男主人公たちの様子がおかしいのですが、前世を思い出した悪役令嬢は命の危機にさらされているのでそれどころではありません

あいえい

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廃妃の呪いと死の婚姻6-3

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廃妃の呪いと死の婚姻6-3

 外面に細やかに気を配るヒューバードが珍しく蒼白な顔色をして現れると、一同の視線は一斉に彼に集まった。彼は疲労困憊といった態でそれでも笑みを浮かべながら片手を上げてそれに応えた。彼が手に持った巻物に目を止めたクラレンスは大体の事情を察して、同情の眼差しでヒューバードを見つめた。王族である彼にとっても、冷徹侯爵と綽名されるナイトリー侯爵との一対一での対面は非常な緊張を伴う出来事だったからである。

「本日はご招待いただきありがとうございます。」
 隠しきれぬ疲労の色を浮かべたヒューバードが挨拶の言葉を述べると、草臥れた様子の彼にジェネヴィエーヴは軽く目を見張ったが、すぐに席を勧めると、直ぐにメイドにお茶を出すように言いつけた。
「随分とお疲れのようですのに、お呼び立てしてしまい申し訳ありません。お加減がお悪いのでないとよいのですが」
 ハの字に眉根を寄せるジェネヴィエーヴに、クラレンスはクスリと笑みをこぼした。
「ヒューバードならば大丈夫ですよ。健康に問題がないことを私が保証します。ただ・・・そうですね、少々、慣れない環境に緊張しているのでしょう」
 クラレンスの言葉にそうなのですかと首を傾げたジェネヴィエーヴは、ヒューバードへ視線を戻した。ヒューバードは濃い目のお茶にホッと息をつくと、にっこりといつもの人好きのする笑みを浮かべてジェネヴィエーヴを見返した。
「お気遣いいただき恐縮です、ナイトリー嬢。素敵な温室ですね。ナイトリー侯爵邸の庭園の評判は耳にしておりましたが、温室も実に素晴らしい。そういえば、お会いするのはあの夜以来でしたね。体調を崩されていたと伺い、僭越だとは思いながら案じておりました。ですが、拝見するに、お顔の色も麗しいようで安心いたしました」
 そして、ミス・ラトクリフもお久しぶりですと言って、ジェネヴィエーヴの隣に座るアリアに微笑みかけた。
「先日は無理を申し上げたにもかかわらず、お力を貸してくださり誠にありがとうございました」
 硬い表情を浮かべたまま礼を述べるアリアにヒューバードは苦笑した。
「はは。ミス・ラトクリフは何度会っても他人行儀ですね。もう少し気安く接してくださると嬉しいのですが」
 ピクリとアリアの片眉が不快気に震えるのを横目にみて、ジェネヴィエーヴは
「アリアは私のために社交家に出る機会が中々ありませんので、ノートン卿のような魅力的な紳士のお相手は荷が勝ちすぎてしまうのでしょう。ご容赦くださいませ」
 と言って薄く微笑んだ。
「それよりも、本日は招待に応じてくださり、あらためて感謝申し上げます。ですが・・・何と申しますか、うふふ、ノートン卿は私のことを嫌っておいででしょう?通り一遍の招待では応じていただけないと思いましたの。ですからクラレンス殿下にお話ししてお力をお貸しいただいたのですわ。でも正直なところ、ノートン卿ときたら、お茶会や舞踏会でも私のことをお避けになっていらっしゃいましたし、顔を合わせるたびにまるで羽虫を見るような表情を浮かべておいででしたので、蛇蝎の様に厭うている相手の招待に応じていただけるのかどうか半信半疑だったのですわ。ですので、おいでいただけてとても喜んでおりますのよ」
 おっとりと告げられた台詞にヒューバードは危うく茶器を取り落としそうになった。カチャンと僅かにこすれた茶器が音を立てる。
「失礼しました」
 頬をひきつらせながら無礼を詫びたヒューバードの、珍しく慌てた様子にジェネヴィエーヴはコロコロと笑声を上げた。
「あらあら、随分と驚かせてしまったようですね。ふふふ。ですが、当たらずとも遠からずといったところでしょう?」
 ねえ、アリアもそう思うでしょう、と問いかけたジェネヴィエーヴにアリアは憮然とした表情を浮かべた。ね、っと重ねてジェネヴィエーヴに問いかけられると、
「ジェネヴィエーヴ様のおっしゃるとおりですね」
 といって、冷たい表情でヒューバードを睨めつけた。
「その段は誠に失礼いたしました。ですが、本日お招きくださったのは私の過去の無礼を咎めるためではないとよろしいのですが」
 彼が居心地悪げに問いかけると、隣で静かにカップに口をつけていたクラレンスが
「そのようなことにジェネヴィエーヴ嬢が貴重なお時間を割くわけがないだろう」
 と冷ややかに言った。辛辣な台詞にヒューバードの頬がさらに引き攣った。
「性急なことですのねノートン卿。せっかく珍しいお客様においでいただけたのですから、是非ゆっくりとお話しさせていただきたいわ。皆様がお望みであれば、懐かしい昔話に花を咲かせるのも一興でしょうね」
 ね、いかがかしらとジェネヴィエーヴが首をかしげると、ヒューバードはとうとう降参したといった風に、がっくりと肩を落として、顔を右手で覆った。そして、大きく一つ息をつくと、お茶をグイっとあおって顔を上げた。
「クラレンス殿下とナイトリー嬢は少し見ない間に随分と睦まじいご様子になられたようで、よろしかったですね」
 彼が無理矢理何かを吹っ切ったようなシニカルな笑みを浮かべると、クラレンスは顔を綻ばせた。
「ヒュー、君もそう思うかい」
 そうしてクラレンスがにこやかに笑みながらジェネヴィエーヴを見つめると、ジェネヴィエーヴは困ったように微笑んだ。
 実際、心ならずもこの数週間でクラレンスとの仲はぐっと親密度を増していた。クラレンスも秘密を打ち明けられた当初は極めて大きな衝撃を受けた。彼は近年のジェネヴィエーヴとの関わりの中で薄々感じていたとはいえ、ジェネヴィエーヴの愛情が虚像であったという事実に非常に落胆した。しかし、彼はそれで意気を阻喪するような柔な心の持ち主ではなかった。
長らくはかばかしい後ろ身のないまま、魑魅魍魎の跋扈する王宮を生き抜いてきた彼は、これまで多くの物事の取捨選択を迫られてきた。彼が真実所有するモノは決して多くなかった。その分、彼にとって欠くことのできないものばかりが厳選され彼の手元に残されたのだった。それは人や物など姿かたちがはっきりとわかるものだけではなく、愛情や信義といった内面的な事象にも及んでいた。
彼は慎重ではある一方でこだわりが強く、非常に頑固であった。幼少期からの艱難辛苦は彼を聡明で、機をみるのに敏な青年に育てたが、誠実で果断に富んだ生来の気質は彼の心根がひどく歪み捻じれてしまうことを防いだ。
 とにかく、クラレンスは心に決めた事柄を滅多に覆すことはなく、それが遅い初恋に係る純粋な執着も相まって、数年来ジェネヴィエーヴに対する彼の感情は益々その度合いを深めていった。これまではジェネヴィエーヴの無言の拒絶によって、その発露を見いだせずにいたが、思いがけず掴んだ好奇を彼が逃すことはなかった。彼は馴れ馴れしい不愉快さを感じさせない程度に用心深く機会を伺いつつ、しかし大胆にジェネヴィエーヴとの距離を詰めていった。
一方で、以前であればけんもほろろに断っていたような申し出であっても、負い目がある分、ジェネヴィエーヴはクラレンスの好意を無碍にできなくなっていた。その結果、なし崩し的に二人の距離は縮まってゆくことになるのだった。

