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1章 電撃結婚の真実
第3話 奇想天外なお話
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真琴は確かにあびこ観音で良縁を祈願した。だがそれは母親の手前という側面が大きい。
割烹でのお仕事を続け、一人前の料理人になって、自分のお店を持つが真琴の夢であり目標である。そのために結婚や恋愛に現を抜かす余裕が無いのが本音である。
母親の善意の押し付けは誠にとっては余計なお世話であり、面倒なものなのである。
それでも実の母親の思いを邪険にできない子ども心というものがあり、それゆえの行動なのだった。良縁は本心では無い。結婚願望も無いのである。
だが問題は、どうしてこの雅玖さまとやらが、真琴が願った内容を知っているのかと言うことだ。
神仏に手を合わす時、真琴はその内容を声には出さない。例え出していたとしても、境内にこの人はいなかったはずだ。参拝客はそう多く無かったし、そんな中でこんな美青年がいたら目立っていただろう。
「なんで……」
驚きつつ呟くと、雅玖さまとやらはにっこりと微笑む。
「私たちは、あびこ観音さまのご加護を受けていますから。観音さまで良縁を願った素敵な人間の女性を、ここに導いてくださる様にお願いしていたのです」
「ご加護?」
また耳慣れない言葉が出てきて、真琴は面食らう。
「はい。驚かれるかも知れませんが、ここはあやかし専門の結婚相談所で、入り口こそ人間世界に出現しますが、中は異世界と言いますか、かくりよになるんですよ」
異世界、かくりよ。今度は漫画や小説などの物語でしか聞かない様な言葉が出てきて、真琴はますます混乱する。
頭は物理的に重いしわけの分からないことを言われるしで、もうどうしたら良いのか。真琴が唖然とすると、雅玖さまとやらはまたゆったりと目を細める。
「私たちは皆、あやかしなのです」
ここで真琴は現実逃避をする様に、意識を手放した。
急激に覚醒すると、開いた目に飛び込んで来たのは木目がはっきりした天井と、真上に吊り下げられている和風の照明だった。灯りが付いていたので、その眩しさでとっさに目を閉じる。
どうにか目が慣れてきたのでむくりと上半身を起こす。するとさっき起こったことが思い出されて、もしかしたらあれは夢だったのだろうかと考える。
しかし今いるのは見覚えの無い部屋だったし、何より真琴が今身に着けているのは肌襦袢である。あの時わけが分からぬままに着付けられたものだ。
そうか、あれは現実やったか。そこは観念するしか無い。しかし雅玖さまとやらのせりふはにわかに信じがたい。異世界、かくりよ、そしてあやかし。それは現実には無いもののはずである。
それにしても、ここはどこだろうか。真琴はきょろきょろと視線を巡らす。部屋の広さは6畳ほどだろうか。畳敷きの上にふかふかの布団が敷かれ、真琴はそこに横たわっていた。
室外への仕切りは障子の開き戸で、真っ白な障子紙がしわひとつ無くぴんと貼られている。その向こうがうっすら透けているのだが、何があるのかまでは分からない。
さて、目覚めたのは良いものの、これからどうしよう。部屋の外に出てみようか。しかしいくら屋内とは言え、肌着とも言えるこんな格好で歩き回っても良いものか。
するとその時、障子が音を立てた。とっさに見ると、向こうに人影が見える。
「花嫁さまー、お起きになられましたかー?」
「は、はい」
その呼び掛けは、真琴の記憶を裏付けるものだった。やはりさっきのことは本当にあったことなのだと、あらためて思い知らされる。
静かに障子が開いた。両膝を板の床に着く格好でそこにいたのは、着付けの時におばさまと一緒に真琴の世話を焼いてくれていた若い女性である。
ということはここは、結婚相談所の中の、また違う部屋なのだろう。
「ご気分はいかがですかー?」
