キャスリン  ーまたは婚約破棄された公爵令嬢の華麗なる復讐ー

あいえい

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キャスリン  ーまたは婚約破棄された公爵令嬢の華麗なる復讐ー

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彼の幼い頃の口癖は「歴史に名を残す王になってみせる」というものだった。歴代の王の絵姿が飾られる王宮のギャラリーで、小さな婚約者の手を引きながら、頬を紅潮させて熱心に話す様は非常に愛らしく、すれ違う皆々が微笑まし気に顔をほころばせていた。10歳のまだ背丈もそう変わらない婚約者達は幼いながらも美しい似合いの二人だった。



 キャスリン・フランシス・リザ・オールコットはオールコット卿のたった一人の娘だった。オールコット家は、今の王家がこの国を治めるようになるずっと以前から、この地を治め、遠い祖先から脈々と受け継がれてきた恤民の精神と、有事においては第一線で民を守るその勇敢な騎士道精神は、領民だけではなく王家すらも一目置かざるを得ない存在だった。



 そのため、王家は失政で国威が落ちそうになる毎に、その古い血筋を婚姻という形で王家に取り込み、国民感情を宥め、王家の批判の矛先を逸らせてきた。このような歴史の繰り返しの中で王太子と、キャスリンの婚約は結ばれたのだった。



 幼い頃はよかった。才気煥発な王太子は王家の一粒種として溺愛された一人っ子特有のかわいらしい我儘で度々キャスリンを困惑させてきたが、それも幼い男の子が、大人しい女の子にするちょっとした悪戯の範囲を超えはしなかった。



 この髪色は気に喰わないと言ってお気に入りの人形の髪の毛を無残に切られた時も、家庭教師に叱られて虫の居所の悪かった王太子にやつ当たりされた時ですら、教育係にたしなめられた彼が整った眉尻を下げて「ごめん、許してくれるよね、キッティー」と甘えた声で謝罪してくれば許さざるを得なかった。



 何度も練習し長い時間をかけて仕上げた見事な刺繍入りのハンカチを、それも婚約者からもらった初めての手作りの贈り物を、王子が近侍の貴族子弟に下げ渡したと聞いた時は、「たいがいにするものだ」と思ったし、流石に気持ちが収まらず、2週間程は謝罪の手紙すら受け付けなかった。



 それでも、少年期を迎えた王子は若干自己に甘い部分があるものの、王太子としても婚約者としてもまあ及第点といってよかった。だからこそ、幼い頃からろくに遊ぶ時間もなく、王妃教育に追われる日々もに耐えられた。



 情に篤いお家柄にもれず、キャスリンも長い時間を共に過ごす中で、心の中の婚約者に対する割合を増やしていき、穏やかながらも深い愛情を抱くようになっていった。



 そんな婚約者が変わったのは王立学園に入学して1年も経った頃のことだった。王宮から離れ、驥足をのばした王子は伸び伸びとした生活に新鮮な感動を覚えた。まるで解き放たれた獣のように初めて得た自由に耽溺し、一度軛を逃れた心はとどまるところを知らなかった。同時に婚約者として眉を顰めるような振る舞いもも多くなっていった。



 それでも初めの頃は、近侍の者がいくら注意しても効果はなくとも、キャスリンが王太子らしからぬ言動に遠回りに諫言を呈すれば「軽率な行動だった、次からは改める」と素直に非を認めた。しかし、言われた当初は軽薄な言動も鳴りを潜めるのだが、しばらくすると直ぐに元の木阿弥となってしまうのだった。生来の快活な性格が、長い束縛の後で解放されたことにより、好ましからぬ方向へ向かっていることは明白だった。



 その上、時機も悪かった。病床に付した国王は息子を叱るどころではなく、母である王妃は皇太后や、少なくない愛妾たちとの権力闘争にかまけ、むしろ自身にとって都合の悪い愛息子の失態は積極的に隠蔽した。王子の周囲も悪かった。王子を諫めるどころか、増長させていったのだ。



 「自由」と「誰一人として止めることもできない学園で唯一の王族」いう免罪符を手にした王子の野放図は次第に手が付けられなくなっていった。数週間もするとキャスリンが注意しても、顔を曇らせて「気分を害してしまったとしたら悪かった」いうだけで、それもすぐに「婚約者だからといって、あまり調子に乗るな」といった鋭い言葉に変わっていった。



こうしてキャスリンは愛情と責任の狭間で苦悩する日々を送り、王太子との関係は悪化の一途を辿った。だから、学園卒業を間近に控えたその日、王太子の放った一言はキャスリンにとって、寝耳に水といった出来事ではなく、十分に予想できたことではあった。