暫くしてから、資料を抱えたノクターンが温室に姿を現した。彼は書類を下ろしながらジェネヴィエーヴとクラレンスにちらりと視線を遣ると、顔を伏せたまま僅かに顔を曇らせたが、次に顔を上げた時には普段通りの秀麗な顔つきに戻っていた。
ジェネヴィエーヴはこれでようやく顔触れがそろいましたねと、ほっと息をついた。そうして、彼女は一同をぐるりと見渡すと本日集ってもらうことになった原因と、目的を説明し始めた。
 彼女が話し終えると、初めて詳しい事情を知ったヒューバードはギュッと眉間に皺を寄せながら天を仰いだ。あのナイトリー侯爵の一人娘が呪われ、今この瞬間でさえ命の危機に瀕しているなど、誰がこのような悲劇を想像しただろうか。クラレンスはこのことを知っていたのだろうか、少なくとも彼の言動を振り返る限り、彼女が血を吐いたあの晩までは知り得なかったに違いない。自分は事情を知らなかったとはいえ、そんな彼女に悪感情を抱き、あまつさえ彼女や彼女を愛する人々にまでそれと覚らせるような、紳士らしからぬ騎士道にも悖る言動を繰り返してきたのだ。
――彼女はヒューがいうような人ではないよ。うまく表現できないけれど、心配いらない。彼女は随分と変わったんだ。

