厄災の申し子と聖女の迷宮 (旧題:厄災の迷宮 ~神の虫籠~)

ひるのあかり

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第1章

第139話 輪廻の女神

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『そうなのぉ~? 色々大変そうねぇ』

 輪廻の女神がチョコレートを頬張りながら言った。

 話が長くなりそうだったので、丸いテーブルを置き、4人で囲んでお茶をすることにしたのだ。

「100階層から上に行けないようですが、何が起きているのか御存じですか?」

 シュンはお茶を啜りながら訊ねた。

『浮気よ! 上の階層に隠しておきたい相手が居るということよ。きっと私の目から女を隠すための意地悪なんだわ』

 輪廻の女神が眼を怒らせている。

「これは、バリバリ君」

「こっちは、クロクマ。どっちも美味しい」

 ユアとユナが荒れ気味の輪廻の女神に冷たいアイスを勧めた。

『あなた達を呼んだのは浮気の証拠を掴むためよ』

 輪廻の女神がクロクマを選んでカップの蓋を取った。

「証拠はどうする?」

「絵を描く?」

 ユアとユナが棒状のアイスを囓りながら訊ねる。

『これ、美味しいわ!』

 輪廻の女神が声をあげた。

「それは、とても貴重な一品」

「出現確率がとても低い」

 双子が言った。事実、まだ在庫が213個しかない稀少品である。

『まあっ! そんなに貴重なお菓子なの? 貰っちゃって良かったのかしら?』

「翼を貰った」

「感謝の気持ち」

 2人が囓っているバリバリ君のレモネ味は999個1セットで、8セットの備蓄があった。

『嬉しいわぁ~、ありがとう!』

「神様が来ない」

「お役に立てない」

『それもそうね・・下層に降りて来ないと追求できないわ!』

 輪廻の女神と双子の間では会話が成立しているようだが、横で聴いているシュンは混乱が深まるばかりだ。会話に入る機会が見つけられないまま、沈黙を保ってお茶を啜っていた。

『でも良かったわぁ~ あなた達が幸せそうで』

「運が良かった」

「とっても幸運」

『ふふふ、そうね・・世の中、口先ばかりの不実な男がいっぱいいるのよ。あなた達を見た時、利用だけされて、弄ばれて捨てられてしまうんじゃないかって心配してたの』

「ボスは鉄壁」

「ボスは心配無用」

『まあ、ボスだなんて。名前で呼ばないの?』

 輪廻の女神が匙に残ったクリームを舐め取りながら2人を流し見る。

「・・ちょっと恥ずかしい」

「・・こっそり呼ぶときもある」

 ユアとユナが消え入るような声で言った。

『うふふふ・・初々しいわねぇ~ あぁぁ、良いわぁ~ こんなに楽しい気持ちなんて何年ぶりかしら? なんだか、私まで胸が熱くなっちゃうわぁ』

 輪廻の女神が上衣の胸元を押さえながら身を捩る。

「ボスは渡さない!」

「恩義とは別っ!」

 ユアとユナが、食べ終わったアイスの棒を握って立ち上がった。

『いやだ。そんなことしないわよ。ただ、そうねぇ・・彼氏にちょっと訊いてみたいんだけど?』

 輪廻の女神がシュンを見た。
 当然のように、シュンは話の流れについていけていない。1人、お茶の中で揺れる茶葉の破片を眺めて座っていただけだ。
 いきなり名前を呼ばれて、シュンは輪廻の女神達に視線を向けた。

「私が何か?」

『ここで誓って頂戴。私は、女の子が不幸になるのを見たくないのよ!』

 輪廻の女神が表情を引き締めてシュンを見た。

「何を誓えば良いのですか?」

『そりゃあ、この2人を幸せにするっていう意気込みよ!』

「生命を守るという点は誓えます。私は2人を護るためなら命を惜しみません。ただ、何を幸せに想うかは人それぞれでしょう。私には人の気持ちを操る力などありませんから、私が2人の幸せを誓約することは困難です」

