あやかしが家族になりました

山いい奈

文字の大きさ
19 / 45
2章 「まこ庵」での日々

第6話 子どもたちへの贈り物

しおりを挟む
 「まこ庵」の定休日は火曜日である。朝は全員揃って真琴まことが整えた朝ごはんを食べ、子どもたちは元気に学校に行く。それを見送った真琴は、雅玖がくに家のことを任せて買い物に出掛けた。向かうは天王寺てんのうじ。あべのハルカスに入っている近鉄百貨店である。

 あべのハルカスはつい先日まで日本でいちばん高いビルだった。今は東京でオープンしたばかりの麻布台ヒルズに抜かれてしまっている。大阪人としては少し悔しい思いだ。とはいえ西日本でいちばん高いビルではある。

 四音しおん景五けいごのペティナイフはダマスカス製の良い品があるから大丈夫として、壱斗いちと弐那にな三鶴みつるには何をあげようか。

 弐那は漫画にまつわるもの、三鶴には筆記用具が良いだろうと当たりを付ける。

 問題は壱斗である。壱斗の夢はアイドルで、「スーパー壱斗リサイタル」もそのためのものである。スマートフォンにスピーカーを繋いで音源にし、どこにも繋いでいないマイクを手に生歌を肉声で披露しているのだが。

 そのスピーカーもマイクも雅玖が買い与えたもので、有名ブランドの高品質のものである。そこに真琴の今回の予算で入り込む隙は無い。

 さて、どうしようか。真琴は近鉄百貨店のキッズフロアを練り歩きながら、思案を重ねた。



「ただいまー!」

 子どもたちが学校から帰って来た。明るい声の様子から、今日も楽しく過ごせた様だ。

 真琴もとうに戻って来ていて、子どもたちの帰宅を待ちわびていた。喜んでくれるだろうか。真琴は少しばかり緊張する。

 洗面所で順番に手を洗ってそれぞれ自室に入り、制服から私服に着替えた子どもたちが宿題のためにリビングにやって来ると、真琴は子どもたちの前に腰を下ろした。

「宿題前にごめんやで。四音、景五、これ、プレゼント」

 ふたりの前に、プレゼントラッピングされた箱を置いた。ふたりは目を丸くする。

「わぁ、ありがとう、ママちゃま! 開けてええ?」

 四音が目を輝かす。景五もぽつりと「ありがとう」と言い、頬を緩めた。

「ええよ」

 ふたりはがさごそと音をさせて、近鉄百貨店の包み紙を開ける。そして出て来たダマスカス製のペティナイフに「わぁ!」と歓喜の声を上げた。

 ふたりとも同じ製品なのだが、それぞれにそれぞれの名前を刻印してもらっている。既製品だが、世界にひとつだけのペディナイフである。

「包丁や!」

「そう。ペディナイフ。果物ナイフとも言うな。ふたりともまだ手が小さいから、これが使いやすいと思うんよ。明日の夜から、お野菜とかの切り方やってみようと思うんやけど、どうや?」

 真琴が言うと、四音も景五も頬を紅潮させ、精一杯輝く目を見開いた。

「ほんまに!? 僕らもママちゃまみたいにお野菜切れるん?」

「うん。早くなるには練習がいるけどな。やれる?」

「うん! ありがとう、ママちゃま!」

「……ありがとう」

 四音は笑顔を溢れさせて頷いた。景五は相変わらずの仏頂面ぶっちょうづらだが、口角が上がっている。良かった、喜んでもらえた。

 そして壱斗たちを見ると、その目には羨望せんぼうが見えた。だが皆、自分も欲しいなんて言わない。自分もまだまだやなぁ、と真琴は自分の不甲斐なさにがっかりするのだが、表に出さない様に努めて。

「もちろん、壱斗と弐那と三鶴にもあるで」

 そう言ってにっと笑った。3人の顔が期待に染まる。

「はい。どうぞ」

 そうして3人に、それぞれ用意したものを差し出す。

 弐那には漫画用原稿用紙、分離型ガラスペンと漫画用インク、筆ペンだ。

 昨今、漫画原稿をオールデジタルで完成させる漫画家が多いことは、真琴も知っている。だが弐那はまずアナログで描ける様になりたいと、スケッチブックを何冊も埋めているのだ。

