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第3部
閑話 暗闇の中の灯火
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「……ト、おい……ルフト!」
ハッと顔を上げると、双子の弟が自分とそっくりな顔でこちらを見つめていた。
後ろで一つに括った赤茶色の髪が秋の風に揺れている。周りには誰もいない。同業者たちはすでに引き上げたらしい。さっきまでコバルトブルーだった空は、いつの間にか綺麗な茜色に染まっていた。
集中すると周りが見えなくなるのはルフトの悪い癖だ。弟妹たちからはよく「ワーカーホリックの化身」だと揶揄われる。目の前の弟も呆れた表情を隠そうとせず、「もう帰ろうぜ」と散らばった工具を片付け始めた。
「ごめんね。つい没頭しちゃって。年を越す前に、どうしても仕上げたくてさ」
視線の先には建てかけの家がある。婿入りする新郎のために、新婦が依頼した離れだ。正式に結婚するのは湖のダンジョンとやらを整備し終えてからだそうだが、年末年始は新しい家で過ごしてほしいと思うのは人間として当然の感情だった。
「それはわかるけどさ。あんまり無茶すんなよ。倒れちまったら元も子もないぜ」
「肝に銘じとくよ」
苦笑しながら金槌を拾う。祖父が使っていた年代物で、握るとしっくりと手に馴染む。いい道具の証拠だ。
そこでふと、自分とよく似た煉瓦色の瞳を思い出した。
仕事で我を忘れるのはルフトだけではない。五歳下の弟――アルティもそうだった。
「そういやさ、もうすぐ闘技祭だよな。アルティもこれから忙しくなるだろうな」
心を読んだように、弟がアルティの話題を口にした。
ジャーノ家は代々職人の家系だ。アクシス領主付きの服裁師だった祖母や、三つ星レストランの料理人だった母親は言わずもがな、祖父も父親もそれなりに名の通った大工で、ルフトたちも十歳で初等学校を卒業したあと、同じ世界に足を踏み入れた。
年子の妹たちも、アルティも、そして末っ子たちも、それぞれ手に職を持っている。挙句に嫁たちまで服裁師と狩人とは中々堂に入っている。
今でこそ旅行する余裕もできたが、子供の頃は本当に貧乏だった。お人好しの祖父や父親が利益を無視して仕事を引き受けてくるせいもあったが、ひとえに子沢山だからだ。
ルフトは七兄弟の長男として生まれた。といっても双子が三組いるので、感覚的には四兄弟に近い。その中でも一人だけ片割れを持たずに生まれたアルティは、ルフトにとって特別な存在だった。
誰よりもまっすぐな瞳をして、誰よりもひたむきな弟。職人の家に生まれた子供らしく、ものづくりに夢中で、放っておくといつまでも金槌を振るっては、よく母親に呆れられていた。
それに拍車がかかったのはルフトたちが大工になって数年経った頃だ。一日中まとわりついては、仕事を教えてくれとねだるようになった。
「お前にはまだ早いよ」
何度そう言ってもアルティは諦めなかった。だから少し意地悪をした。
「そんなに言うなら一人で何か作ってみな。そうだな……玄関に置くベンチなんてどう? もちろん、ちゃんと商品として売れるレベルじゃないと駄目だよ。職人は売れるものを作って初めて職人なんだから。それができたら教えてあげるよ」
ベンチと一口で言っても、材料の切り出しから磨きや塗装に至るまで、数え切れないほどの工程がある。十歳にも満たない子供には到底無理だ。ここまで言えば、さすがのアルティも諦めるだろう。そんな軽い気持ちだった。
しかし、その予想はすぐに覆された。
「ねえ、ルフト兄! ちょっと庭に来てよ!」
腕を引かれて連れられた先には、立派なベンチが出来上がっていた。
座ってもガタつかず、塗装まで綺麗に仕上げてある。まだ力が弱いためか、磨きにはところどころ稚拙な部分は見受けられたが、売りものとしては及第点だった。
