13 / 25
第一章 魔法都市サムサラ
星の消えた夜 1
しおりを挟む
嘘だ。
誰か嘘だと言って。
静かに目を閉じて横たえられた、亜麻色の髪の少女。
その瞳の色を見ることは、もう叶わない。
「うそ……嘘でしょ、ねえ」
首から下は真っ白なシーツに覆われていて、その下にどんな傷が隠されているのかはわからなかった。
ただ、とにかく見える部分は――眠っているだけに見えるくらい、綺麗だった。
市警と魔術師ギルドの検分の後、シスターたちが見てくれを整えてくれたようだ。
死化粧を施された頬も唇も赤みが差していて、呼吸をしていないなんて信じられない。
「やだ……嫌だ、嫌だよぉ……エステルっ……! 返事してよ、エステル……」
遺体に縋りついてしゃくり上げるリルフィーナを、グリンプス司祭もシスターたちも、付き添いで来たセリやニコルも痛ましい目で見守るしかない。
孤児院の子供たちは、エステルとリルフィーナが対面する前に、別室へ移動していた。
今はそれを気にしている余裕なんてないけれど、きっと後で配慮に感謝するだろう。
こんなに取り乱した姿を、『兄弟たち』には見られたくはない。
「どうして、どうしてあなたが死ななきゃいけないの……」
つい数日前、元気でいたのに。
あの帰り際の見送りの姿が、最後になるなんて。
リルフィーナの様子を見て、自分も諦めないと言っていたエステルの、真っ直ぐな眼差しを思い出す。
彼女には夢があった。将来があった。
好きな人がいて、目標のために頑張って、今を懸命に生きている普通の女の子だった。
それなのに。
こんなに冷たくなって。
息をしていなくて。
もう、笑わない。
何も話さない。
瑞々しい若葉のような碧の瞳に、自分を映すことも、もう。
「エステル……う、ぅっ……エステ………………ッああぁあああぁあぁぁ……ッッッ!!」
少女の遺体が安置された教会の一室いっぱいに、慟哭が響き渡る。
こんな声を上げたのは、生まれて初めてだった。
訳がわからない。
エステルが死んだ。
それも、生来懸念されていた病弱さによるものではなくて、何者かに殺されたのだという。
朝方、サムサラの通りに倒れている彼女を、早い時間に出勤している街の人が発見したのだと。
場所は繁華街と住宅街の境目で、孤児院からもそう遠くはないが。昼間も付き添いなしで外に出掛けることが殆どないようなエステルが、夜間ひとりで出ていく理由がない。
一体彼女の身に何が起きたのか。
そして。
「誰が……こんなことしたの……。どうして……」
やっと落ち着いてきた様子のリルフィーナに、エステルの身を清めたシスターのひとりが「獣に襲われたような傷が付いていた」と告げる。
街の中で見付かったのに、獣に襲われた形跡があるとは。
「モンスターが街に入ってきた……?」
いや、有り得ない。
魔法都市の外周に張り巡らされた結界に異常が生じたら、魔術師ギルドの者たちが気付かない筈がない。もし結界が破られて、彼らが防衛網を築く前に被害が出たとしても、犠牲になったのは彼女ひとりでは済まなかっただろう。
昨夜はそんな騒ぎがあったとも聞かないし。
そもそも、サムサラの周囲には通常そこまで凶暴なモンスターは棲息していない。
危険度を考えれば、中央の塔の地下に封じられているものたちの方が恐ろしいが、その封印も厳重に管理されている筈だ。
とすると、考えられるのは獣やモンスターを連れて堂々と街を出入りしている冒険者か。
テイマー系のクラスやハンターなどの中に、彼女を殺した犯人がいるのだろうか。
エステルが夜に外出していること自体、おかしい。違和感がある。
そうしなければいけない理由があったとして、誰にも告げずに外に出たのは不可解だ。身体のことを考えれば、何かあった時ひとりきりでは対処できない可能性もあるのに。
黙って思考を巡らせているリルフィーナに、ひとりのシスターが歩み寄る。
「これ……エステルがあなたにって作っていたものなの」
彼女の手には作り掛けの髪飾りの材料があった。
透けたシフォンを寄せて作られた白い花は小さいものの、花嫁が着ける装飾を思わせる。
自分よりも先に、お嫁に行ったかも知れないのに。
なんだかおかしくなって、喉の奥で笑いを噛み殺した。
誰か嘘だと言って。
静かに目を閉じて横たえられた、亜麻色の髪の少女。
