あなたの頭、お作りします! 〜デュラハン防具職人の業務日誌〜

遠野さつき

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第3部

6話 ダンジョンを探索しよう

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 アルティの故郷を出て一日半。アルテガ村を大きく迂回してさらに小一時間ほど進むと、ダンジョンが眠る湖が見えてくる。

 リュシー湖は海と見間違うほどの巨大湖だ。底の大穴から伸びた地下水脈が、ウルカナ大森林を抜けた先に広がるサモニア海と繋がっていて、稀に海水魚もとれるという。

 湖上にはあちこちで漁に勤しむマーピープルたちの姿が見えた。彼らは水の魔素を多量に取り込んだヒト種から発生した肌の青い種族だ。水魔法に長けていて水中でも長時間活動できるので、基本的に水辺で生活している。

 湖畔では武装した獣人たちが鋭い目つきで周囲を警戒している。言わずと知れたアルテガ村の村人たちである。

「うーん……。やっぱり見張ってますよねえ」
「まあ、闇雲に探し回るより手っ取り早いだろうからな」

 藪の中に潜み、アルティたちは湖の様子を伺っていた。もうすぐ日が落ちる時刻だというのに、村人たちに退く気配は一向にない。

 彼らの背後には魔法紋が刻まれた黒い石の台座がある。

 ダンジョンに入るにはあの台座にササラスカの涙を嵌め込む必要があるのだが、隙の無い監視のせいで無闇に近づけず、手を出しあぐねていた。

「兄ちゃんたち、張り切ってるね……」

 ウルフがため息まじりに言う。

「ホント腹立つにゃ……。人の気も知らないで……」
「まあまあ。ミーナさんが鎧を手に入れたら目も覚めますよ」

 兄たちへの愚痴が止まらないミーナを宥めたとき、背後で鳥が羽ばたく音がした。

「お待たせ~。一通り見てきたよ~」

 地面に着地したエトナが身を屈めて近寄ってきた。空から周辺の様子を探ってもらっていたのだ。

「どうだった?」とリリアナが問う。

「う~ん。湖をぐるっと見てきたけど、見張りはこのあたりにしかいないみたいだね~」
「ということは、あいつらを追い払えばしばらく時間は稼げるわけだな」

 せっかくダンジョンの中に潜り込んでも、すぐに追いつかれたら意味がない。リリアナはエトナとピーちゃんに「囮になって村人たちを引きつけてくれ」と言った。

「やっぱり、そうなる~?」
「できる限りでいい。もし追いつかれても私が殲滅する」
「リリアナさん、殲滅はちょっと……」

 殲滅しないために潜り込もうとしているのに、本末転倒になっている。

 エトナは「でもな~」とか「配送人の仕事じゃないし~」とかぼやいていたが、リリアナが特別報酬を出すと言った途端、ころっと態度を変えた。

「ここから引き離せばいいんだよね~」
「そうだ。方法は任せる。念の為、この通信機を持っていけ。ダンジョンの中でも繋がるから、何かあればすぐに連絡してくれ」

 別行動の可能性を予期して二つ持ってきていたらしい。さすがベテラン。準備がいい。

「ありがとう~。じゃあ、ボクからはこれ~」

 腰の巾着から取り出したのは小型の送風機だった。棒状の取っ手の先に網状の丸いカゴが備え付けられていて、中に小さなプロペラが収納されている。取っ手のスイッチを押すと、このプロペラが回って風を送る仕組みだ。

「風の魔機だよ。濡れると飛びにくくなっちゃうから、いつでも乾かせるように持ってるの~。中は湿気が多いと思うから、よかったら使って~」

 ありがたく受け取り、ウルフの闇の中に収納する。

 ピーちゃんと荷台を切り離し、大きく肩を回したエトナが「じゃあ、やるか~」と空高く舞い上がった。

「行くよ~。ピーちゃん~」

 村人たち目がけて急降下するエトナに、ピーちゃんも続く。どこからどう見ても魔物の襲来だ。すぐに方々から「グリフィンだ!」と驚愕の声が上がる。

「やるなあ、あいつら」

 エトナの羽捌きは巧みだった。武器が届かないギリギリの位置をキープして、煽るように村人たちの頭を掠めていく。そして、徐々にその場から距離を取ると、ピーちゃんを連れてアルテガ村の方角に向かって飛んで行った。