内心の動揺を隠して「どうやって作ったの」と問うルフトに、弟は満足げな笑みを浮かべて、「できるまで作った!」と庭の隅を指差した。
何度も試行錯誤を繰り返したのだろう。そこには、徐々に洗練されていくベンチの試作品が山積みになっていた。
それを目にした瞬間、弟は職人として大事なものをすでに持っているのだと悟った。
そう感じていたのはルフトだけではなかった。
「あの子すごいわ。この色見本、全部覚えちゃった。絶対無理だと思ったのに」
年子の妹が食卓に色とりどりの布片を広げる。ざっと見ても百枚はくだらない。アルティから染色を教えてくれとねだられたので、これを全部覚えられたらねと言って渡したらしい。
「明日から仕事を手伝ってもらうことにしたわ。これからどんな道に進むかわからないけど、無駄にはならないでしょ」
もう疑いようもなかった。アルティには家族の誰よりも才能がある。
いてもたってもいられなくなり、首都で修行させるべきだと両親を説得した。こんな田舎に縛り付けておくのはもったいない。あの子はもっとやれる子だと。
両親は子供を手放すことを最後まで渋っていたが、ルフトの熱意に負けた祖父が、なけなしのコネを使ってクリフという老人に渡りをつけた。
デュラハンの鎧兜の製作を請け負う、国一番の腕だと名高い職人だ。あまりの厳しさに弟子が全員逃げ出したという話を聞いて一抹の不安を覚えたが、アルティなら絶対大丈夫だと自分を納得させた。
試しに会わせてみたところ、向こうもアルティを気に入ったらしく、話はトントン拍子に進み、あっという間に首都に旅立つ日が来た。
あいにくその日はみんな仕事や学校があって、見送れるのはルフトだけだった。普段の喧騒が嘘のように静まり返った玄関先で、村に馬車を借りに行く両親たちの背中を見ていたアルティが、ぽつりと呟いた。
「俺、もうこの家に必要ないの?」
それは何事においても我慢強い弟が、たった一度だけ漏らした弱音だった。
違うんだ。お前の才能を伸ばしたいからだ、と言うべきだったのかもしれない。
けれど、できなかった。
もし言ってしまったら、村を離れられなくなるような気がして。
何も言えずにいる不甲斐ない兄に何を思ったのだろう。両親が戻ってきたのを機に、アルティは「ティーディーたちを頼むね」と笑みを浮かべ、そのまま村を去っていった。
初めて手紙を書いたのは、それからしばらくしてのことだ。
クリフは弟子の様子を逐一報告してくれるようなタイプではなかったし、地図にも載らないど田舎にはなかなか首都の様子は伝わってこない。もしものことを考えて、配達証明もつけた。
七年経っても、手紙は一通も返ってない。最初は書いていた近況もすぐに書かなくなった。それでも送ることはやめなかった。生死を確認したかったのはもちろんだが、もし封筒を開くときは、自分の進む道に迷ったときだと思ったから。
(返事より先に、本人と会えるとはね)
不可抗力だったといえども、家に顔を出してくれたのは本当に嬉しかった。立派な鎧兜を着たデュラハンと並ぶ弟は、一回りも二回りも大きくなっていた。
「おい、ルフト。また、ぼうっとして。ミーナさんが様子を見に来てくれたぞ」
顔を上げると、依頼人である獣人のミーナが手に水筒を持って立っていた。アルティに頼まれて荷台を直しに行った縁で今回の仕事をくれたのだ。
「遅くまでありがとうございますにゃ。温かいお茶を持ってきたので、飲んでくださいにゃ。ご飯ももうすぐできるから、キリがいいところで引き上げてきてにゃー」
「ありがとうございます。片付けが終わったらすぐに戻ります」
離れが建つまでの間、ミーナの家に厄介になっているのはルフトたちだけだ。他の同業者たちは近隣に住んでいるので、通いで来ている。
温かい紅茶を口に含んで、ほっと息をつく。
ミーナの家に伝わるという黄金の鎧はとても見事だった。そして、リヒトシュタイン家のお嬢さまの兜も。
アルティは何も言わなかったが、一目で分かった。弟が作るものを誰よりも近くで見てきたのだから。首都に奉公に出すと決まったあの日、アルティを信じたルフトの目に狂いはなかったのだ。