その瞳の色を見ることは、もう叶わない。
「うそ……嘘でしょ、ねえ」
首から下は真っ白なシーツに覆われていて、その下にどんな傷が隠されているのかはわからなかった。
ただ、とにかく見える部分は――眠っているだけに見えるくらい、綺麗だった。
市警と魔術師ギルドの検分の後、シスターたちが見てくれを整えてくれたようだ。
死化粧を施された頬も唇も赤みが差していて、呼吸をしていないなんて信じられない。
「やだ……嫌だ、嫌だよぉ……エステルっ……! 返事してよ、エステル……」
遺体に縋りついてしゃくり上げるリルフィーナを、グリンプス司祭もシスターたちも、付き添いで来たセリやニコルも痛ましい目で見守るしかない。
孤児院の子供たちは、エステルとリルフィーナが対面する前に、別室へ移動していた。
今はそれを気にしている余裕なんてないけれど、きっと後で配慮に感謝するだろう。
こんなに取り乱した姿を、『兄弟たち』には見られたくはない。
「どうして、どうしてあなたが死ななきゃいけないの……」
つい数日前、元気でいたのに。
あの帰り際の見送りの姿が、最後になるなんて。
リルフィーナの様子を見て、自分も諦めないと言っていたエステルの、真っ直ぐな眼差しを思い出す。
彼女には夢があった。将来があった。
好きな人がいて、目標のために頑張って、今を懸命に生きている普通の女の子だった。
それなのに。
こんなに冷たくなって。
息をしていなくて。
もう、笑わない。
何も話さない。
瑞々しい若葉のような碧の瞳に、自分を映すことも、もう。
「エステル……う、ぅっ……エステ………………ッああぁあああぁあぁぁ……ッッッ!!」
少女の遺体が安置された教会の一室いっぱいに、慟哭が響き渡る。
こんな声を上げたのは、生まれて初めてだった。
訳がわからない。
エステルが死んだ。
それも、生来懸念されていた病弱さによるものではなくて、何者かに殺されたのだという。
朝方、サムサラの通りに倒れている彼女を、早い時間に出勤している街の人が発見したのだと。
場所は繁華街と住宅街の境目で、孤児院からもそう遠くはないが。昼間も付き添いなしで外に出掛けることが殆どないようなエステルが、夜間ひとりで出ていく理由がない。
一体彼女の身に何が起きたのか。
そして。
「誰が……こんなことしたの……。どうして……」
やっと落ち着いてきた様子のリルフィーナに、エステルの身を清めたシスターのひとりが「獣に襲われたような傷が付いていた」と告げる。
街の中で見付かったのに、獣に襲われた形跡があるとは。
「モンスターが街に入ってきた……?」
いや、有り得ない。
魔法都市の外周に張り巡らされた結界に異常が生じたら、魔術師ギルドの者たちが気付かない筈がない。もし結界が破られて、彼らが防衛網を築く前に被害が出たとしても、犠牲になったのは彼女ひとりでは済まなかっただろう。
昨夜はそんな騒ぎがあったとも聞かないし。
そもそも、サムサラの周囲には通常そこまで凶暴なモンスターは棲息していない。
危険度を考えれば、中央の塔の地下に封じられているものたちの方が恐ろしいが、その封印も厳重に管理されている筈だ。
とすると、考えられるのは獣やモンスターを連れて堂々と街を出入りしている冒険者か。
テイマー系のクラスやハンターなどの中に、彼女を殺した犯人がいるのだろうか。
エステルが夜に外出していること自体、おかしい。違和感がある。
そうしなければいけない理由があったとして、誰にも告げずに外に出たのは不可解だ。身体のことを考えれば、何かあった時ひとりきりでは対処できない可能性もあるのに。
黙って思考を巡らせているリルフィーナに、ひとりのシスターが歩み寄る。
「これ……エステルがあなたにって作っていたものなの」
彼女の手には作り掛けの髪飾りの材料があった。
透けたシフォンを寄せて作られた白い花は小さいものの、花嫁が着ける装飾を思わせる。
自分よりも先に、お嫁に行ったかも知れないのに。
なんだかおかしくなって、喉の奥で笑いを噛み殺した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
嘘はあなたから教わりました
菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる