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2章 新しいお家といちょう食堂
第2話 穏やかな年越し
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夕飯は年越しそばだ。二八の生麺を買って来た。茹でて滑りをしっかりと洗い取った後、温めてお椀に入れ、具沢山のおつゆを張る。
めんつゆを使うと楽なのだが、お祖母ちゃんはお出汁から作ってくれる。お出汁は無添加のだしの素を使うが、充分に風味豊かなものができあがる。
具は鶏肉と長ねぎとお揚げ。仕上げにかまぼこと、さっと塩茹でした絹さやを散らす。
鶏肉は下茹でをして灰汁と余分な脂を取り除くので、おつゆが濁りにくい。お揚げもさっと湯通しして使う。かまぼこはおせち用に用意していた大寅の端っこをフライング。
リリコだったら全部まとめておつゆで煮込んでしまいそうだが、お祖母ちゃんはこういう手間を惜しまない。お手伝いをする様になってからそういうことを知った。
リリコはそんなお祖母ちゃんのお料理で育ったのだ。お陰で舌が肥えてしまっているかも知れない。
「あ~、ほっとする味やわぁ~」
リリコはまずおつゆをすすり、心地の良い溜め息を吐く。頬もすっかりと緩んでしまっていた。
おつゆは薄口醤油で作っている。濃口醤油と薄口醤油を使い分けるお祖母ちゃんだが、おうどんやおそばのおつゆには薄口を使う。最後まですっきりと味わいよく飲み切れる様に。
濃口より薄口の方が塩分が高いが、そう大した差があるわけでも無い。リリコはまだ若いし、お祖母ちゃんも幸い高血圧では無い。それにそう頻繁に作るものでも無いのできっと大丈夫だ。
「ふふ。おいしゅうできたねぇ。リリちゃんお手伝いありがとうねぇ」
「鶏肉とおねぎ切っただけやけどな」
「その間に他の準備とかできるんが助かるんよ。リリちゃん、今年もいっぱいお手伝いしてくれたねぇ。ほんまにありがとうねぇ」
しみじみ言うお祖母ちゃんに、リリコは「どうしたん、あらたまって」と目をぱちくりさせる。
「もう今年も終わりやしねぇ。ちゃんと挨拶しとかんと。今年もありがとうってね。お祖母ちゃんはリリちゃんより早うに寝るしねぇ」
「そうやなぁ。私、いつの間にか起きて年越しする様になったなぁ」
「それだけリリちゃんも大人になったってことやんねぇ。ほんまに大きゅうなったねぇ。お祖母ちゃん、小さいリリちゃんとお酒が飲める様になるなんて思わへんかった。きっとお祖父ちゃんもあの世で喜んでるわぁ」
「喜んでくれてるやろか。でもせやなぁ、お盆に夢に出て来たお祖父ちゃん、一緒にお酒飲んで、なんや嬉しそうにしとったしなぁ」
「リリちゃん、お盆にお祖父ちゃんの夢見たん?」
お祖母ちゃんは驚いたのか、目を丸くする。
「うん。あれ? お祖母ちゃんに言うてへんかったっけ?」
「聞いてへんわぁ。えらい前の話やねぇ。お盆やからあの世から帰って来てたんやろか」
「うっかりしとったわ。お祖父ちゃんな、私と冷酒飲みながら、ぜぇんぶ巧く行くから大丈夫やってにこにこしてた。ほら、お祖母ちゃんも同じこと言うとったやろ。せやからかな、お祖母ちゃんに言うた気になってた」
「ふふ。お祖父ちゃんたら、お祖母ちゃんのところには来てくれへんで、リリちゃんとこだけやなんて、ほんまにリリちゃんのこと可愛くて仕方が無いんやねぇ。しかも一緒にお酒まで飲んで。お祖父ちゃん、リリちゃんが飲める歳待たんと逝ってしもうたから。一緒に飲めるの楽しみにしとったんやねぇ」
「照れるやん」
リリコがかすかに頬を赤くして微笑むと、お祖母ちゃんは嬉しそうに「ふふ」と頬を緩める。
「でも、お祖父ちゃんも言うんやったら、ぜぇんぶ巧く行くんやねぇ。来年はもっとええことたくさんあるわ」
「うん。そうやとええなぁ」
