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2章 新しいお家といちょう食堂
第1話 お正月の準備
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ぴかぴかの新居でお正月を迎えるリリコとお祖母ちゃん。まだ開封できていないダンボールも多いが気にしない。ゆっくり荷解きして行こう。
おせち料理は半年前にデパートで予約していた。天王寺のあべのハルカスに入っている近鉄本店だ。
仕事納めの日の帰りにリリコが取りに行って来た。ふたりで食べ切れる様に一段のものだ。
こういった商品が無いころには、おせちはお祖母ちゃんのお手製だった。ひとつひとつに手間暇が掛かり、なので品数はそう多く無かった。だが基本はしっかりと押さえたものだった。
黒豆はしわができない様にたっぷりの煮汁を用い、綺麗な黒色になる様に釘を入れてことことと煮て、田作りは幼かったリリコが食べやすい様に、くるみと一緒に乾煎りして餡と絡めてくれる。栗きんとんは栗の甘露煮とさつまいも。くちなしの実を使って色鮮やかに仕上げる。
数の子は塩抜きをしてからお出汁に浸けて削り節をまぶす。なますは千切りにした祝大根と金時人参を甘酢に漬けて。海老の艶煮は有頭の立派なものを使う。背わたも丁寧に取って。帆立貝は甘辛く煮付ける。
昆布巻きはやはりリリコが食べてくれる様にと豚肉と巻き付けて作る。ぶりの照り焼きを少し甘めに作ってくれたのも、リリコが食べやすい様にだ。
お煮しめは蓮根やくわい、金時人参にこんにゃく、ごぼうに筍、干し椎茸と具沢山で作る。干し椎茸は冷蔵庫で一晩掛けて戻すので風味が良い。仕上げに散らす絹さやの緑が色鮮やかである。
そんな大変な手間が、今や購入することでまるっとクリアできるのだから、なんともありがたい。
お祖母ちゃんも若いころとは違い体力も落ちて来ている。リリコもお手伝いはするが、仕事納めの日によっては時間を取るのが難しいこともある。
大掃除は、普段からお祖母ちゃんが綺麗にお家を整えてくれるので、リリコは自分の部屋だけをしたら良い様になっているが、それでも少なくとも半日は掛かってしまう。なのでお年始準備のお手伝いの時間が多く取れないのだ。
おせちを作らなくて良いのなら、大晦日は年越しそばとお雑煮の支度があれば大丈夫。普段はあまり使わない白味噌もしっかり買い込んである。
お餅は丸餅を買っていた。お雑煮用に艶やかな白いお餅だ。
今はスーパーも元旦から開いているので、そう慌てて買い込む必要が無いので本当に助かる。飲食店もチェーン店なら営業しているので、食べに行っても良いだろうし。
リリコはお祖母ちゃんのおせちが好きだったので、食べられなくなるのは少し残念だった。だが膨大な手間暇を掛けさせてしまうことの方が嫌だった。
三十一日の午後、お祖母ちゃんはお煮しめと栗きんとんを作る。おせちのセットに両方ともも含まれているが、どちらも量が控えめだ。なのでこれだけはお祖母ちゃんが作ってくれていた。
かまぼこと伊達巻もおせちに入っているものだけでは少ないからと、おせちを受け取るついでに大寅のものを買って来る。お正月のとっておきだ。
お煮しめを煮ていると、かつおと昆布のお出汁と、昨日の晩から戻していた干し椎茸の戻し汁が合わさって、とても芳しい香りが漂う。
リリコが栗きんとんに使うさつまいもの皮をピーラーで剥いていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。リリコが手を止めてモニタを見ると、中のドアからのものだった。
この建物の階段とエレベータを使うためには、オートロックのドアを開ける必要がある。外からの来訪者はそのインターフォンを使わなければならない。なので中のインターフォンを使うのは店子である大将さんか若大将さんに限られる。
それでもリリコは念のために、まずはインターフォン越しに対応をする。
