あやかしが家族になりました

山いい奈

文字の大きさ
26 / 45
3章 初めての家族旅行?

第3話 悪い人だから

しおりを挟む
 真琴まこと壱斗いちと原宿はらじゅくに向かうため、ホテルから手を繋いで新宿しんじゅく駅に向かう。ふたりだし、はぐれては大変だからと手を伸ばしたのだが、壱斗の手を取ると、壱斗は嬉しそうな笑顔になってくれた。真琴も幸せな気持ちになってしまう。

 JR山手やまのて線に乗り込んだら2駅だ。壱斗はもちろん真琴も土地勘が無いので、スマートフォンや掲示板の案内を見ながら慎重に動いた。

 壱斗は新宿のホテルのお手洗いを借り、真琴が以前プレゼントしたブルーのシャツに着替えていた。それは思った通り、利発な壱斗に良く似合った。真琴は自分に拍手喝采してしまうのだった。髪の毛や身だしなみも綺麗に整えてあげた。

 そうして降り立った新宿駅の竹下たけした口を1歩出て、真琴は目を剥いた。人手が「えげつない」のだ。

 大阪も梅田うめだやなんば、天王寺てんのうじは人が多い。慣れていなければ真っ直ぐに歩くのすら困難な場所だっていくつもある。

 だがこの原宿、竹下口から続く竹下通りを見るとその比では無い。まるで某球団が優勝した時のなんば道頓堀どうとんぼりの様な有様だった。違いは年齢層だろうか。圧倒的に若い子が多い。

 今日は平日とはいえ夏休みなので、それなりの人出を予想してはいた。だがこれは想像以上だった。真琴はごくりと喉を鳴らす。通りを歩くだけで骨が折れそうだ。

 手を繋いだままの壱斗を見ると、呆然とした顔で竹下通りを見つめている。

「壱斗、大丈夫か?」

 その呼び掛けで我に返ったのか、壱斗はびくりと肩を震わす。強張る顔を誠に向けた。普段体験することがあまり無い人混みに臆してしまったのだろうか。

「お、お母ちゃま、すごい人やん。これ、オレ見つけてもらえるんやろか」

 あ、心配してるんそっちなんや。真琴は少しほっとする。

「どうやろ。ここは駅も近いから余計に人が多いんかも知れん。ちょっと歩いてみよか。空いてる通りとかもあるかも知れんし」

「そ、そうやんな。うん、行ってみよ!」

 壱斗は気を取り直した様だ。真琴は「ほな行こか」と、壱斗の手をぎゅっと握り直した。



 原宿には駅の竹下口と繋がっている竹下通りの他、まっすぐ行けば左右に伸びる大きなめいじ治通りがあり、そこを超えたら原宿通りと、いくつかの通りがある。明治通り沿いに南下すれば表参道おもてさんどうもあるはずである。

 原宿エリアはスカウトの定番と言われているそうだが、その中でも竹下通りから明治通りに入り、明治神宮前めいじじんぐうまえ駅を歩くのがおすすめとされているそうだ。明治神宮前駅手前にあるラフォーレ原宿周辺もスカウトスポットらしい。

 真琴と壱斗は手を繋いだまま、まずは竹下通りに入る。進むにつれ他の通りに人が分散されるからか、幾分歩きやすくなって来る。周りのお店を眺める余裕もできてきた。

 原宿は真琴の知る限りだが、若者の街である。なのでお店も若い子が好みそうな雑貨屋さんブティック、食べ歩きができるスイーツのテイクアウトにカフェなどが多く、そのどれも色とりどりでポップに可愛らしく装飾されていた。

「お母ちゃま、すごいなぁ。大阪とはぜんぜんちゃうんやなぁ」

「ほんまやなぁ。めっちゃかわいいやん」

弐那になとか四音しおんが好きそうやわ。三鶴みつるは……そうでもなさそうやな」

「そうかもな」

 真琴は「ふふ」と微笑む。三鶴は大人っぽいものが好みの印象がある。隠れ可愛いもの好きな可能性も否めないが、とりあえず一緒に暮らし始めて約半年、そんな気配は見られない。

 壱斗は目をきらきらさせながら、きょろきょろと通りを見渡している。初めての東京原宿で、何を見ても珍しいのだろう。

 大阪で若者の街と言えばなんば周辺が当たるのだろうが、雰囲気がまるで違う。壱斗ら子どもたちはまだ小さいこともあって、あの辺りの繁華街に連れて行くことはほとんど無いが、グリコの看板などがある道頓堀橋周辺や新世界しんせかい界隈はテレビに良く取り上げられるので、見ることも多いだろう。

 恐らく壱斗の記憶の中の「大阪の中心地」はそれで形成されている。そこと比べたら東京の都心部はどこを見てもおしゃれだろう。

 一応大阪でも堀江ほりえなどは洒落た街として発展しているが、他府県から見たら大阪らしく無いのか、全国区で見ることはあまり無いのが「大阪のイメージは道頓堀!新世界!」な刷り込みの証拠の様な気がするのだった。

 そうしてぶらぶらと歩いていると、やがて大きな明治通りに差し掛かる。そこを右折すればラフォーレ原宿、明治神宮前駅に繋がっている。

「壱斗、こっちやわ」

「うん!」

 お洒落な若い子たちが練り歩く通りに混じって、真琴たちものんびりと歩みを進める。壱斗に目を付けてもらうことが目的なのだから、早歩きはしない。

 すると。

「あの、すいません」

 明治通りに入ってすぐ、ひとりの男性に横から声を掛けられた。もしかして!?

