歳の差100歳ですが、諦めません!

遠野さつき

文字の大きさ
12 / 88
1幕 大団円目指して頑張ります!

12場 スライムだらけのダンジョン②

しおりを挟む
 闇が晴れても、そこは闇の中だった。
 
 ヒカリゴケが淡く黄緑色に光っているものの、自分の手元すら見えない。体を動かしても痛みはないから、怪我はしてなさそうだ。
 
「ここ、どこ……?」
 
 声が反響して消えていく。全体像はわからないが、広い空間のようだ。どう見ても、さっき休憩していた場所じゃない。
 
 メルディを包んだ闇は、ドワーフが残した転送魔法装置だったのだろう。危ないから壁にはもたれるなと言われていたのに、うかつに触れた自分が嫌になる。
 
「メルディ? どこにいるの?」
「マルク? 一緒に来てるの? ちょっと待ってね。魔石灯をつけるから」
 
 触感を頼りにポーチの中から筒形の魔石灯を取り出し、スイッチを押す。先端の丸いレンズから白い光が放たれ、ほんの少しだけ周囲を明るくする。
 
 それを目印に、こちらへ駆けてくる足音が聞こえた。闇に溶けた黒髪の下、光を反射して煌めく緑の目にほっと胸を撫で下ろす。
 
「ごめん、巻き込んじゃって……。無事? どこも怪我してない?」
「俺は大丈夫。メルディは?」
「私も大丈夫。とりあえず座ろっか。無闇に歩くと危ないもんね」
 
 それぞれ身につけていたマントを床に広げ、並んで腰を下ろす。幸いにも、床はぬかるんでいなかった。

 むしろ硬いというか……きちんと整備された床の感触がする。レイが言っていたドワーフの横穴だろうか。
 
「メルディが明かりを持っててくれて助かったよ。俺のは森で落としちゃったから」
「もうちょっと光量があればよかったんだけどね。閃光弾だったらあるんだけど、一瞬だけ明るくなってもなあ」
「閃光弾? いくつある?」
 
 なけなしの給料をはたいたので、まだ三つはある。そう答えると、マルクは魔法紋を改造して即席の照明を作ってみると言った。
 
「そんなことできるの?」
「わからないけど、やってみる。武器には魔法紋のロックがかかってないことが多いし……。要は一瞬だけ強く光るのを、長持ちさせればいいんだから……」
 
 ぶつぶつ呟きながら、マルクが閃光弾を分解していく。幸いにもロックはかかっていなかったようだ。腰から抜いた短剣でガリガリと魔法紋を書き換える手元を照らしつつ、ほうっと息をつく。
 
「その短剣、すごく綺麗だよね。もしかして、お師匠さんが作ったの?」
 
 偽物を作られた立場なので複雑な気持ちだが、技術に罪はない。メルディも武器は作れるが、いかんせん専門外だ。勉強できる機会は逃したくない。
 
「これ? 俺が作ったやつだよ」
「本当? すごいよ、マルク! 私、武器はまだまだ修行中なんだ。火の色の見極めってどうやってるの? 磨きのコツってある?」
 
 マルクに詰め寄ろうとしたところで、グレイグの呆れた顔が脳裏をよぎり、はっと我に返った。
 
「ごめん、馴れ馴れしかったね。さっき弟にも注意されたばっかりなの。距離感を考えろって」
「なんで? そんな風に思ったことないよ。俺は嬉しかったけどな。たくさん話しかけてくれたおかげで、だいぶ気が楽になったし。それに……メルディは可愛いし」
「えっ」
 
 思わず声がひっくり返った。父親を除けば、男の人に可愛いなんて言われたのは初めてだ。
 
 子供の頃はレイも言ってくれたが、思春期を迎えた頃から、どんなに着飾っても言ってくれなくなった。だから自分で自分に言い聞かせてきたのだ。「私は可愛い! 大丈夫!」と。
 
「どうして驚くの? よく言われない? 彼氏だっているんでしょ?」
 
 彼氏になってほしい人はいるが、袖にされ続けている。苦笑して首を横に振る。
 
「鉄とコークスの匂いが染み付いた女を、可愛いなんて言ってくれる人いないよ」
「なんだ、首都の男って見る目ないな。メルディみたいな子をほっとくなんて」
「そ、そういうマルクだって、彼女いるでしょ? なんかモテそうだし……。そんなお世辞さらっと言えちゃうんだもん」
「お世辞じゃないって。彼女もいないよ。今まで腕を磨くことで精一杯だったし、俺は……師匠とずっと二人でいられたら、それでよかったんだ」
 