「はい」
「こんにちは。関目です」
大将さんの声だ。リリコは「はーい、お待ちくださいね」と応えて玄関に向かった。
「大将さん、若大将さん、こんにちは」
リリコはドアを開ける。外からひんやりとした空気が入って来て、軽く肩をすくめながらも微笑んだ。にかっと笑って手を上げる大将と、少し下がったところに若大将さんがいた。
「急に済まんなぁ、リリコちゃん」
「いえ、とんでも無いですよ。何かありましたか?」
「これ、もろうてくれんか思ってな」
大将さんは手にしていたタッパーを差し出す。蓋が青色の不透明なので中身が分からない。
「お煮しめやねん。大阪もんで作ったやつや。もうおせちの準備しとるかも知れんけど、良かったら」
大将さんと若大将さんの、すなわち「いちょう食堂」のお煮しめ! リリコは「わぁ」と歓喜の声を上げる。
「嬉しいです! ありがとうございます! ちょっと待っててくださいね」
リリコはタッパーを両手で受け取ると、大事に抱えてダイニングへと向かう。何かお礼できるものは無いだろうか。
「お祖母ちゃん、大将さんと若大将さんがお煮しめ持って来てくれはったわ」
「あら、それは嬉しいねぇ。なんかお礼せなあかんねぇ。何かあったやろか」
お祖母ちゃんはきょろきょろと棚などを見て、吹田市に住まう父方の叔父ちゃん一家がお歳暮で贈ってくれた箱を「よいしょっと」と取り出す。
「これ飲まはるやろか」
ヒロコーヒーのコーヒーギフトだ。ドリップコーヒーとクッキーがセットになったもの。開けたもののまだ手付かずだった。
お祖父ちゃん存命の時には、プレミアム・モルツと果汁百パーセントジュースを詰め合わせたファミリーセットを贈ってくれていたのだが、リリコとお祖母ちゃんふたりになってからは、ヒロコーヒーのギフトセットを贈ってくれる様になった。
コーヒーはオーガニックブレンドいながわ、クッキーはミルククッキーとカカオが入っている。
「リリちゃん、これが半分入る紙袋あるやろか」
「ん、ちょっと見て来るな」
リリコは自室に行くと、ショップのショッパーを入れた段ボールを開ける。急いで必要なものでは無いので、荷解きが後回しになっていた。リリコは適当なサイズの白いショッパーを出し、ダイニングに戻る。
「お祖母ちゃん、これでええ?」
「うん。ありがとう」
お祖母ちゃんはショッパーにオーガニックブレンドいながわを四個と、カカオのクッキーを入れる。
リリコがテーブルを見ると、タッパーにお祖母ちゃんが作ったばかりのお煮しめが入っていた。
「お祖母ちゃん、これは?」
「これも食べてもらおう思って。プロの人に素人のもん食べてもらうんは緊張するんやけどねぇ」
「お祖母ちゃんのご飯美味しいやん。お煮しめも私大好きやで」
「ふふ、ありがとう」
お煮しめはまだ熱いので、お祖母ちゃんはタッパーの蓋をずらして乗せると両手で抱える。
「リリちゃん、コーヒー持って来てねぇ」
「うん」
玄関に戻るとドアが閉まっている。リリコがそっと開けると大将さんと若大将さんが何やら話しながら待っててくれていた。
「寒い中お待たせしたねぇ、大将さん、若大将さん」
「いやいや」
「これねぇ、お煮しめのお礼のお煮しめ」
お祖母ちゃんが蓋を開けるとふわっと湯気が上がる。大将さんは「お」と目を丸くし、若大将さんは「うわぁ、ええ匂いや」と目を細めた。
「私が作ったものやねんけどねぇ。こんな素人料理、プロの人に食べてもらうんは恥ずかしいんやけど」
「とんでもないです。嬉しいですわ」
大将さんはふわっと口元を綻ばす。さっきのリリコの反応と似ていると思った。こうした誰かの厚意が詰まったものをいただくのは、本当に喜ばしいことだ。大将さんも若大将さんもそれを知っているのだ。大将さんは大切そうにタッパーを受け取った。
「それとこれも」
お祖母ちゃんはリリコからショッパーを受け取り、若大将さんに差し出す。
「ヒロコーヒーのコーヒーとクッキー。お好きやったらええんやけど」
「どっちも好きです。でもこんな、いただき過ぎですわ」