 シュンが真面目な顔で答えた。

『・・ぅわぁ・・いつもこうなの?』

 輪廻の女神が双子を見た。

「えへへ・・」

「いやぁ・・」

 ユアとユナが赤い顔で前髪のあたりを弄っている。

『えっ? どうして、今のであなた達が照れてるの?』

「女神様、いくつかお訊きしたいのですが?」

 シュンは声をかけた。

『・・何でしょう? 女神っていうか、闇の精霊よ? まあ、神様から女神役をやれって言われてるけど』

「その神様のことなのですが・・」

 シュンとしては、今、迷宮で起こっている事を知りたい。そのためにも、神様に連絡を取りたいのだ。

「女神様は神様と親しい間柄でしょう?」

 5階から迷い込んだ時は、かなりの間、神様と痴話喧嘩をやっていた。

『えっ・・そりゃあ、まあ・・夫婦? みたいな? でもどうして?』

「以前、こちらにお邪魔した際、神様がずいぶんと貴女のことを気に掛けられていたようでしたので」

『あらぁ、よく見ているわねぇ。そうね、妻と言っても過言ではないわね』

 輪廻の女神が両腰に手を当てて胸を張る。

「やはり、そうでしたか」

 シュンは大きく頷いた。

「旦那様・・神様に会わせていただけませんか? 下層で起きていること、処理済みの案件などを報告したいのですが?」

『・・難しいわね』

 先ほどまでの上機嫌な様子から一変、輪廻の女神が不機嫌な顔になる。

「奥様でも?」

『・・だから、浮気なのよ』

「え?」

『上層の光の乙女のところに入り浸っているに違いないわ! だって連絡がつかないんだもの!』

「奥様でも連絡がつかないのですか・・」

 シュンは小さく嘆息して考え込んだ。
 これは当てが外れた。下層迷宮で唯一、神様と連絡がとれそうな存在なのだが・・。

『正直に言って欲しいのだけど・・神様は、あなた達にも会いに来ていないのね?』

「はい。ここしばらく、お会いできていません」

『そう・・それは少し変ね』

 輪廻の女神が眉をひそめた。

「この下層でも色々と起きています。おそらくは、上層の方でも何か問題が発生しているのではありませんか?」

『そう? でも問題って何かしら? 神様がお困りになっているってこと?』

「そう思います」

『そう・・いつもの浮気じゃ無かったのかしら?』

 ぶつぶつ言いながら、輪廻の女神が宙空に向かって手招いて見せた。
 途端、真っ黒な烏が舞い降りてきた。

『何が起きているの?』

 輪廻の女神が黒い烏に訊ねた。

『神界争乱 神界争乱』

 黒い烏が喋った。

『神界が? どこの神様が文句を言ってきているの?』

『龍神』

『龍か・・あいつら、また叛乱でも起こしたのかしら。しつっこいのよねぇ、昔のことをいつまでも!』

 輪廻の女神が舌打ちをしながら柳眉を逆立てた。

『上層 神様派 龍神派 分かれた』

 黒い烏が続ける。

『・・そういうことね。でも、それなら、どうして神様は私を呼んで下さらないの? 戦いならお役に立てるのに!』

『お手紙来た 姫 捨てた』

『・・そうだっけ?』

『沢山来た 姫 全部捨てた』

 黒い烏が繰り返した。

『あらぁ・・何だか、ちょっと急用ができちゃったわ。せっかく、楽しい話をして貰っていたのに御免なさいね』

 輪廻の女神が頭を掻き掻き、シュン達を振り返った。

「龍というと、龍人でしょうか? 私は赤い龍人と戦いましたが?」

 シュンは、赤い龍人が召喚されて出現したこと。戦って斃したことを話した。

『ふうん、他の界の龍人まで喚んだのね。今回は、かなり本気でやり合うつもりってことか』

 呟いた輪廻の女神の目が据わっている。かなり剣呑な雰囲気だ。

「上層の決着がつくまで、下層迷宮はどうなりますか?」

『神様は上層に力を集中するでしょう。中層から下の加護は薄まるわ』

 具体的には、外部からの侵入を拒んでいた結界が弱体化してしまうらしい。迷宮内部の仕掛けに関しては、下層迷宮に限定するなら、さほどの影響は無いそうだ。

「外から迷宮に侵入しようとする連中が居るようです」

『界の乱れに気付いた奴がいるのね。迷宮に入る直前の村までは神様の結界の内です。あそこまでは、迷宮から出たことになりません。分かりますね?』

 シュンは頷いた。かつてユアとユナと出会った村までは、迷宮管理人の管轄内だから侵入者を討伐しろという意味だろう。

「他の界からも侵入を企てる動きがあるようです。すべて、潰して回るということで宜しいでしょうか?」

『そうね。下層迷宮内なら、魔物の配置は自由に変更して良いわ。異界の魔物で迷宮が埋め尽くされていたら神様がお嘆きになるから。徹底駆除をお願い』

「分かりました。侵入者の排除を継続します」

『お願いね。これから神様の元へ行ってくるわ』

 輪廻の女神が、その場で舞うようにして回転した。
 直後、


 ギィッ・・


 大気が軋むような尖った音が聞こえ、一瞬にして輪廻の女神の姿が消えていた。黒い烏も消え去っている。

「大変みたいだな」

 シュンは息をつきながら椅子に腰を下ろした。

「龍人がいっぱい?」

「神様、大丈夫?」

 ユアとユナがクロクマを匙で掬って、せっせと口に運ぶ。

「龍人の数はそこまで多くないだろう。龍神というのは知らないが・・どうも、龍の叛乱だけでは無さそうだな」

 シュンは首を振って、ぬるくなったお茶を口に含んだ。

 神様に連絡を取りたいという希望は、叶うかもしれない。上層を巻き込んだ大きな争乱が起きているという情報も仕入れた。当面、下層に神様の支援は無いということも理解した。

「しばらくは駆除係だな」

 シュンは溜め息をついた。100階から上には、いつになったら行けるのか。

「ボス、ドンマイ」

「ボス、ノンビリ」

 ユアとユナがシュンの後ろへやって来て背中を擦った。
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