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3章 親子の絆
第4話 目の前にいるのに
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安倍晴明の大阪逗留は年に数回。渚沙と竹ちゃんはたこ焼きを手に訪ねるのだが、その時に竹ちゃんの元気が少し無くなるのが気にはなっていた。それはやはり、仲睦まじい親子を目にして、自分の家族を思い出しているのでは無いかと渚沙は想像する。
だから渚沙は常に言うのだ。「竹ちゃんには私がおるで」と。
そんなものが慰めになるのか、正直分からない。渚沙は竹ちゃんにとっては、きっとただの同居人である。渚沙は竹ちゃんを大事な大事なお友だちだと思っているが、竹ちゃんの心のうちは判らないのだ。一緒に暮らしているのだから、嫌われてはいないと思うのだが。
渚沙はできる限り竹ちゃんに寄り添いたいと思っている。だがどうやっても渚沙が竹ちゃんの全てを理解することはできない。独身で親になったことすら無いのだし、幸いにも会いたい人に会えない状況でも無いからだ。
だから、渚沙は黙って竹ちゃんのそばにいるのだ。渚沙では竹ちゃんの家族にはなれない。しかし今、竹ちゃんのいちばん近くにいるのは渚沙なのだから。例え疎ましがられてしまっても、竹ちゃんはひとりでは無い、思っている誰かがいる、それを知っていて欲しい。
同居しているのだから、相手を、竹ちゃんを気遣うのは当たり前のことなのである。
「渚沙、竹子をハーベストの丘に連れて行ってくれないカピか?」
数日後、竹ちゃんからそんな打診を受け、渚沙は目を見張る。
竹ちゃんはあやかしになったことで、他のカピバラなどに認識されなくなってしまったことを嘆いている様に見えた。だから渚沙は自分からはそのことに触れずにいたのだ。
「それはもちろんええけど。次の休みで大丈夫?」
「良いカピよ。よろしくカピ」
竹ちゃんは時速50キロで走れる健脚である。ハーベストの丘の場所も行き方も分かっているだろうから、ひとりで行こうと思えばきっと行けるのだ。だが渚沙の同行を希望する理由があるのだろう。なら渚沙はそれを叶えるだけである。少しでもお役に立てることができたら良いなと思うのだ。
翌水曜日。渚沙と竹ちゃんは少し早めのお昼ごはんを済ませ、家を出る。
あびこからハーベストの丘に行くには、まず大阪メトロ御堂筋線に乗って、下りの終点のなかもず駅まで行く。そこから泉北高速鉄道の中百舌鳥駅から電車に乗り、2駅先の泉ヶ丘駅で降りる。
そこからは南海バスである。本数が少ないので、電車はバスの時間に合わせて調整している。果たして渚沙たちは、間も無く停留所に滑り込んで来たバスに首尾良く乗り込むことができた。
かたことと揺られながら、目的地に向かう。平日だからかバスは空いていたので、渚沙と竹ちゃんはふたり掛けの座席に並んで座る。ショッピングモールなどの建物がある駅前から住宅地を走り、徐々に緑が増えて行った。
あびこからは交通の便があまり良く無いので、レンタカーを借りることも考えた。だが渚沙は立派なペーパードライバーなのである。そんな状態で土地勘の無い道を走るのが不安で、断念したのだった。
しかも出発地点であるあびこを貫くあびこ筋は交通量も多い。しかも大阪人は全国でも運転が荒い方だと言われている。そんな中でハンドルを握る勇気は出なかった。
そうしてハーベストの丘に到着したのは、14時少し前だった。券売機でチケットを買って中に入ると、可愛らしくものどかな景色が広がる。小さな子が楽しめるアミューズメントが多く、手作りと思しき看板などもあった。花壇などもあり、木々や小さな花が穏やかな風に小さく揺れている。
日陰が無いので、渚沙は黒い日傘を広げた。竹ちゃんもその陰にするりと入る。
整地された道に沿って奥に進む。カピバラを始め動物たちがいるエリアは施設の奥、吊り橋の向こう側である。普通の橋の様にしっかりと固定されてはいるものの、下は道路と石津川が通っていてその間に橋の支えになる柱などは無い。特性的にぐらぐらと揺れる吊り橋を注意深く渡った。
吊り橋の中頃には水槽が設置されているのだが、これは水槽ダンパーと呼ばれる制震装置なのだそうだ。水槽内のお水が揺れることで、吊り橋の揺れを小さくする効果があるのだとか。
このハーベストの丘にいる動物は、山羊や羊、馬などから、犬や猫まで様々だ。「村のエリア」と名付けられたスペースである。
有料のえさをあげられる動物もいて、とても心が弾むのだが、今日の目的はカピバラである。渚沙と竹ちゃんはまっすぐカピバラハウスに向かう。
そして金網越しに、カピバラに出会った。
今、ハウスの中にいるのは、大人のカピバラが3匹。コンクリートの床に伏せていたり、水が張られた池の中でじっとしていたり、広々としたハウスの中をのったりと歩いていたり。
何とも愛らしい。心がほぐされて行く様である。竹ちゃんも毎日可愛いが、こうして物言わず、気ままでいるカピバラも大いに癒しになった。
しゃがんだ渚沙と竹ちゃんは並んでかぶり付きになる。金網に指を掛けて、3匹のカピバラを眺めた。竹ちゃんの子どもはこの中にいるのだろうか。
「モナ」
竹ちゃんが呼び掛ける。モナ、それが子どもの名前なのだろう。ここにいるのだ。しかし3匹のカピバラは1匹も反応することは無い。
やはりあやかしとなってしまった竹ちゃんの声は、生きるものには聞こえないのか。渚沙は切なくなる。すぐそばに親子がいるのに、触れ合うことが叶わないだなんて。どうか気付いて欲しい。渚沙は心で願った。
