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番外編
酒に酔う奥さんと、嫁に酔う旦那さん①
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働き詰めだった燈哉さんがようやく通常通りの勤務に戻った、とある金曜の夜。
仕事上のトラブルは無事に解決したそうで、この週末は久しぶりに連休が取れるらしい。
ふたりで過ごせる久しぶりの休日が、楽しみでたまらない。
彼が体調を崩すことなく忙しい時間を抜けられたことも、嬉しかった。
今夜の夕食はちょっと豪華にしてみよう、ケーキでも焼こうかな、なんてるんるんと買い物に出るくらい、私は浮かれていた。
スーパーへ向かう道すがら、ネットでレシピを検索しながら、はて、と首を傾げる。
ケーキは買った方がおいしいって、ずっと思ってたのに。
嫌々ながらも一度だけ自分でケーキを焼いて以来、自ら作ろうと思ったことなんか一度もないし、今だって、ど素人の私が作るよりプロの味の方がおいしいに決まっていると思うのに。
なんで、自分で作ろうと思ったんだろう。
あれは私が高校生の頃のことだ。
全他体にアホな父が、誕生日に桜の手作りケーキが食べたいとのたまったことがあった。
あまりのしつこさに断るのが面倒になり、その時、ものすごく嫌々だけど人生で初めて手作りケーキを焼いたのだ。
ただし、お手伝いさんに材料を揃えてもらって、分量まできっちり計って頂いて、付きっ切りで作り方を指導して貰っての手作りだけど。あれは果たして手作りと呼べるのだろうか。私はほぼほぼ混ぜることしかしなかった。
しかし、しかしだ。
にも関わらず、私の手にかかったケーキは大変な微妙な味に仕上がり。
ここまでお手伝いさんにいろいろ用意をして貰って、何かいろんな物を私なりに一生懸命混ぜたのに、その結果がこれなら買った方がおいしい上に混ぜなくてもいいではないかと、心底がっかりし、とても疲れたのをよく覚えている。
全体的にアホな父は喜んでいたけれど、喜ぶ父を見てものすごくしらっとした気持ちになった。
そうして、どうせ食べるならおいしい方がいいじゃないか、ケーキに限らずお菓子全般は市販のものを買った方がいいんだという結論に至ったのである。
そんな私が、浮かれた末にどうしてケーキを手作りしようと思ったのか。
小麦粉を手に取りながら考えてみたら、答えはすぐに見つかった。
それは、燈哉さんが「私が作った」ということ自体を、とても喜んでくれるからだと。
例え味は落ちたとしても、ケーキを作って、いつもよりちょっと豪華な夕食を用意して、燈哉さんを労いたい。だから、自分で作ってみようと思ったんだ。
ただしその法則でいくと全体的にアホな父の時も同じだったはずなのに、なぜ……。
なんかいろいろごめん、アホ親父に心の中で呟きながら、買い物を済ませてさっそくケーキ作りにとりかかった。
張り切ってお昼過ぎから準備した結果、ごはんもケーキも、見た目的にはなんとなくそれっぽいものが出来上がった。ネットでレシピをアップしてくれた方にただただ感謝だ。こんなパーティーメニュー、動画がなければ絶対に作れなかったし、作れたとしてもゲテモノみたいな何かが完成していたはず。ケーキ作りも、意外に楽しかった。なんか本当にごめん、親父。
実家からくすねて来たワインとビールも用意したし、準備は完璧!と頷いていると、エプロンのポケットの中でスマホが鳴った。 いそいそ確認すると、案の定、燈哉さんからのこれから帰るよーメールが届いていた。
すぐに料理をお皿に盛り付けて、ダイニングテーブルに並べる。
それから、冷やしていたケーキを冷蔵庫から取り出して、仕上げの粉砂糖をかけた。
