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1幕 大団円目指して頑張ります!
19場 ドワーフとの勝負②
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店の中はにわかに作業場と化した。
テーブルの上には切り分けた鋼板と工具一式。目の前にはお手並み拝見とばかりに腕を組む黒髪のドワーフ。レイは相変わらずそっぽを向いたままだ。
あとが怖いが、ここまできたらやるしかない。
気合いを入れるために両手を打ち鳴らす。まずは円筒からだ。借りた金床に鋼板を乗せ、金槌を振り上げる。
金属は叩くと伸びる。それを計算に入れて曲げなくてはいけない。とはいえ、子供の頃から何百、何千と繰り返してきたことだ。感覚は全て体に染み付いている。
響く金槌の音に興味を惹かれた客たちが近づいてきたが、周りに立つ仲間のドワーフたちが威嚇すると、すごすごと自分のテーブルに戻っていった。
与えられた鋼板は鎧兜を作る鋼板よりも遥かに薄い。メルディの金槌の動きに合わせて、飴細工のように形を変える。火事場の馬鹿力というべきか、自分でも驚くほどのスピードで円筒が出来上がっていく。
微調整をして完成した円筒をテーブルの上に縦に置き、上から形を確認する。まるで測ったみたいに綺麗な円形。端と端もぴったりだ。
「よし! 次!」
「早ぇ……」
ドワーフの一人が驚きの声を漏らしたが、素直に喜んでいる状況ではない。箱を作るには精密さが要求される。
鉄芯で鋼板にケガキ――線を引き、金属バサミで角を折り込むための切り目を入れる。あとはタガネというノミみたいな道具で、曲げる位置に折り目をつけ、直角に曲げていくだけだ。
「おい、万力は使わねぇのかい?」
「いらないわ。テーブルの角で十分」
「は? ガキが生意気言ってんじゃ……」
ドワーフの一人が食ってかかってきたが、メルディが金槌を振るうと黙った。それを黒髪のドワーフはにやにやしながら見ている。
曲げはデュラハンの防具職人にとっては十八番。基礎中の基礎だ。たとえ相手がドワーフでも負けるつもりはない。
お得意さまのご要望に応えて、鎧兜以外の生活用品も山と作ってきた。お弁当箱なんて何個作ったかわからない。そのときに使ったのはアルミ板だったけど……手順は同じだ。
今まで磨いてきた技術は決して裏切らない。女だろうが、成人したばかりの若造だろうが、メルディはれっきとした職人なのだ。
「ほら、出来たわよ。あなたに合わせて大きめのサイズにしといたわ。中の仕切りも作っといたから、お弁当箱にでもしてちょうだい」
出来上がった箱を差し出したと同時に、額から汗がぽたりと落ちた。気づいたら全身汗みずくになっている。こんなにフルスピードで金槌を振るったのも久しぶりだ。
立っているのも辛いが、ぐっとこらえて結果を待つ。黒髪のドワーフはメルディが作った箱と円筒を真剣に確認していたが、やがてまた大きな声で笑い出した。
「参った参った。降参だぜ。あんた本当はドワーフなんじゃねぇのか? まだ若ぇのに大した腕だよ。おい、お前らも見てみろよ。ここまで綺麗な曲げには、なかなかお目にかかれねぇぞ」
「確かに……。うちの若ぇやつらより上かもしんねぇな」
「お嬢ちゃん、あんた凄いよ。誰に習ったんだ?」
黒髪のドワーフに促された仲間のドワーフたちが、めいめい作品を手に取り、口々に感想をくれる。手放しで褒められて、なんだか照れくさい。
そんなメルディに、黒髪のドワーフは優しく目を細めた。さっきとは打って変わって柔らかい雰囲気だ。対等な立場だと認めてくれたからかもしれない。
「馬鹿にして悪かったな。大方、ガキの頃から金槌振るってんだろ?」
「わかるの?」
「ダテにドワーフやってねぇんだよ。その金槌捌きを見りゃわかるさ。あんたは一流の職人だ。一緒に働きたいぐらいのな」
