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第1章

第71話 哀しいユキシラ

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(まさか、ここまで長期戦になるとはな)

 テンタクル・ウィップで拘束し、多少の魔法による反撃はあったが、ほぼ一方的に攻撃し続けたというのに、仕留めるまで丸1日近くかかってしまった。
 そして、いつものように唐突に神様に喚び出されていた。


『よくやった!』

 珍しく、今回の少年神は機嫌が良さそうだった。

『あいつはアルヴィを操って迷宮人の隠れ里に上手く潜んでいたんだよ。低層では持て余すようだったから、レベル25以上の連中に討伐依頼を出そうかと思っていたんだけど・・さすがだね!』

「デーモン族の角、デーモン族の魔核・・と表示がありましたが?」

 どうやら、双子が言うとおりに悪魔だったようだ。

『うん、あいつは悪魔。この迷宮産じゃ無い。別の異界の住人さ』

「別の異界・・」

『ボクの眼を盗んで侵入してくる鬱陶しい連中でねぇ、見つけた端から駆除イベントを発生させて始末してるんだけど・・あいつら懲りないんだよねぇ』

 少年神が底意地の悪そうな顔でほくそ笑む。

『低層に潜んでれば見つからないし、討伐もされないって踏んでたんだろうけど・・イレギュラー君に見つかっちゃった。くくくく・・ざまぁ』

「ユキシラも言っていましたが、イレギュラーというのは?」

『君達の事』

 少年神がシュンを指さした。

『規格外というか、例外中の例外って意味だね』

「それがイレギュラー?」

『その通りさ。まだ再生阻害すら覚えていない身で、高速再生持ちの魔物をどしどし斃しているんだよ?そろそろ、自分達がおかしいって自覚はあるよね?双子ちゃんは、ちゃんと自覚してたよ?』

 少年神がふわふわ浮かんで近付いて来る。

「ふうむ・・」

 シュンは首を傾げた。

『やれやれ、君は他のことには聡いのに、自分の事には鈍感なんだなぁ』

「あ・・ユキシラはどうなりましたか? 大量に麻痺薬を飲ませましたが・・」

『ああ、あのアルヴィは・・肉体は回復させたんだけど、ちょっと心が戻って来ないねぇ。想い人を悪魔用の贄に使われちゃった上に、悪魔の操り人形にされた時に魂を囓られちゃったみたいだ』

「贄? 魂を・・」

『この世に喚び出した悪魔に喰わせるための生け贄さ。恐怖心や絶望の感情を喰うと言われているけど、一番の好物は苦しみ抜いて生を諦めた人間の魂なんだ。ユキシラの想い人は、もうすぐアルヴィになりそうな個体だった。果実に例えるなら一番熟れている状態だった。だから狙われたんだな』

 残酷な話だった。

「どうして、悪魔はユキシラを操ったのに、私やユア、ユナを操ろうとしなかったのでしょう?」

『君達は身体の基礎値が上がりまくっているからさ。低俗な悪魔の精神攻撃なんか効きません』

「身体の・・そういう理屈ですか」

『そういう理屈さ。悪魔がやった精神攻撃値より、君達の精神耐性値の方が高かった。悪魔も驚いたんじゃない? あんな低層で、デーモン族の精神汚染に抵抗できる人間が居るとは思って無かったでしょ』

「その基礎値というのは、身体を鍛えれば上がるんですか?」

『通常はレベルアップ時に、いくつかの値が少しアップするだけ。とてもじゃないけど、悪魔に対抗できるような値には届かないね。例外として、自分より50レベル以上高い相手を斃すと、全ての値が軒並みアップするから、それを繰り返せば・・ただし、練度値と同じで、身体の基礎値が高いほど、レベルアップに必要な経験値の総量が増加するんだけどね』

「近頃、魔物を斃しても、あまり経験値を得られないんですが、何か影響していますか?」

『それ今更? 練度が上がっても身体基礎値が上がっても、必要経験値総量が増えて、魔物を斃して得られる経験値は減るんだよ』

「・・なるほど」

『もう色々と手遅れだから、苦情は受け付けないよ?』

「理屈が知りたかっただけです。憶測だけだと、すっきりしなかったので」

『ふうん、相変わらず冷静だね。まあ、悪い事ばかりじゃ無いでしょ? 筋力も耐久力も上がっているし、レベルアップした時の基礎値の伸び幅が大きくなるからね』

「神様、ユキシラを助けてやることはできませんか?」

『身体は再生できても、心が死んじゃってるんだよ』

「心ですか・・難しそうですね」

『魂って言っても良いね。何かで補完してやれば良いんだけど・・』

 少年神が首を振った。
 魂を毀損してしまい、もうアルヴィとしても迷宮人としても蘇生が出来ないのだと言う。

『アルヴィに進化する迷宮人が稀少なのに、ぽいぽい死なれちゃ困るんだけどねぇ』

 少年神が嘆息する。

「・・あいつの想い人の遺品は手に入りませんか?そういう物で魂が安らぐような事があるかもしれません」

『ほう?人間って、そうなの?そんなことってある?』

「そうあれば良いな・・という程度ですが」

『ふむふむ、いや、試してみる価値はあるね。どうせ、他には手立てが無いし・・ふむん、ちょっと待ってね・・遺品は無くなったけど、これは・・どこかに魂が少しだけ残留しているな。ああ・・悪魔の中かも?』

