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植木鉢
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「大丈夫か?」
「はい。ちょっと目が回っただけです。ありがとうございました」
改札口に向かおうとしたら呼び止められた。
「まだ足元がふらついているぞ。出かけるのは日を改めた方がいい」
「でも……」
「急ぎの用なのか?」
「ベンジャミンの鉢がギチギチで、植木鉢を買いに行きたいんです。来週から天気が悪いみたいだし」
「鉢なら家に沢山あるぞ。植木屋の鉢じゃあダメか?」
「嬉しいです。いただきます」
「じゃあ、早速行こう」
「ちょっと待ってください」
駅前の自販機でミルクコーヒーを買った。カフェインで血圧を上げて、糖分を補給すれば完璧さ! 瀬田先生が教えてくれたのだ。本当は 無糖の方が好きなのだが、糖分摂取が目的だからしかたない。
「誠治さんは、何がいいですか」
「同じものを頼む」
何だか意外。ブラックコーヒーと思っていた。ペットボトルを渡そうとしたら、誠治が代金を渡そうとした。
「今日の剪定の講習のレッスン代です」
「う、」
「送っていただいたいて、鉢までいただくんですから」
と、やや強引に言うと、ようやく、ありがとうと受け取ってくれた。
けっこう甘いミルクコーヒーを誠治は美味しそうに飲んでいる。
「甘いもの、お好きなんですか」
「和菓子は目がないな。洋菓子も好きだよ。ケーキ屋に入るのも最近は慣れた。けっこう男もいるからな。いい時代になったもんだ」
そう言うと、誠治はクスっと笑った。
軽トラックは、アパートの家主、宮下が持っている駐車場で止まった。この辺りは宮下帝国さながら、宮下が所有する駐車場があちこちにあるのだ。
誠治は、白いペンキで契約車と書いてある場所に軽トラックを停めた。駐車場の中には倉庫があって、ハシゴやら芝刈り機を入れると、「こっちだよ」と誠治が手招きした。
アパートの近くに、重厚な石垣に囲まれたやたらと立派な日本家屋が建っている。鬱蒼とした木々に囲まれていて、いかにも地主らしい佇まいの家屋だ。表札には宮下とある。アパートの契約をするとき、不動産屋に、家主の宮下はここらの地主で、鷹揚な人だから、お勧めですよ、と言われたのだ。多分ここに住んでいるのだろう。
誠治が足をとめたのは、その豪邸の前だった。
「さ、どうぞ」
立派な門を無造作に開けると、スタスタと中に入っていった。
えっ。家主さんなの? 家主で植木職人なわけ?
「おじゃまします」
「一休みしていくか?」
「いえ、大丈夫です」
やたら広い敷地だが、人の気配が無い。家に上がるのはさすがに遠慮だ。
「むぅ、そうか。帰りは送ろう」
「でも……」
「家はどこだ」
「あの、Mフラットです。誠治さんが家主さんですよね?」
「あのオンボロアパートか。あれは兄貴の持ち物でね。なにしろケチなヤツだから。ちゃんと住めてるか? 文句があったらいつでも言っていいんだぞ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
まぁ、隙間風とか酷いんだけど……。あの家賃だし……。文句を言いづらい。リフォームしたから家賃倍増、とかなっても困るのだ。
「土はあるのか」
「いいえ」
「それなら尚更だ。鉢と土じゃ、持って帰るのに難儀するぞ」
「土もいいんですか」
「もちろん」
「お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます! 」
土は通販で買うつもりだったから、マジ嬉しい。そんな気持ちが伝わったのか、誠治の顔にやっと笑顔が戻った。
敷地の隅に時代劇に出てくるような土蔵がある。外からは屋根しか見えなくて、どんな建物なのか想像をたくましくしていたのだが、思っていた土蔵よりもずっと立派だった。
誠治が土蔵の扉を開けると、明かり取りの窓から差し込む光にホコリが舞っていた。