袋に残った粉砂糖は輪ゴムで止めてから冷蔵庫に放り投げて、ケーキをお皿にうつす。初心者の味方!というレシピタイトルに惹かれて作ってみたガトーショコラは、自分が作ったとは思えないほど、それらしく仕上がっている。
味見を出来ないのがちょっと不安だけど、まずくてもどうか笑いがとれますように!と私は胸の内で祈った。
「ただいま」
「ぅわあぁっ!!」
背後から掛けられた声に、心臓が跳ね上がる。
あまりにも驚いて、大袈裟な叫びを上げてしまった。
「とっ、燈哉さん!お願いだから気配を全面的に押し出してから声を掛けてくださいっ!」
「ごめんね。驚く桜もかわいいから、つい」
ふふふ、と楽しそうに笑った彼に、後ろから抱きしめられる。
外から帰ったばかりのその体は冷たくて、そっと手を重ねて「おかえり」と言った。
「玄関のドアが開く音、全然聞こえなかった」
「こっそり入って来たからね」
「こっそり……。あのね、燈哉さん、びっくりした拍子にうっかり心臓止まったら困るからやめて……?」
「それは困るな。今度から気を付けるね。ああもう、桜、かわいい。ただいま」
話を聞いているのかいないのか、殊更嬉しそうな声でそう言った燈哉さんが、私の背中にわざと体重をかけてくる。
「つっ、潰れる……!ぺちゃんこになる!」
「ははっ、ぺちゃんこって。はぁ、かわいい」
「もう、燈哉さん!」
体を捻ってなんとか振り向き、冷たくなっているすべすべのほっぺたを抓ってやった。
すると、ちゅ、と唇にキスをされて、「もう!」と言いながらも大好きな旦那さんの胸元に飛び付く。
無条件の愛情を込めて、私も燈哉さんの唇に小さくキスをした。
「おいしそうだね」
お互いが満足するまで何度もキスをして、ようやく唇が離れた後に、燈哉さんの視線がケーキに移った。
「あ、見た目はかろうじてね。味はわからないよ」
「え…、作ってくれたの!?」
驚きと喜びが滲んだ声に、やっぱり作ってよかったと相変わらず浮かれた頭で思う。
目を見開いてケーキを凝視する燈哉さんに頷きながら、「おいしくなかったら一緒に笑ってね」と笑いかけた。
「お疲れ様会を催そうかと思いまして。ちょっと、浮かれてみ……」
続く言葉は、燈哉さんの唇に飲み込まれてしまった。
「すっげー嬉しい!」
歓喜のはしゃぎ声が響く。子供みたいに喜ぶ姿に、胸が熱くなった。
「早く食べたい!着替えてくる!」と、常にない興奮っぷりで燈哉さんがスライドドアを乱暴に開いた。
普段はどんな動作も仕草も上品なのに、こうして喜びを目一杯見せてくれる燈哉さんに、顔が笑ってしまう。
ついでに、それくらいどたばたしながら家に入って来てくれると有難いんだけどな、なんて思いながら、彼の背中を見送った。
彼が着替えをしている間に、実家からくすねてきたワインを冷蔵庫から取り出す。
ワイングラスを水で流してからダイニングテーブルに運んでいると、あっという間にリビングへ戻ってきた燈哉さんが、また感動の声を上げた。
「おいしそう!」
「作りすぎちゃったから、たくさん食べてくれると嬉しいな」
「全部食べるよ。あ、一枚だけ写真撮っていい?」
「写真に残すようなものじゃ……」
あとさすがに完食なんて無茶ぶりはしないよ。
一眼レフのカメラを持ち出してきた彼に浮かれた頭のままツッコミをきめようと思ったけど、なんとなく黙っておいた。
にこにこと音が聞こえてきそうな笑顔で、燈哉さんがナイフとフォークを手に取る。
旦那さんを労うの為にしたことで、私がこんなに幸せな気持ちにさせてもらっちゃっていいんだろうか。
「燈哉さん、いつもありがとうございます。お疲れさまでした」
「ありがとう。いただきます」
その笑顔のためなら、なんでも出来ちゃうかも、なんて。
喜んでもらえてよかった、と胸を撫で下ろしてから、私も「いただきます」と呟く。
実家からくすねてきたワインを開けて、乾杯をした。
順番が違ったね、だって早く食べたかったから、なんてよく考えるとバカ夫婦丸出しの会話をしながら、おいしいワインに舌鼓みを打つ。
