冷たくなって。
 息をしていなくて。
 もう、笑わない。
 何も話さない。
 瑞々しい若葉のような碧の瞳に、自分を映すことも、もう。

「エステル……う、ぅっ……エステ………………ッああぁあああぁあぁぁ……ッッッ!!」

 少女の遺体が安置された教会の一室いっぱいに、慟哭が響き渡る。
 こんな声を上げたのは、生まれて初めてだった。
 訳がわからない。
 エステルが死んだ。
 それも、生来懸念されていた病弱さによるものではなくて、何者かに殺されたのだという。

 朝方、サムサラの通りに倒れている彼女を、早い時間に出勤している街の人が発見したのだと。
 場所は繁華街と住宅街の境目で、孤児院からもそう遠くはないが。昼間も付き添いなしで外に出掛けることが殆どないようなエステルが、夜間ひとりで出ていく理由がない。
 一体彼女の身に何が起きたのか。
 そして。

「誰が……こんなことしたの……。どうして……」

 やっと落ち着いてきた様子のリルフィーナに、エステルの身を清めたシスターのひとりが「獣に襲われたような傷が付いていた」と告げる。
 街の中で見付かったのに、獣に襲われた形跡があるとは。

「モンスターが街に入ってきた……?」

 いや、有り得ない。
 魔法都市の外周に張り巡らされた結界に異常が生じたら、魔術師ギルドの者たちが気付かない筈がない。もし結界が破られて、彼らが防衛網を築く前に被害が出たとしても、犠牲になったのは彼女ひとりでは済まなかっただろう。
 昨夜はそんな騒ぎがあったとも聞かないし。

 そもそも、サムサラの周囲には通常そこまで凶暴なモンスターは棲息していない。
 危険度を考えれば、中央の塔の地下に封じられているものたちの方が恐ろしいが、その封印も厳重に管理されている筈だ。
 とすると、考えられるのは獣やモンスターを連れて堂々と街を出入りしている冒険者か。
 テイマー系のクラスやハンターなどの中に、彼女を殺した犯人がいるのだろうか。

 エステルが夜に外出していること自体、おかしい。違和感がある。
 そうしなければいけない理由があったとして、誰にも告げずに外に出たのは不可解だ。身体のことを考えれば、何かあった時ひとりきりでは対処できない可能性もあるのに。

 黙って思考を巡らせているリルフィーナに、ひとりのシスターが歩み寄る。

「これ……エステルがあなたにって作っていたものなの」

 彼女の手には作り掛けの髪飾りの材料があった。
 透けたシフォンを寄せて作られた白い花は小さいものの、花嫁が着ける装飾を思わせる。
 自分よりも先に、お嫁に行ったかも知れないのに。
 なんだかおかしくなって、喉の奥で笑いを噛み殺した。
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