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第3部
10話 届いた手紙
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「ああ、やっぱり工房はいいなあ。魔機も工具もみんな揃ってるし、何よりじめじめしてない。金槌もどことなく喜んでいる気がしますよ」
「ものすごく実感がこもってるな」
満面の笑みで金槌を振るうアルティにリリアナが笑みを漏らす。その手にはサンドイッチが握られている。いつものごとく、ここで昼休憩をとっているのだ。有休中の仕事が溜まっているだろうに、大丈夫なのだろうか。
そう問うと、リリアナはアルティが淹れたコーヒーを啜りながら「問題ないよ」とこともなげに言った。
「ハンスと副連隊長のオイゲンが全て片付けてくれていた。優秀な部下を持つと楽でいいな。上司冥利に尽きるよ」
「人を率いる立場なんてろくなもんじゃないって言ってませんでした?」
リリアナは「そうだったか?」ととぼけると、腰のポーチから封筒を取り出した。真ん中にでかでかと『シュトライザ―工房気付、アルティ・ジャーノさま』と書かれている。
「ほら、ミーナたちから。今朝届いたばかりだぞ」
「なんでうちに来た郵便をリリアナさんが持ってるんですか?」
「エトナだよ。村に荷物を運んだときに渡されたんだってさ。ハンス経由で回ってきた」
「なんて贅沢な速達便……」
エトナたちは相変わらず元気に空を飛び回っているらしい。最近ではアルティの故郷にも立ち寄ることが増えたとか。ウルカナへの中継地点としてちょうどいいらしいが、相変わらず地図には載っていない。知る人ぞ知る秘境というやつだろうか。少し複雑だ。
彼女たちが運んだのは、おそらくダンジョンを整備するための物資だろう。後片付けをしているときに、今度は跡目争いを解消するために使うのではなく、名もなきマーピープルが確かに生きていた証として残したいとミーナが言っていたから。
金槌を置き、封筒を受け取る。ミーナが選んだのだろうか。隅に可愛らしい猫のイラストがあった。仕事を終えても客から手紙が届くというのは嬉しいものだ。
「何やってるんだ、アルティ。読まないのか?」
「いや、ペーパーナイフが見当たらなくて……」
大事な手紙は綺麗に開けたい。作業台の引き出しを探すアルティに、リリアナが自分の小剣を差し出す。見るからに業物だ。
「うわあ……。贅沢なペーパーナイフ……」
恐る恐る手を出すアルティに、リリアナがまた笑みを漏らす。
「贅沢といえば、本当によかったのか? あれだけあれば、しばらく経営に悩まされずに済むだろうに」
「いいんですよ。過ぎた報酬は身を滅ぼしますからね」
洞窟にあった金塊のことだ。ミーナたちからはぜひ持ち帰ってくれと言われたが、丁重にお断りした。マーピープルの遺産に手をつける気にはならなかったし、ゴールドスライムたちに申し訳ないと思ったからだ。
身勝手に捕まえられて好き放題利用されたスライムたちは、めっきが終わった頃には随分と小さくなっていた。ミーナたちの子孫が訪れる頃には、元の大きさに戻っているだろう。せっかく直した金めっきを食べるのはやめてほしいが。
眩い輝きを懐かしく思いながら、封筒を開けて手紙を広げる。文章はウルフが書いたらしい。思ったよりも几帳面な文字で、村の近況やアルティたちへの感謝が紙面いっぱいに書き連ねてあった。
あれから村はすっかりと落ち着き、兄たちは憑き物が落ちたように大人しくなったそうだ。そしてミーナは村人たちと協力しつつ、新米村長として日々頑張っているらしい。
「ウルフくんもワーグナー商会のウルカナ支部に就職が決まったようです。ダンジョンの整備が終わったら、ミーナさんと結婚するって」
「へえ! めでたいな! 闇魔法使いは引く手数多だもんな。立派な村長に、稼ぎ頭の婿か。これでアルテガ村も安泰だな」
「お兄さんたちと和解できてよかったですよね。結婚式に家族が不在じゃ寂しいし」
「まあ、元々仲はよかったって言ってたしな。うちと違って」
さらっと切ないことを言われ、なんとも言えない気持ちになる。苦虫を噛み潰したように唇を引き結ぶアルティを見て、リリアナが可笑しそうに肩を揺らす。
「そんな顔するな。長期戦だ、長期戦。婿を迎えるまでにはもう少し関係もよくなってるよ。アルティの実家で言っただろ? 最近はよく話しかけてくるって」
確かに言っていた。しかし、氷魔法の効率的な使い方や包囲戦の突破方法など、おおよそ親子の会話とは思えなかったが。
「アルティの家族たち、みんないい人たちだったな。あんなに楽しくて賑やかな食卓は初めてだったよ。お母さまの料理もすごく美味しかったし……。また会いたいな」
「いつでもどうぞ。みんな喜びますよ」
微笑みながら慎重に小剣を返す。えげつないくらいによく切れた。
「とてもペーパーナイフ代わりに使っていいものじゃないですよ、これ。ものすごい高級品ですよね?」
「道具は使ってこそだよ。金額なんて関係ない。役に立てばそれでいいんだ。あとは本人が気にいるかどうかだな」
「好みって関係あるんですか?」
「あるよ。やっぱり気に入ったのだと気合いが入るっていうか……。使い勝手が変わってくるからな」
そういうものなのか。素直に感心していると、剣を収めたリリアナが作業台に肘をついて身を乗り出した。
「あれもよかったじゃないか。湖畔に上がったときにミーナが持っていた槍。朝日を浴びて煌めいててさ。まるで騎士物語に出てくる武器みたいだったよ。アルティが作ったんだろ? よく間に合ったな」
「スライムの住処に転がっていたやつを手直ししただけですよ。研ぐ時間がなかったので、ほとんど使えません。いわばハリボテです。でも、富と権力の象徴が揃ってるなら、暴力の象徴も追加した方がいいかと思って」
「抑止力ってことか。確かにあれだけ揃ってたら、誰も逆らう気にはならないだろうな。あのときのミーナ、光の精霊みたいだったし。金の力は偉大だよ」
「ゴールドスライム製ですけどね」
権威と神秘性が薄れてはいけないと思ったので、村人たちには話していない。まさしく沈黙は金である。
「朝日を待っていたのも作戦なのか? 湖の中からずっと見てたよな。いつ上がってくるのかと思ってた」
「一番効果的なタイミングを狙いたかったんです。光魔法じゃ味気ないし、文字通り、スライムたちが身をすり減らして作ったものですから」
「確かに。一番の功労者はスライムたちだな」
大きく声を上げて笑うリリアナにつられてアルティも笑う。今日はよく笑う日だ。楽しそうな姿を見るだけで嬉しくなるのは、友情が深まっている証拠だろうか。
あの旅を経て、リリアナとはさらに気安く接するようになった。今ではレイやハンスを交えて仕事終わりに飲みに行くほどだ。
みんなの都合がつかないときは、たまに二人でも行く。よく食べるリリアナがいると、普段は躊躇する大盛りの店に挑戦できるので結構楽しい。
「そういえば、今日はお師匠さんはいないのか?」
サンドイッチを食べ終えたリリアナが工房を見渡す。
「朝から職人組合に出かけてますよ。森大鴉の一件の報告と……来月は闘技祭があるので、その打ち合わせです」
「ああ、そうか。もうそんな時期か」
闘技祭とは毎年十二月の中旬に行われる行事で、国軍兵士はもとより、近衛騎士や傭兵、探索者、魔法使い、果ては近所の腕自慢に至るまで王城に勢揃いし、各々の戦闘技術を競うものである。
元々は新米兵士に実践経験を積ませるために計画されたらしいが、今ではただのお祭りイベントになっている。
三日間かけて様々な種目の試合を行うので、屋台や出店がたくさん並ぶし、各地から観光客も集まってくる。市内で飲食店や商店を営むものたちはここで稼ぐだけ稼いで年末休みに突入していくのが恒例である。
日頃金槌を振るう職人たちも例外ではない。
試合でぼろぼろになった防具や武器を修理するための人足として、闘技祭の期間内は請われて王城内の工場に詰めるのだ。
雇い主は国とはいえ雀の涙ほどの報奨金しか出ないので、ほぼボランティアに等しいが、貴族たちや普段出会わない客たちと繋がりを持つことができるため、近所の職人連中は大体参加している。もちろんシュトライザー工房もだ。
「リリアナさんも出場されるんですよね?」
いつも工場にこもっているので知らなかったが、毎年出ていたらしい。
「まあな。今年は治安維持連隊でバトルロイヤルに出ることになりそうだ」
「バ、バトルロイヤル……」
バトルロイヤルとは闘技場に放り込まれた三人以上の個人やチームがしのぎを削りあう試合形式だ。勝敗は単純で、最後まで生き残ったものが勝ちとなる。チームで参加した場合は、仲間が一人でも生き残っていればいい。
他にも細かいルールはいくつかあるようだが、ラスタ王国では魔法や道具の使用も含め、基本的になんでもありだ。そのため毎年怪我人が続出している。
「父上も馬上槍試合に出ると言ってたな。わざわざ知らせてくるってことは応援してほしいんだろうか」
「どうでしょう……」
あのトリスタンがリリアナの応援で奮起する姿はまったく想像できなかったが、あえて言わずにおいた。
「アルティの家族たちは来ないのか?」
「年末前は兄たちの仕事が立て込みますからね。たぶん難しいと思います。旅費もかかるし……。大家族だと、首都に出てくるのも一苦労なんですよ」
「そうか……。残念だな。アルティが働いているところを見たら、ルフトさんも喜ぶだろうに。何たってジャーノ家一のすごい才能の持ち主だからな!」
何故か自慢げに胸を張るリリアナに「あの……」と切り出す。
「その、兄が言ってた俺のすごい才能ってなんですか?」
あれからずっと考えていたが皆目見当もつかない。リリアナはアルティをじっと見つめると、やがて優しい声で言った。
「どんな状況に置かれたって、諦めずにやり切る才能だよ。証明されただろ?」
胸に強い衝撃が走って、咄嗟に顔を伏せた。油断すると泣いてしまう。一度ならず二度までもリリアナに恥ずかしいところを見せたくはない。
(俺の、才能)
心の中で反芻するように呟く。才能なんて、ずっと無いと思っていた。自分には愚直に金槌を振るい続けることしかできないのだと。
正直なところ、今もピンときていない。長兄もリリアナも、やっぱり過大評価をしているだけという気もする。だけど――。
(大切にしよう)
信じてくれる人たちを、決して裏切らないように。
「ところで、もう一つ手紙があるんだが」
そう言って取り出したのは、実家からの封筒だった。今回は配達証明付きではないらしい。差出人のところに『ジャーノ家一同』と見慣れた字で書かれている。
「まさか、これもハンスさんから?」
「いや、店の前で郵便屋に渡されたんだ。あのやたらせっかちな鳥人だよ。エミィの依頼を受けたときに、ラッドの速達を持ってきた」
「ああ、あの……」
脳裏に黄緑色の帽子と肩掛けカバンを身につけた郵便屋の姿を思い浮かべる。エトナといい、鳥人も色々だ。
「読むだろ?」
確信めいた言い方に苦笑して封筒を開ける。また一行だけかと思いきや、中にはぎっしりと家族たちの近況が書き込まれていた。顔も見たことがない嫁たちからのコメントや、甥っ子たちの手形までつけられてある。
文字の暴力というか、一目見ただけで目眩がしそうなほど賑やかな手紙だ。
そう、まるであの食卓に座っているかのような。
「……リリアナさん」
手紙に顔を埋めて呟くアルティに、リリアナが「何だ?」と首を傾げる。
