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第1章
第70話 ウジルス+ONE
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迷宮人の町は迷宮人用の石碑による転移で入れる別空間に存在していた。場所を知るユキシラの案内が無ければ発見に時間がかかっただろう。
広々とした空間は、とても迷宮の中とは思えないほど開放的で、周囲には森があり小川も流れている。町は、高さが5メートルほどの城壁に囲まれ、城壁上には見張りが歩いていた。
見上げれば眩い太陽があり、薄雲も漂い流れている。
「あの尖塔のある建物だ」
呟いたユキシラに、
「近接戦だ。狙撃は必要無い」
シュンは声を掛けた。二人してリビング・ナイトの肩に立っている。空のある空間なのを幸いに、空高く飛翔して上空から侵入していた。強化されたリビング・ナイトは短時間なら飛行できるようになっている。ユアとユナはもちろん例の黒い小翼を生やして飛んでいた。
「尖塔から行く」
シュンの指示に、
『アイアイサー』
『ラジャー』
大空の支配者達が応答して急降下を開始した。
シュンとユキシラを肩に乗せたリビング・ナイトが後から舞い降りて行く。
「結界が・・」
言いかけたユキシラだったが、次の瞬間、息を呑んだ。
眼下で敷地の四隅に立てられていた塔状の魔導器が黒い触手によって地面から引き抜かれて外へと投げ捨てられたのだ。
尖塔の最上階に取り付いた大空の支配者の片方が、XM手榴弾を窓から放り入れる。
「ジェルミー」
シュンの合図で、女剣士が何処からともなく現れて屋内へ突入した。突然現れた女剣士に瞠目しながら、ユキシラが続いて突入する。
「送還」
リビング・ナイトを還しながら、シュンも続く。双子が遅れて窓から飛び込んだ。
「違う」
ユキシラが首を振った。飛び込んだ部屋には薄物を着ただけの迷宮人の女が4人倒れていた。
「なら次の部屋だ」
シュンはジェルミーを連れて廊下へ出ると、向かいの扉をテンタクル・ウィップで粉砕した。すかさずユアがXMを放り込む。閃光が爆ぜる中、寝台で休んでいたらしい美しい女が身を起こしたのが見えた。直後に、ジェルミーが刀の峰打ちで昏倒させた。
「違う」
ユキシラが首を振る。
シュンは次の部屋へ向かった。
最上部から順に下へ・・。
騒然と声が飛び交い始めた建物を文字通りに駆け抜けて1階まで下りる。玄関前の広間に到着して、護衛らしい迷宮人を蹴散らすと、地下階への石段を見つけた。
迷わず鉄扉を破壊して突入する。
途端、
「水楯」
シュンが分厚い水楯を作り、ジェルミーが陰に入る。直後に、正面からぶつかって来た衝撃波を受け止めた。魔法では無く、武技による攻撃らしい。
「ウジルスだ」
ユキシラが緊張した声音で囁いた。瞬間、シュンのテンタクル・ウィップが一斉に生え伸びて行く手から斬り込んで来る男の手足に巻きつき、胴や首を絞めあげた。ユキシラと似た雰囲気の青白い肌身をした男だった。彫りの深い見るからに傲慢そうな顔貌をしていたが声を出す間も無く喉首を締め上げられ、手足を拘束されて身動きを封じられた姿で宙づりになる。
「初撃は譲ろう」
「すまん!」
ユキシラが短く礼を言って短めの双刀を抜き放つと、黒い触手に拘束されたウジルスめがけて斬りつけた。跳ねたダメージポイントは2500から3000だった。刀剣のダメージにしては低い。
「やってくれ」
こちらを見て攻撃命令を待っているジェルミーに頷いて見せた。