浮かれた頭のまま、嬉しくて嬉しくて、何度もワインをおかわりした。
仕事上のトラブルは無事に解決したそうで、この週末は久しぶりに連休が取れるらしい。
ふたりで過ごせる久しぶりの休日が、楽しみでたまらない。
彼が体調を崩すことなく忙しい時間を抜けられたことも、嬉しかった。
今夜の夕食はちょっと豪華にしてみよう、ケーキでも焼こうかな、なんてるんるんと買い物に出るくらい、私は浮かれていた。
スーパーへ向かう道すがら、ネットでレシピを検索しながら、はて、と首を傾げる。
ケーキは買った方がおいしいって、ずっと思ってたのに。
嫌々ながらも一度だけ自分でケーキを焼いて以来、自ら作ろうと思ったことなんか一度もないし、今だって、ど素人の私が作るよりプロの味の方がおいしいに決まっていると思うのに。
なんで、自分で作ろうと思ったんだろう。
あれは私が高校生の頃のことだ。
全他体にアホな父が、誕生日に桜の手作りケーキが食べたいとのたまったことがあった。
あまりのしつこさに断るのが面倒になり、その時、ものすごく嫌々だけど人生で初めて手作りケーキを焼いたのだ。
ただし、お手伝いさんに材料を揃えてもらって、分量まできっちり計って頂いて、付きっ切りで作り方を指導して貰っての手作りだけど。あれは果たして手作りと呼べるのだろうか。私はほぼほぼ混ぜることしかしなかった。
しかし、しかしだ。
にも関わらず、私の手にかかったケーキは大変な微妙な味に仕上がり。
ここまでお手伝いさんにいろいろ用意をして貰って、何かいろんな物を私なりに一生懸命混ぜたのに、その結果がこれなら買った方がおいしい上に混ぜなくてもいいではないかと、心底がっかりし、とても疲れたのをよく覚えている。
全体的にアホな父は喜んでいたけれど、喜ぶ父を見てものすごくしらっとした気持ちになった。
そうして、どうせ食べるならおいしい方がいいじゃないか、ケーキに限らずお菓子全般は市販のものを買った方がいいんだという結論に至ったのである。
そんな私が、浮かれた末にどうしてケーキを手作りしようと思ったのか。
小麦粉を手に取りながら考えてみたら、答えはすぐに見つかった。
それは、燈哉さんが「私が作った」ということ自体を、とても喜んでくれるからだと。
例え味は落ちたとしても、ケーキを作って、いつもよりちょっと豪華な夕食を用意して、燈哉さんを労いたい。だから、自分で作ってみようと思ったんだ。
ただしその法則でいくと全体的にアホな父の時も同じだったはずなのに、なぜ……。
なんかいろいろごめん、アホ親父に心の中で呟きながら、買い物を済ませてさっそくケーキ作りにとりかかった。
張り切ってお昼過ぎから準備した結果、ごはんもケーキも、見た目的にはなんとなくそれっぽいものが出来上がった。ネットでレシピをアップしてくれた方にただただ感謝だ。こんなパーティーメニュー、動画がなければ絶対に作れなかったし、作れたとしてもゲテモノみたいな何かが完成していたはず。ケーキ作りも、意外に楽しかった。なんか本当にごめん、親父。
実家からくすねて来たワインとビールも用意したし、準備は完璧!と頷いていると、エプロンのポケットの中でスマホが鳴った。 いそいそ確認すると、案の定、燈哉さんからのこれから帰るよーメールが届いていた。
すぐに料理をお皿に盛り付けて、ダイニングテーブルに並べる。
それから、冷やしていたケーキを冷蔵庫から取り出して、仕上げの粉砂糖をかけた。
袋に残った粉砂糖は輪ゴムで止めてから冷蔵庫に放り投げて、ケーキをお皿にうつす。初心者の味方!というレシピタイトルに惹かれて作ってみたガトーショコラは、自分が作ったとは思えないほど、それらしく仕上がっている。
味見を出来ないのがちょっと不安だけど、まずくてもどうか笑いがとれますように!と私は胸の内で祈った。
