骨壺屋 

内藤 亮

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エピローグ

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 4月になった。リクルートスーツをそのまま着てきたような新入社員がぞろぞろと通用口を通過していく。私もあんな顔をしていたんだろうなあ、と思うと、彼らにエールを送りたくなる。
 大学を卒業し、家電メーカーに就職した。家電を愛していたのと、会社が男女共同参画をうたっていたことが就職の決め手だった。
 冷蔵庫、洗濯機、掃除機。三種の神器に始まって、電子レンジ、トースター、ドライヤー、エアコンなどなど。どれも日々の暮らしに欠かかせないものばかりだ。暮らしにひっそりと寄り添う道具。そんな白物家電を愛していた。
 学校推薦がモノをいったのか、面接で家電愛を熱弁したのがよかったのか。今となっては分からないが、念願叶って家電部門に配属された。仕事に慣れるまでは泣きそう、いや、やっぱり正直に言おう。何度も泣いた。けっこうガチで。女が頑張りすぎると、男だけでなく、女からも反感を買う。それでも好きな物を売るのはやはり楽しいし、やりがいがあった。歯を食いしばって仕事をしているうちに、だんだん理解者、協力者が増えていた。そうなればこっちのものだ。
 結婚のことも考えた。就活が終わったら今度は婚活。こんな考え方は嫌だが、女性の適齢期間が男性よりも短いのは確かだ。生涯独身と決めたわけではなかったから、家電オタクの私も、一応、焦った時期もあった。
 飲み会もお見合いパーティーも、互いの駆け引きの連続だ。笑顔を浮かべながら、相手の条件を探り、自分を高く売る。足の痛くなるようなヒールを履き、パステルカラーの程よく胸元と脚が見える服を着て、より条件のいい相手を探す。そんな場所で、うっかり知識を全開にして家電愛など語ったら即アウトだ。それくらいの常識は私にもある。男性の話、たとえそれが自慢話でも、「まあ、そうなんですか! すごいわ」と、大きく目を瞠り、可愛らしく驚いてみせなければいけない。  
 そうすべき場所なのだ、と分かってはいたが、ネイビースーツで自社製品の機能を滔滔と語るほうがずっと楽しかった。婚活パーティーで結果を残せないのは、競合他社に負けるのとは違う、ザラリとした後味の悪い敗北感が残った。人には向き不向きがあるようだ。
 じたばたしているうちに役職がついた。性に合わない婚活はお終いにして、腹を括った。肩書がついて半年たった。中間管理職は辛い。上司と部下の潤滑油になって、一日のほとんどが机に座って事務処理だ。靴底を減らして営業に飛び回っていた頃が懐かしい。トラブルが起きればこれ幸い、ワクワクして営業担当と交渉に行く。今の楽しみはそれくらいだが、部下もわが社の商品も優秀なので滅多にトラブルは起きない。ああ、退屈。
 とはいえ、このまま手堅く粘り強く勤めあげて、昇進するのもありだ。部長とか、専務とか。うんと偉くなって、可愛い男の子や女の子を従えて、社運を左右するような案件の交渉をする。もちろん給料が上がるのも魅力だ。昇進したら、家も当然引っ越す。タワマンに住むエグゼクティブ。悪くない。
 朝は定例のミーティングがある。わが家電チームの営業から制作部門までが顔を合わせる貴重な時間だ。だが、今朝の会議はいつもと雰囲気が違う。
「家電部門が買収されるって聞いたんですが、本当ですか?」
 柴田君が尋ねた。入社したばかりの頃は、しょっちゅう私に泣きついてきたが、今では家電営業一課の主戦力だ。
「うーん。そういう噂もあるわね。でもさ、柴田さんはわが営業部のエースなんだから。どこに行っても大丈夫よ」
 笑顔でそう答えると、柴田君は、不安げな顔をしながらも、こっくりと頷いて、会議室へと足早に去っていった。 
 買収の話しが出ているのは事実だ。買収する側の会社名も知っている。今は互いの条件を詰める交渉中だ。正式な発表まで時間がかかっているのは、相手側の提示条件がシビアすぎて、交渉が難航しているからなのだ。とはいえ、買収が確定するまで、徒に部下を不安がらせることはできない。
 会議室の正面には、部長だけでなく、専務と社長まで出席していた。いつもは部長だけなのに。いやな予感がする。
 厳粛な顔をして、まず社長が挨拶をした。それから専務と部長も挨拶をした。これはもう、買収の話に決まっている。
 やはりそうだった。白物家電部門が海外メーカーに丸ごと移管されることになった。こういう話はいつのまにか上の方で決まって、社員は事後承認しかできない。
 沈痛な面持ちで、わが社の存続のために、と言われても……。私たちの存続はどうなるのですか。泣きたいのはこっちの方だ。
 このご時世、安価で品質も悪くない白物家電をどんどん売り出す後発メーカーと、単体で戦うのは効率が悪すぎるのだ。仕方がないとはいえ、居心地のいい職場が無くなるのは辛かった。今更、他社の家電メーカーに移籍して一からやり直すのもキツイ。私はこの会社のカラーがつきすぎている。
「詳細は追って通知します。皆さんはわが社の大切な社員です。どうかそのことは忘れないでください」
 最後に社長がそう締めくくり、専務と部長が再び頭を下げた。定例とは名ばかりの朝のミーティングが終わった。
 



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