ウジルスのレベルがどうであれ、種族が何であれ、ダーク・グリフォンや竜ですら拘束したテンタクル・ウィップだ。簡単には逃れられない。
何かを叫びかけたウジルスの口から後頭部にかけてジェルミーの刀が刺し貫き、そのまま刀身から雷撃を放った。紫電に灼かれて万単位のダメージポイントが跳ねる中、ウジルスが真っ赤に目を光らせて何とか振り解こうと身を捩っている。
だが、どうする事も出来ない。
おまけに、ジェルミーの刀は神様によって清められ神属性になっている。
「ん・・逝ったのか?」
想定していたよりも短い時間で、ウジルスが光る粒になって昇華し始めた。ユキシラが戸惑い気味に、半ば呆然とした顔で立ち尽くしている。
「HPは、10万無かったな」
訝しげに呟くシュンの背中からユアとユナが顔を覗かせた。ユキシラの情報通りに、HPは8万程度だったのかもしれない。
「赤黒い玉」
「どくどく?」
ウジルスが遺した拳大の玉を見つけて、双子が包丁を手に近付いていく。
「お金も出した」
「ちょっと貧乏」
双子が床にしゃがんで包丁の切っ先で床に散った遺品を突いている。
「その鍵のような物は?」
「どれ?」
「これ?」
双子が赤茶けた小さな鍵を包丁でつつく。
「なんか汚い」
「バイ菌まみれ」
「・・まあ、拾っておこうか」
シュンはポイポイ・ステッキで赤黒い玉や鍵のような物を収納した。収納物を表示させて確認してみると、ウジルスの魔血魂、魔刻印の鍵という名称だった。
「ユキシラ?」
「あ・・ああ、その・・助かった。こうも圧倒的だとは思わなかった」
苦戦、難戦を覚悟していたユキシラにとっては、あまりにも呆気ない幕切れだった。
「ボス、下に何か居る」
「ボス、地下の地下」
索敵魔法を使っていた双子が報告してきた。
ウジルスを斃したこの場所のさらに下に地下空洞があるらしい。
双子に案内される形でシュンとユキシラ、ジェルミーが地下室を進み、井戸のような縦穴を見つけた。
「下に?」
「・・良い感じしない」
「・・何か居る」
双子が穴の縁から覗き込んだ。20メートルほど下に平らに整った石床が見えている。下りるための階段は見当たらない。
「ユキシラ?」
「いや・・こんな場所は知らない。迷宮人用の転移門なら町の北側にあったし、迷宮人の蘇生の塔はここじゃ無い」
ユキシラが呟きながら首を傾げている。
「先に行く」
シュンは穴から下へと飛び降りた。ジェルミー、ユアとユナ、ユキシラの順に降りて来る。
(何だここは?)
シュンは軽く息を呑んで周囲を見回した。
館の地下とは思えない広々とした空洞の中央に、赤々とした輝きを放つ魔法陣がある。壁には等間隔に松明のような物が設置されて燃えている。
「・・視界がおかしい」
シュンは周囲へ視線を巡らせながら呟いた。
「幻かも?」
「幻覚かも?」
双子がすかさず神聖術を唱えて、床一面をホーリーサークルの領域に塗り替えていく。ユキシラが双刀を構えながら少し前に出る。
次の瞬間、ジェルミーがユキシラとは逆に後方へ走りながら抜き打ちの刀旋を放った。
ギィィィーーン・・
金属の打ち合わされる激しい音が鳴り、飛び散る火花の中を黒々とした巨影が飛翔し、地下室の中央にある魔法陣の上へと舞い降りた。
それは漆黒の獣毛に全身を覆われた有翼の巨人だった。背にはコウモリのような羽根、細い尾が垂れ下がっている。
「デモン?」
「悪魔?」
双子が緊張した声で囁きつつ"ディガンドの爪"を構えた。
姿を現した有翼の巨人は、頭部には2本の長い捻れ角が生え、針のように細い双眸は赤々と光を灯し、尖った耳の近くまで嗤いの形に口が開いていた。
(これが・・悪魔か?)
