江津レイクタウン

真田宗治

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第24話 月の花をしまい込む

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 さて、私は、瞳とケンゴ君に別れを告げ、自転車で家路を急いだ。もう、とっくに日が暮れている。少しお腹も空いてきた。

 ★

 自宅に戻ると、既に定義さだよしが帰宅していた。定義は、普段ガソリンスタンドでアルバイトをしている。最近、正社員にならないかと誘いを受け、その事を真剣に悩んでいた。弟は、三年前まではプログラミングの専門学校に通っていた。都会のゲーム会社に就職することを夢見ており、上京するためにアルバイトで稼いだお金を少しずつ貯めている。だから、きっと迷っていることだろう。

「お帰り」

 庭で定義が言う。定義は剣道着姿で、汗だくだった。ずっと素振りをしていたらしい。
 弟が素振りをしている間、私は楽な格好に着替えてお風呂を沸かした。お風呂の支度が終わると、今度は真子さんの指導を受けながら夕食の支度を始める。今夜教わったのは、和風ハンバーグの作り方だった。真子さんの指導はとても分かりやすいので助かる。手をかけるところはしっかりかけて、抜くところはしっかりと抜く。それでいて味は抜群に美味しいのだ。私は何度も感心させられた。どうやら、私はこれまで、かなり無駄な手間をかけていたらしい。

「定義、ごはんだよ」

 夕食が出来上がり、上機嫌で定義を呼ぶ。
 弟は、まだ庭で竹刀を振っていた。私は少し驚いた。少なくとも二千回を超える素振りをした筈だ。けど、定義は私の声に気がつかず、一心不乱に素振りを続けている。
 どうも、声をかけられる雰囲気ではない。

「どうしたの?」

 真子さんが心配そうに言う。

「ううん。ちょっと、放っておこう」

 私は仕方なく、居間で真子さんと夕飯を食べ始めた。

「決めたあ!」

 と、やっと定義さだよしが居間に上がって来た。見るからにヘロヘロで、足腰立たないといった感じだ。

「俺、こっちで就職するけん」

 定義が、床にうつ伏せに寝転がって言う。
 ピタリと、私は箸を止める。

「そう。考えて決めたとだろうけど、本当にそれで良いとね?」

 私はできるだけ柔らかく、定義に問う。
 暫しの沈黙がある。

「熊本が、好きだけんね」

 定義は、くしゃっと笑った。それが諦めなのか、決意なのかは分からない。でも、大切な弟が悩んで決めたことだ。それならば、私は黙って応援してやりたい。
 きっと、瞳もさぞかし喜ぶだろう。
 定義は、この夜も料理にご満悦だった。半分は私が作ったのだと自慢したのだが、定義は全く信じなかった。私だって少しは料理の腕が上がってるのに! 頭に来たので、私は定義のハンバーグを半分奪って食べてやった。

 ★

 食事を終えて、真子さんはすぐにお風呂場へと向かった。彼女が入浴している間、私は、こっそりと例の本を開いた。
 パラパラと、月の花のページをめくる。
 まるで絵本みたいだった。中には短編が一つ収まっているだけだから、製本にするにあたって挿絵をたくさん入れたのだろう。挿絵は、どれも手書きの水彩画を印刷した物だと思われた。絵を描いたのは、多分、弓月ゆづき桃子ももこではないだろうか?
 根拠はないが、何故かそんな気がした。
 内容は、推理小説だった。
 主人公は中学生で、ヒロインと共に、学校で起こった難事件に立ち向かう。二人はそれぞれ特技を活かして謎を解き、事件を解決して、予想外のピンチも切り抜ける。そんなありふれた話だった。
 主人公のモデルは、津藤つとうはがねだと思われた。ただ、ヒロインのモデルは真子さんの印象とは少し違っている。寧ろ、以前、真子さんから聞いた弓月ゆづき桃子ももこという少女の印象に近い。ヒロインはゲームの達人で、賭け事にも強い。その強みを生かして、ここぞという時には主人公を助ける。そんな痛快な役どころである。
 物語に登場するヒロインの描写には、切なくなる程の愛が見て取れた。小説というよりも、まるで津藤鋼という少年が、弓月桃子という少女に向けて書いた恋文のようだと思えた。そして、この本が書かれてから間もなく弓月桃子は他界した。おそらく、津藤鋼の中で弓月桃子は神格化され、永遠に心の奥底で輝き続けることになっただろう。真子さんは、そんな津藤を心底愛していた。
 そっと本を閉じる。
 何故、真子さんは必死になってこの本を探していたのだろう?
 普通なら、好きな男の子が昔交際していた女の子に向けて書いた小説を読むのはとても辛いことだろう。もし、この本の内容が真子さんを傷付けて、その結果、真子さんが湖に身を投げたのだとしたら……私はこの本を真子さんに返すべきではない。
 一方で、真子さんはずっとこの本を探していた。真子さんは、弓月桃子をすら、親愛の情を持って見ているのだという。私には、その感覚は想像できないし、あんまり理解が出来ない。それでも尚、真子さんにとってこの小説が大切であるとするならば、それは一体、どれ程の愛なのだろう? 私の想像を超える、とてつもない愛なのではなかろうか?
 なにより、月の花という本は、真子さんが熊本にいる理由だと思われる。彼女はこの本を探す為だけに、何日も熊本に留まっていたのだから。
 返すべきか、隠すべきか?
 答えは出なかった。恋愛に明るくない私には荷が勝ちすぎる問題だ。悩んだ挙句、私はひとまず、月の花を机の引き出しにしまっておくことにした。

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