星に捧げる小夜曲

のえ桐花

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第一章 魔法都市サムサラ

小夜曲をきみに

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 魔術師ギルドからの依頼として、パルスと名乗っていた男の行方を追う。
 とはいえ、その足取りを追うのは容易ではなさそうだ。

「空間の裂け目作って逃げちゃったんでしょ、元パルス先生。それじゃ追い掛けようがないわよね」

 名前がないと呼びにくい、と『元』を付けて話すセリ。
 ニコルの屋敷に戻ってきた後、三人と一体で地図を広げた卓を囲んでいた。

『あれはギレの力だ。俺様も使えるが、流石に相手の行き先までは追えねぇな』
「転移の力自体は、今も使えるの?」

 リルフィーナが尋ねると、悪魔はちょっと考えるような仕草をした。

『うーん、まあ多分……? この封印、お前の魔力以上の力は出せなくなるみてぇだけど……』
「なんか頼りないわねぇ」

 覚束ない返答に、セリが肩を竦める。それを睨む悪魔だが、見た目は猫のマスコットなので迫力がない。

「私の力、か……」

 昨晩、自分が発揮した不思議な力のことを、リルフィーナは振り返る。
 あれは一体、何だったのか。

「潜在能力というものでしょうか」

 意を酌んだようにニコルが言う。
 目を向けると、彼は安心させるように笑みを浮かべてリルフィーナを見た。

「昔、同じような力を持つ友人がいました。その人は古い時代の血族の末裔だったようで……その力を自在に発揮できるようになるまでは、随分と時間が掛かったそうです」
「古い時代の……」

 確か何かの文献にもあった気がする。
 有史以前に存在していた特殊な能力を持つ民の血脈が、今の世界にもいくつか残されていると。
 そのひとつが自分に繋がっているのだろうか?
 ならばかつてのニコルの知人のように、自分もその力を扱えるようになる日が来るのだろうか。
 分からない、けれどエステルの魂を救うには、あの男との対峙は避けられない。とすれば、力を自由に解放する術を会得しなければならないだろう。

「思えば、エステルさんもそうした古き血を継ぐ方のひとりだったのかも知れませんね」

 続くニコルの言葉に、なんとなく得心がいく。
 エステルの胸元にあった印は、彼女の先祖から代々受け継がれてきたものだったのだろう。恐らくは封印か、眠りに纏わることに関係する類の。

「あなたとエステルさんが同じ孤児院で出会ったことにも、数奇なものを感じます。まるで、何かによって定められていたかのように……」

 呟くような声を聞きながら、『運命』という言葉がリルフィーナの頭を過ぎっていく。
 止めることもできず、抗いようもなかった出来事。

「でも、私はエステルが殺されたことを、運命だったなんて思いたくないです」
「リルフィーナ……」

 今だって、この現実は間違っていると思っている。
 エステルは清く正しい生き方をしていた。
 人を羨むことはあっても恨むことはせず、自分の進むべき道を見付けて懸命に生きていた。
 そんな人間が、道半ばで一方的に命を奪われていい筈はない。

「もう何をしても、生き返るようなことはない……でも、エステルの魂が利用されて、それが悪いことに繋がるのなら尚更、全力で止めなきゃって思うんです」

 決意を表す言葉に、一瞬場が水を打ったように静かになる。
 が、セリが「うん!」と大きく頷いて空気が戻った。

「そうだよ。なくなった命は戻せないけど、それならそれで行くべき場所があるでしょ。捕まえて何かに使おうなんて、あたしも正しいとは思えないよ」

 彼女は「それで、元パルス先生の行き先なんだけど」と続ける。

「『死者たちの国の神を目覚めさせる』だっけ、エステルちゃんを利用しての目的が。これをヒントにするしかないんじゃないかなって、思うのよね」
「数少ない手掛かりですね……」

 ニコルを通して聞いていたけれど、彼の診療所や自宅からはめぼしいものは何も出てこなかったという。
 もう、昨晩交わした言葉から拾うしかなさそうだった。

「『神』って言っても……」

 リルフィーナは頭を悩ませる。
 この世界の神という存在は、有史以前にあった大きな災厄の際に力を使い果たして消失したか、深い眠りに就いたとされていて、殆どの伝承が失われていた。
 この国ヴェルヌスで主に信仰されているのはそれより遥かに近い時代の、建国の英雄が神格化されたものだし、それ以外は各地域で民間信仰が残っているくらいのものだ。