リリコは言うとおそばをすする。つるっとしたのどごしですいすいと入ってしまう。あっさりと仕上がった鶏肉、とろっとした白ねぎ。ふんわりとしたお揚げから旨味がふんだんに出ていて、おつゆに溶け出たそれが程よくおそばに絡む。ぷりっとしたかまぼこにしゃきしゃきの絹さやがアクセントになっている。
「こんな美味しいのが食べ納めになるんやから、来年もええことあるやんな」
「そうやねぇ。今年はいちょう食堂さんとの出会いもあったんやからねぇ」
「あれは大きかったなぁ。お祖父ちゃんほんまにええお店教えてくれたわ」
「来年再開したらまた行こうねぇ」
「うん。今度からはもっと近なるもんな。なんせここの一階や」
「いつでも行けるん嬉しいよねぇ」
「ね。再開楽しみやわぁ。その前にちゃんと年越して、健康でおらんとな」
「せやねぇ」
リリコはおそばと具を食べ尽くし、おつゆをぐいぐいと飲み干した。
「あー美味しかった! ごちそうさま!」
お箸を置いてぱんっと手を合わせると、お祖母ちゃんは穏やかに「はい。お粗末さんでした」と言う。
「全然お粗末とちゃうのにー」
リリコが小さく膨れると、お祖母ちゃんは「もう癖になっとるんやわぁ」と笑った。
ご飯の後、お祖母ちゃんはリビングの炬燵に入り、リリコが片付けをする。終えて炬燵に合流して、かごの中のみかんを取ってぺりぺりと皮を剥いた。リリコは筋を綺麗に取る派である。お茶はお祖母ちゃんが入れてくれた緑茶だ。
テレビでは紅白歌合戦が始まっている。合戦と謳っているが、見る方からすると豪華なジャンル多彩のライブの様だ。
なのでなんとなく、勝敗とは名ばかりでは無いかと思っていた。だが負けると悔しいのだと、出場経験のある歌手がテレビで言っていたらしい。
楽しそうに見ていたお祖母ちゃんだが、やがて手で口を抑えながら「ふわぁ」と大きなあくびをする。
「そろそろ寝ようかねぇ」
時間を見ると22時半。いつもお祖母ちゃんが寝るころだ。お祖母ちゃんは「よいしょ」と立ち上がる。
「続きは明日見るからねぇ」
お祖母ちゃんはいつも最後まで見られないので録画をしている。歌唱はもちろんだが、終盤の演歌歌手の豪華絢爛な衣装も見もののひとつで、お祖母ちゃんも楽しみにしているのだ。
リリコも腰を上げた。
「お祖母ちゃん、今年一年ありがとう。来年もよろしくね」
「こちらこそありがとうねぇ。おやすみね」
「うん。おやすみ」
ふたりはぺこりをお辞儀をし合って、お祖母ちゃんはリビングを出て行った。
リリコはまた炬燵に入ると、ブルーレイレコーダーを立ち上げる。紅白の続きは明日お祖母ちゃんと見ることにして、紅白と並行して録画している、別局で放送している特番バラエティを見ることにする。
笑いながら過ごす時間は幸せだ。今はひとりだが、お祖母ちゃんが元気でいてくれている。ほんの少し離れたところで眠っていて、その存在を感じることができる。それだけで安心するのだ。
2個目のみかんに手を伸ばしたところで、リリコは再生中のバラエティを停止させ、チャンネルを変える。ゆく年くる年が始まっていた。
お祖母ちゃんは日を超える前に眠気が来て眠ってしまうのだが、お祖父ちゃんは起きて年越しを迎えていた。リリコも小さいころには眠気に勝てなかったのだが、お祖父ちゃんの様な年越しをすることに憧れていた。なので中学生になって夜更かしができる様になった時は嬉しかった。
お祖父ちゃんとふたりで、ゆく年くる年を見ながらする年越しは6、7年ほどあっただろうか。お祖父ちゃんは冷や酒を飲みながら。リリコはジュースを、そして大きくなるにつれお茶に。
リリコはふと思い立つと、立ち上がってお台所の冷蔵庫を開ける。取り出したのはほろよいのもも味。まだまだ未熟とは言え、リリコも年齢的には大人になった。大人になって初めての年越し。お祖父ちゃんの様にお酒を飲みながらでも許されるのでは無いだろうか。
