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第1章
第308話 勇者の正体
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「主神様、先ほどからの挑発をするような物言い、不遜な態度を謝罪します。誠に申し訳ありませんでした」
シュンは、マーブル主神の近くまで歩き、床に片膝を突いて深々と頭を下げた。
『へっ? い、いや、何? 何なの? 今度はどうしちゃったの?』
すっかり混乱した様子で、マーブル主神が訊ねる。
「実は、迷宮を狙って長距離から攻撃を行う者を想定し、かなり以前から迷宮の幻影を見せる準備をしておりました」
シュンは、アルマドラ・ナイトのように、長距離から高威力の攻撃を行える敵を想定して防衛の準備をしていた。その一つが、幻夢の塔・・マーブル迷宮の幻影を出現させる魔法陣である。
『・・は? ボク、そんなの聞いてないよ?』
「地上の事はすべてお任せ頂けるとの事でしたから、詳細な報告をしておりませんでした」
『ええ~・・そういうのは言って欲しかったなぁ? そりゃあ、地上は任せるって言ったよ? でも、結構大切な事じゃん? 知ってたら、さっきも不安にならずに済んだんだよ?』
マーブル主神が拗ねたように言う。
「いえ・・今回に限っては、報告を怠った事が功を奏しました」
『・・はい?』
「勇者の少年は、主神様ご自身です」
床に片膝を突いたまま、シュンはマーブル主神を見つめた。
『なっ、何を言うんだい! 何てことを言うんだい! ボクが町を壊して回っているって言うの? 酷いよっ!』
顔を真っ赤にしたマーブル主神が宙に飛び上がって大きな声を出す。
「ジェルミー・・」
シュンが呼ぶと、女剣士が姿を現した。
「あれの兜を斬って来い」
シュンは、壁面に拡大して映っている甲胄姿の"勇者"を指差した。深々と兜を被り、格子状の面頬を閉ざしているため顔が見えないが・・。
映像内に、ジェルミーが瞬間移動をして現れた。
"勇者"の真正面である。
咄嗟に剣を抜こうと"勇者"が腰へ手を伸ばしたようだったが、鞘から長剣を抜く間を与えず、ジェルミーが佩刀を一閃して、"勇者"の兜を斬り割った。
割れた兜の下から現れたのは、紛れもないマーブル主神の顔だった。
『まぁっ!』
輪廻の女神が声をあげる。
『なんだってぇーー?』
マーブル主神が空中で仰け反った。
その様子を静かに眺めつつ、シュンはジェルミーに戻るように指示をした。直後にシュンの傍らに女剣士の姿が現れ、一礼をしながら大気に溶けるように消えていく。
『えっ? あれはどうすんの? 放っておいたら逃げちゃうじゃん? やっつけないと!』
マーブル主神が壁面の映像を指差した。
映像の中で、素顔を晒した"勇者"が慌てた様子で手で顔を覆い、周囲を忙しく見回して警戒している。
「どうしましょうか?」
シュンは訊ねた。
『え? そりゃあ・・いや、あれってボクじゃないよ? 何かの術で化けてるだけだよ? 構わず、やっちゃってよ!』
「・・分体のようですな」
オグノーズホーンが言った。
『ぶっ、分体? ボクの分体? そんなの知らないよ? だって、ボクはそんなの創った事が無いんだよ? どうやってやるの?』
マーブル主神が目を剥く。
「主殿・・」
オグノーズホーンが痛ましげにマーブル主神を見る。
『えっ? なに? なんなの? オグ爺?』
「少し、お耳を拝借しても?」
『う、うん・・なんだい?』
「実は・・」
オグノーズホーンがマーブル主神の耳元に口を近づけた。
内容は、シュンと事前に打ち合わせてあった。
これは、マーブル主神自身が意図して行った事ではない。無意識の内に行ってしまった事だ。