「死者の国、死後の世界……ようするに『あの世』って言っても、地域によって全然違うんじゃなかったっけ?」

 セリも首を傾いで難しい顔をしている。
 そういえば、各地のダンジョンや遺跡にも、それらしき名を冠されたものがあったなと思う。

「ねえ、セリ」
「うん?」
「スイレンには『ヨモツヒラサカ』っていうダンジョンがあったでしょう? あれも死者の国への道みたいな意味があるんじゃなかったっけ」

 ヨモツヒラサカはアンデッドや亡霊系のモンスターが出るダンジョンで、低階層は魔法職の初心者向けと言われている。
 リルフィーナも、数年前は通っていたところのひとつだった。

「確かに……あそこは黄泉の国に繋がる洞窟に準えて、そう呼ばれるようになったんだっけね」

 ぽんと手を打ったセリが「とりあえず行ってみる?」と尋ねてくるのに頷いた。
 行ったところで何かを得られるかは分からない。
 けれど他に手掛かりになるものもない以上、手をこまねいているよりは動いた方がいいだろう。
 もしかしたら、ここから『あの世』巡りの旅が始まってしまうのかも知れないが。

「叶うことなら、私も付いて行きたいのですが……」
「先生は塔での仕事がいっぱいあるんでしょ」
「でも、リルフィーナが心配で……」

 セリに突っ込まれながら、ニコルはよよよと顔に手を当てる。

「セリ、本当によろしくお願いしますよ……。こちらでも新たに何か分かりましたら、連絡しますから」
「もう、分かりましたから~」

 ぺしぺしと背中を叩かれて宥められているニコルを見ると、どっちが年上だかよく分からなくなるリルフィーナだった。
 少女は退屈そうに宙に浮いている悪魔を見遣る。

「ノーグもそれでいいよね」
『今の俺様に選択肢はねぇだろ』

 なんだか不貞腐れているようだ。

『ギレの奴の気配も、もう近くにでもいないとわかんねぇようだし……ったく、あいつなんであんな人間なんかに従わされてんだよ』
「……そっか、あの子に会いたかったんだよね」

 片割れ、相棒……人で例えるとしたらどんな間柄がしっくりくるのかは分からない。けれどノーグはあの悪魔の封印が解かれたことを知って会いに来たのだ。
 ギレという悪魔が彼と同じように知性を持っているのなら、あの男の支配下にある状態は本来のものではなかったのだろう。

「今度はちゃんと、話ができるといいね」
『……お前よぉ』

 黒猫のマスコットがしげしげと見てくる。

『底抜けのお人好しって言われねぇか?』
「え、普通じゃない?」

 目を丸くして返したリルフィーナに、ノーグは盛大な溜息をついたのだった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 冒険者ギルドに併設された酒場にて。
 とある吟遊詩人は今日もその片隅で、リュートを爪弾いていた。
 陽はまだ高く、人は少ない。
 けれど耳を傾ける者がいようといまいと、彼は変わらず音色を響かせる。
 ほろりほろりと、風に乗せて。

「すみません、一曲弾いて貰えますか?」

 黒猫のマスコットのような使い魔を連れた魔術師の少女が、財布からコインを取り出す。

「構いませんよ、リクエストをどうぞ」

 にこやかにコインを受け取ると、少女はほっとした顔で答えた。

「あの、名もなき花の、小夜曲を……」
「『月光と星空の下、草原に咲く名もなき花々に捧げる小夜曲』ですね」

 昔から親しまれている名曲だが、長い曲名だ。
 恐らくきちんとした名称は、奏者くらいしか覚えていないだろう。
 少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、少女は「はい」と頷く。

 広いフロアに響く小夜曲セレナーデを、少女は噛み締めるように聴いていた。

「お待たせ、リル。登録終わったよ!」

 曲が終わる頃、ギルドの奥からモンクらしき女性が少女の側にやって来る。
 その手に掲げた冒険者証のランクはAだ。

「すごい、始めからAなんて」
「えっへへー。まあ、これがあたしの現状って感じかな」

 少女が感嘆し、女性は胸を張る。冒険者の登録をして早々に、測定でそんなランクになるということはなかなかない。
 元々武術を修めていたのだろうか。

「でも、まだまだなのよね。これからもっと強くならないと」
「わぁ……私も負けてられないなぁ」

 吟遊詩人にとっては、Aランク同士の話は雲の上のことだ。
 この辺りに腰を落ち着けてしまった自身には、そんなに強くなってどうするのだろうという気持ちしかないが……上を目指す者には強くなるだけの理由があるのだろう。

「素敵な曲、ありがとうございました!」

 去り際、ぺこりと頭を下げる少女の髪には、シフォンで作られた白い花の髪飾りがあった。深い海のような、夜の帳のような色の髪によく似合っている。

「旅のご無事を――」

 立ち上がって一礼し、見送る詩人に頷いて、二人と一体は背を向け歩き出した。
 その道は蒼天の空の下、続いている。
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