ほろよいはお正月に飲もうと、種類をいくつか買って来ていた。平野さんが「ジュースの様に飲めるで」と、まだお酒にそう慣れていないリリコに薦めてくれたのだ。これならお祖母ちゃんとも一緒に飲める。ふたりで長居商店街の酒屋さんで選んだ。
テレビからは除夜の鐘がしめやかに鳴る。リリコはほろよいもも味をグラスに注ぐと両手で持ち、壁に掛けてあるお祖父ちゃんお気に入りの青い絵に掲げた。
「お祖父ちゃん、いつもありがとう」
天国だの地獄だのと難しいことは分からないが、きっとお祖父ちゃんはリリコとお祖母ちゃんを見守ってくれている、リリコはそう信じている。
こくりとグラスに口を付けると、確かに平野さんが言っていた通り、初心者にちょうど良いお酒だと感じた。アルコール度数が低いのでお酒の風味はほのかで、桃のやわらかな甘みで優しさを感じる。小さなころに良く飲んだネクターを思い起こさせた。
これは確かにジューズの様にごくごく飲んでしまいそうだ。飲み過ぎに気を付けなければ。
リビングに除夜の鐘が響き、時折アナウンサーの実況中継が挟まれる。リリコはそれらに耳を澄ましながらグラスを傾ける。
今年はいろいろあった。お家の建て替え、そして「いちょう食堂」との出会い。どちらもとても喜ばしいことだ。前の家の取り壊しは寂しかったが、新しい家には心が沸いた。
大将さんの実家にいるはずの大将さんと若大将さんはどうしているだろうか。お祖母ちゃんの様に早々に寝てしまっただろうか。それともご実家の方々と宴会などをされているのだろうか。
大将さんたちとリリコたちは、店子と大家の関係だ。だが同じ建物で暮らしていると、まるで家族の様だと錯覚してしまう。そう思うと家族が増えた様で嬉しい。向こうにしてみたら迷惑かも知れないが。
やがて除夜の鐘が鳴り終わり、年が明ける。お祖父ちゃんが亡くなってからはこうしてひとりの年越しだ。少ししんみりしつつも、お祖母ちゃんの気配を感じながらほっとして。
リリコはお祖母ちゃんの部屋に向かって「おめでとう」と呟き、お祖父ちゃんの青い絵に向かって「今年もよろしくね」と囁いた。
めんつゆを使うと楽なのだが、お祖母ちゃんはお出汁から作ってくれる。お出汁は無添加のだしの素を使うが、充分に風味豊かなものができあがる。
具は鶏肉と長ねぎとお揚げ。仕上げにかまぼこと、さっと塩茹でした絹さやを散らす。
鶏肉は下茹でをして灰汁と余分な脂を取り除くので、おつゆが濁りにくい。お揚げもさっと湯通しして使う。かまぼこはおせち用に用意していた大寅の端っこをフライング。
リリコだったら全部まとめておつゆで煮込んでしまいそうだが、お祖母ちゃんはこういう手間を惜しまない。お手伝いをする様になってからそういうことを知った。
リリコはそんなお祖母ちゃんのお料理で育ったのだ。お陰で舌が肥えてしまっているかも知れない。
「あ~、ほっとする味やわぁ~」
リリコはまずおつゆをすすり、心地の良い溜め息を吐く。頬もすっかりと緩んでしまっていた。
おつゆは薄口醤油で作っている。濃口醤油と薄口醤油を使い分けるお祖母ちゃんだが、おうどんやおそばのおつゆには薄口を使う。最後まですっきりと味わいよく飲み切れる様に。
濃口より薄口の方が塩分が高いが、そう大した差があるわけでも無い。リリコはまだ若いし、お祖母ちゃんも幸い高血圧では無い。それにそう頻繁に作るものでも無いのできっと大丈夫だ。
「ふふ。おいしゅうできたねぇ。リリちゃんお手伝いありがとうねぇ」
「鶏肉とおねぎ切っただけやけどな」
「その間に他の準備とかできるんが助かるんよ。リリちゃん、今年もいっぱいお手伝いしてくれたねぇ。ほんまにありがとうねぇ」
しみじみ言うお祖母ちゃんに、リリコは「どうしたん、あらたまって」と目をぱちくりさせる。
「もう今年も終わりやしねぇ。ちゃんと挨拶しとかんと。今年もありがとうってね。お祖母ちゃんはリリちゃんより早うに寝るしねぇ」