 ただし、出来ることなら幼馴染であり、愛情の対象でもある婚約者が愚かであって欲しくないと希望していたし、未来の義母である王妃が息子を妄信しているように、自分も王太子の理性と愛情を信じたいとも考えていた。



 だから、事実上の婚約破棄宣言が、学園の中庭で衆人環視のもで行われたときには、軽いめまいに襲われたし、デリカシーのなさに呆れて暫く物も言えなかった。



「キャスリン、いや、オールコット嬢と呼ばせてもらおう。そうだ、君と名前で呼び合う関係も今日で最後になるだろうからね。全く君ときたら婚約者を尊重するどころか、ことあるごとに私を辱め、苦しめる言動を繰り返してきた。愛情の欠片もない冷酷な君とは、これ以上、婚約を継続することは到底できない。この数年で僕の心は傷つき、君への情もきれいさっぱり消えてしまったんだよ。こうなったことは不幸なことではあるが、婚姻前に気付くことができたことは不幸中の幸いといえるだろうね」



 王太子は舞台の俳優さながらに、苦悩の表情を浮かべ、大仰な身振り手振りで訴えた。その隣には小柄な少女がぴったりと寄り添っている。



「ああ、なんてお可哀想なエルリック様。どうか涙をおふきになって。エルリック様の苦しみはわたくしの苦しみ。貴方の悲痛な言葉に私の胸は張り裂けてしまいますわ」



 少女が苦し気に首を振って、潤んだ瞳で王太子を見つめれば、王太子は感極まった風に少女の手を取ると、自身の胸にギュッと押し付け、少女と見つめ合った。



「レティシア。ああ、わたしの天使。君の声は妙なる調べ、ひとたびその輝く瞳で見つめられれば私の胸は幸福で満たされる。そうさ、君がそばにいてくれるだけで、私は何度だって立ち向かえる」



「エルリック様!」



 うっとりと頬を染める少女は、非常に愛らしく、庇護欲をそそる容姿をしている。



「私は彼女を愛してしまった。幼い頃からの知己であるオールコット嬢につらい思いをさせてしまうとすれば、心苦しいが、もうこの思いを押しとどめることなどできない。追って正式な沙汰を下すが、君との婚約は白紙に戻させてもらう。異存はないな?」



 恋人の言葉に感激して、思わずといった様子で彼の胸に飛び込んだ少女を抱きとめた王太子は一転して冷たい瞳で、キャスリンを見つめた。そんな二人を冷めた顔で見つめながら、キャスリンは口を開いた。



「左様でございますか。ことは国家の大事ではございますので、わたくしの一存でお答えすることは控えさせていただきます。一度家に帰り、父から正式にお返事をさせていただきたく存じますが、お許しいただけましょうか、殿下」



 キャスリンが穏やかな口調で返せば、意外だったのか王太子は鼻白んだように言葉を詰まらせた。



「あ、ああ。許す。だが、悪戯に返答を引き延ばし、婚約を継続させようなどとは、ゆめゆめ思うことはならぬ」



「承知いたしました」



 キャスリンがドレスの裾をつまみ、頭を深く垂れると、王太子は少女の腕を取って踵を返した。



 キャスリンは王子とその取り巻き達の足音が遠ざかってもしばらくはそのままの姿勢で動かなかった。キャスリンは顔を上げると、気遣わし気に彼女を見つめる学生たちに微笑んで見せた。



 常に凛とした彼女の美貌とは打って変わった儚げな笑みに、彼女の周りに令嬢達がさっと集まる。令息もまた少なからぬ人数が、彼女たちを守るかのように動いた。



「キャスリン様の危惧されていた通りになってしまいましたね」



「本当に。お労しい。殿下もあの方も全く何をお考えなのかしら。国の未来を第一に考えるべきお方が嘆かわしいことです」



「あの方などと。どこに耳目があるかわかりませんわ。バートラム卿」



 キャスリンは扇でそっと口元を隠して囁く。



「それでは皆様」



「はい」



「承知しておりますわ」



 キャスリンが促すと、彼らは深く頷き合い、三々五々中庭を後にした。









 馬車が公爵邸の正面玄関に横付けされると、キャスリンは手を取られ馬車を降りながら、年若い執事に問いかけた。



「ルーク」



「はい、お嬢様。全て手はずは整ってございます」



「手回しの良いこと」



 微笑めば、ルークは当然のことにすぎませんといった表情を浮かべる。



「では、参りましょう」



 屋敷に入ると、家令が首を垂れ、旦那様がお呼びですと告げた。



「すぐに伺いますとお伝えして」



 本来であればこの時間、重臣である侯爵は当然登城しているはずであったが、学園の騒動が伝えられたのであろう。侯爵家のネットワークは国中、隣国まで張り巡らされており、時を問わず、精査された情報が当主とその妻、そして彼らの信頼し得る者たちに瞬く間に伝達される。