簡潔に言えば、妻である輪廻の女神と仲睦まじく過ごす日々に疲労困憊し、体力的にも精神的にも追い込まれたマーブル主神が、心の奥底に抑え込んでいた、"もう逃げ出したい" "もっと違う事がやりたい" "あっちの方が楽しそう" "神界から抜け出したい" "新しい迷宮で遊びたい" "新しい物を創りたい" "新しい世界を旅したい"・・主神として頑張ろうと決心した時に諦めた思いが、現実を逃避するための"分体"という形となって現れたもの。それが"勇者"だった。
『ぶはぁーー? ちょ、ちょっと! ヤバい! それ、駄目なやつだって! 言えないやつじゃん! 断じて違う! ボクはそんな事を考えてない! ボクじゃない!』
マーブル主神が真っ青な顔で叫んだ。
「どうか落ち着いて下され」
『どうされたのですか?』
輪廻の女神が心配そうにマーブル主神を見る。
『ああ、大丈夫! ボクは大丈夫だからね?』
マーブル主神が青い顔に盛大に汗を浮かべて大きな声を出す。
『神様?』
輪廻の女神が小首を傾げた。
『オグ爺?』
輪廻の女神がオグノーズホーンを見た。その双眸がやや尖っている。
「うむ・・ああ、詳細はシュンが語るだろうが・・あれは、主殿が意図したものでは無い。無意識の内に現れたものだ」
『無意識に? で、でも・・それなら、あれは神様の分体なのでしょう? 神様そのものではありませんか?』
輪廻の女神が不安に顔を曇らせながら、壁面に映る"勇者"を指差した。
「そうだな。主殿が生み出そうとしてお創りになったものでは無いが・・分体であろうな」
オグノーズホーンが厳しい顔で頷いた。
『なんてこと! どうするの? どうしましょう?』
「落ち着け。主殿はここにいらっしゃる。無論、分体とて尊き存在に違いはないが・・主体こそが至高であろう」
『ああ・・そういう事でしたか』
死の国の女王が理解した様子で大きく頷いた。
『無意識に分体を生み出した方など・・私のような古き者にとっても驚きの出来事ですよ。さすがは主神殿です』
そう言って、女王がくすくすと楽しげに笑い始めた。そのまま、笑いの衝動を抑えきれずに肩を震わせ上着の袂を持ち上げて顔を隠してしまった。
何に追い詰められ、何から逃げようとして"分体"を生み出したのか・・それが可笑しかったのだ。
『ちょ、ちょっと、笑わないでよ! ボクだって、そんなつもりは無かったんだからね?』
顔を真っ赤にしたマーブル主神が頬を膨らませる。あまり口にはしていないが、マーブル主神は輪廻の女神の事が好きなのだ。素直に、惚れていると言って良い。こんな理由で"分体"を生み出してしまったなどと、女神に知られる訳にはいかなかった。
『ええ、分かっておりますとも。ですが・・ああ、そういう事だったのですね』
女王が納得した顔でシュンを見た。
『貴方は、初めから"勇者"が主神殿の分体だと想定した上で挑発をしていたのですね? あれを・・"勇者"を演じる主神殿の分体を招き寄せるために・・分体に、主神殿の迷宮を攻撃させるために』
『なるほどな。そういう事であったか』
バローサ大将軍が笑みを浮かべた。
『あら・・そういう演技も出来るのですね。なかなか、油断のならない使徒ですこと』
デミアが艶然と微笑んだ。
「申し訳ございませんでした」
シュンは改めてマーブル主神に謝罪した。
『う、うん・・あれは仕方無いよ。ボクに防衛の仕組みを話していたら、分体の"勇者"に筒抜けだったんだからね』
「お許し頂けますか?」
『はい。許します! 主神として、使徒シュンを完全に許します!』
マーブル主神が赤い顔で断言した。
「感謝致します」
シュンは深々と頭を下げた。
そして、顔を上げた。
「その上で、お願いがあります」
『・・なに? ああ、いいよ? 分体を討ち取りたいって話でしょ? やっちゃってよ。ボクはそういうの気にしないからさ』
マーブル主神がひらひらと手を振った。
「いいえ、畏れ多くも、あの"勇者"は主神様の分体なのです。使徒である私が滅するわけには参りません」
『また・・なんだか気味が悪いね。君がやたらと丁重な話し方を始める時ってヤバいんだよね。もうね。分かるのですよ? ボクも結構な付き合いだからね?』
マーブル主神が警戒を露わにシュンを見る。
「お分かりになりますか?」