シュンはリビング・ナイトを召喚しながら、身の丈が5メートルほどの筋肉隆々とした堂々たる体躯を見上げた。男のような体躯だが、股間にはそれらしい物は見当たらない。全身は黒々とした短い獣毛に覆われているようだった。
大きく弧を描いた大剣を握り、ジェルミーを睨み付けている。
「リビング・ナイト!」
漆黒の巨甲冑に命じて突進させ、同時にテンタクル・ウィップを打ち振るう。
(えっ!?)
12本の黒い触手が相手の巨体をすり抜けて床の魔法陣を叩いていた。
「幻影?・・いや・・」
テンタクル・ウィップを操る左手には、何かには触れた感触が伝わっていた。完全な空振りでは無かったはずだ。
その時、剣撃の音が響き、リビング・ナイトが有翼の巨人と斬り結んだ。
(実体はある。そこに居るのに何故触らなかった?)
シュンは眼を凝らして有翼の巨人を観察しながらテンタクル・ウィップでリビング・ナイトを支援する機会を窺おうとした。
その時、
ギィン・・・
いきなりの金属音に背を縮めるようにして振り返った。そこで、ユキシラの双刀をジェルミーが刀身と鞘で受け止めていた。切っ先がシュンの後頭部に触れそうなギリギリの位置だ。
「裏切り!」
「卑怯っ!」
双子が出刃包丁と柳刃包丁を握った。
「・・ま、待てっ!」
これにはシュンが慌てた。
ユアとユナは身体能力も上がったし、包丁の技能も覚えたらしいのだが、決して近接戦は上手では無い。いや、言葉を飾らずに率直に言うなら、とても下手だった。
相手との距離感、寄る離れるといった間合いの取り方など、壊滅的な不器用さなのだ。
(ユアとユナに刃物を持たせたら駄目だ!)
シュンは"ディガンドの爪"を双子の目の前へ動かして行く手を遮った。
ユキシラが何らかの方法で操られているのは明白だ。大きく見開かれた双眸には獣じみた狂気が宿っている。
ジェルミーが刀身を合わせたままユキシラを押し返し、鋭い蹴りを入れて地面へ蹴り倒した。そこをテンタクル・ウィップで拘束し、シュンは唸り声をあげるユキシラの顎を掴んで手製の強力な麻痺薬を口から流し入れた。そのまま触手を振ってユキシラを部屋の隅へ放る。
シュンはリビング・ナイトを見た。
双子が悪魔だと言った有翼の巨人と互角に渡り合っている。騎士楯を使った攻防の技は決して力任せの技ばかりでは無い。剣撃も斬りつけるだけでなく、刺突も織り交ぜて、巨人の剣風を楯だけでなく剣を使っていなし、隙あらば剣を握る手元を狙って剣先を伸ばす。
有翼の巨漢が剣だけでは攻めあぐね、巨体をぶつけて、空いている左手で殴りつけ、口から炎を吐いて攻撃するが、漆黒のリビング・ナイトは炎に滅法強い。打撃や斬撃などの物理的な攻撃にも強い。今のリビング・ナイトを圧倒するほどの力は無さそうだ。
「ボスの霧隠れっぽい?」
「似たような魔法かもぉ?」
大きな瞳でじっと観察していた双子がシュンの上着の裾を引っ張った。何かに気付いたのだろう。
「霧隠れ・・そうか。しかし、リビング・ナイトは戦えているぞ?」
「でも、時々空振り」
「ちょっとズレてる」
「・・なるほど」
シュンは2人に銃を使うよう指示をして、自分もVSSを出して狙撃を始めた。すぐに、ユアとユナも、MP5SDを連射し始める。
"霧隠れ"という魔法は、遠距離からの狙撃や近接攻撃などの単発の攻撃手段には有効だが、銃弾をばらまかれるような攻撃手段には弱い。
(確かにな・・)
きっちり狙って撃った銃弾がすり抜けたり、まともに命中したり・・。シュンの"霧隠れ"とは違って幻像で位置を誤認させているのでは無く、攻撃をすり抜けさせるような技か、魔法が使われている感じがした。
「そのまま撃ち続けてくれ」
