あやかしが家族になりました

山いい奈

文字の大きさ
6 / 45
1章 電撃結婚の真実

第6話 美味しいと言ってもらえること

しおりを挟む
 真琴の真骨頂、と言って良いのかは自信がいまいち持てないが、やはり得意分野は日本料理や和食である。

 専門学校の1年目は洋食や中華、製菓などの授業もあったが、2年目はひとつのジャンルを専門的に習うシステムで、真琴は日本料理を選んだ。

 割烹では賄い以外のお料理はろくにできていないが、休日には家で1品を丁寧に作ることにしているので、専門学校で培った技術はそう鈍ってはいないはずだ。

 真琴は冷蔵庫から豚ばらのスライス肉と青ねぎ、蓮根を出した。

 食料庫を見ると、乾物も豊富である。そこから昆布と削り節を出し、まずはお出汁を取ることにする。片手鍋にお水を張り、昆布を沈めた。

 ここにあるお鍋やフライパンは、利便性を求めてか多くはテフロン加工のものである。

 学校や職場ではお鍋は雪平鍋だし、フライパンは鉄製やステンレス製である。いわゆるプロ仕様だ。焦げ付かない様にするのが一苦労である。だが今はこうした使いやすい加工のフライパンの性能もかなり高く、使用している飲食店も少なく無い。

 真琴も自宅で使っているのはテフロン加工のものだ。情報収拾をしつつ吟味をし、使いやすく質の良いものを揃えている。

 さて、昆布を浸している間に、食材の下ごしらえだ。蓮根は皮を剥いて5ミリ厚さほどの半月切りにしてお水に落とし、青ねぎはざく切りに、豚ばらのスライス肉は一口大ほどにカットする。

 ここで昆布のお鍋を火に掛ける。沸いて来たら火を止め、削り節をたっぷりと投入。あとは自然に沈んでいくのを待つ。

 次に登場するのは少し深さのあるフライパンである。テフロン加工なので油を引かず、豚ばらスライス肉を炒め始める。柔らかくしたいので弱火でじっくりと火を通して行く。

 やがててらてらと脂が出て来るので、適宜丁寧にクッキングペーパーで吸い取って行く。脂は美味しさの素でもあるので、ある程度は残しておく。

 そして蓮根を加える。全体に脂を回してさっと炒めたら、クッキングペーパーを敷いたざるで漉しながら、ひたひたにお出汁を入れた。

 沸いたらお砂糖と日本酒、お醤油を入れて、穴を開けたクッキングペーパーで落し蓋をしてことことと煮詰めて行く。

 豚ばら肉も蓮根も薄いので、そう時間は掛からない。冷蔵庫の食材を見て頭にはいろいろと巡ったが、短時間でできるものを選んだ。そして季節のものにこだわった。蓮根は今まさに旬である。甘くなり、火を通せばねっとりとした食感がさらなる旨味を生み出す。

 雅玖と料理人ふたりは、真琴の邪魔をしない様にか、少し離れたところで見ていてくれている。雅玖は椅子に掛けていた。やんごとなき身分のあやかしの様なので、料理人のどちらかが用意したのだろう。

 洗い物などもしながら、フライパンの様子を見る。すると徐々に水分が少なくなって来ている。そろそろか、と青ねぎのざく切りを入れた。

 フライパンを手早く返しながら、青ねぎにさっと火を通す。仕上げにごま油を落として、またフライパンを煽ったら完成である。

「食器棚開けてええですか?」

「もちろんです!」

 料理人のおじさまが言ってくれたので、真琴は「ありがとうございます」と言いながら棚を開け、ぐるりと見渡してシンプルな藍色のお皿を出した。

 そこにできあがったお料理を盛り付けた。豚ばら肉と蓮根、青ねぎを炒め煮したシンプルなお料理である。

「雅玖、お待たせしました」

 厨房には調理台もあるので、そこに置く。雅玖は立ち上がって仕上がったばかりの炒め煮を見下ろし、少しかがんで視線を下げたかと思うと、炒め煮に顔を近付けて、立ち昇る香りをすぅと鼻に吸い込んだ。

「……ああ、とても良い香りですね」

 雅玖は言って、表情を綻ばせた。

「いただいても良いですか?」

「もちろんです。お口に合えばええんですけど」

 すると料理人のおばさまが素早く動き、食器棚から小皿とお箸を出し、雅玖の前に静かに置いた。

「ありがとうございます」

 雅玖はそれを持ち上げ、待ちきれないという様に炒め煮にお箸を伸ばす。小皿に取り分け、みっつの食材を重ねて綺麗な所作で口に運んだ。

 雅玖の口がゆっくりと動く。じっくりと味わう様に、目が細められる。そしてふわりと微笑んだ。

「……本当に美味しいですねぇ」

 まるで溜め息の様に溢れたそのせりふには、大きな満足感が込められている様に思えた。

「豚肉の甘みが蓮根に絡んで、青ねぎも火が通っているからか、甘みが引き出されてます。お出汁の味もふくよかで、これは良いですね」

 和食は引き算のお料理だと言われている。調味料は控えめ、お出汁を効かせて、食材の味そのものを最大限に引き上げる調理法。

 それは専門学校で学んだ時から真琴の髄に入り込み、今でも心がけていることだ。勤め先で賄いを作る時にもそれに倣い、良いとは言われないが悪いとも言われていない。

 それが良いことなのかどうかの判断が真琴にはできないが、いつも真琴を邪険にする様な態度を取る副料理長も同僚も、賄いについては何も言わなかった。

 賄いは料理長含め他の料理人も作るのだが、その時には「あれが」「これが」と話が弾む。良いところや改善点が出るのである。それが料理人の成長、お店の発展に繋がる。

 真琴の時にはそれが無い。普段の態度から思えば悪し様に言われてもおかしくは無いのに、それそらも出ないことが不思議ではあった。賄いのたびに言われては心も折れていたと思うので、それに関しては救われたとも言えるのかも知れないが。

 なので、作ったものを「美味しい」と言ってもらえることは久しぶりのことだった。実家に帰って作っても、お仕事を反対している母親は渋い顔しかしない。父親は「旨いで!」と褒めてくれるが、どうしても親の欲目が含まれているものだと思う。

 雅玖の感想は本心なのかお世辞なのか。だが嬉しそうに頬を緩めながらお箸を動かし続ける雅玖の表情に、嘘は無いと思えた。どうやら巧くできた様だ。真琴は心底ほっとした。

 そしてそれはとても幸せなことなのだと、あらためて思い出したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

処理中です...