その言葉はメルディにとって最大限の賛辞だった。武具を作るにかけては他種族の追随を許さないドワーフにここまで言ってもらえるなんて、今まで真面目に修行してきた甲斐があった。思わず口元がにやける。
「あんた、そうやって笑ってた方が可愛いぜ。名前は? なんて呼べばいい?」
「リ、リリアナ・シュトライザー。リリアナでいいよ」
咄嗟に母親とクリフの名前を名乗る。この国ではシュトライザーはありふれた姓だ。嘘だとはバレないだろう。たぶん。
「そうか、リリアナ。お望み通りブラムについて話してやるよ。だが、その前に――」
そこで言葉を切り、黒髪のドワーフは店にいる客たちに向かって声を張り上げた。
「野郎ども、今日は俺の奢りだ! 存分に飲んで食え!」
一斉に歓声が上がる。満員ではないが、決して少なくない人数だ。景気のいい話に目を丸くする。後ろのテーブルでは、グレイグが早速ジュースと料理をおかわりしていた。現金なやつ。
「いいの? 結構お金かかっちゃうよ?」
「随分騒いじまったしな。それに、この方が周りに話が聞こえなくていい」
黒髪のドワーフは椅子に腰を下ろすと、「リリアナも座りな」と促した。
それを合図に仲間のドワーフたちがさりげなく周囲のテーブルに散っていく。客たちをこちらに近づけさせないためだろう。
「あんた酒は? 飲めるのかい?」
マルクが「一緒に酒を飲めば気のいい人たち」だと言っていたことを思い出し、「飲めるよ」と返す。
すると、黒髪のドワーフは嬉しそうにエールを注文した。後ろでレイが睨んでいる気がするが、知らないふりをしておこう。
「さて、本題に入る前に自己紹介しとくか。俺はフランシス・ドレイク。ドレイク製鉄所の管理責任者で、グロッケン山のドワーフ共を束ねる総領息子だよ」
「フランシス・ドレイク⁉︎」
「なんだ、俺のこと知ってんのか?」
当たり前である。フランシス・ドレイクと言えば、大師匠のクリフ、父親のアルティに続いて国で三番目の実力を持つ職人だ。
確か今年で六十五歳。コンテストには興味がないから滅多に表には出てこないが、長い人生の中で何度も優れた作品を作っている。
それに、ドレイク製鉄所は超巨大企業。そして、グロッケン山のドワーフたちはドワーフの中のドワーフたちだ。それを束ねる立場のフランシスは、爵位こそないものの、貴族と同等の力を持っていると言えた。
「もちろん知ってる……いえ、知っています。まさか、あなたがそうだったなんて」
「いきなり畏まるなよ。さっきまでの負けん気はどうした」
「でも、大先輩だし……」
「年齢なんて関係ねぇよ。この世界は優れた作品を生み出したやつが勝ちだ。なら、俺とあんたは同等さ。だろ?」
素直に口元を綻ばせるメルディに、フランシスも白い歯を剥き出して応えた。
「あんたが探してるブラムは元々ドワーフの横穴出身。俺の親父と同じぐらいのジジイさ。とても偏屈なやつでね。周りの連中とうまくいかなくて、モルガン戦争が終わったと同時に横穴を飛び出しちまった。まあ、それだけならよくある話だが、問題はそのあとだ。あんたもよくわかってるよな?」
「コンテストに負けて、贋作に手を染めた……。闇ギルドと組んでまで」
「そうだ。保守的なドワーフの中でも、あいつは特に保守的なドワーフだった。時代の流れにうまく乗れず、工房は傾き始めてた。そんな中で十八歳の小娘にプライドをへし折られて……まあ、おかしくなっちまったんだな」
マルクから聞いた話の通りだ。とはいえ、下手なことは言えないので黙って頷く。
「ここは工業と技術の街ウィンストンだ。紛い物なんざばら撒かれちゃ、ドワーフの名に傷がつく。改造品で怪我をするやつが出る前に、なんとか辞めさせようって話になった。これ以上、闇ギルドをのさばらせるわけにはいかなかったしな」
「それって、いつ頃……?」
「ほんの一週間前の話さ。こっちも色々ゴタゴタしててね。グロッケン山に迷い込む魔物が増えてんだよ。セレネス鉱脈があるおかげで大事には至ってねぇがな」