双子に声を掛けつつ、テンタクル・ウィップを連続して振った。
結果、2本の触手を有翼の巨人の黒翼と左足首に巻き付かせることが出来た。
「ジェルミー」
リビング・ナイトが真っ向から斬り結び、横合いからジェルミーが斬り込んだ。
巨人の脇腹に朱線が走り、5万近いダメージポイントが跳ねた。
「神聖魔法が効くようだ」
ジェルミーの刀は神属性だ。通常以上のダメージを与えているように見える。
「殿、よろしい?」
「親分、よいです?」
ユアとユナが振り返った。すでに2人並んで半身に構えている。
「やってくれ」
シュンは頷いた。
「シャイニングゥーー」
「バーーストカノン!」
片手を掲げた双子の頭上に、黄金色の魔法陣が浮かび上がって回転を始める。やはり以前よりも回転速度が増していた。光の砲弾が連続して発射される瞬間、シュンはリビング・ナイトを送還し、テンタクル・ウィップを再度生え伸ばしていた。
「聖なる楯っ!」
ユアがEX技を発動した。シュンも水楯を生み出して周囲に展張している。双子の大魔法で爆ぜ散る石などを防ぐためだ。
(・・よし)
聖属性の大魔法を撃ち込まれて、有翼の巨人が逃れきれずに大ダメージを受けたところへ、シュンはテンタクル・ウィップを伸ばして巻き付かせた。両腕と首、胴体にも巻いている。かつて、ここまで触手に巻かれて逃れた魔物は居ない。
「リビング・ナイト」
シュンは漆黒の騎士鎧を再召喚した。
その間も、ジェルミーが跳び交うようにして斬りつけダメージを稼いでいる。
「このまま削る。MPを回復しておけ」
「アイアイサー」
「ラジャー」
双子の返答を聴きつつ、シュンは身体強化をしながら長柄の大剣を取り出し、身動きできないままリビング・ナイトとジェルミーに襲われている有翼の巨人めがけて斬りかかっていった。
広々とした空間は、とても迷宮の中とは思えないほど開放的で、周囲には森があり小川も流れている。町は、高さが5メートルほどの城壁に囲まれ、城壁上には見張りが歩いていた。
見上げれば眩い太陽があり、薄雲も漂い流れている。
「あの尖塔のある建物だ」
呟いたユキシラに、
「近接戦だ。狙撃は必要無い」
シュンは声を掛けた。二人してリビング・ナイトの肩に立っている。空のある空間なのを幸いに、空高く飛翔して上空から侵入していた。強化されたリビング・ナイトは短時間なら飛行できるようになっている。ユアとユナはもちろん例の黒い小翼を生やして飛んでいた。
「尖塔から行く」
シュンの指示に、
『アイアイサー』
『ラジャー』
大空の支配者達が応答して急降下を開始した。
シュンとユキシラを肩に乗せたリビング・ナイトが後から舞い降りて行く。
「結界が・・」
言いかけたユキシラだったが、次の瞬間、息を呑んだ。
眼下で敷地の四隅に立てられていた塔状の魔導器が黒い触手によって地面から引き抜かれて外へと投げ捨てられたのだ。
尖塔の最上階に取り付いた大空の支配者の片方が、XM手榴弾を窓から放り入れる。
「ジェルミー」
シュンの合図で、女剣士が何処からともなく現れて屋内へ突入した。突然現れた女剣士に瞠目しながら、ユキシラが続いて突入する。
「送還」
リビング・ナイトを還しながら、シュンも続く。双子が遅れて窓から飛び込んだ。
「違う」
ユキシラが首を振った。飛び込んだ部屋には薄物を着ただけの迷宮人の女が4人倒れていた。
「なら次の部屋だ」
シュンはジェルミーを連れて廊下へ出ると、向かいの扉をテンタクル・ウィップで粉砕した。すかさずユアがXMを放り込む。閃光が爆ぜる中、寝台で休んでいたらしい美しい女が身を起こしたのが見えた。直後に、ジェルミーが刀の峰打ちで昏倒させた。
「違う」
ユキシラが首を振る。
シュンは次の部屋へ向かった。