シュンは微笑を浮かべた。
『・・って事は、やっぱり?』
「少々、宜しくない出来事が起こります」
『少々って、どのくらい? 何が起こるの?』
「女王様・・」
シュンは、死の国の女王を見た。
『なんでしょう?』
「無意識に生み出された分体とはいえ、あれは主神様ですよね?」
『そうですね。見事な分体です。主神殿そのものと言って良いでしょう』
「宵闇の女神の分体と同様という理解でよろしいでしょうか?」
『はい。その理解で間違っていません』
『そんな! それでは、あれは・・あれも神様? どうしましょう? どうなっているのですか?』
輪廻の女神がマーブル主神にしがみつく。
『も、もう、ボクには何が何やら・・どうして、こんな事に・・』
マーブル主神が頭を抱えて呻く。
『しっかりして下さい!』
『や、闇ちゃん、ごめん・・ボクはまた情けない事をやっちゃったみたいだ。ボクは闇ちゃんに謝らないと・・』
『ああ、神様・・闇は大丈夫です! よく分かりませんけど、闇の事は気にしないで下さいませ!』
輪廻の女神がマーブル主神の背を抱えるようにして両腕で抱きしめる。
『ううう・・』
マーブル主神が両手で頭を抱えたまま小さくなった。
「ところで、あの"勇者"様についてですが・・」
シュンは、輪廻の女神に慰められているマーブル主神に話し掛けた。
『君? ボク、かなり傷心なんだけど? もう、恥ずかしくて、どうしたらいいのか分からないんだけど?』
マーブル主神が弱々しく気落ちした眼差しを向けた。
「分体として分かれているとはいえ、主神様そのものなのですから、神界にお迎えしては如何ですか?」
シュンの提案に、マーブル主神の目と口が大きく開いた。
『・・・・はい?』
「本物の主神様なのですから、このような地上で"勇者"ごっこなどをして、万が一にも怪我などをしてはいけません。無論、主神様が"勇者"として世を巡りたい、こういう遊びをやってみたいという事でしたら、誠心誠意お付き合い致します。そのための施設を創ります。相応しい敵も用意致しましょう」
シュンは壁面の映像を消して、マーブル主神を見つめた。
「ただ・・今回はどうやら主神様の御意志ではなく、無意識のところで少しだけ息抜きをしたかったという事のようですから・・どうでしょう? "勇者"をやっている主神様を神界へお連れになっては?」
『・・できれば、ボクの中に戻したいんだけど? いや、まだ分体の出し方も分からないんだけどさ』
マーブル主神が呻くように言った。
『ああ、それは危険ですよ』
死の国の女王が言った。
『えっ? な、なに? 危ないの? 同じボクなのに?』
『あれは無意識に・・恐らくは願望の一部が飛び出した亜分体とでも言うべき存在です。このままでは、戻れと命じたところで受け付けないでしょう』
『で、でも・・だって・・じゃあ、どうすれば? 嫌だよ? あんな恥ずかしいのを出しっぱなしとか』
『心配は要りません。きちんと躾ければ、"勇者"も自分が主神殿の分体である事を認識するでしょう。そうなれば、主神殿の意思に従って本来の分体と変わらぬ存在になります。何時でも同体として戻せますし、また分体に戻すことも可能になります』
女王が穏やかに言った。
『あ、そうなんだ? でも、躾けるってどうするの? 捕まえて説教とか?』
『あら? 聞き分けの無い子供を叱るのと変わりませんよ? 勇者では無く、主神殿の分体であるという事を認めて素直になるまで、お尻を叩くなり、頬を叩くなりすれば良いのです』
女王が笑みを浮かべて乱暴な事を言う。
『えええ・・なんか、滅茶苦茶痛そうじゃん? 体罰で躾けるとか、まずいんじゃない? 捻くれちゃうよ? まあ、ボクじゃないからいいのかな?』
マーブル主神が腕組みをして唸った。
その時、
「考えたのですが・・」
シュンは、マーブル主神に声を掛けた。
『うわぁーー・・ここで、出たよ! 出ましたよ~! 使徒君のいつものやつが出ちゃいましたよぉ~!』
マーブル主神が怯えた顔で大きく跳び退った。