 身支度を整えたキャスリンを侯爵夫妻は存外落ち着いた様子で出迎えた。



「お父様、お母様、この度はご意向に沿うことができず、誠に申し訳ございませんでした」



 首を垂れて謝罪の言葉を口にすると侯爵は「よい」と短く答え、キャスリンに手を差し伸べた。侯爵のもとに歩み寄れば、その隣に寄り添った令夫人が労わるようにそっとキャスリンの肩を抱き、侯爵は娘の手を取るとソファに腰かけるように促した。



「もう少しましな器に育つと思っていたが、まあ、言っても詮無いことだ。お前はよくやっていたよキャスリン」



 思いがけず労いの言葉をかける父の言葉に気丈なキャスリンも目の奥がギュッと熱くなるのを感じた。令夫人はキャスリンの隣に腰かけて白魚のような指で、娘の手を包み込んでいたが、深く頷いて夫に同意した。



「それで、キャスリン。王太子妃の話はまったくなくなったわけだが、おまえはどうしたい?」



 まだ王家から正式な通達はないが、オールコット侯爵がこう断言したからにはもう婚約破棄は決定的なものになったと言って間違いなかった。仮に、議会や王家が反故を要求してきたとしても、オールコットの決断が覆されるされることはありえなかったし、誰であっても覆すことは不可能だった。



 キャスリンとしては王太子はこうした力関係を理解していたのだろうか、とふと疑問が湧いたが、直ぐに、まあ最近のお花畑加減から察するに到底理解しえないだろうと結論付けた。



「私の希望を汲んでくださいますの?」



「当然だろう。十数年にわたる王妃教育を無駄にさせてしまった原因の一旦は私にあるのだから。お前が希望することはできうる限りかなえようと、令夫人とも話し合っていたのだよ」



「お優しいお父様とお母様を持った私は果報者ですわ」



「キッティー。貴方につらい思いをさせてしまってお母様は大層心が痛いわ。だからね、どうかあなたの希望を聞かせてちょうだい」



 おっとりとした口調で令夫人に促されたキャスリンは意を決したように侯爵を見つめた。



「決めましたわ。私、お父様の後を継ぎたく存じます」



 オールコット卿はきらりと瞳を輝かせた。



「ほう。キッティー、お前さえ望めば新しい縁談は幾つも来ているが、それは望まないと?」



「いつかは、お願いすると思いますわ。その時は私とこの家を支えてくれる優秀で、誠実な殿方をぜひともご紹介くださいまし」



「では、私の後を継ぐ決心をしたと考えてよいのかな?」



「はい、お父様」



 オールコット卿の重々しく貫かれるほど鋭いまなざしを微笑みを浮かべ、まっすぐに受け止める。



「よかろう。明日からは学園に通わずともよい。午前中は私か家令について仕事を学びなさい。午後は教師を用意するから彼らから指導を受けるように」



 それで?とオールコット卿は人の悪い笑みを浮かべた。



「それだけじゃないだろう?オールコット家門を継いで、お前は何を望むんだい?」



「うふふ。私、欲しいものがありますの」



 オールコット卿は頷いた。



「ふむ。オールコットの爵位はその望みのための手段だと。随分と大きな望みのようだ」



「ええ。私、その望みのためには骨身を惜しみませんわ」



 そう言ってキャスリンは笑みを深くした。









 数十年後、王宮から数台の馬車がひっそりと出発した。向かう先は国土の最西端にある離宮である。海に面した館は、3方を断崖に接している。一年を通してじっとりと水気を多分に含んだ暴風が吹き荒れ、大地は塩害によって不毛の土地と言われていた。館の主となった男は少なくない家族を顧みることなく酒色に溺れた。彼と彼の家族の生活は王宮から支給される年金で賄われていた。数か月前まで王冠を頭上に戴いていた男とその一族は、その後、歴史に浮上することなく暗い海辺後に沈んでいった。







 後代の歴史家はこれを簒奪と呼ぶであろう。しかし、新たに玉座に就いたその一族を民は諸手を挙げて歓迎した。国際世論もまた同様で、祖先たちによる誠実で果敢な外交と交易手腕は高く評価されていたから、国際的な禅譲手続きも遺漏なく行われた。