「そうやなぁ。私、いつの間にか起きて年越しする様になったなぁ」
「それだけリリちゃんも大人になったってことやんねぇ。ほんまに大きゅうなったねぇ。お祖母ちゃん、小さいリリちゃんとお酒が飲める様になるなんて思わへんかった。きっとお祖父ちゃんもあの世で喜んでるわぁ」
「喜んでくれてるやろか。でもせやなぁ、お盆に夢に出て来たお祖父ちゃん、一緒にお酒飲んで、なんや嬉しそうにしとったしなぁ」
「リリちゃん、お盆にお祖父ちゃんの夢見たん?」
お祖母ちゃんは驚いたのか、目を丸くする。
「うん。あれ? お祖母ちゃんに言うてへんかったっけ?」
「聞いてへんわぁ。えらい前の話やねぇ。お盆やからあの世から帰って来てたんやろか」
「うっかりしとったわ。お祖父ちゃんな、私と冷酒飲みながら、ぜぇんぶ巧く行くから大丈夫やってにこにこしてた。ほら、お祖母ちゃんも同じこと言うとったやろ。せやからかな、お祖母ちゃんに言うた気になってた」
「ふふ。お祖父ちゃんたら、お祖母ちゃんのところには来てくれへんで、リリちゃんとこだけやなんて、ほんまにリリちゃんのこと可愛くて仕方が無いんやねぇ。しかも一緒にお酒まで飲んで。お祖父ちゃん、リリちゃんが飲める歳待たんと逝ってしもうたから。一緒に飲めるの楽しみにしとったんやねぇ」
「照れるやん」
リリコがかすかに頬を赤くして微笑むと、お祖母ちゃんは嬉しそうに「ふふ」と頬を緩める。
「でも、お祖父ちゃんも言うんやったら、ぜぇんぶ巧く行くんやねぇ。来年はもっとええことたくさんあるわ」
「うん。そうやとええなぁ」
リリコは言うとおそばをすする。つるっとしたのどごしですいすいと入ってしまう。あっさりと仕上がった鶏肉、とろっとした白ねぎ。ふんわりとしたお揚げから旨味がふんだんに出ていて、おつゆに溶け出たそれが程よくおそばに絡む。ぷりっとしたかまぼこにしゃきしゃきの絹さやがアクセントになっている。
「こんな美味しいのが食べ納めになるんやから、来年もええことあるやんな」
「そうやねぇ。今年はいちょう食堂さんとの出会いもあったんやからねぇ」
「あれは大きかったなぁ。お祖父ちゃんほんまにええお店教えてくれたわ」
「来年再開したらまた行こうねぇ」
「うん。今度からはもっと近なるもんな。なんせここの一階や」
「いつでも行けるん嬉しいよねぇ」
「ね。再開楽しみやわぁ。その前にちゃんと年越して、健康でおらんとな」
「せやねぇ」
リリコはおそばと具を食べ尽くし、おつゆをぐいぐいと飲み干した。
「あー美味しかった! ごちそうさま!」
お箸を置いてぱんっと手を合わせると、お祖母ちゃんは穏やかに「はい。お粗末さんでした」と言う。
「全然お粗末とちゃうのにー」
リリコが小さく膨れると、お祖母ちゃんは「もう癖になっとるんやわぁ」と笑った。
ご飯の後、お祖母ちゃんはリビングの炬燵に入り、リリコが片付けをする。終えて炬燵に合流して、かごの中のみかんを取ってぺりぺりと皮を剥いた。リリコは筋を綺麗に取る派である。お茶はお祖母ちゃんが入れてくれた緑茶だ。
テレビでは紅白歌合戦が始まっている。合戦と謳っているが、見る方からすると豪華なジャンル多彩のライブの様だ。
なのでなんとなく、勝敗とは名ばかりでは無いかと思っていた。だが負けると悔しいのだと、出場経験のある歌手がテレビで言っていたらしい。
楽しそうに見ていたお祖母ちゃんだが、やがて手で口を抑えながら「ふわぁ」と大きなあくびをする。
「そろそろ寝ようかねぇ」
時間を見ると22時半。いつもお祖母ちゃんが寝るころだ。お祖母ちゃんは「よいしょ」と立ち上がる。
「続きは明日見るからねぇ」
お祖母ちゃんはいつも最後まで見られないので録画をしている。歌唱はもちろんだが、終盤の演歌歌手の豪華絢爛な衣装も見もののひとつで、お祖母ちゃんも楽しみにしているのだ。