若大将さんが慌て、大将さんも「そうですわ」と言うと、お祖母ちゃんは「何言うてんの」と大らかに笑う。
「大将さんと若大将さんのお煮しめなんて、ええもんもろうてるんやもん。これでも足りへんぐらいやわぁ」
「そんな大したもんやありませんで」
「私らにしたら大したもんやのよ」
お祖母ちゃんが言い、リリコも「はい!」と何度も頷く。
「久しぶりに大将さんと若大将さんのお料理がいただけるの嬉しいです。食べるの楽しみです。あ、でもお祖母ちゃんのお煮しめも美味しいんですけどね」
リリコが得意げに言うと、お祖母ちゃんは照れた様に「これ、リリちゃん」とたしなめる。
「はい。この匂いで美味しい言うん分かりますわ」
「ふふ、ありがとう。ね、せやからもらってやってねぇ」
何が「せやから」なのだか分からないが、この押しの強さは大阪のおかんならではだ。
若大将さんも観念して「ありがとうございます」と笑顔でショッパーを受け取った。
「タッパーは今度返しに来ますさかいに」
「いつでもええからねぇ。こっちもいつでも返せる様にしておくからねぇ。そう言えば大将さんたちはお正月はどうするん? おふたりで過ごすん?」
「わしの実家に帰りますねん。言うても同じ大阪なんですけどね。そん時にわしらがお煮しめ作って持って行くんが恒例なんですわ。他のおせちは実家で用意してくれるんですけどね」
「うちと似た感じやねぇ。うちもここ最近はデパートで買うんよ。でもお煮しめと栗きんとんは作るんよ。おせちに入ってるんは量も物足りひんからねぇ」
「あ、それわしの実家も言うてましたわ。かまぼこと伊達巻も足らんて。栗きんとんもチビどもが好きですぐ無くなる言うて、スーパーで買うて来てますわ」
「ふふ。どこも一緒やねぇ。栗きんとんはリリちゃんも小さいころから好きなんよ」
「もう、お祖母ちゃん」
リリコはなんとなく恥ずかしくなり、お祖母ちゃんの背中をとんとんと軽く叩いた。お祖母ちゃんはおかしそうに「ふふ」と笑う。
「ほな、ええお正月を過ごしてねぇ。ええお年を」
「はい。ええもんもろうてありがとうございました。ええお年を」
大将さんと若大将さんはぺこりと頭を下げ、階段を降りて行った。ふたりが見えなくなるまで見送って家に戻る。
「受け取ってもらえて良かったわぁ」
「ほんまやね。大将さんたち実家に行かはるんやね。ええお正月になるとええね」
「そうやねぇ。うちも2日にはあちらのお祖父ちゃんたちのお家に挨拶に行くしねぇ」
お父さん方の祖父母のお宅に行くのは、リリコがお祖母ちゃんたちに引き取られてから、お正月の恒例行事になっている。
最寄り駅は北大阪急行の江坂で、長居からだと大阪メトロ御堂筋線一本で行ける。御堂筋線が北大阪急行に乗り入れているのだ。
向こうのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんはもうご高齢で、ふたりで吹田市の高齢者向け住宅に入っていて、家はお父さんの弟さん夫婦が継いでいる。
なので正確には叔父ちゃん家族のお家なのだが、リリコとお祖母ちゃんはいまだに「あちらのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家」と言っている。
あちらのお祖父ちゃんお祖母ちゃんは、まだ足腰が立たないわけでは無いので、お正月や盆休みなどはお家に帰って来る。このお正月も、大晦日から3が日をお家で過ごすと聞いている。
あちらのお祖父ちゃんお祖母ちゃんに会いに、お祖母ちゃんと高齢者住宅に行くこともあるのだが、あまり長居はできない。なのでゆっくりお話しなどができる年末年始を楽しみにしてくれている。
あちらのお祖父ちゃんお祖母ちゃんにとっても、リリコは可愛い孫なのだ。息子、リリコのお父さんの忘れ形見なのだ。
そう頻繁には会えないが、会えるといつもとても喜んでくれる。リリコが社会人になってもお年玉を用意してくれたりする。
