なんて素敵な政略結婚

ぴよこ

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番外編

作戦会議(本編二年前。燈哉視点。)

「倉木、これがうちの倅の燈哉だ」
「初めまして。水嶋燈哉と申します」
「おお、君が燈哉くんか。どうも、倉木秋之です。よろしく」

 この人が、彼女の父親。
 上背はないが、体以上の大きな存在感と気概に一目で圧倒された。自分の父親と仕事抜きでの親しい間柄だと聞いていたから、一筋縄ではいかない相手だと覚悟はしている。しかしこれは予想以上だ。

 彼女と出会い水嶋に戻って二年。ようやく了承を得た会食の席。
 まさか親父が彼との会食にまでついてくるとは思ってもみなかったが、それが倉木さんの希望ならば仕方がない。

 今日ここで、何としても掴み取りたい。
 愛しい彼女の「夫」の地位を。

「はーっ、燈哉くんと、うちの桜をねぇ」
「どうだ、いい話だろ」

 食事も会話も和やかに進み、倉木さんの酒量も少し増え、だいぶ打ち解けたと手応えを感じていた。もうしばらくしたら、本題に入ろうと機会を狙っていた矢先のことだった。
 俺が切り出すより前に、親父が先走りやがったのだ。膝の上に置いた拳を強く握って怒りを耐える。自分から言うから、絶対に邪魔するなとあれ程念を押してから店に入ったのに。

「水嶋はこう言っているが、燈哉くんはどうなんだ?」
「はい。私という男が倉木さんのお眼鏡に叶うようでしたら、ぜひとも、桜さんのお相手としてお考えいただきたく思います」

 手をついて深く頭を下げる。ちらりと窺った先で、彼は渋い表情を隠しもしなかった。

「しかし、君は水嶋に入社してまだ二年だろう。いくら天下の水嶋グループとは言え、新入社員に娘をやるわけにはなぁ」

 親父が目の前にいるのに、一応長男である俺を新入社員とは。思わず笑ってしまった。

「仰る通り今は新入社員ですが、いずれは父から取締役の椅子を奪うつもりです」
「へえ。随分な野心家だ」
「お褒めいただき光栄です」
「しかし、君は家柄だけじゃなく見目も良い。いやぁ、見た目だけで判断して申し訳ないが、娘は浮ついた男が大嫌いでね」

 そんなことは彼女と出会った日から知っている。
 軟派な男が嫌いなこと、家柄や金をひけらかす男が嫌いなこと、庶民的なものに憧れを持っていることも。

「少なくともここ二年は、プライベートにおいて女性と二人きりでお会いしたことはありません。この先いくらでもお調べいただいて、ご安心いただければと」
「なーんか。胡散臭い」

 おどけたように笑っているが、目が全然笑っていなかった。
 倉木さんは大変子煩悩な方で、彼女も、彼女の妹も弟も、三人をそれぞれ溺愛しているそうだ。中半端に金だけ与えて放置していたような俺の親とは、別の世界の人間。
 とはいえ親父に関しては、今こうして頼んでもいないのに協力すると押しかけてくるわけだから、何とも言えないけれど。

「水嶋の長男って言えば、あんまりいい噂聞いたことないんだよなぁ。女性関係が派手だとかさぁ」
「……学生時代は、そういったこともありました。しかし、今は、」
「学生時代は、って。大して年数たってないだろう。そんな男の何を信用しろって?」
「二年前の秋、ある女性と出会ったことをきっかけに、私は変わりました。彼女を想う気持ちだけは信じていただきたいです。この二年で、自分でも細胞が全て入れ替わったのではないかと感じることが多々ありました。全て彼女のおかげです。そして……」
「二年前?」

 俺の言葉を遮ったその声色に、怒気が含まれた。まずい、長い片思いは地雷だったか。
 しかし今更どうにもならない。神妙に頷いて真っ直ぐに彼を見つめる。すると、倉木さんは乱暴にグラスを置き親父の方に顔を向けた。

