星に捧げる小夜曲

のえ桐花

文字の大きさ
14 / 25
第一章 魔法都市サムサラ

星の消えた夜 2

しおりを挟む
「リル……無理しちゃダメよ」

 葬儀の前に、一端屋敷に戻ったリルフィーナの肩に、手を乗せて気遣うセリ。

「平気。私は大丈夫だから」

 痛い思いをしたのも、苦しい思いをしたのも、自分ではない。
 獣らしきに深手を負わされ命尽きたなら、どんなに恐ろしく苦痛に塗れながら死んでいったのだろう。
 そんな死に方をしていいではなかったのに。
 遺体を目の当たりにしても、未だに信じられなかった。
 まだ何かの拍子に息を吹き返すのではとか、本当はたちの悪い悪戯で、ひょっこり生きている本人が出てくるのではと期待してしまう。
 それが有り得ないと理解していても。

「……私……ギルドを抜ける時『実家の家族が大変だから』って出任せを言って、出てきたの……」

 あの時は咄嗟に思い付いた口実だったのに、戻った先でこんなことになってしまうとは。

「だから、エステルは死んじゃったのかな……私が嘘を、ついたせいで」
「そんなのっ、関係ないわよ!」

 椅子に掛けて項垂れるリルフィーナを、セリぼ腕がぎゅっと抱き締める。

「リルのせいだなんて、ある訳ないわ。あんたは何も悪くない」
「でも……っ」

 セリの温もりと声に、じわりと涙が滲む。
 優しくされるのが辛い。

「自分を責めなきゃ耐えられない? でもね、これは事実なの。エステルは死んだ。リルの、なんにも関わりのないところで」

 本当に、彼女の言う通りだ。
 頭では解っているのに、受け入れられないだけ。
 こんな酷いことになったのは、自分が悪いことをしたからだと、自罰の思いにすり替えて現実から目を逸らそうとしている。

『自分を下げるのはよくないわ』

 親友の、優しく嗜める声が頭の中に響く。

(エステルも……私がこんな風に自分を責めようとするのを、きっと望まない)

 それならば、今自分はどうするべきなのか。
 少しずつ少しずつ、悪い考えから別の方へ、思考を移していく。

「ありがとう、セリ……もう大丈夫だから」
「ん」

 リルフィーナの顔を見て、セリは少しほっとしたように離れた。

「お葬式に出る準備をしなきゃ」
「服とか? このままでも大丈夫?」

 これが自分の一張羅、とばかりに着ている道着を見せるセリに「大丈夫だよ」と答える。

「一般の人……たまたま近くで鐘を聞いて参列する人もいるから」
「そっか」

 確か昔着た黒いワンピースがあった筈だと、リルフィーナはポーチを探る。
 確かにワンピースはあったにはあった。
 けれど、取り出していざ着てみようとするとサイズが小さい。

「あ、あれ?」
「それだけ大きくなったってことよね」

 小さくなったワンピースを身体に当てたまま、目が点になっているリルフィーナを見て、微笑ましげにセリが言った。
 確かに、ここ一年二年で大夫背丈が伸び、体つきも丸みを帯びて女性らしくなってきていた。
 それまでは、周りの子と比べると成長が遅かったのだ。
 毎日自分の身体と付き合っている本人は、そこまで実感や自覚がなくても、セリやニコルと再会した時「大きくなった」と感心されただけの成長はしていたらしい。

 それはそれとして、服をどうしようと思っているところで、扉がノックされた。

「今、よろしいですか?」

 やって来たのは、滑車の付いた衣紋掛けを引くメイドを伴ったニコルだった。



「わぁ……」

 リルフィーナは鏡に映る自分の姿に目を煌めかせた。
 弔事用の黒いドレスは装飾こそシンプルだが、上等な布地にレースやリボンがあしらわれている。
 青みがかった艷やかな黒髪は、ハーフアップにして結んだところに黒い花の飾りが着けられていた。
 全部リルフィーナが戸惑っている間に、メイドたちがあっという間にやってくれた。
 自分の方が魔術師のくせに、手際がよすぎて「まるで魔法みたい」だと思ってしまった。