リリコが初任給でお祖父ちゃんにポロシャツ、お祖母ちゃんにスカーフをプレゼントした時には、涙を流さんばかりに感激してくれた。
さて、栗きんとん作りの続きをしなければ。この栗きんとんはあちらの祖父母宅への手土産のひとつにもなるのだ。
おせち料理は半年前にデパートで予約していた。天王寺のあべのハルカスに入っている近鉄本店だ。
仕事納めの日の帰りにリリコが取りに行って来た。ふたりで食べ切れる様に一段のものだ。
こういった商品が無いころには、おせちはお祖母ちゃんのお手製だった。ひとつひとつに手間暇が掛かり、なので品数はそう多く無かった。だが基本はしっかりと押さえたものだった。
黒豆はしわができない様にたっぷりの煮汁を用い、綺麗な黒色になる様に釘を入れてことことと煮て、田作りは幼かったリリコが食べやすい様に、くるみと一緒に乾煎りして餡と絡めてくれる。栗きんとんは栗の甘露煮とさつまいも。くちなしの実を使って色鮮やかに仕上げる。
数の子は塩抜きをしてからお出汁に浸けて削り節をまぶす。なますは千切りにした祝大根と金時人参を甘酢に漬けて。海老の艶煮は有頭の立派なものを使う。背わたも丁寧に取って。帆立貝は甘辛く煮付ける。
昆布巻きはやはりリリコが食べてくれる様にと豚肉と巻き付けて作る。ぶりの照り焼きを少し甘めに作ってくれたのも、リリコが食べやすい様にだ。
お煮しめは蓮根やくわい、金時人参にこんにゃく、ごぼうに筍、干し椎茸と具沢山で作る。干し椎茸は冷蔵庫で一晩掛けて戻すので風味が良い。仕上げに散らす絹さやの緑が色鮮やかである。
そんな大変な手間が、今や購入することでまるっとクリアできるのだから、なんともありがたい。
お祖母ちゃんも若いころとは違い体力も落ちて来ている。リリコもお手伝いはするが、仕事納めの日によっては時間を取るのが難しいこともある。
大掃除は、普段からお祖母ちゃんが綺麗にお家を整えてくれるので、リリコは自分の部屋だけをしたら良い様になっているが、それでも少なくとも半日は掛かってしまう。なのでお年始準備のお手伝いの時間が多く取れないのだ。
おせちを作らなくて良いのなら、大晦日は年越しそばとお雑煮の支度があれば大丈夫。普段はあまり使わない白味噌もしっかり買い込んである。
お餅は丸餅を買っていた。お雑煮用に艶やかな白いお餅だ。
今はスーパーも元旦から開いているので、そう慌てて買い込む必要が無いので本当に助かる。飲食店もチェーン店なら営業しているので、食べに行っても良いだろうし。
リリコはお祖母ちゃんのおせちが好きだったので、食べられなくなるのは少し残念だった。だが膨大な手間暇を掛けさせてしまうことの方が嫌だった。
三十一日の午後、お祖母ちゃんはお煮しめと栗きんとんを作る。おせちのセットに両方ともも含まれているが、どちらも量が控えめだ。なのでこれだけはお祖母ちゃんが作ってくれていた。
かまぼこと伊達巻もおせちに入っているものだけでは少ないからと、おせちを受け取るついでに大寅のものを買って来る。お正月のとっておきだ。
お煮しめを煮ていると、かつおと昆布のお出汁と、昨日の晩から戻していた干し椎茸の戻し汁が合わさって、とても芳しい香りが漂う。
リリコが栗きんとんに使うさつまいもの皮をピーラーで剥いていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。リリコが手を止めてモニタを見ると、中のドアからのものだった。
この建物の階段とエレベータを使うためには、オートロックのドアを開ける必要がある。外からの来訪者はそのインターフォンを使わなければならない。なので中のインターフォンを使うのは店子である大将さんか若大将さんに限られる。
それでもリリコは念のために、まずはインターフォン越しに対応をする。
「はい」
「こんにちは。関目です」
大将さんの声だ。リリコは「はーい、お待ちくださいね」と応えて玄関に向かった。
「大将さん、若大将さん、こんにちは」