 腐敗しきった前王家とその与党への嫌悪感は、国民の間でこれ以上ないほど高まっていた。王家以外の誰もが、将来、膨れ上がった不満は爆発し、暴動、武力衝突となって王国を滅ぼすだろうことを薄々予感し、期待していた。心あるものたちは、国内が荒れれば虎狼の様な国々がこの土地と民を蹂躙しつくすことを憂いていた。



 だから、歪み切った王国の中で不遇に耐えながらも燦然と清冽な光輝を放つオールコット一族が、遂に腰を上げて王宮入りした時は、誰しもがこれで国は救われるのではないかと明るい期待を抱いた。



 時しも、オールコット家と王家の確執を産んだ国王が40歳という若さで没したことも、新たな王家を後押しした。新たな国王は直ぐに国政への興味を失った。国を動かすよりも、音楽と女を愛した国王は、阿諛追従を並べる側近と美姫たちに囲まれ、王宮の奥から姿を現すことも稀だった。責務よりも快楽に惑溺することを好んだ若き王は、国の舵取りを放り投げた。



 そうした中で宰相となったオールコット侯爵は民を慰撫し、有志百官をまとめ上げていった。愚王を戴きながら曲がりなりにも国が傾かず、国際的にも品位を保つことができたのは、オールコット侯爵の手腕によるものだと国内外の者たちが認めるところだった。



 70歳になり侯爵が致仕を奏上すると誰もがその進退惜しんだ。新侯爵もまた親の手腕を受け継ぎ、その有能さをいかんなく発揮した。オールコットの与党たちは国全土にわたり影響力を増していった。慎重な新侯爵は王権を密やかにしかし着実に形骸化していった。



 そんな中で長年の爛れた生活がたたり、30代で亡くなった父に代わって、即位したのは僅か5歳の幼子だった。幼い息子に代わり皇太后である母が朝政の席に着いたが、王に媚び、他の寵姫と後宮内の権力闘争に明け暮れるしか能のない皇太后が長くその座を保つことはできなかった。質の悪い親族と側近に囲まれた幼い王は15になると自ら朝政に臨んだものの、父王と同じく直ぐにその重責に倦み、王宮深くに閉じこもり遊興に耽った。



「世俗の些事に余を煩わせるな」



執政であるオールコット侯爵が裁可を求めに私室を訪えば、美姫の肌から顔を上げずに癇の強い声を荒らげた。



「聖上は主神に次いで最も尊貴なお方。いや、主人に遣わされた陛下は現人神で在らせられます」



 そう言って佞臣が耳元で囁けば、その通りだと満足げに頷いた。



 ある時には、どうしても国王の署名が必要な書類を持参したオールコット侯爵が目通りを願い出ると、娼妓と戯れていた少年王は今は忙しい追い払えとすげなく命じた。日が変わり、朝日の眩しさに顔をしかめた王に側近がおずおずと耳打ちすると、不快気に顔を歪めた。



「何?執政がまだ居座っていると申すか」



 側近は、オールコット侯爵が昨日の昼間から跪いたまま、一晩中、王のご来臨をお待ち申し上げていると告げた。流石に執政を一晩跪かせたまま淫楽に耽っていたことに気まずさを覚えた少年王は「会おう」と告げた。



 腰に一枚の布を巻き付け、豪奢なガウンを羽織っただけの姿で現れた、容貌だけは秀麗な少年王は不機嫌を隠そうともせずに、足音も高く席に着いた。



「陛下のご指示で公爵をとらえたのでございます。逆臣の処刑に関しましてはどうしても、陛下のご裁可を戴かねばなりません」



 オールコット侯爵が深く首を垂れて署名を求めれば、少年王は一瞥すると、文書を放り出し、側近に耳打ちした。側近は蒼白になりながら、オールコット侯爵に告げた。



「卿よ、このようなことに神である余が関わり合うなどもってのほかである。処刑の裁可といった悍ましい事柄を、一切余の目に入れることはまかりならぬ。こうした些事に余が悩まされることがないようにするのが、執政である卿の仕事であろう」



 オールコット侯爵は顔を上げると、威を備えた瞳を少年王に向けた。



「それでは、今後は臣に一任すると仰りますか?」



 オールコット侯爵の鋭い眼光から逃れるように顔を背けた王は、側近に早口でまくし立てると、席を立ち、扉へと向かった。



「向後は卿に一任するゆえ、私室まで押しかけるような不遜なまねは控えよ」



 側近は王の言葉を伝えると、自らも慌ただしく王の後を追った。



「委細、承知仕りましてございます」



 深々と首を垂れたオールコット侯爵の顔には会心の笑みが浮かべられていた。



 実に愚かとしか言わざるを得ないが、こうして、生殺与奪の権を放棄した国王の権威は失墜の一途を辿った。一方でオールコット侯爵は政と軍事、賞罰の権能を一手に握り、愚鈍な国王とその取り巻きに煩わせることなく、国権を掌握していったのであった。