しかしその反面、ほんの少し嫉妬が芽生えたのは内緒にしておこう。
「ただいまー! ああ、今日もよく働いたわ!」
顔を染料で汚した年子の妹が家に帰ってきた。双子のうち特に騒がしい方だ。妹は一つに結んでいた長い赤茶色の髪を解くと、食卓にいるルフトに気づいて目を丸くした。
「あれ、ルフト兄。仕事は終わったの?」
「うん、おかえり。無事に完成したよ。すごく喜んでもらえた」
「えー! 早いじゃない。年越しにはまだまだあるでしょ。随分気合い入れたのねえ」
妹は椅子に座ると、食卓に肘をついて身を乗り出した。
「じゃあさ、来月の闘技祭に行かない? アルティの様子を見に行こうよ」
「他にも仕事があるからなあ。それに闘技祭の最中って、首都の職人はめちゃくちゃ忙しいだろ。会う暇なんてないって。邪魔しちゃ駄目だよ」
優しく諭すと、妹は頬を膨らませた。もういい大人だというのに、子供の頃とちっとも変わらない。
「ずるいわよ。兄さんたちやティーディーばっかりアルティと会って! 私も会いたかったのに!」
「旅行中だったんだから仕方ないでしょ。年が明けたら会いに行こうよ。新年祭の間はアルティも休みだろうし」
ね、と宥めてようやく妹は引き下がった。「絶対だからね」と念押ししたあと、ルフトが持っている紙に目を走らせて首を傾げる。
「そういえば、何読んでるの? 手紙? すごい可愛らしい便箋ね。金の箔押しにレース柄なんてこの辺じゃ見ないわよ。お客さんのお嬢さんか誰かからもらったの?」
「これ?」
手紙を掲げてにこりと微笑む。
「アルティからの手紙」
声もなく目を丸くする妹に手紙を渡す。一瞬の間のあと、「やだー!」「ウソー!」と甲高い声が上がった。
アルティは気づいているだろうか。食卓にはまだ人数分の椅子があることに。
もっと頼ってくれとか、寂しいだとか、今さらそんなことは言わない。前も後ろも見えない暗闇の中でも、そっと寄り添う灯火でいられればそれでいい。
「また返事書かなきゃね」
弟が自分の信じる道をまっすぐに進むことを願って。
ハッと顔を上げると、双子の弟が自分とそっくりな顔でこちらを見つめていた。
後ろで一つに括った赤茶色の髪が秋の風に揺れている。周りには誰もいない。同業者たちはすでに引き上げたらしい。さっきまでコバルトブルーだった空は、いつの間にか綺麗な茜色に染まっていた。
集中すると周りが見えなくなるのはルフトの悪い癖だ。弟妹たちからはよく「ワーカーホリックの化身」だと揶揄われる。目の前の弟も呆れた表情を隠そうとせず、「もう帰ろうぜ」と散らばった工具を片付け始めた。
「ごめんね。つい没頭しちゃって。年を越す前に、どうしても仕上げたくてさ」
視線の先には建てかけの家がある。婿入りする新郎のために、新婦が依頼した離れだ。正式に結婚するのは湖のダンジョンとやらを整備し終えてからだそうだが、年末年始は新しい家で過ごしてほしいと思うのは人間として当然の感情だった。
「それはわかるけどさ。あんまり無茶すんなよ。倒れちまったら元も子もないぜ」
「肝に銘じとくよ」
苦笑しながら金槌を拾う。祖父が使っていた年代物で、握るとしっくりと手に馴染む。いい道具の証拠だ。
そこでふと、自分とよく似た煉瓦色の瞳を思い出した。
仕事で我を忘れるのはルフトだけではない。五歳下の弟――アルティもそうだった。
「そういやさ、もうすぐ闘技祭だよな。アルティもこれから忙しくなるだろうな」
心を読んだように、弟がアルティの話題を口にした。
ジャーノ家は代々職人の家系だ。アクシス領主付きの服裁師だった祖母や、三つ星レストランの料理人だった母親は言わずもがな、祖父も父親もそれなりに名の通った大工で、ルフトたちも十歳で初等学校を卒業したあと、同じ世界に足を踏み入れた。
年子の妹たちも、アルティも、そして末っ子たちも、それぞれ手に職を持っている。挙句に嫁たちまで服裁師と狩人とは中々堂に入っている。