まだ頬にあどけなさを残すクラレンスがいつか言った台詞が脳裏をよぎった。あの時もっと真摯に向き合っていれば、いや、クラレンスがもっと強く言い聞かせてくれれば、今このような羞恥心に苛まれることはなかっただろう。彼が八つ当たりも相まってクラレンスをちらりと睨めつけると、視線に気づいたクラレンスはにっこりと人の悪い笑みを浮かべた。ヒューバードは自己嫌悪に大息すると、ジェネヴィエーヴを正面から見つめ直して、
「それで、ナイトリー嬢はこのしがない騎士めに、一体どのような役割をお望みですか」
 そうお道化て言った。
 ジェネヴィエーヴは快く応じてくださり嬉しゅうございますわ、とおっとりと笑った。
「実のところ様々な状況変化の影響で、幾つもの課題を同時並行で進めねばならなくなっております。そして、そのどれにも皆様のご協力が欠かせませんの。皆様それぞれお立場やお仕事がございますので、ご事情に応じていくつかのお願いをさせて頂ければと思っております。また、本来であれば、私自身が直接皆様とのやり取りを行うべきところではありますが、ご存知通り体調が優れないことが多々ございますれば、種々の連絡や情報の集約についてはこちらのミスター・ラトクリフが担ってくださいます。恐縮ですが、ご了承くださいませ」
 ジェネヴィエーヴに促されたノクターンは一つ頷くと、改めて簡単な自己紹介を行うと、当面の方向性と、取り急ぎお願いしたい事項を説明し出した。
「ノートン卿については、明日にでも卿の所属部隊に王都の警備への応援要請に伴い、新たな辞令が下ることになっております。卿の所属部隊は〇〇区一帯の巡回を主とした業務となり――」
 と、そこで、ちょっと待ってくれないかと、ヒューバードが片手を上げて、立て板に水の如く話すノクターンを遮った。
「ん?辞令が下りる予定?その上私の部隊の業務まで織り込み済みだとは・・・。一体どういうことだろう」
 ヒューバードの疑問にノクターンが形の良い眉毛を寄せて、僅かに首をかしげた。
「ナイトリー侯爵閣下からお聞き及びだと伺っていたのですが。ご存知ではありませんでしたか」
 気の毒気な眼差しを向けられたヒューバードがぴしりと固まると、そんな彼の様子にクラレンスが楽し気にフフフと笑った。
「それは愚問というものだろう。近衛騎士の配属に一時的に手を加えることなど、ナイトリー侯爵にとってすれば造作ないことだからね。でも確かに、こんなに迂遠な策を用いるのは一体どのような目的があってのことなのだろうね」
 クラレンスが首をかしげると、ノクターンは資料に目を落とし、
「殿下のご指摘の通り、ノートン卿には特別任務に際してしてお願いしたいことがございます。巡回中に内密にある人物について探っていただきたいのです」
 そう言いながら、ヒューバードの前に一枚の用紙を差し出した。
「まず、この男を探し出してください。そちらに記載の通り、凡その居場所や出入りする場所は判明しております。彼の本名を今ここで明かすことはでき兼ねます。彼は常に偽名を用いているでしょう。彼は最近急に金回りがよくなっています。外出する機会も比例するように頻繁になっています。賭場にも度々姿を現しており、大金を掛けることはありませんが、一度始めてしまえば深更まで会場を出ることはありません」
 資料には男の情報だけではなく、精密な人相画が添えられていた。プロフィールによるとその男は大して上背があるわけでもないが、小男とも言い難い、平凡な姿かたちをしているという。全体的に小造りな顔の造作をしており、人相画の長い前髪の間からは小心然とした瞳がこちらを見つめていた。
「随分と細かい情報まで記載されているな。ところで、これは偽名といったが、だとしても随分変わっているね。伝道師の神服を思わせる服装をしているからこんな名前を使っているのかな」
 人相画の隣に記された氏名の欄にはただ