一週間前というと、マルクがウィンストンを出たあとのことだろう。もう少し早ければ、あんな森の中で死にかけなくて済んだかと思うと胸が痛い。
マルクは誰にも頼れないと言っていたが、きちんと手を差し伸べようとしてくれた大人たちはいたのだ。
「俺たちゃ役所……つうかまあ、ご領主さまに直談判に行ったんだ。でも、代替わりしたばかりのボンボンでな。ずっと虚な目をして、こっちの話なんざちっとも聞きゃしねぇ。四大侯爵家もこうなっちゃおしまいだな。同じドワーフとして恥ずかしいぜ」
なるほど。だから自分たちで捕まえようとしたわけか。運悪く逃げられてしまったが。
「ブラムが潜伏しそうな場所に心当たりはあるの?」
「いや。あいつは俺たちとずっと没交渉だったからな。誰も知らねぇんだ。これから探すつもりだが……ここにトゥールがいればな」
「トゥール?」
「ブラムと唯一仲が良かったドワーフさ。何年前だったかな……他種族の弟子を取ったってんで、こいつもドワーフの横穴を出て鉄錆通りで工房を立ち上げたんだ。ブラムとは正反対の温和なやつで、知り合いも多かった。だが、最近姿を見せなくてね。工房がずっと閉まってるんで、弟子を連れて修行の旅に出たのかもしれねぇな」
職人が修行の旅に出るのは珍しくない。アルティも若い頃はよく世界を巡っていた。まあ、家族旅行のついでだったけど。
「とはいえ、ここは俺たちの庭だ。草の根分けても探し出してやるよ。あんた、いつまでここにいる? ブラムが見つかるまで待てるか?」
「当然!」
即答するメルディに、フランシスが膝を叩いて肩を揺らした。見た目に反してよく笑うらしい。後ろでグレイグが「僕の夏休み……」と呟いたが黙殺する。
「はっきりした女は好きだぜ。さあ、泡が消えちまう前に飲めよ。料理もどんどん食いな。ヒト種は細っこくていけねぇよ」
さっき食べたが、金槌を振るったのでお腹が減ってきた。腹が減っては戦はできぬ。ここでしっかり食べておこう。
背中に刺さる視線を尻目に、メルディは勢いよくジョッキをあおった。
テーブルの上には切り分けた鋼板と工具一式。目の前にはお手並み拝見とばかりに腕を組む黒髪のドワーフ。レイは相変わらずそっぽを向いたままだ。
あとが怖いが、ここまできたらやるしかない。
気合いを入れるために両手を打ち鳴らす。まずは円筒からだ。借りた金床に鋼板を乗せ、金槌を振り上げる。
金属は叩くと伸びる。それを計算に入れて曲げなくてはいけない。とはいえ、子供の頃から何百、何千と繰り返してきたことだ。感覚は全て体に染み付いている。
響く金槌の音に興味を惹かれた客たちが近づいてきたが、周りに立つ仲間のドワーフたちが威嚇すると、すごすごと自分のテーブルに戻っていった。
与えられた鋼板は鎧兜を作る鋼板よりも遥かに薄い。メルディの金槌の動きに合わせて、飴細工のように形を変える。火事場の馬鹿力というべきか、自分でも驚くほどのスピードで円筒が出来上がっていく。
微調整をして完成した円筒をテーブルの上に縦に置き、上から形を確認する。まるで測ったみたいに綺麗な円形。端と端もぴったりだ。
「よし! 次!」
「早ぇ……」
ドワーフの一人が驚きの声を漏らしたが、素直に喜んでいる状況ではない。箱を作るには精密さが要求される。
鉄芯で鋼板にケガキ――線を引き、金属バサミで角を折り込むための切り目を入れる。あとはタガネというノミみたいな道具で、曲げる位置に折り目をつけ、直角に曲げていくだけだ。
「おい、万力は使わねぇのかい?」
「いらないわ。テーブルの角で十分」
「は? ガキが生意気言ってんじゃ……」
ドワーフの一人が食ってかかってきたが、メルディが金槌を振るうと黙った。それを黒髪のドワーフはにやにやしながら見ている。
曲げはデュラハンの防具職人にとっては十八番。基礎中の基礎だ。たとえ相手がドワーフでも負けるつもりはない。
