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第四章

③期限つきだということを、忘れていました

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「ルディ、私の子になってくれないか」

 床にひざまずいて、まるでプロポーズするみたいな姿勢で、公爵はぼくに問いかける。

「公爵さまの……子どもに?」

 ぼくの脳裏に、元の世界での家族のことが蘇った。

 ぼくがちいさな頃に、亡くなってしまった母親のこと。

 父はすぐに再婚して、新しい母親との間に、弟と妹が生まれたこと。

 ルディと同じだ。あっという間に、ぼくの居場所はなくなった。

 新しいお母さんは、ぼくのお母さんよりずっと若くて、とてもきれいな人だった。

 だから、弟と妹も天使みたいにかわいかった。おまけに素直で明るくて、コミュ障限界オタクのぼくとは、全然ちがった。

 新しいお母さんに、始めて宝物の同人誌を見られてしまったときのことを思い出す。

 公爵×レオンの同人誌だ。

 彼女は怯えた顔で、父に相談した。

『あの子はおかしい。気持ち悪い』と。

 もし、この世界で公爵の子どもになれても、いつかは、彼も結婚する日が来るんだと思う。結婚して、新しい家族が出来て、ぼくは邪魔になる。

 こっちの世界に性癖の炸裂した同人誌を持ち込んだりはしていないけれど。ぼくの中身が『気持ちの悪いオタク』であることに、変わりはないのだ。

 大好きなサークルの新刊。嬉しすぎて感想の手紙とプレゼントを持って駆けつけたのに。勇気を出して、始めてネット通販ではなく、イベントで購入しようとしたのに。

『申し訳ありません。男性には販売できません』と頑なに拒まれ、売ってもらうことはできなかった。

『プレゼントも、受けつけておりませんので』って。机の脇にたくさん、差し入れが置かれているのに。拒絶されてしまった。

 思い出したら、たまらなく悲しくなって、ぽろぽろと涙が溢れてきた。

「ルディ……?」 

 心配そうに、公爵がぼくを見つめる。

 冷たい手のひらが、ぼくの頬に触れた。

「手、汚れちゃう……」

 申し訳なくなって呟くと、「ルディの涙が、汚いわけがあるか」と公爵は言ってくれた。

 だけど、公爵は知らない。ぼくの中身が、偽物だってことを。血のつながりのある従甥だから、こんなにも大事にしてくれているのに。

 実際には外見だけで、中身のぼくは、赤の他人だ。

「ごめんなさい。ぼくは――」

 正直に、打ち明けてしまいたいと思った。すべて、打ち明けてしまいたい。口をひらきかけたぼくに、ムートが体当たりしてくる。

「ほぁっ!」

 よろめいたぼくを、公爵がすばやく抱き留めてくれた。

「ルディ。嫌ならいいんだ。もし、ここで暮らすのが辛いのなら、伯爵家に戻れるようにちゃんと手配してやる」

 公爵の言葉に、ぼくは、ふるふると首を振る。

「いやじゃ、ないです。ただ――」

「キァアアアオ!」

 ムートが、ドラゴンの言葉ではなく、鳴き声で邪魔してきた。

「ただ、なんだ?」

 公爵は、それでもぼくの言葉に、耳を傾けようとしてくれる。

 ぼくはたまらない気持ちになって、むぎゅっと公爵に抱きついた。

 好き。公爵のことが好き。ずっと、そばにいたい。だけど――。

『おい、貴様。貴様のその身体が、期限つきだということを、忘れておらぬか?』

 ムートの言葉に、ハッと我にかえる。

 そうだ。あまりにも毎日が楽しすぎて、うっかり忘れてしまっていたけれど。

 ぼくは、この世界に転生したわけじゃない。公爵の国王陛下暗殺を阻止するために、期間限定で連れてこられただけなのだ。

『ムート、ぼくがこの世界で過ごせるのは、残り何日?』

『あと十日だ。ルーカス王子の生誕祭まで、あと九日しかない』

 双子のマッチョを護衛につけられてしまったから、あれ以来、レオンたちと作戦会議もできていない。

 どうしよう。なんの手立てもないまま、その日を迎えることになってしまう。

「ルディ、どうした?」

 公爵が、やさしくぼくの髪を撫でてくれる。ぼくはぎゅっと拳を握りしめ、ちいさく深呼吸する。そして、ワガママな悪役令息ルディになりきって、公爵にせがんだ。

「ぼく、公爵さまの子どもに、なりたいです。今すぐなりたい!」

 やさしい公爵のことだから、たぶん、ぼくを養子にするのは、生誕祭が終わった後。無事に成功した後に、しようとしているんだと思う。

 だって、もしぼくを養子にした状態で国王陛下暗殺に失敗すれば、謀反を起こした公爵の子であるぼくも、処刑されることになってしまう。

 公爵の表情が、強ばっているのがわかる。心なしか、ぼくを抱く腕も固まっているように感じられた。
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