「今度、封筒と便箋買うの付き合ってくれます?」
一瞬の間をおいて、リリアナは嬉しそうに目を細めた。
「もちろんだ!」
その声は、湖に降り注ぐ朝日のように清々しかった。
「ものすごく実感がこもってるな」
満面の笑みで金槌を振るうアルティにリリアナが笑みを漏らす。その手にはサンドイッチが握られている。いつものごとく、ここで昼休憩をとっているのだ。有休中の仕事が溜まっているだろうに、大丈夫なのだろうか。
そう問うと、リリアナはアルティが淹れたコーヒーを啜りながら「問題ないよ」とこともなげに言った。
「ハンスと副連隊長のオイゲンが全て片付けてくれていた。優秀な部下を持つと楽でいいな。上司冥利に尽きるよ」
「人を率いる立場なんてろくなもんじゃないって言ってませんでした?」
リリアナは「そうだったか?」ととぼけると、腰のポーチから封筒を取り出した。真ん中にでかでかと『シュトライザ―工房気付、アルティ・ジャーノさま』と書かれている。
「ほら、ミーナたちから。今朝届いたばかりだぞ」
「なんでうちに来た郵便をリリアナさんが持ってるんですか?」
「エトナだよ。村に荷物を運んだときに渡されたんだってさ。ハンス経由で回ってきた」
「なんて贅沢な速達便……」
エトナたちは相変わらず元気に空を飛び回っているらしい。最近ではアルティの故郷にも立ち寄ることが増えたとか。ウルカナへの中継地点としてちょうどいいらしいが、相変わらず地図には載っていない。知る人ぞ知る秘境というやつだろうか。少し複雑だ。
彼女たちが運んだのは、おそらくダンジョンを整備するための物資だろう。後片付けをしているときに、今度は跡目争いを解消するために使うのではなく、名もなきマーピープルが確かに生きていた証として残したいとミーナが言っていたから。
金槌を置き、封筒を受け取る。ミーナが選んだのだろうか。隅に可愛らしい猫のイラストがあった。仕事を終えても客から手紙が届くというのは嬉しいものだ。
「何やってるんだ、アルティ。読まないのか?」
「いや、ペーパーナイフが見当たらなくて……」
大事な手紙は綺麗に開けたい。作業台の引き出しを探すアルティに、リリアナが自分の小剣を差し出す。見るからに業物だ。
「うわあ……。贅沢なペーパーナイフ……」
恐る恐る手を出すアルティに、リリアナがまた笑みを漏らす。
「贅沢といえば、本当によかったのか? あれだけあれば、しばらく経営に悩まされずに済むだろうに」
「いいんですよ。過ぎた報酬は身を滅ぼしますからね」
洞窟にあった金塊のことだ。ミーナたちからはぜひ持ち帰ってくれと言われたが、丁重にお断りした。マーピープルの遺産に手をつける気にはならなかったし、ゴールドスライムたちに申し訳ないと思ったからだ。
身勝手に捕まえられて好き放題利用されたスライムたちは、めっきが終わった頃には随分と小さくなっていた。ミーナたちの子孫が訪れる頃には、元の大きさに戻っているだろう。せっかく直した金めっきを食べるのはやめてほしいが。
眩い輝きを懐かしく思いながら、封筒を開けて手紙を広げる。文章はウルフが書いたらしい。思ったよりも几帳面な文字で、村の近況やアルティたちへの感謝が紙面いっぱいに書き連ねてあった。
あれから村はすっかりと落ち着き、兄たちは憑き物が落ちたように大人しくなったそうだ。そしてミーナは村人たちと協力しつつ、新米村長として日々頑張っているらしい。
「ウルフくんもワーグナー商会のウルカナ支部に就職が決まったようです。ダンジョンの整備が終わったら、ミーナさんと結婚するって」
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「お兄さんたちと和解できてよかったですよね。結婚式に家族が不在じゃ寂しいし」