お得意さまのご要望に応えて、鎧兜以外の生活用品も山と作ってきた。お弁当箱なんて何個作ったかわからない。そのときに使ったのはアルミ板だったけど……手順は同じだ。
今まで磨いてきた技術は決して裏切らない。女だろうが、成人したばかりの若造だろうが、メルディはれっきとした職人なのだ。
「ほら、出来たわよ。あなたに合わせて大きめのサイズにしといたわ。中の仕切りも作っといたから、お弁当箱にでもしてちょうだい」
出来上がった箱を差し出したと同時に、額から汗がぽたりと落ちた。気づいたら全身汗みずくになっている。こんなにフルスピードで金槌を振るったのも久しぶりだ。
立っているのも辛いが、ぐっとこらえて結果を待つ。黒髪のドワーフはメルディが作った箱と円筒を真剣に確認していたが、やがてまた大きな声で笑い出した。
「参った参った。降参だぜ。あんた本当はドワーフなんじゃねぇのか? まだ若ぇのに大した腕だよ。おい、お前らも見てみろよ。ここまで綺麗な曲げには、なかなかお目にかかれねぇぞ」
「確かに……。うちの若ぇやつらより上かもしんねぇな」
「お嬢ちゃん、あんた凄いよ。誰に習ったんだ?」
黒髪のドワーフに促された仲間のドワーフたちが、めいめい作品を手に取り、口々に感想をくれる。手放しで褒められて、なんだか照れくさい。
そんなメルディに、黒髪のドワーフは優しく目を細めた。さっきとは打って変わって柔らかい雰囲気だ。対等な立場だと認めてくれたからかもしれない。
「馬鹿にして悪かったな。大方、ガキの頃から金槌振るってんだろ?」
「わかるの?」
「ダテにドワーフやってねぇんだよ。その金槌捌きを見りゃわかるさ。あんたは一流の職人だ。一緒に働きたいぐらいのな」
その言葉はメルディにとって最大限の賛辞だった。武具を作るにかけては他種族の追随を許さないドワーフにここまで言ってもらえるなんて、今まで真面目に修行してきた甲斐があった。思わず口元がにやける。
「あんた、そうやって笑ってた方が可愛いぜ。名前は? なんて呼べばいい?」
「リ、リリアナ・シュトライザー。リリアナでいいよ」
咄嗟に母親とクリフの名前を名乗る。この国ではシュトライザーはありふれた姓だ。嘘だとはバレないだろう。たぶん。
「そうか、リリアナ。お望み通りブラムについて話してやるよ。だが、その前に――」
そこで言葉を切り、黒髪のドワーフは店にいる客たちに向かって声を張り上げた。
「野郎ども、今日は俺の奢りだ! 存分に飲んで食え!」
一斉に歓声が上がる。満員ではないが、決して少なくない人数だ。景気のいい話に目を丸くする。後ろのテーブルでは、グレイグが早速ジュースと料理をおかわりしていた。現金なやつ。
「いいの? 結構お金かかっちゃうよ?」
「随分騒いじまったしな。それに、この方が周りに話が聞こえなくていい」
黒髪のドワーフは椅子に腰を下ろすと、「リリアナも座りな」と促した。
それを合図に仲間のドワーフたちがさりげなく周囲のテーブルに散っていく。客たちをこちらに近づけさせないためだろう。
「あんた酒は? 飲めるのかい?」
マルクが「一緒に酒を飲めば気のいい人たち」だと言っていたことを思い出し、「飲めるよ」と返す。
すると、黒髪のドワーフは嬉しそうにエールを注文した。後ろでレイが睨んでいる気がするが、知らないふりをしておこう。
「さて、本題に入る前に自己紹介しとくか。俺はフランシス・ドレイク。ドレイク製鉄所の管理責任者で、グロッケン山のドワーフ共を束ねる総領息子だよ」
「フランシス・ドレイク⁉︎」
「なんだ、俺のこと知ってんのか?」
当たり前である。フランシス・ドレイクと言えば、大師匠のクリフ、父親のアルティに続いて国で三番目の実力を持つ職人だ。
確か今年で六十五歳。コンテストには興味がないから滅多に表には出てこないが、長い人生の中で何度も優れた作品を作っている。