 悲しそうに呟くマルクに胸が痛くなる。工房への愛情も、師匠への愛情もよくわかるからこそ、余計にブラムへの怒りが湧く。
 
「大丈夫よ。レイさんが魔法紋を解析してすぐに迎えに来てくれる。そしたら、さっさとこんな洞窟を出て、お師匠さんを殴りに行きましょ!」
 
 握り拳を掲げると、マルクは眉を下げて笑った。
 
「勇ましいなあ。……レイさんのこと、信頼してるんだね」
「もちろん。子供の頃からずっとそばにいるからね」
「でも、向こうはどうなんだろう? メルディのこと、信頼してくれてるのかな? 子供じゃなく、大人として」
 
 胸の奥がずきりと痛んだ。メルディが傷ついたことに気づいたらしい。短剣を動かす手を止め、マルクが慌てて言葉を続ける。
 
「ごめん。無神経なこと言って。俺、いつもこんなだから、よく師匠に怒られるんだ」
「ううん、マルクの言う通りなの。レイさんの中では、私はまだ小さな子供。でも、いつまでもそうとは限らないじゃない? 一日でも早く、大人だって認めてもらえるように頑張るわ。最後まで諦めないのが私の才能なの!」
 
 高らかに宣言して胸を張る。メルディの負けん気は父親譲りなのだ。
 
「メルディは強いな。羨ましくなるくらい。……ほら、できたよ」
 
 マルクの手の中から、閃光弾だったものがふわりと浮かんで光を放った。一つ一つは淡い光だが、三つ合わせると結構明るい。おかげで周囲の様子がよくわかる。
 
 ここはドワーフたちの作業場だったようだ。ところどころに、朽ちた作業台や棚、そして崩れかけた炉が残されているのが見える。
 
「さすがドワーフ。すごく大きくて立派な炉だね。うちの工房もこれだけあったら、なんでも作れるのに」
「個人の小さな工房じゃ、なかなか難しいよね。どうしても火力がほしいときは、大きな工房に頼んで貸してもらうよ」
「うちもだ。どこも同じだねえ」
 
 小さな工房あるあるに、どちらともなく笑みがこぼれた。
 
「それにしても、どうしてここに転送するようにしたんだろう。侵入者を中心部に呼び寄せたら危なくない?」
「みんなで叩きのめすためだよ。外に出したって、また戻ってくるかもしれないしさ。それなら戦意喪失させて役所に引き渡した方が確実だから」
「ええ……。ドワーフって結構好戦的なんだ。ウィンストンに行ったら気をつけよう」
「一緒に酒さえ飲めば、気がいい人たちなんだけどね」
 
 お酒か。成人になったと同時に解禁したが、飲兵衛の父親の血を引いたのか、今のところ酔った覚えはない。記憶に刻んでおこう。
 
 そのとき、作業所の奥の方から何かが近づいてくる音がした。人間の足音ではない。ずるり、ずるり、と重たいものを引きずるような音である。
 
 嫌な予感に顔を強張らせながら、その場に立ち上がり、音がする方に光を向ける。次の瞬間、メルディの全身に鳥肌がたった。
 
「ビ、ビッグスライム!」
 
 天井につきそうなほどの巨体がゆっくりと近づいてくる。

 スライムには目も耳も鼻もないが、体表にまとう魔力で対象を感知することができる。闇魔法で気配を遮断しない限り、どこまでも追ってくるだろう。そもそも逃げ場がない。
 
「メルディ! 他に何か武器持ってる⁉︎」
 
 短剣を構えたマルクが叫ぶ。はっと我に返って腰のポーチを探ったが、洞窟では使えない火炎弾だけだった。お金がなくて、高い雷光弾や氷結弾は買えなかったのだ。
 
「この剣しかない! 一か八か、やるしかないわ!」
 
 自分を鼓舞するように叫んで、セレネス鋼製の短剣を鞘から抜き放つ。

 明かりに反射して光る剣身に、マルクが息を飲んだ。どことなく顔が青い気がするが、人のことは言えない。メルディだって、気を抜くと今にも倒れそうなのだから。
 
「く、来るなら来なさいよ! この剣の錆にしてやる!」
「馬鹿なこと言うんじゃないの」
 
 聞き慣れた声と共に、パン、と風船が破裂するような音がしてスライムが弾け飛んだ。

 いや、正確には分裂したのだ。小さくなったスライムたちが、ざざざ、と一斉に来た道を這って行く姿に子供の頃のトラウマが蘇り、へなへなと腰が抜けた。
 
「お姉ちゃん、大丈夫? 生きてる?」
「アルティも巻き込まれ体質だけど、君も相当だね。そんなとこ似なくていいんだよ」
 
 暗闇の中から差し伸ばされた手は、街で迷子になったときと同じく、とても頼もしかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

処理中です...