 そして、次のオールコット侯爵の代で、遂に国王はオールコット侯爵にその至上の位を禅譲という形で譲り渡すことになる。





「グレート・マザー・クイーン」



 王の即位の儀において、煌びやかな王冠と王錫を手にした新国王は、その地位の礎を築いた偉大な先々代のオールコット侯爵であり、心より敬愛する祖母にこの称号を捧げた。



 初代国王の名をキャスリン・アレクサンドラ・ベス・オールコットという。偉大なる祖母の名を受け継いだ彼女は、後世グロリアーナ(栄光ある女性)、またはグロリアス・クイーンと称される。



 彼女が大のおばあちゃんっ子であることは自他認めるところであり、即位後も毎年必ず、現在は王室離宮の一つとなった元オールコット侯爵家のマナーハウスにひっそりと暮らす偉大な祖母の元を訪れたという。



 グレート・マザー・クイーンであり、愛情深い祖母でもあるキャスリンは、いつも口元に満ち足りた笑みを浮かべていた。彼女は非常な長寿に恵まれ、孫たちや幾人もの曾孫が館を訪れては転げまわるのを顔をほころばせていたという。彼女が亡くなったのは100歳まであと3年という年であった。







 余談ではあるが、キャスリンの元婚約者である王太子エルリックは、キャスリンとの婚約破棄後、直ぐに子爵令嬢であるレティシア嬢と婚約を結び、卒業後まもなく盛大な結婚式を挙げた。その時レティシアはまだ在学中であったが、懐妊しており、さすがにお腹が大きくなる前に結婚式を上げなければ外聞が悪いというわけで、結婚が早められた。



 結婚後何年かは侍女や側近を青ざめさせるような派手な喧嘩を繰り広げていた二人だが、直ぐにお互いに無関心になった。その関係が変化したのは王太子が即位し、初めての子どもが5歳になった年だった。国王に新しい恋人ができたのだ。



 それまでもこちらの侍女、あちらの若い未亡人たちと浅からぬ関係になっていた彼だが、隣国から亡命してきた貴族の令嬢と深い仲になった。結婚後、可愛げのなくなったレティシアを煩わしく思っていたところに、すがるように身を任せる可憐な少女の魅力に国王は深みにはまっていった。



 中々2人目の子供に恵まれず悩みを深めていた王妃は、国王の若い恋人の存在に激高し、令嬢に毒を盛った。国王の怒りは一通りではなく。新年の宴で国王と王妃の関係は決裂した。



「この毒婦が。お前とは離縁する。お前のような女を一時でも愛した自分が情けない。だか、しかし王子の母という立場に免じて、命ばかりは助けてやる。」



 外国の貴賓も集う新年の宴における国王の宣言に、側近たちは慌てふためき、外国の貴賓たちは眉を顰めた。



 多くの国々が信奉し、この国でも信奉されている神の教えは、離婚を許さない。王族も例外ではなく、いかに夫婦の愛情がさめようとも、離縁だけは避けるというのが共通の認識だった。



 それが寄りにもよって国の代表である国王が、突然離縁を宣言したのだから、上を下への大騒ぎになった。王族や臣下の説得もむなしく、国王は王妃を離縁した。教会はこのままでは国王を破門すると予告した。



 これほどの騒動を巻き起こした国王は、1年後、新たな王妃を迎えた。だが驚いたことに、国王に寄り添っていた新王妃は別の若い令嬢だった。亡命貴族の令嬢は一命をとりとめたものの、毒の後遺症で健康と美貌を損じた、国王は哀れに思ったものの、直ぐに愛情も冷め、別の令嬢に寵愛は移っていった。



 その後も多くの女性と浮名を流した国王は、結局2度目の王妃とも離縁した。女の悋気に辟易した国王はその後、常時何人もの恋人がいたものの、遂に再婚しなかった。



 国王のあまりの不品行加減に堪忍袋の緒が切れた教会は、正式に国王を破門した。流石に外聞を案じた国王は、息子に王位を譲り、自身は隠居と称して、その実は政治の実権を握り続けた。



 40歳になる頃には若き頃の美貌の面影もなくなり、でっぷりと太って、最期は狩の途中で痛風発作を起こして落馬し、その時の傷が元で崩御した。



 こうして「歴史に名を残す王になってみせる」という幼い頃の宣言通り、彼は建国史上はじめて、身勝手な理由で離縁し、不品行のために教会から破門されたたった一人の国王として名を残したのだった。
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