リリコはドアを開ける。外からひんやりとした空気が入って来て、軽く肩をすくめながらも微笑んだ。にかっと笑って手を上げる大将と、少し下がったところに若大将さんがいた。
「急に済まんなぁ、リリコちゃん」
「いえ、とんでも無いですよ。何かありましたか?」
「これ、もろうてくれんか思ってな」
大将さんは手にしていたタッパーを差し出す。蓋が青色の不透明なので中身が分からない。
「お煮しめやねん。大阪もんで作ったやつや。もうおせちの準備しとるかも知れんけど、良かったら」
大将さんと若大将さんの、すなわち「いちょう食堂」のお煮しめ! リリコは「わぁ」と歓喜の声を上げる。
「嬉しいです! ありがとうございます! ちょっと待っててくださいね」
リリコはタッパーを両手で受け取ると、大事に抱えてダイニングへと向かう。何かお礼できるものは無いだろうか。
「お祖母ちゃん、大将さんと若大将さんがお煮しめ持って来てくれはったわ」
「あら、それは嬉しいねぇ。なんかお礼せなあかんねぇ。何かあったやろか」
お祖母ちゃんはきょろきょろと棚などを見て、吹田市に住まう父方の叔父ちゃん一家がお歳暮で贈ってくれた箱を「よいしょっと」と取り出す。
「これ飲まはるやろか」
ヒロコーヒーのコーヒーギフトだ。ドリップコーヒーとクッキーがセットになったもの。開けたもののまだ手付かずだった。
お祖父ちゃん存命の時には、プレミアム・モルツと果汁百パーセントジュースを詰め合わせたファミリーセットを贈ってくれていたのだが、リリコとお祖母ちゃんふたりになってからは、ヒロコーヒーのギフトセットを贈ってくれる様になった。
コーヒーはオーガニックブレンドいながわ、クッキーはミルククッキーとカカオが入っている。
「リリちゃん、これが半分入る紙袋あるやろか」
「ん、ちょっと見て来るな」
リリコは自室に行くと、ショップのショッパーを入れた段ボールを開ける。急いで必要なものでは無いので、荷解きが後回しになっていた。リリコは適当なサイズの白いショッパーを出し、ダイニングに戻る。
「お祖母ちゃん、これでええ?」
「うん。ありがとう」
お祖母ちゃんはショッパーにオーガニックブレンドいながわを四個と、カカオのクッキーを入れる。
リリコがテーブルを見ると、タッパーにお祖母ちゃんが作ったばかりのお煮しめが入っていた。
「お祖母ちゃん、これは?」
「これも食べてもらおう思って。プロの人に素人のもん食べてもらうんは緊張するんやけどねぇ」
「お祖母ちゃんのご飯美味しいやん。お煮しめも私大好きやで」
「ふふ、ありがとう」
お煮しめはまだ熱いので、お祖母ちゃんはタッパーの蓋をずらして乗せると両手で抱える。
「リリちゃん、コーヒー持って来てねぇ」
「うん」
玄関に戻るとドアが閉まっている。リリコがそっと開けると大将さんと若大将さんが何やら話しながら待っててくれていた。
「寒い中お待たせしたねぇ、大将さん、若大将さん」
「いやいや」
「これねぇ、お煮しめのお礼のお煮しめ」
お祖母ちゃんが蓋を開けるとふわっと湯気が上がる。大将さんは「お」と目を丸くし、若大将さんは「うわぁ、ええ匂いや」と目を細めた。
「私が作ったものやねんけどねぇ。こんな素人料理、プロの人に食べてもらうんは恥ずかしいんやけど」
「とんでもないです。嬉しいですわ」
大将さんはふわっと口元を綻ばす。さっきのリリコの反応と似ていると思った。こうした誰かの厚意が詰まったものをいただくのは、本当に喜ばしいことだ。大将さんも若大将さんもそれを知っているのだ。大将さんは大切そうにタッパーを受け取った。
「それとこれも」
お祖母ちゃんはリリコからショッパーを受け取り、若大将さんに差し出す。
「ヒロコーヒーのコーヒーとクッキー。お好きやったらええんやけど」
「どっちも好きです。でもこんな、いただき過ぎですわ」
若大将さんが慌て、大将さんも「そうですわ」と言うと、お祖母ちゃんは「何言うてんの」と大らかに笑う。
「大将さんと若大将さんのお煮しめなんて、ええもんもろうてるんやもん。これでも足りへんぐらいやわぁ」