今でこそ旅行する余裕もできたが、子供の頃は本当に貧乏だった。お人好しの祖父や父親が利益を無視して仕事を引き受けてくるせいもあったが、ひとえに子沢山だからだ。
ルフトは七兄弟の長男として生まれた。といっても双子が三組いるので、感覚的には四兄弟に近い。その中でも一人だけ片割れを持たずに生まれたアルティは、ルフトにとって特別な存在だった。
誰よりもまっすぐな瞳をして、誰よりもひたむきな弟。職人の家に生まれた子供らしく、ものづくりに夢中で、放っておくといつまでも金槌を振るっては、よく母親に呆れられていた。
それに拍車がかかったのはルフトたちが大工になって数年経った頃だ。一日中まとわりついては、仕事を教えてくれとねだるようになった。
「お前にはまだ早いよ」
何度そう言ってもアルティは諦めなかった。だから少し意地悪をした。
「そんなに言うなら一人で何か作ってみな。そうだな……玄関に置くベンチなんてどう? もちろん、ちゃんと商品として売れるレベルじゃないと駄目だよ。職人は売れるものを作って初めて職人なんだから。それができたら教えてあげるよ」
ベンチと一口で言っても、材料の切り出しから磨きや塗装に至るまで、数え切れないほどの工程がある。十歳にも満たない子供には到底無理だ。ここまで言えば、さすがのアルティも諦めるだろう。そんな軽い気持ちだった。
しかし、その予想はすぐに覆された。
「ねえ、ルフト兄! ちょっと庭に来てよ!」
腕を引かれて連れられた先には、立派なベンチが出来上がっていた。
座ってもガタつかず、塗装まで綺麗に仕上げてある。まだ力が弱いためか、磨きにはところどころ稚拙な部分は見受けられたが、売りものとしては及第点だった。
内心の動揺を隠して「どうやって作ったの」と問うルフトに、弟は満足げな笑みを浮かべて、「できるまで作った!」と庭の隅を指差した。
何度も試行錯誤を繰り返したのだろう。そこには、徐々に洗練されていくベンチの試作品が山積みになっていた。
それを目にした瞬間、弟は職人として大事なものをすでに持っているのだと悟った。
そう感じていたのはルフトだけではなかった。
「あの子すごいわ。この色見本、全部覚えちゃった。絶対無理だと思ったのに」
年子の妹が食卓に色とりどりの布片を広げる。ざっと見ても百枚はくだらない。アルティから染色を教えてくれとねだられたので、これを全部覚えられたらねと言って渡したらしい。
「明日から仕事を手伝ってもらうことにしたわ。これからどんな道に進むかわからないけど、無駄にはならないでしょ」
もう疑いようもなかった。アルティには家族の誰よりも才能がある。
いてもたってもいられなくなり、首都で修行させるべきだと両親を説得した。こんな田舎に縛り付けておくのはもったいない。あの子はもっとやれる子だと。
両親は子供を手放すことを最後まで渋っていたが、ルフトの熱意に負けた祖父が、なけなしのコネを使ってクリフという老人に渡りをつけた。
デュラハンの鎧兜の製作を請け負う、国一番の腕だと名高い職人だ。あまりの厳しさに弟子が全員逃げ出したという話を聞いて一抹の不安を覚えたが、アルティなら絶対大丈夫だと自分を納得させた。
試しに会わせてみたところ、向こうもアルティを気に入ったらしく、話はトントン拍子に進み、あっという間に首都に旅立つ日が来た。
あいにくその日はみんな仕事や学校があって、見送れるのはルフトだけだった。普段の喧騒が嘘のように静まり返った玄関先で、村に馬車を借りに行く両親たちの背中を見ていたアルティが、ぽつりと呟いた。
「俺、もうこの家に必要ないの?」
それは何事においても我慢強い弟が、たった一度だけ漏らした弱音だった。
違うんだ。お前の才能を伸ばしたいからだ、と言うべきだったのかもしれない。
けれど、できなかった。
もし言ってしまったら、村を離れられなくなるような気がして。