「おお~~~! すんごい可愛いじゃない! こういう格好すると、やんごとなきご令嬢って感じね」
「そ、そうかな」

 大人の女性らしく意匠の違う喪服を着せられたセリが、自分の姿そっちのけでテンションを上げている。

「むふーーーーーほんっと可愛い。こんな姿なかなか見られないだろうし、写真機があったら絶対撮るのにぃ……!」
「それはいいですね」

 はっとしたニコルが、メイドに魔導写真機を持って来るようにと伝えた。

「え、あるの!? 流石上流階級! 神様仏様ニコル様~~~!」
「先代のコレクションですけど、こういう時に使わなければ宝の持ち腐れですもんね」
「ですです! 道具は使ってこそ!」
「あ、あの~……」

 被写体(予定)をそっちのけで盛り上がっている二人に、完全に置いてけぼりのリルフィーナだった。



 ひとしきり撮影会が終わって。

「ひとつ、気になることがあるのです」

 改まった様子でニコルが切り出した。

「魔術師ギルドの検分の結果を見せて貰ったのですが、エステルさんのお身体には、他の方にはないものがあったようで」
「あ……」

 エステルの服の下にある特徴は、リルフィーナにも心当たりがあった。
 子供の頃から一緒に過ごしていたから、着替えや入浴もいつも一緒だったから知っている。

「エステルの胸元には、何かの紋のような印がありました」
「以前からあったものだったのですね」
「はい。昔聞いたんですけど、生まれつきのもので孤児院に来る前、一緒に暮らしていたお祖母さまにも同じものがあったそうです」

 左寄りの胸元にある、不思議な紋様。
 彼女自身は、その由来などは聞かされていなかったらしい。ただ、祖母は『とても大切なものだから、信頼の置ける人以外には見せないように』と言っていたという。

「……小さい頃のお風呂なんて、それこそ芋洗い状態でしたから、隠すのは無理でしたけどね」

 それでもエステルの秘密は、孤児院の子供たちと、シスターのような運営に関わる者たちしか知らなかったろう。

「もしかして、それが今回の件と関係があるんですか?」
「いえ、まだそこまでは分かりません」

 ニコルは申し訳なさそうに首を振った。

「ギルドの方でも今調べているところで、あの印が何らかの意味を持つこと以外はまだ……。エステルさんが襲われたこととの因果関係も、これからですね」
「そうですか……」

 その返答に、リルフィーナは肩を落とした。
 何かが見え掛けた気がしたのは一瞬で、真相はまだ夜闇の中に置き去りにされたままだ。
 知りたい。
 どうして、彼女が死ななければならなかったのか。
 犯人を突き止めて、そして――

「リ~ルっ」

 呼び掛けにはっと目を向けると、セリが緩やかな顔で微笑んでいた。

「今はとりあえずさ、見送ってあげよう。悔いのないようにね」

 葬儀の時間が迫っている。
 姉妹のように育った大切な親友に、お別れを告げる時が。
 リルフィーナはセリに頷いて、佇まいを正した。

「それとさ、作り掛けの髪飾り」
「?」

 シスターから受け取った、形見のようになってしまったもののことに言及されて、リルフィーナはぱちりと瞬きをひとつ。

「あれ、続きをあたしがやって、仕上げてもいい? リルが着けたら、あの子も喜ぶんじゃないかって思ってさ」
「セリ……」

 その提案に、思わずうるっとしてしまう。
 ちょっと照れ臭そうに、手をパタパタと振るセリ。

「いや~、あたし繕い物くらいしかしないから、手芸でござい! みたいな腕はないしアレだけどね」
「……お願いしても、いい?」
「当たり前だよ。あたしの方が頼んでるんだからね」

 セリの取り出したハンカチが、少女の目許を拭った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...