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第五章
①王都へ
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ルーカス王子の生誕祭まで、あっという間だった。
式典の前日、ぼくと公爵、レオンとブラッツ、アディは朝早くから、ドラゴンで王都に向かった。双子マッチョたち護衛の面々は、馬車で先に現地入りしている。
最初のころはとても怖かったけれど、ドラゴンに乗って飛ぶのも少しずつ慣れた。
公爵が、「ツァイトガイスト家を継ぐのなら、優秀なドラゴンライダーになってもらわねばならん」と、ぼくを訓練してくれているからだ。
まだちっちゃいから、一人でドラゴンに乗ることはできないけれど。
公爵の操るドラゴンに乗って、空を飛ぶ感覚に慣れさせてくれているのだ。
「ルディは飲み込みが早いな。幼いのに、肝も据わってる」
公爵に褒められ、ちょっと照れくさい気持ちになる。
十歳にしては偉い。っていう意味だと思うけれど、中身のぼくは十八歳。この世界なら、成人する年齢だ。
「ルーカス王子も、ぼくと同い年なのに。もう、ひとりでドラゴンに乗ることになるんだよね?」
式典の早朝、たったひとりで山頂まで愛竜に会いに行った後、その竜に乗って、式典の会場まで降りてくる。
それが、愛竜との誓約の儀式を無事に終えるための、必須条件なのだそうだ。
「ルーカスの愛竜は、子竜だからな。お前だって、ムートになら、じきに乗れるようになるよ」
公爵はそう言ってくれたけれど、フィズの背中、ぼくの隣にちょこんとお座りしているムートは、まだ柴犬よりひとまわり大きいくらいの大きさで、とてもではないけれど、ぼくが乗ったら潰れちゃいそうだ。
「ドラゴンの成長は早い。あっという間に大きくなるんだ」
公爵はそう言った後、ぼくに「下を見てみろ」と言った。
正直、下を見るのはちょっと怖い。慣れ初めて来たとはいえ、高さを意識しだすと、不安になってしまうからだ。
「怖い、です」
役立たずな養子だと、失望されてしまうかもしれない。
不安になりながら、おずおずと答える。
「大丈夫だ。しっかり私と繋がっているのだから。絶対に、落ちることはない」
公爵の言うとおり、革のハーネスが、ぼくと公爵を繋いでくれている。
大丈夫。そう思いたいのに、やっぱりちょっと不安だ。ぼくは、ぎゅっと公爵の身体にしがみつき、おそるおそる眼下を眺めてみた。
「ほぁ、すごい!」
そこには、高い城壁に覆われた、ミニチュアみたいな街並みが広がっていた。
山や谷、湖や川。自然の地形を活かして凸凹な場所に作られたツァイト公爵領と違って、いかにも計画的に設計したことがわかる、きっちりと区画整理された都市だ。
星形の城壁に、まるで弁当の間仕切りみたいに、まっすぐな道が中央の円形広場に向かって何本も伸びており、細かい格子に詰めこまれたように、同じような建物がみっしりと並んでいる。
中央の円形広場に面して建っているのが、王城だと思う。瀟洒な意匠の凝らされたその城は、無骨でいかにも『敵からの襲撃に耐えるための要塞』といった雰囲気の公爵家の城と違い、なんだかテーマパークに建てられている、おとぎ話の国に出てくる城みたいに美しく見えた。
「あんな華奢で飾りつけだらけ、窓だらけのお城、敵に攻撃されたら、すぐに壊されちゃうんじゃない?」
心配になって尋ねたぼくを見下ろし、公爵は、口の端だけで笑って見せた。
「そのために、我ら公爵領の人間がいるのだ」
王都と公爵領の間には、高くそびえ立つ、険しい山々が立ちはだかっている。
国境に作られた、強固な城壁。そして国一番の防衛力を持つ、公爵領。さらに登るだけで数日かかるという険しい山脈を越えなくては、王都まではたどり着けないようになっているのだ。
