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江戸のあるお話
偽りのさよなら
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(………終わった)
アイツと過ごした部屋を優しく照らす月を見上げて、私は小さく息を吐いた。
私を苦しめた一方で権力と金を欲しいままにしていた輩は、謎の集団によって葬られた。
その集団のひとりがアイツだなんて思いもよらなかったけど。
結局私は、その輩を成敗するための餌として利用されていたに過ぎなかったのだろう。
でも、匿ってもらっていた置屋の女将にすべてを聞かされても、不思議と嫌な気はしなかった。
たとえ利用されていただけだとしても、アイツが夜毎くれていた悦びが私を満たしてくれていたのは確かなのだから。
そのせいか。
『身を引いちゃくれないかね?』
話が終わってすぐに差し出された金子の束も、あっさり受け取れた。
多少なりとも抵抗すると思っていたのか、女将はやや面食らっていたけれど、私さえよければ勤め先や生活場所も世話すると言ってくれた。
でも、それは丁重に断った。
やり直すなら、アイツがいないところの方がいい。
郷に帰って貰った金子を元手に、城下で小さなお店でも開いてささやかに暮らそう。
アイツがくれた、幸せな記憶を抱きしめて──。
「おい!」
将来に思いを馳せていた私の思考は、いきなり聞こえた声にかき消される。
「どうして………」
「お前何処行くつもりなんだよ?」
「何処だっていいでしょ」
顔を背けながらも、胸の鼓動が収まらない。
どうしてここに来たのよ。
もう、会わない心づもりでいたのに。
「……ったく。お前は俺がもらい受けるって前から言ってたのによ。女将の奴」
「は? き、聞いてないわよそんな話!」
「あっそ。なら今言ってやるよ。お前は今日から俺の女房だ」
「お断りよ」
「おい」
「もう……私のことは黙って捨て置いて。夢は、終わったんだから」
「夢?」
訝しげな声が返ってくる。
「そうよ。騙されて江戸に出てきて悪事に巻き込まれてた愚かな娘が見ていた、つかの間の夢」
虚をつかれたような顔で、アイツが私を見る。
「女将さんに聞いたわ。世の中には私みたいな娘がたくさんいる。ひとりでも多くの娘を救うために、アンタには働いてもらわなきゃならないんだ、って」
日頃言い含められているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をして首を竦めたヤツが、大きなため息をついた。
「アンタには、私と同じように夢を見させてあげなきゃいけないひとが、たくさんいる」
泣きそうになるのをグッと堪えて手をつき、頭を下げる。
「だから、これきりにして……お願い」
身体が小刻みに震える。
駄目、止まってよお願い。
聡いコイツにはわかってしまうから。
ヤツが立ち上がる気配がした。
「………元気でな。二度と騙されんじゃねぇぞ」
その声に顔を上げると、背を向けて、手を軽く上げたアイツが部屋を出ていく。
その瞬間、止められない涙が頬を濡らした。
これでいいんだ。
私がいたら、いつか必ずアイツの足でまといになる。
でも、最後にこれだけは言わせて。
「わたし」
たとえもう、届かないとわかっていても。
「あんたの女房に……なりたかった」
音にしてしまったら、もう、止まらない。
感情の赴くままに肩を揺らしてしゃくりあげる。
いつの間にか、惚れていた。
私が閨でどんなに生意気やわがままを言っても、余裕の顔でいなしてくれて。
冷えきっていた心と身体を、時間をかけてほぐしてくれた、多分最初で最後の男性。
そばにいたかった。
でも、私といたら、あんたは────。
最悪の想定が頭を過ぎり、恐怖のあまりすくんだ身体が、突如浮いた。
「え、っ……! な──」
いきなりきつく抱きしめられて、顎を固定されてそのまま唇を奪われる。
「ふ、ぅ……んっ」
するり、と入ってくる舌の動きで背筋に何かが駆け上がって、下半身に甘い熱が溜まる。