最上部から順に下へ・・。
騒然と声が飛び交い始めた建物を文字通りに駆け抜けて1階まで下りる。玄関前の広間に到着して、護衛らしい迷宮人を蹴散らすと、地下階への石段を見つけた。
迷わず鉄扉を破壊して突入する。
途端、
「水楯」
シュンが分厚い水楯を作り、ジェルミーが陰に入る。直後に、正面からぶつかって来た衝撃波を受け止めた。魔法では無く、武技による攻撃らしい。
「ウジルスだ」
ユキシラが緊張した声音で囁いた。瞬間、シュンのテンタクル・ウィップが一斉に生え伸びて行く手から斬り込んで来る男の手足に巻きつき、胴や首を絞めあげた。ユキシラと似た雰囲気の青白い肌身をした男だった。彫りの深い見るからに傲慢そうな顔貌をしていたが声を出す間も無く喉首を締め上げられ、手足を拘束されて身動きを封じられた姿で宙づりになる。
「初撃は譲ろう」
「すまん!」
ユキシラが短く礼を言って短めの双刀を抜き放つと、黒い触手に拘束されたウジルスめがけて斬りつけた。跳ねたダメージポイントは2500から3000だった。刀剣のダメージにしては低い。
「やってくれ」
こちらを見て攻撃命令を待っているジェルミーに頷いて見せた。
ウジルスのレベルがどうであれ、種族が何であれ、ダーク・グリフォンや竜ですら拘束したテンタクル・ウィップだ。簡単には逃れられない。
何かを叫びかけたウジルスの口から後頭部にかけてジェルミーの刀が刺し貫き、そのまま刀身から雷撃を放った。紫電に灼かれて万単位のダメージポイントが跳ねる中、ウジルスが真っ赤に目を光らせて何とか振り解こうと身を捩っている。
だが、どうする事も出来ない。
おまけに、ジェルミーの刀は神様によって清められ神属性になっている。
「ん・・逝ったのか?」
想定していたよりも短い時間で、ウジルスが光る粒になって昇華し始めた。ユキシラが戸惑い気味に、半ば呆然とした顔で立ち尽くしている。
「HPは、10万無かったな」
訝しげに呟くシュンの背中からユアとユナが顔を覗かせた。ユキシラの情報通りに、HPは8万程度だったのかもしれない。
「赤黒い玉」
「どくどく?」
ウジルスが遺した拳大の玉を見つけて、双子が包丁を手に近付いていく。
「お金も出した」
「ちょっと貧乏」
双子が床にしゃがんで包丁の切っ先で床に散った遺品を突いている。
「その鍵のような物は?」
「どれ?」
「これ?」
双子が赤茶けた小さな鍵を包丁でつつく。
「なんか汚い」
「バイ菌まみれ」
「・・まあ、拾っておこうか」
シュンはポイポイ・ステッキで赤黒い玉や鍵のような物を収納した。収納物を表示させて確認してみると、ウジルスの魔血魂、魔刻印の鍵という名称だった。
「ユキシラ?」
「あ・・ああ、その・・助かった。こうも圧倒的だとは思わなかった」
苦戦、難戦を覚悟していたユキシラにとっては、あまりにも呆気ない幕切れだった。
「ボス、下に何か居る」
「ボス、地下の地下」
索敵魔法を使っていた双子が報告してきた。
ウジルスを斃したこの場所のさらに下に地下空洞があるらしい。
双子に案内される形でシュンとユキシラ、ジェルミーが地下室を進み、井戸のような縦穴を見つけた。
「下に?」
「・・良い感じしない」
「・・何か居る」
双子が穴の縁から覗き込んだ。20メートルほど下に平らに整った石床が見えている。下りるための階段は見当たらない。
「ユキシラ?」
「いや・・こんな場所は知らない。迷宮人用の転移門なら町の北側にあったし、迷宮人の蘇生の塔はここじゃ無い」
ユキシラが呟きながら首を傾げている。
「先に行く」
シュンは穴から下へと飛び降りた。ジェルミー、ユアとユナ、ユキシラの順に降りて来る。
(何だここは?)