竹ちゃんは諦めたのか、いや、諦めるしか無く、じっとしたままカピバラハウスの中を見つめ続けた。
だから渚沙は常に言うのだ。「竹ちゃんには私がおるで」と。
そんなものが慰めになるのか、正直分からない。渚沙は竹ちゃんにとっては、きっとただの同居人である。渚沙は竹ちゃんを大事な大事なお友だちだと思っているが、竹ちゃんの心のうちは判らないのだ。一緒に暮らしているのだから、嫌われてはいないと思うのだが。
渚沙はできる限り竹ちゃんに寄り添いたいと思っている。だがどうやっても渚沙が竹ちゃんの全てを理解することはできない。独身で親になったことすら無いのだし、幸いにも会いたい人に会えない状況でも無いからだ。
だから、渚沙は黙って竹ちゃんのそばにいるのだ。渚沙では竹ちゃんの家族にはなれない。しかし今、竹ちゃんのいちばん近くにいるのは渚沙なのだから。例え疎ましがられてしまっても、竹ちゃんはひとりでは無い、思っている誰かがいる、それを知っていて欲しい。
同居しているのだから、相手を、竹ちゃんを気遣うのは当たり前のことなのである。
「渚沙、竹子をハーベストの丘に連れて行ってくれないカピか?」
数日後、竹ちゃんからそんな打診を受け、渚沙は目を見張る。
竹ちゃんはあやかしになったことで、他のカピバラなどに認識されなくなってしまったことを嘆いている様に見えた。だから渚沙は自分からはそのことに触れずにいたのだ。
「それはもちろんええけど。次の休みで大丈夫?」
「良いカピよ。よろしくカピ」
竹ちゃんは時速50キロで走れる健脚である。ハーベストの丘の場所も行き方も分かっているだろうから、ひとりで行こうと思えばきっと行けるのだ。だが渚沙の同行を希望する理由があるのだろう。なら渚沙はそれを叶えるだけである。少しでもお役に立てることができたら良いなと思うのだ。
翌水曜日。渚沙と竹ちゃんは少し早めのお昼ごはんを済ませ、家を出る。
あびこからハーベストの丘に行くには、まず大阪メトロ御堂筋線に乗って、下りの終点のなかもず駅まで行く。そこから泉北高速鉄道の中百舌鳥駅から電車に乗り、2駅先の泉ヶ丘駅で降りる。
そこからは南海バスである。本数が少ないので、電車はバスの時間に合わせて調整している。果たして渚沙たちは、間も無く停留所に滑り込んで来たバスに首尾良く乗り込むことができた。
かたことと揺られながら、目的地に向かう。平日だからかバスは空いていたので、渚沙と竹ちゃんはふたり掛けの座席に並んで座る。ショッピングモールなどの建物がある駅前から住宅地を走り、徐々に緑が増えて行った。
あびこからは交通の便があまり良く無いので、レンタカーを借りることも考えた。だが渚沙は立派なペーパードライバーなのである。そんな状態で土地勘の無い道を走るのが不安で、断念したのだった。
しかも出発地点であるあびこを貫くあびこ筋は交通量も多い。しかも大阪人は全国でも運転が荒い方だと言われている。そんな中でハンドルを握る勇気は出なかった。
そうしてハーベストの丘に到着したのは、14時少し前だった。券売機でチケットを買って中に入ると、可愛らしくものどかな景色が広がる。小さな子が楽しめるアミューズメントが多く、手作りと思しき看板などもあった。花壇などもあり、木々や小さな花が穏やかな風に小さく揺れている。
日陰が無いので、渚沙は黒い日傘を広げた。竹ちゃんもその陰にするりと入る。
整地された道に沿って奥に進む。カピバラを始め動物たちがいるエリアは施設の奥、吊り橋の向こう側である。普通の橋の様にしっかりと固定されてはいるものの、下は道路と石津川が通っていてその間に橋の支えになる柱などは無い。特性的にぐらぐらと揺れる吊り橋を注意深く渡った。
吊り橋の中頃には水槽が設置されているのだが、これは水槽ダンパーと呼ばれる制震装置なのだそうだ。水槽内のお水が揺れることで、吊り橋の揺れを小さくする効果があるのだとか。
このハーベストの丘にいる動物は、山羊や羊、馬などから、犬や猫まで様々だ。「村のエリア」と名付けられたスペースである。
有料のえさをあげられる動物もいて、とても心が弾むのだが、今日の目的はカピバラである。渚沙と竹ちゃんはまっすぐカピバラハウスに向かう。
そして金網越しに、カピバラに出会った。
今、ハウスの中にいるのは、大人のカピバラが3匹。コンクリートの床に伏せていたり、水が張られた池の中でじっとしていたり、広々としたハウスの中をのったりと歩いていたり。
何とも愛らしい。心がほぐされて行く様である。竹ちゃんも毎日可愛いが、こうして物言わず、気ままでいるカピバラも大いに癒しになった。
しゃがんだ渚沙と竹ちゃんは並んでかぶり付きになる。金網に指を掛けて、3匹のカピバラを眺めた。竹ちゃんの子どもはこの中にいるのだろうか。
「モナ」
竹ちゃんが呼び掛ける。モナ、それが子どもの名前なのだろう。ここにいるのだ。しかし3匹のカピバラは1匹も反応することは無い。
やはりあやかしとなってしまった竹ちゃんの声は、生きるものには聞こえないのか。渚沙は切なくなる。すぐそばに親子がいるのに、触れ合うことが叶わないだなんて。どうか気付いて欲しい。渚沙は心で願った。
竹ちゃんは諦めたのか、いや、諦めるしか無く、じっとしたままカピバラハウスの中を見つめ続けた。
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