「そんな大したもんやありませんで」
「私らにしたら大したもんやのよ」
お祖母ちゃんが言い、リリコも「はい!」と何度も頷く。
「久しぶりに大将さんと若大将さんのお料理がいただけるの嬉しいです。食べるの楽しみです。あ、でもお祖母ちゃんのお煮しめも美味しいんですけどね」
リリコが得意げに言うと、お祖母ちゃんは照れた様に「これ、リリちゃん」とたしなめる。
「はい。この匂いで美味しい言うん分かりますわ」
「ふふ、ありがとう。ね、せやからもらってやってねぇ」
何が「せやから」なのだか分からないが、この押しの強さは大阪のおかんならではだ。
若大将さんも観念して「ありがとうございます」と笑顔でショッパーを受け取った。
「タッパーは今度返しに来ますさかいに」
「いつでもええからねぇ。こっちもいつでも返せる様にしておくからねぇ。そう言えば大将さんたちはお正月はどうするん? おふたりで過ごすん?」
「わしの実家に帰りますねん。言うても同じ大阪なんですけどね。そん時にわしらがお煮しめ作って持って行くんが恒例なんですわ。他のおせちは実家で用意してくれるんですけどね」
「うちと似た感じやねぇ。うちもここ最近はデパートで買うんよ。でもお煮しめと栗きんとんは作るんよ。おせちに入ってるんは量も物足りひんからねぇ」
「あ、それわしの実家も言うてましたわ。かまぼこと伊達巻も足らんて。栗きんとんもチビどもが好きですぐ無くなる言うて、スーパーで買うて来てますわ」
「ふふ。どこも一緒やねぇ。栗きんとんはリリちゃんも小さいころから好きなんよ」
「もう、お祖母ちゃん」
リリコはなんとなく恥ずかしくなり、お祖母ちゃんの背中をとんとんと軽く叩いた。お祖母ちゃんはおかしそうに「ふふ」と笑う。
「ほな、ええお正月を過ごしてねぇ。ええお年を」
「はい。ええもんもろうてありがとうございました。ええお年を」
大将さんと若大将さんはぺこりと頭を下げ、階段を降りて行った。ふたりが見えなくなるまで見送って家に戻る。
「受け取ってもらえて良かったわぁ」
「ほんまやね。大将さんたち実家に行かはるんやね。ええお正月になるとええね」
「そうやねぇ。うちも2日にはあちらのお祖父ちゃんたちのお家に挨拶に行くしねぇ」
お父さん方の祖父母のお宅に行くのは、リリコがお祖母ちゃんたちに引き取られてから、お正月の恒例行事になっている。
最寄り駅は北大阪急行の江坂で、長居からだと大阪メトロ御堂筋線一本で行ける。御堂筋線が北大阪急行に乗り入れているのだ。
向こうのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんはもうご高齢で、ふたりで吹田市の高齢者向け住宅に入っていて、家はお父さんの弟さん夫婦が継いでいる。
なので正確には叔父ちゃん家族のお家なのだが、リリコとお祖母ちゃんはいまだに「あちらのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家」と言っている。
あちらのお祖父ちゃんお祖母ちゃんは、まだ足腰が立たないわけでは無いので、お正月や盆休みなどはお家に帰って来る。このお正月も、大晦日から3が日をお家で過ごすと聞いている。
あちらのお祖父ちゃんお祖母ちゃんに会いに、お祖母ちゃんと高齢者住宅に行くこともあるのだが、あまり長居はできない。なのでゆっくりお話しなどができる年末年始を楽しみにしてくれている。
あちらのお祖父ちゃんお祖母ちゃんにとっても、リリコは可愛い孫なのだ。息子、リリコのお父さんの忘れ形見なのだ。
そう頻繁には会えないが、会えるといつもとても喜んでくれる。リリコが社会人になってもお年玉を用意してくれたりする。
リリコが初任給でお祖父ちゃんにポロシャツ、お祖母ちゃんにスカーフをプレゼントした時には、涙を流さんばかりに感激してくれた。
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