シュンは軽く息を呑んで周囲を見回した。
館の地下とは思えない広々とした空洞の中央に、赤々とした輝きを放つ魔法陣がある。壁には等間隔に松明のような物が設置されて燃えている。
「・・視界がおかしい」
シュンは周囲へ視線を巡らせながら呟いた。
「幻かも?」
「幻覚かも?」
双子がすかさず神聖術を唱えて、床一面をホーリーサークルの領域に塗り替えていく。ユキシラが双刀を構えながら少し前に出る。
次の瞬間、ジェルミーがユキシラとは逆に後方へ走りながら抜き打ちの刀旋を放った。
ギィィィーーン・・
金属の打ち合わされる激しい音が鳴り、飛び散る火花の中を黒々とした巨影が飛翔し、地下室の中央にある魔法陣の上へと舞い降りた。
それは漆黒の獣毛に全身を覆われた有翼の巨人だった。背にはコウモリのような羽根、細い尾が垂れ下がっている。
「デモン?」
「悪魔?」
双子が緊張した声で囁きつつ"ディガンドの爪"を構えた。
姿を現した有翼の巨人は、頭部には2本の長い捻れ角が生え、針のように細い双眸は赤々と光を灯し、尖った耳の近くまで嗤いの形に口が開いていた。
(これが・・悪魔か?)
シュンはリビング・ナイトを召喚しながら、身の丈が5メートルほどの筋肉隆々とした堂々たる体躯を見上げた。男のような体躯だが、股間にはそれらしい物は見当たらない。全身は黒々とした短い獣毛に覆われているようだった。
大きく弧を描いた大剣を握り、ジェルミーを睨み付けている。
「リビング・ナイト!」
漆黒の巨甲冑に命じて突進させ、同時にテンタクル・ウィップを打ち振るう。
(えっ!?)
12本の黒い触手が相手の巨体をすり抜けて床の魔法陣を叩いていた。
「幻影?・・いや・・」
テンタクル・ウィップを操る左手には、何かには触れた感触が伝わっていた。完全な空振りでは無かったはずだ。
その時、剣撃の音が響き、リビング・ナイトが有翼の巨人と斬り結んだ。
(実体はある。そこに居るのに何故触らなかった?)
シュンは眼を凝らして有翼の巨人を観察しながらテンタクル・ウィップでリビング・ナイトを支援する機会を窺おうとした。
その時、
ギィン・・・
いきなりの金属音に背を縮めるようにして振り返った。そこで、ユキシラの双刀をジェルミーが刀身と鞘で受け止めていた。切っ先がシュンの後頭部に触れそうなギリギリの位置だ。
「裏切り!」
「卑怯っ!」
双子が出刃包丁と柳刃包丁を握った。
「・・ま、待てっ!」
これにはシュンが慌てた。
ユアとユナは身体能力も上がったし、包丁の技能も覚えたらしいのだが、決して近接戦は上手では無い。いや、言葉を飾らずに率直に言うなら、とても下手だった。
相手との距離感、寄る離れるといった間合いの取り方など、壊滅的な不器用さなのだ。
(ユアとユナに刃物を持たせたら駄目だ!)