「まあ、元々仲はよかったって言ってたしな。うちと違って」
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確かに言っていた。しかし、氷魔法の効率的な使い方や包囲戦の突破方法など、おおよそ親子の会話とは思えなかったが。
「アルティの家族たち、みんないい人たちだったな。あんなに楽しくて賑やかな食卓は初めてだったよ。お母さまの料理もすごく美味しかったし……。また会いたいな」
「いつでもどうぞ。みんな喜びますよ」
微笑みながら慎重に小剣を返す。えげつないくらいによく切れた。
「とてもペーパーナイフ代わりに使っていいものじゃないですよ、これ。ものすごい高級品ですよね?」
「道具は使ってこそだよ。金額なんて関係ない。役に立てばそれでいいんだ。あとは本人が気にいるかどうかだな」
「好みって関係あるんですか?」
「あるよ。やっぱり気に入ったのだと気合いが入るっていうか……。使い勝手が変わってくるからな」
そういうものなのか。素直に感心していると、剣を収めたリリアナが作業台に肘をついて身を乗り出した。
「あれもよかったじゃないか。湖畔に上がったときにミーナが持っていた槍。朝日を浴びて煌めいててさ。まるで騎士物語に出てくる武器みたいだったよ。アルティが作ったんだろ? よく間に合ったな」
「スライムの住処に転がっていたやつを手直ししただけですよ。研ぐ時間がなかったので、ほとんど使えません。いわばハリボテです。でも、富と権力の象徴が揃ってるなら、暴力の象徴も追加した方がいいかと思って」
「抑止力ってことか。確かにあれだけ揃ってたら、誰も逆らう気にはならないだろうな。あのときのミーナ、光の精霊みたいだったし。金の力は偉大だよ」
「ゴールドスライム製ですけどね」
権威と神秘性が薄れてはいけないと思ったので、村人たちには話していない。まさしく沈黙は金である。
「朝日を待っていたのも作戦なのか? 湖の中からずっと見てたよな。いつ上がってくるのかと思ってた」
「一番効果的なタイミングを狙いたかったんです。光魔法じゃ味気ないし、文字通り、スライムたちが身をすり減らして作ったものですから」
「確かに。一番の功労者はスライムたちだな」
大きく声を上げて笑うリリアナにつられてアルティも笑う。今日はよく笑う日だ。楽しそうな姿を見るだけで嬉しくなるのは、友情が深まっている証拠だろうか。
あの旅を経て、リリアナとはさらに気安く接するようになった。今ではレイやハンスを交えて仕事終わりに飲みに行くほどだ。
みんなの都合がつかないときは、たまに二人でも行く。よく食べるリリアナがいると、普段は躊躇する大盛りの店に挑戦できるので結構楽しい。
「そういえば、今日はお師匠さんはいないのか?」
サンドイッチを食べ終えたリリアナが工房を見渡す。
「朝から職人組合に出かけてますよ。森大鴉の一件の報告と……来月は闘技祭があるので、その打ち合わせです」
「ああ、そうか。もうそんな時期か」
闘技祭とは毎年十二月の中旬に行われる行事で、国軍兵士はもとより、近衛騎士や傭兵、探索者、魔法使い、果ては近所の腕自慢に至るまで王城に勢揃いし、各々の戦闘技術を競うものである。
元々は新米兵士に実践経験を積ませるために計画されたらしいが、今ではただのお祭りイベントになっている。
三日間かけて様々な種目の試合を行うので、屋台や出店がたくさん並ぶし、各地から観光客も集まってくる。市内で飲食店や商店を営むものたちはここで稼ぐだけ稼いで年末休みに突入していくのが恒例である。
日頃金槌を振るう職人たちも例外ではない。
試合でぼろぼろになった防具や武器を修理するための人足として、闘技祭の期間内は請われて王城内の工場に詰めるのだ。