リリコも腰を上げた。
「お祖母ちゃん、今年一年ありがとう。来年もよろしくね」
「こちらこそありがとうねぇ。おやすみね」
「うん。おやすみ」
ふたりはぺこりをお辞儀をし合って、お祖母ちゃんはリビングを出て行った。
リリコはまた炬燵に入ると、ブルーレイレコーダーを立ち上げる。紅白の続きは明日お祖母ちゃんと見ることにして、紅白と並行して録画している、別局で放送している特番バラエティを見ることにする。
笑いながら過ごす時間は幸せだ。今はひとりだが、お祖母ちゃんが元気でいてくれている。ほんの少し離れたところで眠っていて、その存在を感じることができる。それだけで安心するのだ。
2個目のみかんに手を伸ばしたところで、リリコは再生中のバラエティを停止させ、チャンネルを変える。ゆく年くる年が始まっていた。
お祖母ちゃんは日を超える前に眠気が来て眠ってしまうのだが、お祖父ちゃんは起きて年越しを迎えていた。リリコも小さいころには眠気に勝てなかったのだが、お祖父ちゃんの様な年越しをすることに憧れていた。なので中学生になって夜更かしができる様になった時は嬉しかった。
お祖父ちゃんとふたりで、ゆく年くる年を見ながらする年越しは6、7年ほどあっただろうか。お祖父ちゃんは冷や酒を飲みながら。リリコはジュースを、そして大きくなるにつれお茶に。
リリコはふと思い立つと、立ち上がってお台所の冷蔵庫を開ける。取り出したのはほろよいのもも味。まだまだ未熟とは言え、リリコも年齢的には大人になった。大人になって初めての年越し。お祖父ちゃんの様にお酒を飲みながらでも許されるのでは無いだろうか。
ほろよいはお正月に飲もうと、種類をいくつか買って来ていた。平野さんが「ジュースの様に飲めるで」と、まだお酒にそう慣れていないリリコに薦めてくれたのだ。これならお祖母ちゃんとも一緒に飲める。ふたりで長居商店街の酒屋さんで選んだ。
テレビからは除夜の鐘がしめやかに鳴る。リリコはほろよいもも味をグラスに注ぐと両手で持ち、壁に掛けてあるお祖父ちゃんお気に入りの青い絵に掲げた。
「お祖父ちゃん、いつもありがとう」
天国だの地獄だのと難しいことは分からないが、きっとお祖父ちゃんはリリコとお祖母ちゃんを見守ってくれている、リリコはそう信じている。
こくりとグラスに口を付けると、確かに平野さんが言っていた通り、初心者にちょうど良いお酒だと感じた。アルコール度数が低いのでお酒の風味はほのかで、桃のやわらかな甘みで優しさを感じる。小さなころに良く飲んだネクターを思い起こさせた。
これは確かにジューズの様にごくごく飲んでしまいそうだ。飲み過ぎに気を付けなければ。
リビングに除夜の鐘が響き、時折アナウンサーの実況中継が挟まれる。リリコはそれらに耳を澄ましながらグラスを傾ける。
今年はいろいろあった。お家の建て替え、そして「いちょう食堂」との出会い。どちらもとても喜ばしいことだ。前の家の取り壊しは寂しかったが、新しい家には心が沸いた。
大将さんの実家にいるはずの大将さんと若大将さんはどうしているだろうか。お祖母ちゃんの様に早々に寝てしまっただろうか。それともご実家の方々と宴会などをされているのだろうか。
大将さんたちとリリコたちは、店子と大家の関係だ。だが同じ建物で暮らしていると、まるで家族の様だと錯覚してしまう。そう思うと家族が増えた様で嬉しい。向こうにしてみたら迷惑かも知れないが。
やがて除夜の鐘が鳴り終わり、年が明ける。お祖父ちゃんが亡くなってからはこうしてひとりの年越しだ。少ししんみりしつつも、お祖母ちゃんの気配を感じながらほっとして。
リリコはお祖母ちゃんの部屋に向かって「おめでとう」と呟き、お祖父ちゃんの青い絵に向かって「今年もよろしくね」と囁いた。
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