「国境の壁と、公爵領と、険しい山が護ってくれるから、誰も攻め込んでこないって思ってるってこと?」
「ああ。騎兵がここに攻めてくるなんてことはありえない。敵がこの王都に唯一辿り着ける方法は、ドラゴンのみなんだ。だからこそ、国王は保有できるドラゴンの数を、少しでも増やそうと躍起になってる。強いドラゴンさえ揃っていれば、無敵だからな。ほら、見てみろ。そこらじゅうに、竜舎がある」
公爵が顎で示した先。目をこらしてみると、屋根の部分にドラゴンが陣取っている見張り小屋のようなものが、いくつも見えた。
「空から敵が来ないかどうか、見張っているの?」
「そうだ。これだけ数が多いと、それこそ百頭で来たって、あっけなく全滅するかもしれない。この大陸の各国のドラゴン保有数は、五頭前後だ。すべての国のドラゴンをかき集めたって、この国のドラゴンの数の、足元にも及ばないんだよ」
自然に任せていたら、ドラゴンはほとんど増えない。まるで数の均衡を保とうとしているかのように、他のドラゴンが亡くなるときや、王家に男児が生まれてくるときに合わせて、ひとつだけ竜卵が生まれてくるのだそうだ。
この国のドラゴンは他の国のドラゴンと比べたら多産で、自然分娩でも平均、二、三個の卵を産むが、国によっては卵を産まないまま、亡くなるドラゴンもいるのだという。
「じゃあ、こんなふうにドラゴンがいっぱい増えるのは、異常なことなんだね」
「ああ、そうだ。他の国々から、疑問視されている」
この国で、国王陛下が行っている、妊婦をドラゴンの捧げ物にする、残忍な儀式。
他国でも真似する者たちが、後を絶たないのだそうだ。
けれども、「王の血を引く子」でなければ、竜卵が作られない、という事実は、この国の王族以外、誰も知らないのだという。
「たぶん、知っても普通の王さまなら、しないと思うよ」
自分の血を分けた子どもを、ドラゴンに食べさせるなんて。ふつうの精神をしていたら、絶対にできない行為だと思う。
「どうだろうな。玉座というのは、人を狂わせる。秘密を知れば、同じように竜卵を作ろうとする者も出てくるだろう」
想像したら、無性に胸が苦しくなった。
ぎゅっと公爵にしがみついたぼくに気づき、公爵がやさしい声音で名前を呼んでくれる。
「ルディ」
公爵の声が、ジンと身体に響く。低くて甘いその声に、心がほわっとあたたかくなった。
相変わらず顔だちはとても怖いし、話し方も、そっけないくらいに冷たいけれど。
それでも、その声の奥には、ちゃんとやさしさが溢れているのだ。
「なに」
ぴとっと公爵の身体に、ほっぺたをくっつける。
くっつき虫のポーズ。ぼくの定位置になったこの姿勢でいると、全身で公爵の熱を感じられるから、とても安心できる。
不安定な空の上でも、この姿勢でいれば、気持ちが穏やかになるのだ。
「ひとつ、お前に話しておきたいことがある」
いつになく真摯なその声に、今から公爵が話すことは、とても大切なことなのだということが伝わってきた。
公爵の身体から、ほっぺたを離し、ぼくは、公爵を見上げる。
「なに」
「今から話すのは、お前の母親と私以外、誰も知らないことだ。このことを聞けば、お前は今まで真実を隠し続けていた私のことを、軽蔑するかもしれない。嫌いになるかもしれない。だが――どうしても、今、話しておきたいんだ」
公爵の声に、ぞくっと背筋が震えた。
なぜだかわからない。だけど、とても恐ろしいことを言われるような気がした。
ぎゅっと公爵の服を掴むぼくの手に力が入った。
じわりと手のひらに、汗が滲む。ちいさく深呼吸した後、ぼくは意を決して、こくんと頷いた。
「大丈夫だよ。ぼくは公爵のこと、絶対に嫌いになんてならない。だから、話して」
わざわざ誰もそばにいない、ドラゴンの上で話すってことは、それだけ大切な内容だってことだ。
