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3章 親子の絆

第7話 もう、大丈夫だから

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 ハーベストの丘からの帰りのバス、そして電車の中で、仔カピバラに戻ったたけちゃんは始終無言だった。だがその表情には満ち足りた様なものが見える気がした。

 つぶらな黒い目は柔らかなを描き、口元も心なしか緩んでいる様に思える。

 家に帰り着き、自室で部屋着に着替えてリビングダイニングに行くと、ソファにちんまりと座っていた竹ちゃんは落ち着いた声色で言った。

渚沙なぎさ、ありがとうカピ」

「え?」

 渚沙はきょとんとしてしまう。竹ちゃんはあまりお礼などを言う子では無い。そんな竹ちゃんの突然の言葉に、渚沙は虚を突かれてしまった。

「渚沙と一緒だったから、今日モナを見ても悲しくならなかったカピ」

 それなら一緒に行った甲斐もあるのだが。そして喜ばしいことでもあるのだが。

「……私には、モナちゃんが竹ちゃんに気付いたみたいに見えた」

「気のせいカピよ」

 竹ちゃんは素っ気なく言うが、渚沙には本当にそう見えたのだ。視線を交わし、竹ちゃんのいつくしみを、モナちゃんは受け取った様に感じられたのだ。

 だが竹ちゃんには違ったのだろうか。正面からモナちゃんを見据え、頭に触れた手。その感覚を竹ちゃんは感じられなかったのだろうか。

「どうしても生きるほとんどのものは、あやかしを見ることができないのだカピ。もし見えたら、それは奇跡なのだカピ」

「私には、その奇跡が起こった様に見えたんよ」

「そう思って期待して、次に行った時に気付いてもらえなかったら、失望してしまうカピ。だからそう思わないのだカピ」

 そうか。これは竹ちゃんの自衛行為なのか。確かにそうかも知れない。気付いてもらえないだろう、そう思って行くのが、心を守るには良いのかも知れない。竹ちゃんにだって感情はあるのだから。

 それでも渚沙と一緒だったことで、竹ちゃんの気持ちが沈まなかったのなら、それはきっと幸いだ。これからハーベストの丘に行く時には、渚沙が同行したら良いのだ。それだけで竹ちゃんは心穏やかに、モナちゃんと会うことができるかも知れない。

 竹ちゃんの現実的な一面を垣間見た様な気がした。だが今、その感想はふさわしく無い。だから渚沙は言うのだ。

「竹ちゃん、また一緒にモナちゃんに会いに行こうな」

 すると竹ちゃんは「うむ」と、満足げに頷いた。



 数日が経ち、「さかなし」の営業時間が終わったころ、いつもの様に茨木童子いばらきどうじが「おう、邪魔すんで」と姿を現す。

 そして、久々の葛の葉くずのはも「こんばんは~」と続いた。

「葛の葉さん、お久しぶりです」

「ね~。童子丸どうじまるが京都に帰っちゃったからねぇ~」

 安倍晴明あべのせいめいは普段、京都の晴明神社を拠点にしている。今回の大阪逗留とうりゅうの様に、ゆかりのある地に出向くのは、本人がいなくても参拝客などに加護が与えられる様にするためなのである。

「親子の時間は存分に過ごせたカピか?」

「ええ、お陰さまで~。そうそう、今度大阪来た時には、ここにも来てみたいて言うてたわ~」

 すると茨木童子が「お、勝負するか?」と気色ばむ。やはりあやかし、特に鬼にとって陰陽師おんみょうじは天敵なのだろうか。安倍晴明も笑いながら「喧嘩になる」と言っていたが。

「茨木がそんなんやから、童子丸も遠慮するんよ~。もうそんな時代や無いんやから、一緒にたこ焼き食べてお酒飲んで、楽しんだらええやないの~」

 葛の葉が呆れた様に言うと、茨木童子は「ふん」と不機嫌になる。

「時代が変わっても、陰陽師は敵や。現代は生きる陰陽師が少ないからな、俺らあやかしの天下や思ったら、安倍晴明が日本の守り神とか、何の罰やねん」

「悪いことはできひんてことやねぇ~。そうや、童子丸が来る時は、茨木が来んかったらええやないの~」

「何で俺が酒を我慢せなあかんねん」

 茨木童子は憤慨して膨れてしまったままである。渚沙はたこ焼きを焼きながら、微笑ましい気持ちになる。

 ここに安倍晴明が加わって、いさかいなんかも繰り広げながら、わいわい飲み食いするのも楽しそう。そんな風に思うのだ。

 いたずらっ子な気がある安倍晴明が茨木童子をからかい、単純な茨木童子が激昂する。そんな想像ができてしまう。

 茨木童子と安倍晴明に限っては「喧嘩するほど仲が良い」が通用しないのだろう。阿鼻叫喚あびきょうかんになるかも知れない。だがそれを横目に竹ちゃんは何処どこ吹く風でたこ焼きを食べるのだ。

 きっと茨木童子が暴れようとしても、葛の葉も安倍晴明もいるのだから、抑えつけることなど朝飯前だろう。きっとそんな茨木童子も美味しい肴になる。

 葛の葉と安倍晴明の親子を見ても、もう、きっと竹ちゃんも寂しくは無いだろう。渚沙が一緒なのだから。竹ちゃんがそう言ってくれたのだから。

 渚沙は愉快で騒々しい景色を想像をし、口元を綻ばせた。
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