 少年神がシュンを見つめるように眼を細めている。

『なるほど・・悪魔の魔核を出してみて』

「はい」

 シュンは、ポイポイ・ステッキで収納していた悪魔の魔核を取り出した。

『まだ少しだけ残ってるね。たいしたもんだ。よほど強い心の持ち主だったんだね』

「この中に?」

 シュンは悪魔の魔核を眺めた。

『消えちゃいそうな魂を掻き集めて・・と』

 少年神の手元へ淡い光が集まって球状になった。

『ええと、アルヴィの方も取り出して・・ああ、こっちはボロボロだなぁ』

 どこを見ているのか、ぶつぶつと呟きながら少年神がきょろきょろと視線を巡らせている。

『う~ん、容れ物になりそうな手頃な死体が無いねぇ』

「・・迷宮人ですか?」

『いや・・この際、相性が良ければ何だって良いんだけど。ちょっと時間が無いから、適当にやっちゃおう。なんか面倒だし、なるようになるでしょ・・あっと、その前に君達にもご褒美だ。下位悪魔討伐の報酬として、1レベルアップ。棒金10本。魔法力の上昇、MP総量の増加だ』

「ありがとうございます」

『じゃ、ボクはあのアルヴィのところへ行くよ』

「よろしくお願いします」

 頭を下げた。

 すぐに視界が歪んで元の場所へ戻された事が分かった。
 もう、すっかりお馴染みの感覚だ。


 途端、上着の裾を引かれた。

「ボッスぅ・・」

「ボッスぅ・・」

「どうした?」

 シュンは双子が指さす方を見た。
 そこで、推定年齢14歳くらいの美しいアルビィが白い仮面らしき物を抱き締めて立っていた。仮面の表面を撫でながら俯き加減に何やら小声で囁いている。得体の知れない多幸感に包まれていて、ちょっと余人には近づきがたい雰囲気を醸し出している。

「あれが・・ユキシラ?」

 ずいぶんと幼い姿になっているが、ユキシラの面影がある美貌の少年だった。
 少しだけ考え、やがて大凡の事情を理解して、シュンはそっと年若いアルヴィから眼を逸らした。

「ずいぶん縮んだが、あれは多分・・神様・・何かやっちゃったんだな」

 シュンは額を抑えながら呟いた。

「神様?」

「やった?」

「殺されたユキシラの恋人・・その魂を神様が捜してくれたんだが」

 シュンは神様とのやり取りをざっくりと説明をした。ユキシラ自身も魂を毀損して蘇生できない状態だったはず。それをどうやったのか蘇生させている。思い当たる理由は一つしかない。毀損したユキシラの魂を恋人の魂で補完したのだ。
 そうしたら・・こうなった。

 14歳くらいの幼い雰囲気のユキシラと、白い仮面・・。

「恋人は白仮面」

「ペルソナがラヴァ」

 双子が同情顔で呟いた。美麗なアルヴィの少年を見やる。白い陶磁器のような仮面を指で撫で、そっと口づけなどをしている。物を大切にするという域を少々超越した様子が覗えた。

「何というか・・そっとしておいてやろう」

 今は掛ける言葉を持たない。そもそも、あれをユキシラと呼んで良いのかどうかも微妙だ。

「賛成」

「同意」

 双子が神妙な顔で頷いた。

 シュンは双子を連れて地下空洞の探索を始めた。何しろ、まだ迷宮人の町の地下に居る。脱出経路を確保しないといけない。
 しかし、どうやら他には隠し部屋も通路も無さそうだった。
 唯一、怪しく見える箇所は、床の魔法陣だけだ。

「悪魔がここから生まれた?」

「悪魔の泉?」

 ユアとユナが包丁で魔法陣をつつく。

「消しておこう」

 シュンはテンタクル・ウィップを叩きつけて魔法陣が描かれた石床を割った。黒い触手は眼に見える破壊だけでなく術の痕跡そのものを消し去る。

(どうせ、ろくな物じゃ無いだろう)

 シュンはテンタクル・ウィップを使って念入りに魔法陣を抉り削って、表面の紋様を粉々に砕いた。

(さて、上に戻らないといけないが・・)

 シュンが上方の天井にある穴を見上げた時、

「シュン様、感謝致します!」

 いきなり、ユキシラが大きな声で礼を言って頭を下げた。

「ヒャァッ」

「ウヒィッ」

 索敵魔法に集中していた双子が予想外の大声に背を縮めて跳ねる。
 2人が知らぬ間に、ユキシラが近くに来ていたのだ。まあ、シュンは一度も視界からユキシラを外していないので気がついていたが・・。