シュンは、マーブル主神の近くまで歩き、床に片膝を突いて深々と頭を下げた。
『へっ? い、いや、何? 何なの? 今度はどうしちゃったの?』
すっかり混乱した様子で、マーブル主神が訊ねる。
「実は、迷宮を狙って長距離から攻撃を行う者を想定し、かなり以前から迷宮の幻影を見せる準備をしておりました」
シュンは、アルマドラ・ナイトのように、長距離から高威力の攻撃を行える敵を想定して防衛の準備をしていた。その一つが、幻夢の塔・・マーブル迷宮の幻影を出現させる魔法陣である。
『・・は? ボク、そんなの聞いてないよ?』
「地上の事はすべてお任せ頂けるとの事でしたから、詳細な報告をしておりませんでした」
『ええ~・・そういうのは言って欲しかったなぁ? そりゃあ、地上は任せるって言ったよ? でも、結構大切な事じゃん? 知ってたら、さっきも不安にならずに済んだんだよ?』
マーブル主神が拗ねたように言う。
「いえ・・今回に限っては、報告を怠った事が功を奏しました」
『・・はい?』
「勇者の少年は、主神様ご自身です」
床に片膝を突いたまま、シュンはマーブル主神を見つめた。
『なっ、何を言うんだい! 何てことを言うんだい! ボクが町を壊して回っているって言うの? 酷いよっ!』
顔を真っ赤にしたマーブル主神が宙に飛び上がって大きな声を出す。
「ジェルミー・・」
シュンが呼ぶと、女剣士が姿を現した。
「あれの兜を斬って来い」
シュンは、壁面に拡大して映っている甲胄姿の"勇者"を指差した。深々と兜を被り、格子状の面頬を閉ざしているため顔が見えないが・・。
映像内に、ジェルミーが瞬間移動をして現れた。
"勇者"の真正面である。
咄嗟に剣を抜こうと"勇者"が腰へ手を伸ばしたようだったが、鞘から長剣を抜く間を与えず、ジェルミーが佩刀を一閃して、"勇者"の兜を斬り割った。
割れた兜の下から現れたのは、紛れもないマーブル主神の顔だった。
『まぁっ!』
輪廻の女神が声をあげる。
『なんだってぇーー?』
マーブル主神が空中で仰け反った。
その様子を静かに眺めつつ、シュンはジェルミーに戻るように指示をした。直後にシュンの傍らに女剣士の姿が現れ、一礼をしながら大気に溶けるように消えていく。
『えっ? あれはどうすんの? 放っておいたら逃げちゃうじゃん? やっつけないと!』
マーブル主神が壁面の映像を指差した。
映像の中で、素顔を晒した"勇者"が慌てた様子で手で顔を覆い、周囲を忙しく見回して警戒している。
「どうしましょうか?」
シュンは訊ねた。
『え? そりゃあ・・いや、あれってボクじゃないよ? 何かの術で化けてるだけだよ? 構わず、やっちゃってよ!』
「・・分体のようですな」
オグノーズホーンが言った。
『ぶっ、分体? ボクの分体? そんなの知らないよ? だって、ボクはそんなの創った事が無いんだよ? どうやってやるの?』
マーブル主神が目を剥く。
「主殿・・」
オグノーズホーンが痛ましげにマーブル主神を見る。
『えっ? なに? なんなの? オグ爺?』
「少し、お耳を拝借しても?」
『う、うん・・なんだい?』
「実は・・」
オグノーズホーンがマーブル主神の耳元に口を近づけた。
内容は、シュンと事前に打ち合わせてあった。
これは、マーブル主神自身が意図して行った事ではない。無意識の内に行ってしまった事だ。
簡潔に言えば、妻である輪廻の女神と仲睦まじく過ごす日々に疲労困憊し、体力的にも精神的にも追い込まれたマーブル主神が、心の奥底に抑え込んでいた、"もう逃げ出したい" "もっと違う事がやりたい" "あっちの方が楽しそう" "神界から抜け出したい" "新しい迷宮で遊びたい" "新しい物を創りたい" "新しい世界を旅したい"・・主神として頑張ろうと決心した時に諦めた思いが、現実を逃避するための"分体"という形となって現れたもの。それが"勇者"だった。
『ぶはぁーー? ちょ、ちょっと! ヤバい! それ、駄目なやつだって! 言えないやつじゃん! 断じて違う! ボクはそんな事を考えてない! ボクじゃない!』