邪気の無い笑顔で問われ、真琴は「あ、はい」と口を開く。
「大丈夫です」
頭はしっかりしている。気分が悪かったりめまいがしたりといったことも無い。
「それなら良かったですー。雅玖さまをお連れしてもええですかー?」
「あ、は、はい」
思わずそう応えてしまったが、また不可思議なことを言われてしまうのでは無いだろうかと身構える。しかしそれが事実であってもそうで無くても、いや、本当のことなら、なおさら結婚なんてとんでも無い。あやかしと結婚? できるわけ無いでは無いか。
女性は「失礼しますねー」と室内に入って来ると、真琴の肩に羽織を掛けてくれた。
「すぐに呼んで来ますから、お待ちくださいねー」
女性ははきはきとそう言いながら、打って変わって静かな所作で部屋を出て障子をそっと閉めた。
またひとりになった真琴は、さて、雅玖さまとやらとどう対峙しようかと考えを巡らす。まずは、結婚するつもりは無いことを、しっかりと伝えねばなるまい。それは相手が人間であろうとあやかしであろうと同じことだ。
真琴は夢を叶えたい。そのためには寄り道をしている余裕など無いのである。
「お待たせしましたー」
障子越しにさっきの女性の声がする。人影はふたり分。
「はい、どうぞ」
真琴が固い声で返事をすると、そろりと開かれた障子の向こうに、先ほどの様に両膝を着いた女性と、その横に立っていたのは雅玖さまとやらだった。黒紋付羽織袴から初対面の時の藍色の着物に着替えている。
真琴はまだ布団の上で上半身を起こした格好のままである。羽織を羽織らせてもらったとはいえ、何だか心もとない。いそいそと羽織の胸元を手繰り寄せた。
女性は一礼して、この場を去って行く。雅玖さまとやらは部屋の中に入って来ると、真琴の傍らに腰を降ろして正座をした。
「この度は、驚かせてしまい、申し訳ありません」
雅玖さまとやらは、真琴に向かって深々と頭を下げた。その姿に真琴はぎょっとしてしまい、慌てて「顔を上げてください」と声を掛ける。
「では、私と結婚してくれますか?」
「いえ、それはできません」
真琴が何度目かの拒絶を示すと、雅玖さまとやらはまたしょんぼりとしょげてしまった。
割烹でのお仕事を続け、一人前の料理人になって、自分のお店を持つが真琴の夢であり目標である。そのために結婚や恋愛に現を抜かす余裕が無いのが本音である。
母親の善意の押し付けは誠にとっては余計なお世話であり、面倒なものなのである。
それでも実の母親の思いを邪険にできない子ども心というものがあり、それゆえの行動なのだった。良縁は本心では無い。結婚願望も無いのである。
だが問題は、どうしてこの雅玖さまとやらが、真琴が願った内容を知っているのかと言うことだ。
神仏に手を合わす時、真琴はその内容を声には出さない。例え出していたとしても、境内にこの人はいなかったはずだ。参拝客はそう多く無かったし、そんな中でこんな美青年がいたら目立っていただろう。
「なんで……」
驚きつつ呟くと、雅玖さまとやらはにっこりと微笑む。
「私たちは、あびこ観音さまのご加護を受けていますから。観音さまで良縁を願った素敵な人間の女性を、ここに導いてくださる様にお願いしていたのです」
「ご加護?」
また耳慣れない言葉が出てきて、真琴は面食らう。
「はい。驚かれるかも知れませんが、ここはあやかし専門の結婚相談所で、入り口こそ人間世界に出現しますが、中は異世界と言いますか、かくりよになるんですよ」
異世界、かくりよ。今度は漫画や小説などの物語でしか聞かない様な言葉が出てきて、真琴はますます混乱する。
頭は物理的に重いしわけの分からないことを言われるしで、もうどうしたら良いのか。真琴が唖然とすると、雅玖さまとやらはまたゆったりと目を細める。
「私たちは皆、あやかしなのです」
ここで真琴は現実逃避をする様に、意識を手放した。