「おい! 村が危ないぞ!」
「見張りなんていい! どうせ一人じゃ何もできねぇ! 急げ!」

 村人たちが揃ってあとを追いかけていく。さっきまで賑やかだった湖畔は、湖上で目を丸くするマーピープルたちを残して静寂を取り戻した。

「よし、今だ!」

 台座に駆け寄り、ミーナがササラスカの涙を窪みに嵌める。

 次の瞬間、周囲を揺るがす地響きと共に激しく湖面が波立ち、まるで建て付けの悪いドアをこじ開けるように、重く鈍い音を立てて左右に裂けた。

 ぱっくりと開いた大きな口の中には古びた石造りの階段が見える。地下に行けるようになっているらしい。

「湖が割れた……」

 呆然と呟くウルフの鼻先では、漁の邪魔をされたマーピープルたちが非難の声を上げている。

「ぼうっとするな。行くぞ!」

 リリアナの声に我に返ったミーナが、光魔法で明かりを灯した。それぞれ武器を持ち、リリアナ、アルティ、ミーナ、ウルフの順に階段を下りていく。

 ダンジョンの中は暗く、ひどくじめじめとしていた。

 一歩進むたびに、苔むした青い石壁に靴音が反響していく。鍵の開閉に魔法紋を使用していたところを見ると、そう古い時代のものではなさそうだ。

 しかし、いかんせん天井が低くて息が詰まる。左右の壁も、かろうじて大人一人が歩ける幅しかない。体格のいいリリアナは今にも鎧が挟まりそうだ。

「なんでこんなに狭いんだろ……」
「大勢の侵入を許さないためだろうな。軍事施設にはよくあるぞ」

 思わず漏らした呟きに、リリアナが前を向いたまま返す。狭すぎて振り向けないらしい。

「昔はこのあたりにマーピープルの出城があったみたいだにゃ。モルガン戦争が終わった頃には、いなくなっちゃったみたいだけど」
「ササラスカってのも、伝説上のマーピープルの女性だもんね。魔力が強すぎて涙が魔石になったとかいう。さすがに、ここの鍵には関係ないだろうけど」

 魔法に詳しいウルフが話を繋いだ。

 今でこそダンジョンは遺跡全般を指す言葉になっているが、昔は地下牢を指す言葉だった。ここもその類の場所だったかもしれない。

「お、底に着いたぞ。もっと深いかと思ったが、そうでもなかったな」

 カビ臭いドアを開いた先には、シュトライザー工房を一回り小さくした空間が広がっていた。

 控え室か何かだったのだろうか。部屋の隅に、ぼろぼろに腐り果てた木の机と椅子がいくつも積み上げられている。真正面には、錆の浮いた鉄扉がこちらを誘うように微かに口を開けていた。

 鉄扉の隙間から向こう側を覗くと、左右に伸びた廊下の両端にずらりと並んだ小部屋が見えた。どれも錆びた鉄棒が嵌っている。やはり地下牢だったらしい。

 水属性の石を建材にしているのだろう。湖の底にあるにも関わらず、水の侵入は見受けられなかった。

「右か左か……。鎧を安置している場所はわかるか?」
「それが記録には残ってなくて……。でも、そんなに広くないとは聞いてるにゃー」
「まあ、跡目争いを解消するために死んでは元も子もないしな。少し苦労する程度の難易度になってるんだろう。見る限り罠もなさそうだし」
「見ただけでわかるんですか?」
「地下牢に罠を張っても、看守が怪我をするだけだからな。落とし穴があったり、きちんとした手順を踏まないと矢が飛んできたりするのは、大体は宝物庫とか機密書類の保管庫だったところだよ」
「あっ、そうか」

 悪意を持って作られたのではない限り、ダンジョンは過去に生きていた人間たちの生活の場だ。そうそう罠が張られているわけがない。

「とはいえ、魔物は住み着いているだろうからな。気をつけて進むぞ」

 ドアを開いて真正面の壁に目印用の氷柱を打ち込み、リリアナの先導に従って先に進む。最初は右からだ。闇に包まれた牢屋の中に、骨が残っているのを見て嫌な気分になる。

「うう……。腐臭で鼻が曲がりそう……」
「頑張るにゃ、ウルフ。私のハンカチ使う?」

 差し出された花柄のハンカチで鼻を覆い、ウルフがくぐもった声でお礼を言う。ヒト種のアルティですらキツイと思うのだ。犬の獣人には耐えられない匂いだろう。

 こもる臭気に鼻が麻痺し出した頃、リリアナが打ち込んだ氷柱が見えてきた。最初の場所だ。右手には控え室がある。どうやら回廊になっているらしい。

 戦闘を覚悟していたが、魔物の姿も見えなかった。若干拍子抜けした気持ちで控え室のドアをくぐる。

「おかしいな。元の場所に戻ってきたぞ。鎧らしきものはあったか?」
「ううん、なかったにゃ。あったのは牢屋と骨ばっかり。地下に降りる階段も見当たらなかった」

 夜目が効く猫科の獣人が言うのだから間違いない。首を傾げる仲間たちと共にしばし思案にふける。そのとき、ふと違和感に気づき、積み上げられた机と椅子の残骸を指差した。

「あの……。ひょっとして、あの下に何かあるんじゃないですか?」

 牢屋の中に骨が残っているということは、移送する間もなくそのまま放棄したということだ。そんな中で悠長に机と椅子を片付けている余裕があるだろうか。

 そう説明すると、リリアナは積み上げられた机と椅子を撤去し始めた。手伝おうと近寄ったものの、手を出す間もなく石畳が剥き出しになる。

「確認してみるね。ちょっと静かにしてもらっていい?」

 四つん這いになったウルフが石畳に耳を当てる。そして、そのまま少し後ずさると、鼻を覆っていたハンカチをめくって匂いを嗅いだ。

「……この下、空洞になってるみたい。あと、微かだけど潮の匂いがするよ」
「当たりだな。さらに地下があるから浅く感じたのか」

 にやりと目を細めたリリアナが床に手をつき、アルティたちに下がるよう言った。

 このあとの展開は考えなくてもわかる。

 魔法で凍りついた石畳が粉々に砕け散り、下から梯子が現れた。その奥には真っ黒な闇が広がっている。顔を近づけると、ウルフの言う通り、微かに潮の香りが漂ってきた。

「なるほど、逃走用の通路だったわけだ」

 古びた梯子を降りた先には、大きな洞窟が広がっていた。
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