 弐那はまだ鉛筆でしか描いていない。アナログで漫画を描く道具を調べてみると、丸ペンやGペンなどと呼ばれる付けペンを使うのが主流とあった。だがそれらは消耗品で、しかも数個入った1箱が結構お高めである。雅玖に言えばいくらでも買ってくれるだろうが、まずは同じインクを使うカラスペンで清書をしてみても良いのでは、と思ったのだ。

 線の強弱が付けづらいという弱点はあるらしいが、鉛筆だけのイラストから清書をしたら、その達成感もあると思うのだ。もちろん弐那のタイミングがあるだろうから、その時が来たら、使ってくれたら嬉しい。

 弐那は包装紙から出て来たそれらを「わぁ……」と感激した様な表情で眺める。

「ママさま、これ弐那、ううん、あたしの……?」

「そやで。使ってくれる?」

「うん! ありがとう、ママさま!」

 弐那は満面の笑顔でそれらを抱き締める。隙間から筆ペンがぽろりと落ちた。

 三鶴には万年筆と紫色の染料インクを用意した。万年筆のボディは三鶴が好きだと言う紫色の地に細かで華やかな蔓の模様が彩られたものである。評判のある信用が高いブランドのものだ。

「わぁ、さすがお母さまやわ。やっぱり万年筆を使いこなして、一人前の大人やもんね。万年筆でお勉強なんて、できる女って感じやん」

 三鶴は少し気取ってそんなことを言う。実際に大人である真琴が使いこなせない万年筆であるが、確かに大人っぽいというイメージで選んだのだ。綺麗なボディならインテリアにもなる。

「ありがとう、お母さま。私、お母さまにお手紙を書くわね」

「わ、めっちゃ嬉しい。ありがとう」

 何て嬉しいことを言ってくれるのか。真琴は感動してしまい、心がじんとする。

 そして、壱斗には。

 某ブランドのVネックのシャツを用意した。そでが7分丈で、カラーははっとする様な鮮やかなブルー。利発な壱斗に似合うだろうと選んだのだ。サイズは念のために少しだけ大きめにしてある。

「お母ちゃま、これ」

 壱斗は呆気にとられた様な表情である。他の子どもたちが夢にちなんだものなのに、壱斗だけが違う様に見えるからだろう。

「壱斗、アイドルになるにはな、オーディションもやけど、スカウトっちゅう手もあるやろ」

「うん」

「それ。結構目立つ色やろ。それ着て都会歩いとったら目に付きやすいんちゃうかなぁって思って。壱斗、持ってる服、結構シンプルなんが多いやろ」

 子どもたちの服は、この家で一緒に暮らし始める時に持ち込んだもので、本人たちが選んだものでは無い。あやかしたちが子どもたちに着て欲しいと買い揃えたものである。

 スポンサーが雅玖のため、全てブランド物ではあるのだが、大人のセンスなのであまり派手なものは無かった。どうしても使い勝手の良いものに偏ってしまうのだ。

「スカウトされに行くときに、それ着てくれたら嬉しいわ」

 真琴が微笑むと、壱斗は目をまん丸にして「うん!」と頷いた。

「ありがとう、お母ちゃま! オレ、東京でスカウトされてみたい! 今度、今度行ってええかな?」

「ええよ。夏休みに計画しよか」

「やったー!」

 心底嬉しいのか、壱斗はシャツを握り締めてぴょんぴょんと力強く跳ねた。

 全員に喜んでもらえて、本当に良かった。ふところ的には決して痛まないわけでは無いが、子どもたちのこんな顔をみれば、安いものだと心の底から思う。

 雅玖はそんな子どもたちの様子を、微笑ましく見守っていた。

「みんな、良かったですね。大事にするのですよ」

 雅玖が穏やかに言うと、子どもたちは「はーい!」と元気に手を挙げた。

「では、宿題を済ませてしまいましょう。そのあとは自由時間ですよ」

「はーい」

 子どもたちはプレゼントを大事そうに傍らに置き、学校指定のバッグから教材などを出した。真琴は子どもたちの邪魔にならない様にとその場を離れ、ぼちぼち晩ごはんの支度をしようかとキッチンに入る。

 真琴の心は、暖かなもので包まれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

処理中です...