「おい水嶋。お前んとこの倅、二年も前からうちの桜のこと追いかけ回してんのか」
「追いかけ回すとは随分な言い方だな。さっきから黙って聞いてりゃ、新入社員だの胡散臭いだの、好き勝手言ってくれるじゃねぇか」

 おいおいおい、どうして親父が切れる。勘弁してくれよ。自分だって散々俺のことをゴミ虫だの寄生虫だのと言っていた癖に。
 どうしてか父親同士が散らし始めた火花は、何の追い風もないのに一瞬にして燃え上がった。
 お互いの声がどんどん大きくなっていく。
 険悪な空気を何とか払拭しようとあれこれ声を掛けてみるが、二人とも聞く耳をもたない。
 なんなんだ、どうしてこうなった。

「おいっ、燈哉! こんな奴の娘と結婚なんてやめとけ!」
「こっちから願い下げだ! うちはお前んとこと縁結んだとこで一パーセントの利益にもならないんでな」

 そこから先はもうお互いの貶し合いになった。最終的にはお互いの家のペットの顔が気に食わないという話にまで発展した。仲が良いんじゃなかったのか、と呆れて物も言えない。

「失礼させて貰う。お前との縁もここまでだな水嶋」
「おーおー、帰れ帰れ」
「お待ち下さい」

 なんとなく、二人の言葉が芝居臭く感じるのは気のせいだろうか。
 仕事の場でもないのに、親父がいきなりこんな言い合いに乗っかるとはとても思えないし、とにかく何かが不自然だ。こんなにも易く軋轢が生じるのもおかしい。
 何を考えているのかはわからないが、このまま倉木さんに帰られてしまっては困る。
 部屋を出て行こうとした倉木さんの前に、膝をついた。
 冷静になって考えてみれば人生初の土下座だ。特に何の感慨もなかった。この程度のことで彼女の隣を確保できるとは思っていない。

「父が失礼なことを申しました。大変申し訳ありません。ですが、二十四にもなって初恋をしたと馬鹿なことを言い出した息子に、一度しかお会いしたことのない女性と結婚するためだけに水嶋へ戻ると言った息子に、情けをかけてくれた懐の深い父なのです。倉木さんが私のことを信用ならないとお思いなるのも、当然です。過去は変えられません。しかし、ここからの未来を、どうか倉木さんに見守っていただきたく思います。仕事の面でも私生活の面でもまだまだ未熟ですが……、比喩ではなく、私は彼女のためなら何でもします。ですからどうか、桜さんのお相手に私を選んでいただけませんか」

 親父たちが何を企んでいるのかは知らないが、この気持ちに嘘はない。
 彼女と出会ったことで細胞が入れ替わったと感じたのも、本心だ。

「どうしてそこまで桜を……? 娘のどこに惚れた」
「私と同じく自由の少ない世界で生きているのにも関わらず、少しの汚れもなく、驕りもなく、強く優しい心に惹かれました。家族を思う気持ちだけで自由が失っても良いと思える、また、その中で出来る限りの自由を探す、そう言い切った桜さんはとても素敵だと思いました。それから……」
「……それから?」
「お顔立ちそのものを、大変好ましく思いました」

 重苦しい静寂が流れる。一気に喋り過ぎて喉が引き攣った。
 彼女の好きなところならまだまだ話せるな、と思った瞬間。
 パシャ、と、背後でシャッター音が鳴り響いた。
 そして直後に響く、中年の笑い声。
 やっぱりなと思いながら顔を上げると、視線の先にいた倉木さんも、口元をぴくぴくと揺らしていた。

「お前っ、顔が好みですってそんなん有りかよ! 馬鹿じゃねぇの!」

 近年稀に見る大爆笑をし続ける親父に侮蔑の視線を送れば、とうとう目の前にいた倉木さんも腹を抱えて笑い出した。立ち上がり膝を掃って元いた自分の席へ戻る。何かおかしいと思っていたが、まさかここまで遊ばれているとは心外だ。