マーブル主神が真っ青な顔で叫んだ。
「どうか落ち着いて下され」
『どうされたのですか?』
輪廻の女神が心配そうにマーブル主神を見る。
『ああ、大丈夫! ボクは大丈夫だからね?』
マーブル主神が青い顔に盛大に汗を浮かべて大きな声を出す。
『神様?』
輪廻の女神が小首を傾げた。
『オグ爺?』
輪廻の女神がオグノーズホーンを見た。その双眸がやや尖っている。
「うむ・・ああ、詳細はシュンが語るだろうが・・あれは、主殿が意図したものでは無い。無意識の内に現れたものだ」
『無意識に? で、でも・・それなら、あれは神様の分体なのでしょう? 神様そのものではありませんか?』
輪廻の女神が不安に顔を曇らせながら、壁面に映る"勇者"を指差した。
「そうだな。主殿が生み出そうとしてお創りになったものでは無いが・・分体であろうな」
オグノーズホーンが厳しい顔で頷いた。
『なんてこと! どうするの? どうしましょう?』
「落ち着け。主殿はここにいらっしゃる。無論、分体とて尊き存在に違いはないが・・主体こそが至高であろう」
『ああ・・そういう事でしたか』
死の国の女王が理解した様子で大きく頷いた。
『無意識に分体を生み出した方など・・私のような古き者にとっても驚きの出来事ですよ。さすがは主神殿です』
そう言って、女王がくすくすと楽しげに笑い始めた。そのまま、笑いの衝動を抑えきれずに肩を震わせ上着の袂を持ち上げて顔を隠してしまった。
何に追い詰められ、何から逃げようとして"分体"を生み出したのか・・それが可笑しかったのだ。
『ちょ、ちょっと、笑わないでよ! ボクだって、そんなつもりは無かったんだからね?』
顔を真っ赤にしたマーブル主神が頬を膨らませる。あまり口にはしていないが、マーブル主神は輪廻の女神の事が好きなのだ。素直に、惚れていると言って良い。こんな理由で"分体"を生み出してしまったなどと、女神に知られる訳にはいかなかった。
『ええ、分かっておりますとも。ですが・・ああ、そういう事だったのですね』
女王が納得した顔でシュンを見た。
『貴方は、初めから"勇者"が主神殿の分体だと想定した上で挑発をしていたのですね? あれを・・"勇者"を演じる主神殿の分体を招き寄せるために・・分体に、主神殿の迷宮を攻撃させるために』
『なるほどな。そういう事であったか』
バローサ大将軍が笑みを浮かべた。
『あら・・そういう演技も出来るのですね。なかなか、油断のならない使徒ですこと』
デミアが艶然と微笑んだ。
「申し訳ございませんでした」
シュンは改めてマーブル主神に謝罪した。
『う、うん・・あれは仕方無いよ。ボクに防衛の仕組みを話していたら、分体の"勇者"に筒抜けだったんだからね』
「お許し頂けますか?」
『はい。許します! 主神として、使徒シュンを完全に許します!』
マーブル主神が赤い顔で断言した。
「感謝致します」
シュンは深々と頭を下げた。
そして、顔を上げた。
「その上で、お願いがあります」
『・・なに? ああ、いいよ? 分体を討ち取りたいって話でしょ? やっちゃってよ。ボクはそういうの気にしないからさ』
マーブル主神がひらひらと手を振った。
「いいえ、畏れ多くも、あの"勇者"は主神様の分体なのです。使徒である私が滅するわけには参りません」
『また・・なんだか気味が悪いね。君がやたらと丁重な話し方を始める時ってヤバいんだよね。もうね。分かるのですよ? ボクも結構な付き合いだからね?』
マーブル主神が警戒を露わにシュンを見る。
「お分かりになりますか?」
シュンは微笑を浮かべた。
『・・って事は、やっぱり?』
「少々、宜しくない出来事が起こります」
『少々って、どのくらい? 何が起こるの?』
「女王様・・」
シュンは、死の国の女王を見た。
『なんでしょう?』
「無意識に生み出された分体とはいえ、あれは主神様ですよね?」
『そうですね。見事な分体です。主神殿そのものと言って良いでしょう』