何も言えずにいる不甲斐ない兄に何を思ったのだろう。両親が戻ってきたのを機に、アルティは「ティーディーたちを頼むね」と笑みを浮かべ、そのまま村を去っていった。
初めて手紙を書いたのは、それからしばらくしてのことだ。
クリフは弟子の様子を逐一報告してくれるようなタイプではなかったし、地図にも載らないど田舎にはなかなか首都の様子は伝わってこない。もしものことを考えて、配達証明もつけた。
七年経っても、手紙は一通も返ってない。最初は書いていた近況もすぐに書かなくなった。それでも送ることはやめなかった。生死を確認したかったのはもちろんだが、もし封筒を開くときは、自分の進む道に迷ったときだと思ったから。
(返事より先に、本人と会えるとはね)
不可抗力だったといえども、家に顔を出してくれたのは本当に嬉しかった。立派な鎧兜を着たデュラハンと並ぶ弟は、一回りも二回りも大きくなっていた。
「おい、ルフト。また、ぼうっとして。ミーナさんが様子を見に来てくれたぞ」
顔を上げると、依頼人である獣人のミーナが手に水筒を持って立っていた。アルティに頼まれて荷台を直しに行った縁で今回の仕事をくれたのだ。
「遅くまでありがとうございますにゃ。温かいお茶を持ってきたので、飲んでくださいにゃ。ご飯ももうすぐできるから、キリがいいところで引き上げてきてにゃー」
「ありがとうございます。片付けが終わったらすぐに戻ります」
離れが建つまでの間、ミーナの家に厄介になっているのはルフトたちだけだ。他の同業者たちは近隣に住んでいるので、通いで来ている。
温かい紅茶を口に含んで、ほっと息をつく。
ミーナの家に伝わるという黄金の鎧はとても見事だった。そして、リヒトシュタイン家のお嬢さまの兜も。
アルティは何も言わなかったが、一目で分かった。弟が作るものを誰よりも近くで見てきたのだから。首都に奉公に出すと決まったあの日、アルティを信じたルフトの目に狂いはなかったのだ。
しかしその反面、ほんの少し嫉妬が芽生えたのは内緒にしておこう。
「ただいまー! ああ、今日もよく働いたわ!」
顔を染料で汚した年子の妹が家に帰ってきた。双子のうち特に騒がしい方だ。妹は一つに結んでいた長い赤茶色の髪を解くと、食卓にいるルフトに気づいて目を丸くした。
「あれ、ルフト兄。仕事は終わったの?」
「うん、おかえり。無事に完成したよ。すごく喜んでもらえた」
「えー! 早いじゃない。年越しにはまだまだあるでしょ。随分気合い入れたのねえ」
妹は椅子に座ると、食卓に肘をついて身を乗り出した。
「じゃあさ、来月の闘技祭に行かない? アルティの様子を見に行こうよ」
「他にも仕事があるからなあ。それに闘技祭の最中って、首都の職人はめちゃくちゃ忙しいだろ。会う暇なんてないって。邪魔しちゃ駄目だよ」
優しく諭すと、妹は頬を膨らませた。もういい大人だというのに、子供の頃とちっとも変わらない。
「ずるいわよ。兄さんたちやティーディーばっかりアルティと会って! 私も会いたかったのに!」
「旅行中だったんだから仕方ないでしょ。年が明けたら会いに行こうよ。新年祭の間はアルティも休みだろうし」
ね、と宥めてようやく妹は引き下がった。「絶対だからね」と念押ししたあと、ルフトが持っている紙に目を走らせて首を傾げる。
「そういえば、何読んでるの? 手紙? すごい可愛らしい便箋ね。金の箔押しにレース柄なんてこの辺じゃ見ないわよ。お客さんのお嬢さんか誰かからもらったの?」
「これ?」
手紙を掲げてにこりと微笑む。
「アルティからの手紙」
声もなく目を丸くする妹に手紙を渡す。一瞬の間のあと、「やだー!」「ウソー!」と甲高い声が上がった。
アルティは気づいているだろうか。食卓にはまだ人数分の椅子があることに。
もっと頼ってくれとか、寂しいだとか、今さらそんなことは言わない。前も後ろも見えない暗闇の中でも、そっと寄り添う灯火でいられればそれでいい。
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