二郎と大和

伊藤

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第一幕

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 雨が降っていた。この時期としては珍しい気候に二郎は高揚した。そして1人、雨降る外へと歩き出す。道には水溜まりができ、空を反射し、空の一部があたかもそこにあるようだ。二郎は地上の空へと手を伸ばす。
「あ。」
二郎の声が虚空を切る。水面には波が立ちそこにあった空は掻き消える。二郎は寂しさを覚えた。だが、波が消えるにつれ、また空が顔を覗かせる。二郎の顔に笑みが戻った。
 この頃の二郎は只々無邪気で、何処にでも居る、普通の子供だった。そう違うとすれば、我々と生きた時代だろう。それも、太平洋戦争真っ只中の1,942年ということだろう。1,942年の日本は圧倒的なまでに優勢だった。二郎もまた日本の勝利を信じて疑わなかった。当然だろう。周辺の大人達も日本の勝利を確信していたのだから。そして、もう1つ二郎の町には大きな要因があった。全長236m、幅28.9m、排水量6,400t、主砲46cm砲3基9門、副砲15.5mm 砲、6基18門という、規格外の戦艦、超弩級戦艦「大和」がその町にはあった。
 だが、二郎には、艦には見えなかった。いや、正確には見ることができなかった。優美でしなやかな船体、力強い主砲、天を刺すような艦橋の姿に。二郎の目には難攻不落の要塞のように映っていた。
 季節は巡り、夏がきた。二郎は夏が嫌いだった。湿度が上がり、暑さにも拍車がかかる。その上、空気が湿気を吸って重くなる。まるで、暑さという無形のものに押し潰されるような感覚が二郎は嫌いだった。しかし、その年の夏は違った。大和のミッドウェー作戦入りが決まったからだ。それも、艦隊の旗艦としてである。二郎はまるで自分のことのように喜んだ。そして、その2日後、大和は多数の艦と共にミッドウェー作戦に出向いたのである。二郎は日本の勝利を確信した。今まで、見たこともない艦が、ただ一点を目指して進む姿は圧巻だった。二郎はその姿に
「自分も何時かあの艦に乗りたい。」
という夢ができた。二郎くらいの年であれば誰もが持つであろう、憧れともとれる小さくて大きな夢。その為に、二郎はより一層、勉学に励んだ。だが、現実はあまりにも、残酷だった。自分の夢を真っ向から否定するかのような点数に思わず涙をこぼした。そして、その日は友達と遊ぶことなく1人帰路に就いた。
 家に着くと、母親がおやつを作って待っていた。二郎は母親が作ったおやつを無言で食べていた。何時もは、学校のことや友人のことなど話すのだが、何も話そうとしない。母親は少し不安になり、聞いてみた。
「何かあったんか?」
母親の問いに答えようとしなかった。母親はもう一度聞いてみた。すると二郎は
「試験の結果が悪かった。」
斗申し訳なさそうに言った。叱られることも覚悟していた。だが実際は違った。返答は以外にも
「次の試験で結果を出せばいい。」
というものだった。二郎はまた涙を流した。諦めかけた夢にまた歩みを進めるための力をもらえた気がした。
 二郎が試験に取り組んでいた頃、大和は作戦の真っ只中だった。しかし、作戦は空母4隻を先行させ、主力部隊は時間差で強襲という内容だった。しかし、この作戦は裏目に出た。敵機は空母4隻に集中砲火を始め、大きな打撃を受けてしまったのである。その頃、主力部隊は、空母部隊より、遥か1,000km 離れた海上にいた。この距離では全速力で向かっても1日以上かかってしまう。結果、日本は空母4隻を失うことになってしまった。その上、日本は多数のベテランパイロットまでも失ったのである。これは大きな痛手である。逆に敵の損失は空母1隻という比較的軽微なものだった。
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