「事の経緯を神様より伺いました。シュン様には返しきれぬ恩義ができました」

 真っ白い狐か、鼬の物らしい仮面を抱きしめたユキシラが微笑みを浮かべていた。青ざめたように白い顔に薄らと朱がさし、美麗な容貌が眩しいくらいに幸福そうに見える。

 実に痛々しい。

「・・ふむ」

 シュンは魔法陣が消え去った石床へ視線を向けた。
 ユアとユナもそっと床へ視線を向けた。
 決してユキシラを見ないようにしているわけでは無い。

「シュン様のおかげで、こうして愛する人を取り戻すことができました。感謝申し上げます」

 ユキシラが熱っぽい眼差しでシュンを見つめてお辞儀をする。
 前述の通り、シュン、ユア、ユナは床へ視線を落として沈黙していたのだが・・。

「ボッスぅ、ご指名ですよ~」

「ボッスぅ、熱視線ですよ~」

 双子がシュンの上着の裾を引っ張って囁いてくる。聞こえないフリは許されないようだった。
 シュンは双子に引っ張られるまま、溜め息を吐きつつユキシラの方へ向き直った。

「・・あぁ、ええと・・とにかく良かったな。これから色々と大変だろうが頑張ってくれ」

「ユキシラとしての私は魂を壊され死にました。しかし、壊された私の魂を神様がサヤリ・・恋人の魂で補完して、こうして身体を蘇生して下さったのです」

「そうか・・まあ、とりあえず良かったじゃないか」

「神様が仰るには、この身を蘇生するようシュン様が祈りを捧げて下さったと。サヤリの魂を悪魔から解き放って下さったのもシュン様だと・・」

 ユキシラが熱した眼差しを向けてくる。

 シュンが神様にユキシラを助けてやれないかと訊いたのは事実だし、解体して持っていた悪魔の魔核にサヤリという想い人の魂が残留していたのも事実だったが、なんだか美化され過ぎているようだった。

「いや、ちょっと伝わり方がおかしい。俺は・・」

「限りなく妖精に近い何かになったのだそうです。ただ、少し不安定な存在でもあるので、シュン様の温情にお縋りせよと・・そう神様が仰いました」

「温情? 俺の?」

「私は人様の生命力・・HPを糧にしなければ生きられない生き物になったそうです」

 ユキシラがとんでもない事実を打ち明けた。

「・・は?」

「とは言え、無差別に誰のHPでも良いというのでは魔物と変わりません。故に、神様がシュン様のHPに限って吸う事をお認め下さったのです」

 神様に蘇生された時にいくつか制約事項を与えられたらしい。

・他の生物のHPを吸っても糧にはならない。
・シュンのHPに限り、活力維持の力となる。
・代償として、シュンの従魔として誓印を捧げねばならない。

「この身は、アルヴィの形をした人形です。破損しても、シュン様のHPを頂ければ修復できる不死者・・装備品の一種としてお考え下さい」

 ユキシラが仮面を抱いたまま恭しくお辞儀をした。

「ええと・・」

 シュンはどう言ったものか困り、助けを求めて双子を振り返った。

「ボスに従う~」

「ボスに忠実ぅ~」

 2人が素早く宣言して、銃を手に周囲を警戒する素振りを見せつつ視線を泳がせる。

(・・カーミュはどう思う?)

 シュンは守護霊に助けを求めた。

『ご主人が決めるです。カーミュは従うです』

 カーミュが答えた。双子はともかくカーミュが否を言わないのだから、ユキシラが言う通り、シュンにとって危険は無いという事だろうか。

「シュン様が不要と仰るなら、この場で滅びましょう」

 ユキシラが穏やかな笑みを浮かべて言った。

「ああ、いや、そんな事を言うつもりは無いが・・しかし、不死者? いや、人形か。それは人に混じって生活できるのか? 無理をする必要は無いと思うが・・」

「全く問題ございません。HPをいただく他は何も必要としませんし、必要があれば他者の姿に変化することも可能です。シュン様のお考えのまま、どうかご自由にお使い捨てて下さい」

 ユキシラが神に向かって祈るように膝を折り、胸元に白い仮面を抱いたままシュンを見上げた。

「ズッシリ」

「ヘビー」

 シュンの後ろでヒソヒソと囁きが交わされている。

「それは・・その・・仮面は?」

「この身、ユキシラとサヤリの逢瀬の場・・愛の褥にございます」

「・・そうなのか」

 シュンはそれ以上は訊かないことにした。まるで意味が分からない。分かるのは、これ以上は仮面を話題にしない方が良いという事だ。

(こいつ・・危うい感じだな)

 神様に厄介なものを押し付けられた気がする。シュンは小さく溜息を吐いた。
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