シュンは"ディガンドの爪"を双子の目の前へ動かして行く手を遮った。
ユキシラが何らかの方法で操られているのは明白だ。大きく見開かれた双眸には獣じみた狂気が宿っている。
ジェルミーが刀身を合わせたままユキシラを押し返し、鋭い蹴りを入れて地面へ蹴り倒した。そこをテンタクル・ウィップで拘束し、シュンは唸り声をあげるユキシラの顎を掴んで手製の強力な麻痺薬を口から流し入れた。そのまま触手を振ってユキシラを部屋の隅へ放る。
シュンはリビング・ナイトを見た。
双子が悪魔だと言った有翼の巨人と互角に渡り合っている。騎士楯を使った攻防の技は決して力任せの技ばかりでは無い。剣撃も斬りつけるだけでなく、刺突も織り交ぜて、巨人の剣風を楯だけでなく剣を使っていなし、隙あらば剣を握る手元を狙って剣先を伸ばす。
有翼の巨漢が剣だけでは攻めあぐね、巨体をぶつけて、空いている左手で殴りつけ、口から炎を吐いて攻撃するが、漆黒のリビング・ナイトは炎に滅法強い。打撃や斬撃などの物理的な攻撃にも強い。今のリビング・ナイトを圧倒するほどの力は無さそうだ。
「ボスの霧隠れっぽい?」
「似たような魔法かもぉ?」
大きな瞳でじっと観察していた双子がシュンの上着の裾を引っ張った。何かに気付いたのだろう。
「霧隠れ・・そうか。しかし、リビング・ナイトは戦えているぞ?」
「でも、時々空振り」
「ちょっとズレてる」
「・・なるほど」
シュンは2人に銃を使うよう指示をして、自分もVSSを出して狙撃を始めた。すぐに、ユアとユナも、MP5SDを連射し始める。
"霧隠れ"という魔法は、遠距離からの狙撃や近接攻撃などの単発の攻撃手段には有効だが、銃弾をばらまかれるような攻撃手段には弱い。
(確かにな・・)
きっちり狙って撃った銃弾がすり抜けたり、まともに命中したり・・。シュンの"霧隠れ"とは違って幻像で位置を誤認させているのでは無く、攻撃をすり抜けさせるような技か、魔法が使われている感じがした。
「そのまま撃ち続けてくれ」
双子に声を掛けつつ、テンタクル・ウィップを連続して振った。
結果、2本の触手を有翼の巨人の黒翼と左足首に巻き付かせることが出来た。
「ジェルミー」
リビング・ナイトが真っ向から斬り結び、横合いからジェルミーが斬り込んだ。
巨人の脇腹に朱線が走り、5万近いダメージポイントが跳ねた。
「神聖魔法が効くようだ」
ジェルミーの刀は神属性だ。通常以上のダメージを与えているように見える。
「殿、よろしい?」
「親分、よいです?」
ユアとユナが振り返った。すでに2人並んで半身に構えている。
「やってくれ」
シュンは頷いた。
「シャイニングゥーー」
「バーーストカノン!」
片手を掲げた双子の頭上に、黄金色の魔法陣が浮かび上がって回転を始める。やはり以前よりも回転速度が増していた。光の砲弾が連続して発射される瞬間、シュンはリビング・ナイトを送還し、テンタクル・ウィップを再度生え伸ばしていた。
「聖なる楯っ!」
ユアがEX技を発動した。シュンも水楯を生み出して周囲に展張している。双子の大魔法で爆ぜ散る石などを防ぐためだ。
(・・よし)
聖属性の大魔法を撃ち込まれて、有翼の巨人が逃れきれずに大ダメージを受けたところへ、シュンはテンタクル・ウィップを伸ばして巻き付かせた。両腕と首、胴体にも巻いている。かつて、ここまで触手に巻かれて逃れた魔物は居ない。
「リビング・ナイト」
シュンは漆黒の騎士鎧を再召喚した。
その間も、ジェルミーが跳び交うようにして斬りつけダメージを稼いでいる。
「このまま削る。MPを回復しておけ」
「アイアイサー」
「ラジャー」
双子の返答を聴きつつ、シュンは身体強化をしながら長柄の大剣を取り出し、身動きできないままリビング・ナイトとジェルミーに襲われている有翼の巨人めがけて斬りかかっていった。
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「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
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失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
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転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
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不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
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異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
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異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
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