じっと公爵を見上げるぼくに、公爵は、重々しく頷いて、ゆっくりと口を開いた。
式典の前日、ぼくと公爵、レオンとブラッツ、アディは朝早くから、ドラゴンで王都に向かった。双子マッチョたち護衛の面々は、馬車で先に現地入りしている。
最初のころはとても怖かったけれど、ドラゴンに乗って飛ぶのも少しずつ慣れた。
公爵が、「ツァイトガイスト家を継ぐのなら、優秀なドラゴンライダーになってもらわねばならん」と、ぼくを訓練してくれているからだ。
まだちっちゃいから、一人でドラゴンに乗ることはできないけれど。
公爵の操るドラゴンに乗って、空を飛ぶ感覚に慣れさせてくれているのだ。
「ルディは飲み込みが早いな。幼いのに、肝も据わってる」
公爵に褒められ、ちょっと照れくさい気持ちになる。
十歳にしては偉い。っていう意味だと思うけれど、中身のぼくは十八歳。この世界なら、成人する年齢だ。
「ルーカス王子も、ぼくと同い年なのに。もう、ひとりでドラゴンに乗ることになるんだよね?」
式典の早朝、たったひとりで山頂まで愛竜に会いに行った後、その竜に乗って、式典の会場まで降りてくる。
それが、愛竜との誓約の儀式を無事に終えるための、必須条件なのだそうだ。
「ルーカスの愛竜は、子竜だからな。お前だって、ムートになら、じきに乗れるようになるよ」
公爵はそう言ってくれたけれど、フィズの背中、ぼくの隣にちょこんとお座りしているムートは、まだ柴犬よりひとまわり大きいくらいの大きさで、とてもではないけれど、ぼくが乗ったら潰れちゃいそうだ。
「ドラゴンの成長は早い。あっという間に大きくなるんだ」
公爵はそう言った後、ぼくに「下を見てみろ」と言った。
正直、下を見るのはちょっと怖い。慣れ初めて来たとはいえ、高さを意識しだすと、不安になってしまうからだ。
「怖い、です」
役立たずな養子だと、失望されてしまうかもしれない。
不安になりながら、おずおずと答える。
「大丈夫だ。しっかり私と繋がっているのだから。絶対に、落ちることはない」
公爵の言うとおり、革のハーネスが、ぼくと公爵を繋いでくれている。
大丈夫。そう思いたいのに、やっぱりちょっと不安だ。ぼくは、ぎゅっと公爵の身体にしがみつき、おそるおそる眼下を眺めてみた。
「ほぁ、すごい!」
そこには、高い城壁に覆われた、ミニチュアみたいな街並みが広がっていた。
山や谷、湖や川。自然の地形を活かして凸凹な場所に作られたツァイト公爵領と違って、いかにも計画的に設計したことがわかる、きっちりと区画整理された都市だ。
星形の城壁に、まるで弁当の間仕切りみたいに、まっすぐな道が中央の円形広場に向かって何本も伸びており、細かい格子に詰めこまれたように、同じような建物がみっしりと並んでいる。
中央の円形広場に面して建っているのが、王城だと思う。瀟洒な意匠の凝らされたその城は、無骨でいかにも『敵からの襲撃に耐えるための要塞』といった雰囲気の公爵家の城と違い、なんだかテーマパークに建てられている、おとぎ話の国に出てくる城みたいに美しく見えた。
「あんな華奢で飾りつけだらけ、窓だらけのお城、敵に攻撃されたら、すぐに壊されちゃうんじゃない?」
心配になって尋ねたぼくを見下ろし、公爵は、口の端だけで笑って見せた。
「そのために、我ら公爵領の人間がいるのだ」
王都と公爵領の間には、高くそびえ立つ、険しい山々が立ちはだかっている。
国境に作られた、強固な城壁。そして国一番の防衛力を持つ、公爵領。さらに登るだけで数日かかるという険しい山脈を越えなくては、王都まではたどり着けないようになっているのだ。
「国境の壁と、公爵領と、険しい山が護ってくれるから、誰も攻め込んでこないって思ってるってこと?」