プリ―チャー(宣教師)

 とだけ記されていた。

「奇妙なことですわね。ノクターンが述べたとおり、実のところ本名もおよそ推察されているのですが、敢えて記載しないようにとお願いしましたの」
 ジェネヴィエーヴが気まずげに口を開くと、ヒューバードが親と首をかしげた。
「理由をお訊きしても?」
「先入観を持っていただきたくなかったのです。ノクターンが申しました通り、彼は名前だけではなく姿かたちも随分と偽装しているはずです」
 ジェネヴィエーヴがそう答えると、クラレンスはじっと考え込んだ。
「つまり、裏を返すと、名を明かしてしまえばすぐにそれとわかるような特徴的な容貌を持っているということでしょうか」
 クラレンスの言葉にヒューバードがニヤリと笑みを浮かべる。
「名のある貴族や、その系譜に連なる者たちというわけか。血統に現れる特徴を隠している可能性が高いと」
 ジェネヴィエーヴは固い表情で口を噤んだ。
「では、この男の存在が一体何に繋がっているのかということも秘密ですか?」
「今はお話しできません」
 ジェネヴィエーヴが目を伏せながら答えると、ヒューバードは肩をすくめた。
「いずれはお話しいただけるのでしょうか」
 クラレンスの問いにジェネヴィエーヴが心苦しそうに頷く。
「はい。確信が持てればきっとお話しいたします。ですが、現状お話しすることでかえって調査に支障を来すのではないかと危惧しております」
 ふむ、と口元を片手で覆うと、ヒューバードは大きく頷いた。
「分かりました。何にせよ、全て承知いたしました。ですが、このミスター・プリチャーについて、私は一体何を探ればよろしいのでしょうか。調査書を見る限り、随分と調査は進んでいるように思われますが?」
 ヒューバードがノクターンに顔を向けると、
「ノートン卿は社交活動の一環として、賭け事も嗜まれるとか」
 と訊いた。ヒューバードは同意しつつ、
「付き合いで顔を出す機会は少なくないね。夜会なんかでも金銭を掛けたカードゲームの席が設けられるのは日常茶飯事だし、社交界に出入りする限り、誰しも一度ならず賭け事を楽しんだことはあるだろう。あらかじめ言っておくが、身代を傾けるほどのめりこむ者もいるようだが、私はそうした輩とは違うよ。こう見えて運任せのギャンブルは好きじゃないんだ」
 賭け事と耳にして眉を顰めたクラレンスに、ヒューバードが苦笑しながら弁明する。
「こちらの店舗にもいらっしゃったことがあるでしょうか」
 ノクターンが示した一覧には酒と賭博を提供することを売りとした店舗が並んでいた。
「ふうん。ああ、行ったことがあるよ。この一覧の半分ほどは行ったことがあるかな」
 ノクターンは頷くと、
「それでは、ノートン卿には実際に店舗で程々に遊んでいただきたいのです。無理に男に接触していただく必要はありません。そこで適度に賭け事をしながら男自身の会話や、他の客たちから聞いた男の情報を探ってください。ノートン卿も仰っていた通り、当方だけでも情報は十分に得ることができます。ですので、決して無理をしないでください。あくまで、ノートン卿の耳目で評価していただくことが目的です。実際に目にしたプリ―チャーについて、ノートン卿のご意見を伺いたいのです。もちろん費用は当方で負担させていただきます」
 ノクターンはいかがでしょうかと言ってヒューバードを見つめた。
「私に否やはないよ。協力すると約束したからね。その上、危険を冒す必要はないとまで言われては、却って拍子抜けしてしまったくらいさ。これでは、もっと信頼を置いていただけるように努力しないといけないな」
 そうでしょうナイトリー嬢、といって笑みを佩いた顔を向けるヒューバードに、
「今はご協力いただけるだけで十分ですわ」
 とジェネヴィエーヴは淡々と返した。
「では、お役目もいただいたことですし、私は一度王宮に戻って騎士団に顔を出してきます。辞令とやらも気になりますし。皆さんも新参の私抜きで積もる話もあるでしょうからね」
 ヒューバードはホストであるジェネヴィエーヴに許可を得ると、優雅にお辞儀をして去っていった。執事に案内されながら去っていくその後姿を暗い表情で見送るアリアに、ジェネヴィエーヴは、もしあなたがよければノートン卿をお見送りしてくださると耳打ちした。
 アリアは小さく頷くとさっと席を立って、温室を後にした。