急激に覚醒すると、開いた目に飛び込んで来たのは木目がはっきりした天井と、真上に吊り下げられている和風の照明だった。灯りが付いていたので、その眩しさでとっさに目を閉じる。
どうにか目が慣れてきたのでむくりと上半身を起こす。するとさっき起こったことが思い出されて、もしかしたらあれは夢だったのだろうかと考える。
しかし今いるのは見覚えの無い部屋だったし、何より真琴が今身に着けているのは肌襦袢である。あの時わけが分からぬままに着付けられたものだ。
そうか、あれは現実やったか。そこは観念するしか無い。しかし雅玖さまとやらのせりふはにわかに信じがたい。異世界、かくりよ、そしてあやかし。それは現実には無いもののはずである。
それにしても、ここはどこだろうか。真琴はきょろきょろと視線を巡らす。部屋の広さは6畳ほどだろうか。畳敷きの上にふかふかの布団が敷かれ、真琴はそこに横たわっていた。
室外への仕切りは障子の開き戸で、真っ白な障子紙がしわひとつ無くぴんと貼られている。その向こうがうっすら透けているのだが、何があるのかまでは分からない。
さて、目覚めたのは良いものの、これからどうしよう。部屋の外に出てみようか。しかしいくら屋内とは言え、肌着とも言えるこんな格好で歩き回っても良いものか。
するとその時、障子が音を立てた。とっさに見ると、向こうに人影が見える。
「花嫁さまー、お起きになられましたかー?」
「は、はい」
その呼び掛けは、真琴の記憶を裏付けるものだった。やはりさっきのことは本当にあったことなのだと、あらためて思い知らされる。
静かに障子が開いた。両膝を板の床に着く格好でそこにいたのは、着付けの時におばさまと一緒に真琴の世話を焼いてくれていた若い女性である。
ということはここは、結婚相談所の中の、また違う部屋なのだろう。
「ご気分はいかがですかー?」
邪気の無い笑顔で問われ、真琴は「あ、はい」と口を開く。
「大丈夫です」
頭はしっかりしている。気分が悪かったりめまいがしたりといったことも無い。
「それなら良かったですー。雅玖さまをお連れしてもええですかー?」
「あ、は、はい」
思わずそう応えてしまったが、また不可思議なことを言われてしまうのでは無いだろうかと身構える。しかしそれが事実であってもそうで無くても、いや、本当のことなら、なおさら結婚なんてとんでも無い。あやかしと結婚? できるわけ無いでは無いか。
女性は「失礼しますねー」と室内に入って来ると、真琴の肩に羽織を掛けてくれた。
「すぐに呼んで来ますから、お待ちくださいねー」
女性ははきはきとそう言いながら、打って変わって静かな所作で部屋を出て障子をそっと閉めた。
またひとりになった真琴は、さて、雅玖さまとやらとどう対峙しようかと考えを巡らす。まずは、結婚するつもりは無いことを、しっかりと伝えねばなるまい。それは相手が人間であろうとあやかしであろうと同じことだ。
真琴は夢を叶えたい。そのためには寄り道をしている余裕など無いのである。
「お待たせしましたー」
障子越しにさっきの女性の声がする。人影はふたり分。
「はい、どうぞ」
真琴が固い声で返事をすると、そろりと開かれた障子の向こうに、先ほどの様に両膝を着いた女性と、その横に立っていたのは雅玖さまとやらだった。黒紋付羽織袴から初対面の時の藍色の着物に着替えている。
真琴はまだ布団の上で上半身を起こした格好のままである。羽織を羽織らせてもらったとはいえ、何だか心もとない。いそいそと羽織の胸元を手繰り寄せた。
女性は一礼して、この場を去って行く。雅玖さまとやらは部屋の中に入って来ると、真琴の傍らに腰を降ろして正座をした。
「この度は、驚かせてしまい、申し訳ありません」
雅玖さまとやらは、真琴に向かって深々と頭を下げた。その姿に真琴はぎょっとしてしまい、慌てて「顔を上げてください」と声を掛ける。
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