「ああ。騎兵がここに攻めてくるなんてことはありえない。敵がこの王都に唯一辿り着ける方法は、ドラゴンのみなんだ。だからこそ、国王は保有できるドラゴンの数を、少しでも増やそうと躍起になってる。強いドラゴンさえ揃っていれば、無敵だからな。ほら、見てみろ。そこらじゅうに、竜舎がある」
公爵が顎で示した先。目をこらしてみると、屋根の部分にドラゴンが陣取っている見張り小屋のようなものが、いくつも見えた。
「空から敵が来ないかどうか、見張っているの?」
「そうだ。これだけ数が多いと、それこそ百頭で来たって、あっけなく全滅するかもしれない。この大陸の各国のドラゴン保有数は、五頭前後だ。すべての国のドラゴンをかき集めたって、この国のドラゴンの数の、足元にも及ばないんだよ」
自然に任せていたら、ドラゴンはほとんど増えない。まるで数の均衡を保とうとしているかのように、他のドラゴンが亡くなるときや、王家に男児が生まれてくるときに合わせて、ひとつだけ竜卵が生まれてくるのだそうだ。
この国のドラゴンは他の国のドラゴンと比べたら多産で、自然分娩でも平均、二、三個の卵を産むが、国によっては卵を産まないまま、亡くなるドラゴンもいるのだという。
「じゃあ、こんなふうにドラゴンがいっぱい増えるのは、異常なことなんだね」
「ああ、そうだ。他の国々から、疑問視されている」
この国で、国王陛下が行っている、妊婦をドラゴンの捧げ物にする、残忍な儀式。
他国でも真似する者たちが、後を絶たないのだそうだ。
けれども、「王の血を引く子」でなければ、竜卵が作られない、という事実は、この国の王族以外、誰も知らないのだという。
「たぶん、知っても普通の王さまなら、しないと思うよ」
自分の血を分けた子どもを、ドラゴンに食べさせるなんて。ふつうの精神をしていたら、絶対にできない行為だと思う。
「どうだろうな。玉座というのは、人を狂わせる。秘密を知れば、同じように竜卵を作ろうとする者も出てくるだろう」
想像したら、無性に胸が苦しくなった。
ぎゅっと公爵にしがみついたぼくに気づき、公爵がやさしい声音で名前を呼んでくれる。
「ルディ」
公爵の声が、ジンと身体に響く。低くて甘いその声に、心がほわっとあたたかくなった。
相変わらず顔だちはとても怖いし、話し方も、そっけないくらいに冷たいけれど。
それでも、その声の奥には、ちゃんとやさしさが溢れているのだ。
「なに」
ぴとっと公爵の身体に、ほっぺたをくっつける。
くっつき虫のポーズ。ぼくの定位置になったこの姿勢でいると、全身で公爵の熱を感じられるから、とても安心できる。
不安定な空の上でも、この姿勢でいれば、気持ちが穏やかになるのだ。
「ひとつ、お前に話しておきたいことがある」
いつになく真摯なその声に、今から公爵が話すことは、とても大切なことなのだということが伝わってきた。
公爵の身体から、ほっぺたを離し、ぼくは、公爵を見上げる。
「なに」
「今から話すのは、お前の母親と私以外、誰も知らないことだ。このことを聞けば、お前は今まで真実を隠し続けていた私のことを、軽蔑するかもしれない。嫌いになるかもしれない。だが――どうしても、今、話しておきたいんだ」
公爵の声に、ぞくっと背筋が震えた。
なぜだかわからない。だけど、とても恐ろしいことを言われるような気がした。
ぎゅっと公爵の服を掴むぼくの手に力が入った。
じわりと手のひらに、汗が滲む。ちいさく深呼吸した後、ぼくは意を決して、こくんと頷いた。
「大丈夫だよ。ぼくは公爵のこと、絶対に嫌いになんてならない。だから、話して」
わざわざ誰もそばにいない、ドラゴンの上で話すってことは、それだけ大切な内容だってことだ。
じっと公爵を見上げるぼくに、公爵は、重々しく頷いて、ゆっくりと口を開いた。
応援ありがとうございます!
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