「もしお恨みなるのでしたら、ジェネヴィエーヴ様ではなく私を恨んでください。あの方はもう十分すぎるほどの苦痛に耐えていらっしゃいます。ジェネヴィエーヴ様はノートン卿を巻き込むおつもりはありませんでした。全ては進言した私に責がございます」
 玄関ホールで、硬い表情で告げたアリアにヒューバードは困ったように頬を掻いた。
「若いレディーにそのような表情をされてしまうと困ってしまいますね」
 それに、と言葉を切ると、目を伏せると皮肉気な笑みを浮かべた。前髪の間から冬の曇り空のような瞳が覗く。普段の軽薄な笑みを剥いだ素顔の彼を垣間見てしまったようで、一瞬、アリアはたじろいだ。
「私にとっても大きな利となる取引です。秘密の重荷さえ鑑みなければ、僅かな労苦でナイトリー侯爵の後ろ立てを得られるのですから。ですが、ラトクリフ嬢こそよろしかったのですか?ナイトリー嬢の言ではありませんが、貴女こそナイトリー嬢を軽んじる不埒な言動を繰り返してきた私を軽蔑されてきたではありませんか。大切なご令嬢の秘密を私のような軽薄な輩に委ねてしまってもよろしかったのでしょうか。きっと、苦渋の決断であったことでしょう」
 自嘲気味に笑う彼にアリアはぐっと唇を噛みしめた。
「お怒りはごもっともです。私のノートン卿に対する態度は無礼といってもよいものでした」
 ヒューバードは首を横に振った。
「そうではありません。貴女は随分と頑なな方ですね。無礼というのであれば、私の態度こそ失礼千万なものでした。ナイトリー嬢の厚意がなければ、厳しく咎められても仕方のないことでした。誤解・・・、そう、このような軽い言葉で澄むものではありませんが、傲慢な私はナイトリー嬢の人品をすっかり見誤っていたのです。幼い頃に抱いたままの偏見をそのまま持ち越し、今のあの方を直視することを拒んだのです。幼い、非常に幼く愚かな判断でした」
「では、今は違うと?」
「はい。全て私の思い違いであったと、全てはナイトリー嬢がお変わりになったことを認められなかった私の誤りであったことを全面的に認めます。クラレンス殿下のナイトリー嬢の評価が正しかったのです。今ではすっかり殿下のお考えに同意しております。そして、ナイトリー嬢には、いつか謝罪の機会を戴ければと思っております」
 ですが、とヒューバードが言葉を濁すと、
「ジェネヴィエーヴ様が謝罪をお受けになることはないでしょう。恐らく、ノートン卿に非はないとおっしゃると思います」
 俯きがちに話すアリアに、ヒューバードはフッと笑った。
「はい、きっとそうおっしゃることでしょう。そして、私は厚かましくもそれに甘えさせていただこうと考えております」
 そうすれば恐ろしいナイトリー侯爵の勘気をわざわざ被らずに済みますから、とニコリと笑った彼に、虚を突かれたアリアはパチクリと瞬いた。顔を上げ、目を見開いたまま静止した彼女の表情に、彼はハハハと声を上げて笑った。
「・・・まったく、ノートン卿は、どうしてそのように」
 顔を赤く染め、眉間に皺を寄せながら言葉に詰まるアリアに、ヒューバードはようやく笑いを収めると、
「やはり、ラトクリフ嬢は怒った顔も魅力的ですね」
 と言ってぱちりと片目をつぶってみせた。
「せっかくこうして秘密を共有する仲間となったのですから、堅苦しいのはやめましょう。もっと砕けた口調で気安く接してください。私のこともヒューバードと名前で呼んでいただいて結構ですよ」
 アリアが言葉も発せずに肩を震わせると、ヒューバードは悪戯に微笑んで、名残惜しいですが本日はこれで失礼いたします、また近いうちにご連絡差し上げますと言って優雅に去っていった。
 彼を見送りながら、アリアは一体どうしたことかしらと大きなため息をついたのだった。
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