あやかしが家族になりました

山いい奈

文字の大きさ
40 / 45
5章 未来のために

第2話 血の繋がりなんて

しおりを挟む
 深刻な話になりそうだったので、厨房は四音しおんに任せ、真琴まこと景五けいご鞠人まりとさんを上のリビングに通す。鞠人さんを見て雅玖がくは目を丸くする。

 真琴が人数分の温かい緑茶を淹れ、それぞれの前に置く。勧めたソファの上で正座になった鞠人さんは、強張った顔を崩さない。

「鞠人、どういうことですか?」

 真琴からことのあらましを聞き、雅玖は静かに問い掛ける。真琴は情けないことに少し動転してしまっている。景五はと見ると、景五も顔を固くして、だが、取り乱したりはせず、おとなしくしている。

 鞠人さんは言いづらそうにうつむいてひざの上でこぶしを握り締めるが、やがて顔を上げた。

「猫又族の長が倒れました。病です」

「なんやて?」

 景五の緊迫した声が響く。雅玖も「ああ……」と息を飲み、真琴は目を見張った。だがそれと景五のお迎えとが繋がらない。どういうことなのだろうか。

「妖力による治療は続いてますが、もう長く無いだろうと言われました。ですので、景五に戻ってもらわなあきません」

 だからどうして。真琴が雅玖を見ると、雅玖は「すいません」と目を伏せた。

「真琴さんには話していませんでした。実は景五は、いえ、景五だけでは無く5人の子どもたちは、皆種族のおさを継ぐあやかしなのです」

「え……」

 長を継ぐとは。どういうことだ。真琴は戸惑ってしまう。

「待って。あの子ら将来なりたいもんがあるって頑張ってるやん。それはどうなるん? 叶えてあげられるんやんな?」

 真琴がすがる様に言うと、雅玖は辛そうに首を振った。

「あの子たちは大人になれば、跡を継ぐ責務が発生します。あやかしの大人も、人間さまに倣って基本18歳からです。ただ、大学に進学すれば卒業したと同時になります。それまでの間になんらかの成果を出していれば、続けられるかどうかの協議が必要となり、そうでなければ諦めてもらわなければならないこともあるのです。その時の長がいつまで続けられるのか、どのタイミングで跡目を譲るのか、それは種族次第なのです。ただ、長が病気になることもあります。あやかしは丈夫ですが、特有の病気があるのです。今、猫又の長がその状態なのです。ですので景五はまだ子どもではありますが、猫又の里に戻って、跡を継ぐ準備をしなければならないのです」

「そんな」

 真琴は愕然がくぜんとする。皆、あんなに頑張っているでは無いか。

 壱斗はスカウトを受けたいと東京に旅行にだって行った。歌とダンスの練習も続けている。堂々とスーパーリサイタルを披露する壱斗は今でも楽しそうだ。最近ではバラード調の曲も上手に歌える様になった。

 弐那も日々進化している。毎日見せてくれる絵は、今やプロ並みだと真琴は思っている。漫画の製作も手がけ出している。今はストーリーを考えるのが楽しいそうだ。

 三鶴のお勉強もどんどん進み、愛読している専門書はもはや真琴などには暗号の様である。研究者への道を順調に辿っている様に思える。

 四音、そして景五もそれぞれでお料理を作れる様になるまで上達していた。もう厨房の火の元だって任せられる。ふたりと「まこ庵」を切り盛りする未来が見えようとしていた。

 そして5人の子どもたちは中学校入学を控えている。これからも人間の世界で成長し、学び、遊び、研鑽けんさんし、夢を掴もうとしているのに。なのに。

「……5人の子どもたちは、それぞれの種族の純血個体なのです。他の種族の血が入らない純血の一族の子たちなのです。これまでも、これからも、これを絶やすことはできないのです。大昔から受け継がれて来ているものなのです。なので景五もですが、壱斗いちと弐那にな三鶴みつるも四音も、産まれた時から長を継ぐことを宿命づけられているのです」

「それ、皆分かってる上で、それでも夢を持って……?」

 自分の声が戦慄わなないているのが分かる。雅玖は沈痛の面持ちで、ためらいつつもゆっくりと頷いた。

 予期せず判明した事実に、真琴は強く打ちのめされた。どんなに励んでも、頑張っても叶えられないかもと知りながら、あの子たちはあんなに前を向いて輝いていた。一体どんな思いで打ち込んで来たのだろうか。なんて、なんて健気けなげで、……そして強くて。

 その背景を考えると、あの子たちと家族になった時、幼いながらもあんなに聡明だったのは、きっとそれまであやかしの世界で厳しい教育やしつけを受けて来たからなのかも知れない。

 真琴の目頭が熱くなる。子どもたちを取り巻くものが、そんなものだったなんて。知らなかったとは言え、真琴は「夢を叶えて欲しい」なんて呑気に応援していた。そして言っていた。あの子たちが頑張る姿が、本当に素敵だったから。

「……母さま」

 景五の優しい手が、真琴の震える手に重なる。見ると、景五は達観した様な顔で、普段は無表情なその面持ちに柔らかな微笑みさえ見せていた。

「俺は、俺らは大丈夫やから」

 穏やかな声でそんなことを言うものだから、真琴はたまらず景五を抱き締めた。

 泣くな。本当に泣きたいのはきっと子どもたちだ。真琴が泣くことは許されないし、子どもたちにもきっと負担だ。

 真琴の大事な大事な子どもたち。血の繋がりなんて関係無い。そう思って暮らして来たのに。

 まさか子どもたち自身が、その血に縛られていたなんて。

 きっとあやかしにとって、種族の純血を維持することは大切なことなのだ。人間も家系を絶やさぬ様にと跡継ぎを望まれる場合がある。だがきっとその重みは違う。

 子どもたちは産まれながらに、その重責を背負って来たのだ。恐らく選択肢なんて無かった。今でこそ成長しているが、それでもまだまだ子どもである。真琴と出会った時なんてたったの5歳だった。

 もしかしたら、だからこそ将来に夢を馳せたのかも知れない。なれないかもと思いながらも、人間の世界で比較的自由に暮らす中で、望みを賭けたのかも知れない。

 跡を継がねばならない、そうなる未来を受け入れて、それでも自分たちの夢を見たのだ。

 真琴は親になれたと思っていたのに、血の前には無力だった。真琴は強く目を閉じ歯を食いしばる。開くと、こみ上げるものが溢れてしまいそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

助けた騎士団になつかれました。

藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。 しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。 一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。 ☆本編完結しました。ありがとうございました!☆ 番外編①~2020.03.11 終了

処理中です...