「はい」

 一瞬気がはやったが、努めて冷静に返事をする。チャコールグレイのスーツ姿に淡い色のサングラスを掛けた男性は、多分真琴よりは年上。だがまだ結構若い。

 壱斗と見ると、期待に満ちた目をぱちくりさせて、視線を真琴と男性とを行ったり来たりさせていた。

「可愛いお子さんですね! 芸能界に興味ありませんか?」

 単刀直入に言われ、真琴が一瞬応えにきゅうすると、壱斗が間髪入れず叫んだ。

「あります!」

 すると男性はにんまりと笑い、腰を下げて視線を壱斗に合わせた。

「そうか、僕、芸能人になりたいか?」

「うん、なりたい! オレ、アイドルになりたいねん!」

「そうかそうか」

 壱斗にしてみたら、待ちに待ったスカウトだ。しかも原宿に来てからそう時間を掛けずに目に止めてもらえた。それは確かに僥倖ぎょうこうなのだろうが。

 真琴は引っ掛かっていた。まず、男性は名乗っていない。名刺も出していない。

 壱斗が旅行の前に調べていた、スカウトについての情報。そこには場所や格好などのアドバイスの他に、注意点もあったのだ。

 悪徳スカウトに注意すること。

 名前を言わない、名刺を渡さない、契約を急がせる。そうしたスカウトは悪徳である可能性がかなり高いとあったのだ。

 壱斗がそれを見せてくれた張本人だと言うのに、スカウトされたことに有頂天になってしまい、マイナス要素がすっかりとすっ飛んでしまっている様だ。

「じゃあ、うちと契約しようよ。すぐにアイドルになれるよ」

「ほんま!?」

「ね、お母さん。良いですよね? そこのカフェででも」

 男性は真琴を見上げ、にっこりと口角を上げた。

 まずい。真琴は壱斗の手を強く握り直した。何としても穏便おんびんにやり過ごさねば。壱斗を危険な目に遭わせるわけにはいかない。

「申し訳ありませんが、失礼いたします」

 真琴は固くなってしまった声で言うと、壱斗を引きずる様にその場を後にした。

「お母ちゃま? お母ちゃま!」

 壱斗が驚いた声を上げるが、真琴は構わず歩を進めた。一刻も早くあの男から離れなければ。

 真琴は途中の路地を曲がり、男が跡を付けて来たりしていないか確認する。姿は見えない。大丈夫そうだ。ほっと息を吐く。

「お母ちゃま、なんで!?」

 壱斗は怒り顔である。普段は元気一杯の顔を赤くくしゃくしゃにしてしまっている。せっかくのスカウトを邪魔されたと思っている。真琴はしゃがむと、壱斗の両肩に手を置いた。

「壱斗、あの人はきっと悪い人やわ。壱斗が見せてくれた悪いスカウトの例にあった、名前言わへん、名刺くれへん、契約を急ぐ。全部に当てはまってへんか?」

 すると壱斗はやっと気付いたと言う様に、はっと目を見張った。しかしすぐに目を伏せて。

「そんなん……、分からんやん。話聞いたらちゃんとした人かも知れへんやん」

 拗ねた様にそんなことを言って、ぷいと視線を逸らしてしまう。

「うん、そうかも知れへんね。でもね、ちゃんとした大人の人は、こういうお仕事に関わるお話をしはるとき、ちゃんと名前を教えてくれて、名刺をくれはる。で、双方が納得できるまで話し合いをしてから契約の話をしはるねん。あの人、そんなんいっこも無かったやろ?」

 落ち着いてゆっくりと諭す様に言う。分かって欲しい。これは壱斗を守るためなのだ。信用のできない人に、大事な壱斗を任せるわけにはいかない。何をさせられるか分かったものでは無いのだから。

「うん……」

 壱斗は不承不承ふしょうぶしょうという風に小さく頷いた。頭ではきっと分かってくれている。だが心は納得しきれていない、そんな感じだ。しかしここは引いてもらうしか無い。

 真琴は両手で壱斗の頭を優しく撫でた。壱斗はくすぐったそうに目を細める。可愛いなぁ。こんなに可愛いのだから、絶対にええ人に見つけてもらえる。そう信じて。

「さ、行こか。まずは明治神宮前駅に向かお。喉乾かへん? ラフォーレ着いたら何か飲もか」

 確か2階にカフェがあったはずだ。壱斗は暑さ寒さに強いあやかしとはいえ、喉は普通に乾くだろう。普通の人間である真琴も喉からからである。

 真琴と壱斗は手をつなぎ直し、また歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...