雇い主は国とはいえ雀の涙ほどの報奨金しか出ないので、ほぼボランティアに等しいが、貴族たちや普段出会わない客たちと繋がりを持つことができるため、近所の職人連中は大体参加している。もちろんシュトライザー工房もだ。
「リリアナさんも出場されるんですよね?」
いつも工場にこもっているので知らなかったが、毎年出ていたらしい。
「まあな。今年は治安維持連隊でバトルロイヤルに出ることになりそうだ」
「バ、バトルロイヤル……」
バトルロイヤルとは闘技場に放り込まれた三人以上の個人やチームがしのぎを削りあう試合形式だ。勝敗は単純で、最後まで生き残ったものが勝ちとなる。チームで参加した場合は、仲間が一人でも生き残っていればいい。
他にも細かいルールはいくつかあるようだが、ラスタ王国では魔法や道具の使用も含め、基本的になんでもありだ。そのため毎年怪我人が続出している。
「父上も馬上槍試合に出ると言ってたな。わざわざ知らせてくるってことは応援してほしいんだろうか」
「どうでしょう……」
あのトリスタンがリリアナの応援で奮起する姿はまったく想像できなかったが、あえて言わずにおいた。
「アルティの家族たちは来ないのか?」
「年末前は兄たちの仕事が立て込みますからね。たぶん難しいと思います。旅費もかかるし……。大家族だと、首都に出てくるのも一苦労なんですよ」
「そうか……。残念だな。アルティが働いているところを見たら、ルフトさんも喜ぶだろうに。何たってジャーノ家一のすごい才能の持ち主だからな!」
何故か自慢げに胸を張るリリアナに「あの……」と切り出す。
「その、兄が言ってた俺のすごい才能ってなんですか?」
あれからずっと考えていたが皆目見当もつかない。リリアナはアルティをじっと見つめると、やがて優しい声で言った。
「どんな状況に置かれたって、諦めずにやり切る才能だよ。証明されただろ?」
胸に強い衝撃が走って、咄嗟に顔を伏せた。油断すると泣いてしまう。一度ならず二度までもリリアナに恥ずかしいところを見せたくはない。
(俺の、才能)
心の中で反芻するように呟く。才能なんて、ずっと無いと思っていた。自分には愚直に金槌を振るい続けることしかできないのだと。
正直なところ、今もピンときていない。長兄もリリアナも、やっぱり過大評価をしているだけという気もする。だけど――。
(大切にしよう)
信じてくれる人たちを、決して裏切らないように。
「ところで、もう一つ手紙があるんだが」
そう言って取り出したのは、実家からの封筒だった。今回は配達証明付きではないらしい。差出人のところに『ジャーノ家一同』と見慣れた字で書かれている。
「まさか、これもハンスさんから?」
「いや、店の前で郵便屋に渡されたんだ。あのやたらせっかちな鳥人だよ。エミィの依頼を受けたときに、ラッドの速達を持ってきた」
「ああ、あの……」
脳裏に黄緑色の帽子と肩掛けカバンを身につけた郵便屋の姿を思い浮かべる。エトナといい、鳥人も色々だ。
「読むだろ?」
確信めいた言い方に苦笑して封筒を開ける。また一行だけかと思いきや、中にはぎっしりと家族たちの近況が書き込まれていた。顔も見たことがない嫁たちからのコメントや、甥っ子たちの手形までつけられてある。
文字の暴力というか、一目見ただけで目眩がしそうなほど賑やかな手紙だ。
そう、まるであの食卓に座っているかのような。
「……リリアナさん」
手紙に顔を埋めて呟くアルティに、リリアナが「何だ?」と首を傾げる。
「今度、封筒と便箋買うの付き合ってくれます?」
一瞬の間をおいて、リリアナは嬉しそうに目を細めた。
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その声は、湖に降り注ぐ朝日のように清々しかった。
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