なかは二階建てで、上にはハシゴで上がるようになっている。二階には、長持ちや茶箱が並んでいて、お宝探偵団が喜びそうな巻物や甲冑が乱雑に突っ込んであった。一階部分は、奥はストーブやら幼児のカタカタ車、歩行器がごちゃごちゃッと並んでいて、手前に色々な大きさの植木鉢が重ねてあった。
「好きなのを持っていけ」
「あの、代金は」
「いらんよ。使わない鉢何だから」
「ありがとう」
デザインが微妙に古臭いが、サイズが色々あるのが嬉しい。プラスチックの植木鉢を選んだ。
「そんなんでいいのか?」
「素焼きの鉢だと重くて移動出来ないから。これなら私でも運べます」
「次は土だな。鉢はそこに置いて、こっちにおいで」
家の裏手はクヌギの雑木林だった。
「この辺りがいいか」
そう呟くと、麻袋にフカフカの腐葉土をたっぷり詰めてくれた。
「このくらいでいいか?」
「はい! 充分すぎるくらいです」
これだけ土があったらテーブルヤシも植え替えられる。アパートの脇に植えてあるヒネたカエデの根本にもこの土を入れててやろう。俄然、やる気が出てきた。
再び軽トラックに乗って、アパートに到着した。アパートの錆びだらけの階段を見て、誠治が顔をしかめた。
「本当に困ったことはないのか? 文句があったら遠慮なく言っていいんだぞ」
「大丈夫です。今日はありがとうございました!」
それから数日後。クリニックから帰ると、アパートの周りに足場が組んであった。塗装が終わると、アパートは見違えるようにきれいになった。カビだらけのスレートの屋根も新しくなっている。家賃がアップしたらどうしよう、と冷や汗ものだったが、家賃は据え置きだった。ありがたい! 誠治さんありがとう! ホント、ファンになりました! 今度のバレンタインは、本気でプレゼントを選ぶことに決めた。何年ぶりだろう。アハハ(泣)。
「はい。ちょっと目が回っただけです。ありがとうございました」
改札口に向かおうとしたら呼び止められた。
「まだ足元がふらついているぞ。出かけるのは日を改めた方がいい」
「でも……」
「急ぎの用なのか?」
「ベンジャミンの鉢がギチギチで、植木鉢を買いに行きたいんです。来週から天気が悪いみたいだし」
「鉢なら家に沢山あるぞ。植木屋の鉢じゃあダメか?」
「嬉しいです。いただきます」
「じゃあ、早速行こう」
「ちょっと待ってください」
駅前の自販機でミルクコーヒーを買った。カフェインで血圧を上げて、糖分を補給すれば完璧さ! 瀬田先生が教えてくれたのだ。本当は 無糖の方が好きなのだが、糖分摂取が目的だからしかたない。
「誠治さんは、何がいいですか」
「同じものを頼む」
何だか意外。ブラックコーヒーと思っていた。ペットボトルを渡そうとしたら、誠治が代金を渡そうとした。
「今日の剪定の講習のレッスン代です」
「う、」
「送っていただいたいて、鉢までいただくんですから」
と、やや強引に言うと、ようやく、ありがとうと受け取ってくれた。
けっこう甘いミルクコーヒーを誠治は美味しそうに飲んでいる。
「甘いもの、お好きなんですか」
「和菓子は目がないな。洋菓子も好きだよ。ケーキ屋に入るのも最近は慣れた。けっこう男もいるからな。いい時代になったもんだ」
そう言うと、誠治はクスっと笑った。
軽トラックは、アパートの家主、宮下が持っている駐車場で止まった。この辺りは宮下帝国さながら、宮下が所有する駐車場があちこちにあるのだ。
誠治は、白いペンキで契約車と書いてある場所に軽トラックを停めた。駐車場の中には倉庫があって、ハシゴやら芝刈り機を入れると、「こっちだよ」と誠治が手招きした。
アパートの近くに、重厚な石垣に囲まれたやたらと立派な日本家屋が建っている。鬱蒼とした木々に囲まれていて、いかにも地主らしい佇まいの家屋だ。表札には宮下とある。アパートの契約をするとき、不動産屋に、家主の宮下はここらの地主で、鷹揚な人だから、お勧めですよ、と言われたのだ。多分ここに住んでいるのだろう。
誠治が足をとめたのは、その豪邸の前だった。
「さ、どうぞ」
立派な門を無造作に開けると、スタスタと中に入っていった。
えっ。家主さんなの? 家主で植木職人なわけ?