「宵闇の女神の分体と同様という理解でよろしいでしょうか?」
『はい。その理解で間違っていません』
『そんな! それでは、あれは・・あれも神様? どうしましょう? どうなっているのですか?』
輪廻の女神がマーブル主神にしがみつく。
『も、もう、ボクには何が何やら・・どうして、こんな事に・・』
マーブル主神が頭を抱えて呻く。
『しっかりして下さい!』
『や、闇ちゃん、ごめん・・ボクはまた情けない事をやっちゃったみたいだ。ボクは闇ちゃんに謝らないと・・』
『ああ、神様・・闇は大丈夫です! よく分かりませんけど、闇の事は気にしないで下さいませ!』
輪廻の女神がマーブル主神の背を抱えるようにして両腕で抱きしめる。
『ううう・・』
マーブル主神が両手で頭を抱えたまま小さくなった。
「ところで、あの"勇者"様についてですが・・」
シュンは、輪廻の女神に慰められているマーブル主神に話し掛けた。
『君? ボク、かなり傷心なんだけど? もう、恥ずかしくて、どうしたらいいのか分からないんだけど?』
マーブル主神が弱々しく気落ちした眼差しを向けた。
「分体として分かれているとはいえ、主神様そのものなのですから、神界にお迎えしては如何ですか?」
シュンの提案に、マーブル主神の目と口が大きく開いた。
『・・・・はい?』
「本物の主神様なのですから、このような地上で"勇者"ごっこなどをして、万が一にも怪我などをしてはいけません。無論、主神様が"勇者"として世を巡りたい、こういう遊びをやってみたいという事でしたら、誠心誠意お付き合い致します。そのための施設を創ります。相応しい敵も用意致しましょう」
シュンは壁面の映像を消して、マーブル主神を見つめた。
「ただ・・今回はどうやら主神様の御意志ではなく、無意識のところで少しだけ息抜きをしたかったという事のようですから・・どうでしょう? "勇者"をやっている主神様を神界へお連れになっては?」
『・・できれば、ボクの中に戻したいんだけど? いや、まだ分体の出し方も分からないんだけどさ』
マーブル主神が呻くように言った。
『ああ、それは危険ですよ』
死の国の女王が言った。
『えっ? な、なに? 危ないの? 同じボクなのに?』
『あれは無意識に・・恐らくは願望の一部が飛び出した亜分体とでも言うべき存在です。このままでは、戻れと命じたところで受け付けないでしょう』
『で、でも・・だって・・じゃあ、どうすれば? 嫌だよ? あんな恥ずかしいのを出しっぱなしとか』
『心配は要りません。きちんと躾ければ、"勇者"も自分が主神殿の分体である事を認識するでしょう。そうなれば、主神殿の意思に従って本来の分体と変わらぬ存在になります。何時でも同体として戻せますし、また分体に戻すことも可能になります』
女王が穏やかに言った。
『あ、そうなんだ? でも、躾けるってどうするの? 捕まえて説教とか?』
『あら? 聞き分けの無い子供を叱るのと変わりませんよ? 勇者では無く、主神殿の分体であるという事を認めて素直になるまで、お尻を叩くなり、頬を叩くなりすれば良いのです』
女王が笑みを浮かべて乱暴な事を言う。
『えええ・・なんか、滅茶苦茶痛そうじゃん? 体罰で躾けるとか、まずいんじゃない? 捻くれちゃうよ? まあ、ボクじゃないからいいのかな?』
マーブル主神が腕組みをして唸った。
その時、
「考えたのですが・・」
シュンは、マーブル主神に声を掛けた。
『うわぁーー・・ここで、出たよ! 出ましたよ~! 使徒君のいつものやつが出ちゃいましたよぉ~!』
マーブル主神が怯えた顔で大きく跳び退った。
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その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
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