しばらくして離れた私の目に映るのは。
出て行ったはずの、ヤツ、だった…………。
アイツと過ごした部屋を優しく照らす月を見上げて、私は小さく息を吐いた。
私を苦しめた一方で権力と金を欲しいままにしていた輩は、謎の集団によって葬られた。
その集団のひとりがアイツだなんて思いもよらなかったけど。
結局私は、その輩を成敗するための餌として利用されていたに過ぎなかったのだろう。
でも、匿ってもらっていた置屋の女将にすべてを聞かされても、不思議と嫌な気はしなかった。
たとえ利用されていただけだとしても、アイツが夜毎くれていた悦びが私を満たしてくれていたのは確かなのだから。
そのせいか。
『身を引いちゃくれないかね?』
話が終わってすぐに差し出された金子の束も、あっさり受け取れた。
多少なりとも抵抗すると思っていたのか、女将はやや面食らっていたけれど、私さえよければ勤め先や生活場所も世話すると言ってくれた。
でも、それは丁重に断った。
やり直すなら、アイツがいないところの方がいい。
郷に帰って貰った金子を元手に、城下で小さなお店でも開いてささやかに暮らそう。
アイツがくれた、幸せな記憶を抱きしめて──。
「おい!」
将来に思いを馳せていた私の思考は、いきなり聞こえた声にかき消される。
「どうして………」
「お前何処行くつもりなんだよ?」
「何処だっていいでしょ」
顔を背けながらも、胸の鼓動が収まらない。
どうしてここに来たのよ。
もう、会わない心づもりでいたのに。
「……ったく。お前は俺がもらい受けるって前から言ってたのによ。女将の奴」
「は? き、聞いてないわよそんな話!」
「あっそ。なら今言ってやるよ。お前は今日から俺の女房だ」
「お断りよ」
「おい」
「もう……私のことは黙って捨て置いて。夢は、終わったんだから」
「夢?」
訝しげな声が返ってくる。
「そうよ。騙されて江戸に出てきて悪事に巻き込まれてた愚かな娘が見ていた、つかの間の夢」
虚をつかれたような顔で、アイツが私を見る。
「女将さんに聞いたわ。世の中には私みたいな娘がたくさんいる。ひとりでも多くの娘を救うために、アンタには働いてもらわなきゃならないんだ、って」
日頃言い含められているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をして首を竦めたヤツが、大きなため息をついた。
「アンタには、私と同じように夢を見させてあげなきゃいけないひとが、たくさんいる」
泣きそうになるのをグッと堪えて手をつき、頭を下げる。
「だから、これきりにして……お願い」
身体が小刻みに震える。
駄目、止まってよお願い。
聡いコイツにはわかってしまうから。
ヤツが立ち上がる気配がした。
「………元気でな。二度と騙されんじゃねぇぞ」
その声に顔を上げると、背を向けて、手を軽く上げたアイツが部屋を出ていく。
その瞬間、止められない涙が頬を濡らした。
これでいいんだ。
私がいたら、いつか必ずアイツの足でまといになる。
でも、最後にこれだけは言わせて。
「わたし」
たとえもう、届かないとわかっていても。
「あんたの女房に……なりたかった」
音にしてしまったら、もう、止まらない。
感情の赴くままに肩を揺らしてしゃくりあげる。
いつの間にか、惚れていた。
私が閨でどんなに生意気やわがままを言っても、余裕の顔でいなしてくれて。
冷えきっていた心と身体を、時間をかけてほぐしてくれた、多分最初で最後の男性。
そばにいたかった。
でも、私といたら、あんたは────。
最悪の想定が頭を過ぎり、恐怖のあまりすくんだ身体が、突如浮いた。
「え、っ……! な──」
いきなりきつく抱きしめられて、顎を固定されてそのまま唇を奪われる。
「ふ、ぅ……んっ」
するり、と入ってくる舌の動きで背筋に何かが駆け上がって、下半身に甘い熱が溜まる。
しばらくして離れた私の目に映るのは。
出て行ったはずの、ヤツ、だった…………。
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