「おじゃまします」
「一休みしていくか?」
「いえ、大丈夫です」
やたら広い敷地だが、人の気配が無い。家に上がるのはさすがに遠慮だ。
「むぅ、そうか。帰りは送ろう」
「でも……」
「家はどこだ」
「あの、Mフラットです。誠治さんが家主さんですよね?」
「あのオンボロアパートか。あれは兄貴の持ち物でね。なにしろケチなヤツだから。ちゃんと住めてるか? 文句があったらいつでも言っていいんだぞ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
まぁ、隙間風とか酷いんだけど……。あの家賃だし……。文句を言いづらい。リフォームしたから家賃倍増、とかなっても困るのだ。
「土はあるのか」
「いいえ」
「それなら尚更だ。鉢と土じゃ、持って帰るのに難儀するぞ」
「土もいいんですか」
「もちろん」
「お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます! 」
土は通販で買うつもりだったから、マジ嬉しい。そんな気持ちが伝わったのか、誠治の顔にやっと笑顔が戻った。
敷地の隅に時代劇に出てくるような土蔵がある。外からは屋根しか見えなくて、どんな建物なのか想像をたくましくしていたのだが、思っていた土蔵よりもずっと立派だった。
誠治が土蔵の扉を開けると、明かり取りの窓から差し込む光にホコリが舞っていた。
なかは二階建てで、上にはハシゴで上がるようになっている。二階には、長持ちや茶箱が並んでいて、お宝探偵団が喜びそうな巻物や甲冑が乱雑に突っ込んであった。一階部分は、奥はストーブやら幼児のカタカタ車、歩行器がごちゃごちゃッと並んでいて、手前に色々な大きさの植木鉢が重ねてあった。
「好きなのを持っていけ」
「あの、代金は」
「いらんよ。使わない鉢何だから」
「ありがとう」
デザインが微妙に古臭いが、サイズが色々あるのが嬉しい。プラスチックの植木鉢を選んだ。
「そんなんでいいのか?」
「素焼きの鉢だと重くて移動出来ないから。これなら私でも運べます」
「次は土だな。鉢はそこに置いて、こっちにおいで」
家の裏手はクヌギの雑木林だった。
「この辺りがいいか」
そう呟くと、麻袋にフカフカの腐葉土をたっぷり詰めてくれた。
「このくらいでいいか?」
「はい! 充分すぎるくらいです」
これだけ土があったらテーブルヤシも植え替えられる。アパートの脇に植えてあるヒネたカエデの根本にもこの土を入れててやろう。俄然、やる気が出てきた。
再び軽トラックに乗って、アパートに到着した。アパートの錆びだらけの階段を見て、誠治が顔をしかめた。
「本当に困ったことはないのか? 文句があったら遠慮なく言っていいんだぞ」
「大丈夫です。今日はありがとうございました!」
それから数日後。クリニックから帰ると、アパートの周りに足場が組んであった。塗装が終わると、アパートは見違えるようにきれいになった。カビだらけのスレートの屋根も新しくなっている。家賃がアップしたらどうしよう、と冷や汗ものだったが、家賃は据え置きだった。ありがたい! 誠治さんありがとう! ホント、ファンになりました! 今度のバレンタインは、本気でプレゼントを選ぶことに決めた。何年ぶりだろう。アハハ(泣)。
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