江津レイクタウン

真田宗治

文字の大きさ
26 / 39

第26話 失った花

しおりを挟む
 実は、この話には続きがある。
 私が知る限り、私の親友の橋本はしもとましろと泰十郎の幼馴染君は、ずっと両想いだった。
 ましろには、他人とは違う特別な魅力のようなものがあった。彼女は明らかに異質だった。単に美しい、というだけではない。どこか軽やかで浮世離れしていて、話し方も穏やかで、物の見方も高尚で、常に思いやりに満ちていた。
 見た瞬間に清いのだ。
 それをなんと例えるべきか、私には上手く言えない。カリスマと呼ぶのか、あるいは品性や才気と呼ぶべきか。強いて言うなら、この世には生まれながらにして尊い、特別な人がいる。ということだ。勿論、これに社会的地位や親の身分は関係がない。生まれながらにして貴族のような、天使のような、そんな人間が実在するのである。そんなましろに対する私の感情は、親愛の情を通り越して、崇拝すうはいに近いものだった。実際、私はましろの為なら進んでなんでもやった。私が剣道に入れ込んだのも、いざという時にましろを守ってやりたいと思ったからだ。
 ましろの喜びは、私の喜びだった。
 一方で、泰十郎の幼馴染君にも、なにかしら捉え処のない才覚というか、知性のようなものが備わっていた。彼は学校の成績は悪かったのだが、異常に地頭が良くて、その発想や発言は、度々、教師たちを驚かせた。学年で一番成績が良い生徒でさえも、幼馴染君には一目置いていた。幼馴染君は、何故かいつも張り詰めた気配をしていて、他人を寄せ付けない雰囲気があった。そのくせとても優しくて、淋しがり屋だった。ましろと泰十郎の幼馴染君は、常人には計り知れない領域りょういきで通じ合っていたような、そんな気がしてならない。
 二人は明らかに両想いだった。ただし、その事に気がついていたのは私だけだった。泰十郎でさえ、二人が想い合っていることに、まるで気づいていなかった。
 ましろと、泰十郎の幼馴染君、繊細な二人の恋は、見ているこっちがハラハラする程不器用で、危うかった。私は二人の恋を守りたくて、何度も余計な世話を焼いたものだ。ある時は、二人が同じ美化委員になるように推薦したり、また、ある時は、二人が修学旅行で同じ班になれるように、くじ引きの結果に文句を言ったりもした。席替えの時は、二人がなるべく近い席になるように、ましろに頼んで席を変わって貰ったりもした。

「もう。さっちゃん、変なお節介はやめて」

 ましろは照れて、そんな風に言うこともあった。確か、修学旅行の班決めの時だ。

「どうして。あいつのこと、好きなんでしょ?」

 私は惚けて言い返す。

「それは……」

 ましろは顔を赤くして、言葉に詰まってしまう。
 そんな、ましろの意地らしさが胸に刺さり、私は余計にやる気を出してしまうのだ。私は修学旅行の間、ましろと幼馴染君が出来るだけ二人きりになれるように立ち回った。
 私の努力が実り、ましろと泰十郎の幼馴染君は、修学旅行の帰りのバスで、ひっそり手を繋いでいた。その時には、嬉しくて涙が出たものだ。
 そう。私は泣いた。たった一人で。中学二年生の秋のことだった。
 やがて、ましろと幼馴染君は別々の高校に進学し、一度は離れ離れになった。だが、いつかは結婚するのだろうと思っていた。私には、それが自然で当然のことだと思えた。二人は産まれながらにして結ばれているような、そんな特別な存在だったのだと思う。

 だが、ましろは死んだ。
 私のかけがえのない親友は、二一歳で睡眠薬を過剰摂取して、そのまま目を覚まさなかった。
 花だらけのひつぎに埋もれるましろの美しい死に顔は、今も、私の脳裏に焼き付いている。

 ましろが死んだ時、私とましろは別の大学に通っていた。ましろはとても頭が良かったので、熊本の医大に通っていた。ましろが恋した人は熊本を離れ、東京の専門学校でシナリオを学んでいた。私は、ましろを一人にするべきじゃなかった。私だけじゃない。あの人も。私には、どうしてもそう考えることしか出来なかった。だから彼を責めた。決して言うべきじゃない言葉を投げつけて傷つけてしまった。
 ましろが何故、死を選ばなければならなかったのか。それは私にも解らない。考えても、考えても、解らなかった。
 当時、私とましろは別々の大学に通いながらも、ちょくちょく連絡を取り合っていた。月に二、三回は直接会ってお喋りもしていた。その時はましろが何かを思い詰めている風には見えなかったし、恋愛関係の悩みを抱えている感じでもなかった。
 私は何も見抜けなかった。ましろの絶望の前では、なんの役にも立たなかった。

 気がつくと、真子さんは穏やかに寝息を立てていた。その寝顔の美しさに、薄っすらと、ましろを重ねてしまう。橋本ましろも、生きていたら真子さんぐらい美人になって、あの人と結婚したのだろうか?
 今度こそ、死なせない。
 湧き上がる決意は、胸を焼くような痛みを伴っていた。
 止めどなく、涙が伝う。
 ましろにとって、私も、この熊本も、何もかも無力だったのだろうか? ましろが恋したあの人もまた、無力だったのだろうか? 彼がましろの傍を離れなかったら、何かが変わっていただろうか?
 私に言えるのは、人は死ぬ。ということだ。人は死ぬし、失う。ある日、突然かけがえのない何かが無くなって、どうすることも出来ずに、唯、悲しくて狼狽うろたえて、自分を見失ったりもしてしまう。いつまでも立ち直れなくなる事だってあるだろう。誰かは、それを責めるだろう。でも、私は責めることが出来ない。私は、狼狽え続ける自分を、道によって世界に繋ぎ止めているに過ぎない。
 多分、彼もまた、私と同じような疑問を胸に今をやり過ごしているのだろう。現在、彼は東京に住んでいる。ましろの死後、私たちは年に一度か二度、連絡を取り合ってはいる。ましろの墓参りをする時、私たちはいつも一緒だった。今年の八月もまた、私は彼と会うだろう。その時、私は彼を責めずにいられるだろうか? 責められるべきは彼だけじゃないのに。私は無力な自分を棚に上げ、彼を責めることによって自分を正当化しているのだ。
 やり場のない本心を誤魔化す為に。
 彼の名前は、桑本くわもとはるという。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...