「ただいま」
「ぅわあぁっ!!」
背後から掛けられた声に、心臓が跳ね上がる。
あまりにも驚いて、大袈裟な叫びを上げてしまった。
「とっ、燈哉さん!お願いだから気配を全面的に押し出してから声を掛けてくださいっ!」
「ごめんね。驚く桜もかわいいから、つい」
ふふふ、と楽しそうに笑った彼に、後ろから抱きしめられる。
外から帰ったばかりのその体は冷たくて、そっと手を重ねて「おかえり」と言った。
「玄関のドアが開く音、全然聞こえなかった」
「こっそり入って来たからね」
「こっそり……。あのね、燈哉さん、びっくりした拍子にうっかり心臓止まったら困るからやめて……?」
「それは困るな。今度から気を付けるね。ああもう、桜、かわいい。ただいま」
話を聞いているのかいないのか、殊更嬉しそうな声でそう言った燈哉さんが、私の背中にわざと体重をかけてくる。
「つっ、潰れる……!ぺちゃんこになる!」
「ははっ、ぺちゃんこって。はぁ、かわいい」
「もう、燈哉さん!」
体を捻ってなんとか振り向き、冷たくなっているすべすべのほっぺたを抓ってやった。
すると、ちゅ、と唇にキスをされて、「もう!」と言いながらも大好きな旦那さんの胸元に飛び付く。
無条件の愛情を込めて、私も燈哉さんの唇に小さくキスをした。
「おいしそうだね」
お互いが満足するまで何度もキスをして、ようやく唇が離れた後に、燈哉さんの視線がケーキに移った。
「あ、見た目はかろうじてね。味はわからないよ」
「え…、作ってくれたの!?」
驚きと喜びが滲んだ声に、やっぱり作ってよかったと相変わらず浮かれた頭で思う。
目を見開いてケーキを凝視する燈哉さんに頷きながら、「おいしくなかったら一緒に笑ってね」と笑いかけた。
「お疲れ様会を催そうかと思いまして。ちょっと、浮かれてみ……」
続く言葉は、燈哉さんの唇に飲み込まれてしまった。
「すっげー嬉しい!」
歓喜のはしゃぎ声が響く。子供みたいに喜ぶ姿に、胸が熱くなった。
「早く食べたい!着替えてくる!」と、常にない興奮っぷりで燈哉さんがスライドドアを乱暴に開いた。
普段はどんな動作も仕草も上品なのに、こうして喜びを目一杯見せてくれる燈哉さんに、顔が笑ってしまう。
ついでに、それくらいどたばたしながら家に入って来てくれると有難いんだけどな、なんて思いながら、彼の背中を見送った。
彼が着替えをしている間に、実家からくすねてきたワインを冷蔵庫から取り出す。
ワイングラスを水で流してからダイニングテーブルに運んでいると、あっという間にリビングへ戻ってきた燈哉さんが、また感動の声を上げた。
「おいしそう!」
「作りすぎちゃったから、たくさん食べてくれると嬉しいな」
「全部食べるよ。あ、一枚だけ写真撮っていい?」
「写真に残すようなものじゃ……」
あとさすがに完食なんて無茶ぶりはしないよ。
一眼レフのカメラを持ち出してきた彼に浮かれた頭のままツッコミをきめようと思ったけど、なんとなく黙っておいた。
にこにこと音が聞こえてきそうな笑顔で、燈哉さんがナイフとフォークを手に取る。
旦那さんを労うの為にしたことで、私がこんなに幸せな気持ちにさせてもらっちゃっていいんだろうか。
「燈哉さん、いつもありがとうございます。お疲れさまでした」
「ありがとう。いただきます」
その笑顔のためなら、なんでも出来ちゃうかも、なんて。
喜んでもらえてよかった、と胸を撫で下ろしてから、私も「いただきます」と呟く。
実家からくすねてきたワインを開けて、乾杯をした。
順番が違ったね、だって早く食べたかったから、なんてよく考えるとバカ夫婦丸出しの会話をしながら、おいしいワインに舌鼓みを打つ。
浮かれた頭のまま、嬉しくて嬉しくて、何度もワインをおかわりした。
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