それに、ドレイク製鉄所は超巨大企業。そして、グロッケン山のドワーフたちはドワーフの中のドワーフたちだ。それを束ねる立場のフランシスは、爵位こそないものの、貴族と同等の力を持っていると言えた。
「もちろん知ってる……いえ、知っています。まさか、あなたがそうだったなんて」
「いきなり畏まるなよ。さっきまでの負けん気はどうした」
「でも、大先輩だし……」
「年齢なんて関係ねぇよ。この世界は優れた作品を生み出したやつが勝ちだ。なら、俺とあんたは同等さ。だろ?」
素直に口元を綻ばせるメルディに、フランシスも白い歯を剥き出して応えた。
「あんたが探してるブラムは元々ドワーフの横穴出身。俺の親父と同じぐらいのジジイさ。とても偏屈なやつでね。周りの連中とうまくいかなくて、モルガン戦争が終わったと同時に横穴を飛び出しちまった。まあ、それだけならよくある話だが、問題はそのあとだ。あんたもよくわかってるよな?」
「コンテストに負けて、贋作に手を染めた……。闇ギルドと組んでまで」
「そうだ。保守的なドワーフの中でも、あいつは特に保守的なドワーフだった。時代の流れにうまく乗れず、工房は傾き始めてた。そんな中で十八歳の小娘にプライドをへし折られて……まあ、おかしくなっちまったんだな」
マルクから聞いた話の通りだ。とはいえ、下手なことは言えないので黙って頷く。
「ここは工業と技術の街ウィンストンだ。紛い物なんざばら撒かれちゃ、ドワーフの名に傷がつく。改造品で怪我をするやつが出る前に、なんとか辞めさせようって話になった。これ以上、闇ギルドをのさばらせるわけにはいかなかったしな」
「それって、いつ頃……?」
「ほんの一週間前の話さ。こっちも色々ゴタゴタしててね。グロッケン山に迷い込む魔物が増えてんだよ。セレネス鉱脈があるおかげで大事には至ってねぇがな」
一週間前というと、マルクがウィンストンを出たあとのことだろう。もう少し早ければ、あんな森の中で死にかけなくて済んだかと思うと胸が痛い。
マルクは誰にも頼れないと言っていたが、きちんと手を差し伸べようとしてくれた大人たちはいたのだ。
「俺たちゃ役所……つうかまあ、ご領主さまに直談判に行ったんだ。でも、代替わりしたばかりのボンボンでな。ずっと虚な目をして、こっちの話なんざちっとも聞きゃしねぇ。四大侯爵家もこうなっちゃおしまいだな。同じドワーフとして恥ずかしいぜ」
なるほど。だから自分たちで捕まえようとしたわけか。運悪く逃げられてしまったが。
「ブラムが潜伏しそうな場所に心当たりはあるの?」
「いや。あいつは俺たちとずっと没交渉だったからな。誰も知らねぇんだ。これから探すつもりだが……ここにトゥールがいればな」
「トゥール?」
「ブラムと唯一仲が良かったドワーフさ。何年前だったかな……他種族の弟子を取ったってんで、こいつもドワーフの横穴を出て鉄錆通りで工房を立ち上げたんだ。ブラムとは正反対の温和なやつで、知り合いも多かった。だが、最近姿を見せなくてね。工房がずっと閉まってるんで、弟子を連れて修行の旅に出たのかもしれねぇな」
職人が修行の旅に出るのは珍しくない。アルティも若い頃はよく世界を巡っていた。まあ、家族旅行のついでだったけど。
「とはいえ、ここは俺たちの庭だ。草の根分けても探し出してやるよ。あんた、いつまでここにいる? ブラムが見つかるまで待てるか?」
「当然!」
即答するメルディに、フランシスが膝を叩いて肩を揺らした。見た目に反してよく笑うらしい。後ろでグレイグが「僕の夏休み……」と呟いたが黙殺する。
「はっきりした女は好きだぜ。さあ、泡が消えちまう前に飲めよ。料理もどんどん食いな。ヒト種は細っこくていけねぇよ」
さっき食べたが、金槌を振るったのでお腹が減ってきた。腹が減っては戦はできぬ。ここでしっかり食べておこう。
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