「おいっ、こいつ絶対途中で気付いてたぞ! 倉木が桜ちゃんの名前出る前に先走るから!」

 なぁ、と小刻みに震えた手で肩を叩かれたが、日本酒を喉に流し込みながら無視した。だいたい気付いたきっかけはそこじゃない。

「と、燈哉くん……っ、ほんと全然動揺しないんだね……、おじさんびっくり、ごめんねごめんね」

 笑いに転げ回りながらようやくテーブルへ戻った倉木さんに満面の笑みで微笑まれて、愛想笑いを返した。話し方までまるで違うではないか。先程までの貫録はどこへ行った。

「なんなとなく、おかしいなと思っていたので。ですが言葉は全て本心です」
「うん、うん……っ! すごく伝わったよ、俺の天使本当にかわいいよね」

 俺の天使、とは、彼女のことだろうか。なるほど、彼女は確かに天使のようだと頷いて更に酒を呷った。こんな状況飲まなければやっていられない。

「お前のストーカーっぷりとか、入れ込みっぷりとか、倉木には逐一報告済みだからよ。今更取り繕っても無駄だそ、無駄。いやー、まさか土下座するとは思わなかったなぁ。あと親父のことまで庇ってくれちゃって、ちょっと俺泣きそう」
「……嘘でしょ。なに、全部話してあったの?」
「うんごめんね燈哉くん、全部聞いたよ」

 一気に脱力して唖然としてしまう。まさか彼女の父親にまで筒抜けとは、俺のプライバシーなんてものは親父の中に存在しないのだと改めて感じてふつふつと怒りが湧いてくる。

「燈哉くん、桜と結婚したい?」
「はい。どうしても」

 手拭きで笑いの涙を吸い取る彼に、姿勢を正して返答する。

「そうか。あの子はね、ちょっと変わってるけど、心根のとっても優しい子なんだ。君は知っていると思うけど、今は倉木とは何の関連もない小さな印刷所で事務員として働いてる。もちろん、見張りは常につけているけどね。あの子は気付いていない。憧れの生活に夢中なんだ」
「はい……」

 毎日とても楽しそうですね、とは言えなかった。
 俺と結婚するということは、彼女から憧れの生活を奪うことに繋がるからだ。

「俺もね、君と同じだ。あの子が幸せになる為なら何でもする。それが桜を一時泣かせたとしても、その先の長い人生を幸せの中で過ごさせてやりたい。どうかな。俺の代わりにあの子を見守って、幸せにしてくれる?」

 深く細く息を吐き出して、胸の高鳴りと高揚を静める努力をする。
 まだだ、喜ぶのはまだ早い。やっとスタートラインに立ったばかり。彼女の父親との関係が、萌芽しただけだ。
 まだ結婚できると決まったわけじゃない。冷静になれと繰り返し言い聞かせる。でも。
 大声で叫び出したいほど、嬉しかった。

「はい。必ず」
「じゃあ、俺の天使のことを君にいろいろ教えよう」
「……っ、ありがとうございます」
「好みのタイプとかも、知りたいよね?」
「知りたいです!」
「食いつき半端ねぇな。クール無口でキャーして貰えたんだろ? お前とは正反対で決まりじゃねーか」
「うるさいよ。ちょっと黙っててくれる」

 進めば進むほど暗く凝っていくはずだった自分の人生は、彼女と出会って変わった。
 たった一度会った女性を調べ回り、こんなにも想いを注ぐだなんて多分どうかしているのだろう。
 自身の執着心に驚くことも多い。猜疑心や嫉妬の心理など、生まれて初めて知った。
 ここがスタートラインだ、ともう一度心で唱えて息を吐く。
 ゴールは遠く遠く、ここから何年かかるか定かではない。そもそもそこへ辿りつけるかどうかも、わからない。
 でも、どうか。
――どうか、彼女に自分のことを好きになって欲しい。彼女の愛が欲しい。
 同じ熱量でなくとも、構わないから。
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