26 / 40
4章 期間限定の恩恵
第1話 飛び込んできたもの
しおりを挟む
その日の「さかなし」営業時間が終わり、またいつもの様に茨木童子と葛の葉が雪崩れ込んで来る。基本的にはいつもタダ飯、タダ酒を遠慮無くかっくらう2体なのだが。
「おら、今年もきのこが生え始めたで」
茨木童子がそう言って、細長い緑の葉っぱで編まれた袋をどさっとテーブルに置いた。
どうにか酷暑を乗り越え、それでもまだそれを引きずる9月。スーパーにはさつまいもや蓮根、まだ小粒ながらも栗や秋鮭、戻り鰹など秋の味覚も出始め、やっとそこで季節を感じるころだった。
茨木童子たちあやかしの住処になっている大仙陵古墳の植物たちは独自の生態系を築いていて、木の実など季節それぞれの味覚が成るそうなのだ。それらはあやかしたちの嗜好品になっているらしい。
様々な時代を生きて来たあやかしたちには、そのあやかしなりの生活の知恵があるそうで、茨木童子はきのこ類の選別がお手の物らしい。
売られているきのこ類のほとんどは農家さんの手で栽培されているものなので、安心である。だが野生のきのこは毒があるものと食べられるものの見極めが難しい。なので素人が手を出して良い領域では無いと、渚沙は思っている。
茨木童子などはあやかしなのだから、毒きのこぐらい平気なのではと思いがちなのだが、そうでは無いとのこと。毒性そのものは効かないそうだが、どうやら美味しく無いと感じるらしいのだ。
人間にとっては、毒があっても美味しいと感じるきのこ類がいくつかあるらしいが、それもあやかし、茨木童子にとっては美味しくないそうなのだ。
なので口にしてまずければ吐き出す、そんなことを繰り返しているうちに、見極めができる様になったのである。
大仙陵古墳に住み着いて幾年、そうしてあやかしにとって美味しいきのこだけを食べて来たのだった。今日持って来てくれたものは、そのおすそ分けである。
「ありがとうございます。すごい量ですねぇ」
袋はスーパーのいちばん大きい袋ぐらいのサイズである。そこにどっさりときのこ類が入れられていた。袋を開けると、渚沙が普段食べているようなしめじや平茸などに加えて、白や黄色がかったものなど、いろいろな種類のきのこが見えた。
「今日はどうしましょ。お味噌汁? バターソテー? オリーブオイルで黒こしょう効かします?」
渚沙がぱっと思い浮かんだ数種類のきのこ料理を提示すると、茨木童子は「う~ん、そうやなぁ」と唸る。
「酒のあとに汁もんがええな。中華風っちゅうんか? ごま油使ったやつがええわ」
となると、きのこのお出汁を活かすためにお水から煮て、中華スープの素を入れ、調味してからごま油を落とすとしようか。彩りの青ねぎも、ここはたこ焼き屋なのだから充分にある。
「ほな卵も使いますか。竹ちゃんと葛の葉さんもそれでええですか?」
「良いカピよ」
「ええわよ~。お酒のあとのあったかいお汁物、美味しいんよねぇ~」
きのこの使い道が決まり、紙パックの日本酒とグラスを出し、さぁ、たこ焼きを焼こうとした時。
「邪魔するぞ」
店内に、小さな女の子の可愛らしい声が響いた。この声は。
「わらしちゃん、いらっしゃい」
「うむ」
渚沙のお迎えに、紫色の着物を着たおかっぱ頭の女の子は鷹揚に頷いた。「さかなし」のドアの前にちょこんと立っている。
わらしちゃんと呼ばれたこの女の子、正体は座敷童子である。家に福をもたらすと言われている、見た目が子どものあやかしだ。
主に岩手県に伝わるあやかしなのだが、いたずら好きで好奇心が強いためか、数体が住処である有名な某旅館を飛び出し、日本のあちらこちらに点在しているのだ。正確な場所までは渚沙には分からないが。
そして、それはここ大阪にも及んだ。この座敷童子は大阪府内の家庭を練り歩き、これと決めたお家に棲み付く。そして渚沙たちがわらしちゃんと呼ぶこの座敷童子が選びがちなのは、あまり裕福で無い母子家庭なのである。
「なんや、わらし、またどっかの父無し家庭を没落させて来たんか」
茨木童子の無神経とも言えるせりふに、座敷童子は「ふん」と鼻を鳴らし、茨木童子たちが着いているテーブルの空いている席、いつもは渚沙が掛ける椅子にひょいと飛び上がって座った。
「人聞きが悪いのう。裕福になった母親が外に男を作り、ふたりの子どもをないがしろにし始めたのじゃ。そんな家に用は無い」
「あらぁ~、それはあかんわよねぇ~」
葛の葉は優美な顔を軽くしかめる。
「自分の子をないがしろにするなんて、母親としてありえへんわぁ~」
「そうカピね」
自らが親である竹ちゃんも葛の葉も苦言を呈す。この2体は我が子を大事にしているので、余計にそう思うのだろう。
親になったことの無い渚沙でも、それが良く無いことぐらいは分かる。母親とてひとりの女性だという見方もあるのだろうが、子どもの環境が悪くなってしまうのはいただけない。
「そういうわけで渚沙、竹子、次の家が決まるまで、また世話になるぞ」
「はぁい」
「良いカピよ」
渚沙たちの返事に、座敷童子は満足げに「うむ」と頷いた。
「ちゅうことは、明日からまたしばらく忙しくなるなぁ。たこ、倍量用意せな」
「うむ。せいぜい励め」
座敷童子は竹ちゃんがこの家に来るまでは、憑くご家庭にいない時は大仙陵古墳に帰っていた。だがここにいた方が次のお家を探しやすいという理由で、来る様になったのだ。
その間、それはもう「さかなし」は繁盛してしまうのである。ここも一応「お家」である。しかも商売をしている。なので座敷童子のご加護が、てきめんに出てしまうのだった。
「おら、今年もきのこが生え始めたで」
茨木童子がそう言って、細長い緑の葉っぱで編まれた袋をどさっとテーブルに置いた。
どうにか酷暑を乗り越え、それでもまだそれを引きずる9月。スーパーにはさつまいもや蓮根、まだ小粒ながらも栗や秋鮭、戻り鰹など秋の味覚も出始め、やっとそこで季節を感じるころだった。
茨木童子たちあやかしの住処になっている大仙陵古墳の植物たちは独自の生態系を築いていて、木の実など季節それぞれの味覚が成るそうなのだ。それらはあやかしたちの嗜好品になっているらしい。
様々な時代を生きて来たあやかしたちには、そのあやかしなりの生活の知恵があるそうで、茨木童子はきのこ類の選別がお手の物らしい。
売られているきのこ類のほとんどは農家さんの手で栽培されているものなので、安心である。だが野生のきのこは毒があるものと食べられるものの見極めが難しい。なので素人が手を出して良い領域では無いと、渚沙は思っている。
茨木童子などはあやかしなのだから、毒きのこぐらい平気なのではと思いがちなのだが、そうでは無いとのこと。毒性そのものは効かないそうだが、どうやら美味しく無いと感じるらしいのだ。
人間にとっては、毒があっても美味しいと感じるきのこ類がいくつかあるらしいが、それもあやかし、茨木童子にとっては美味しくないそうなのだ。
なので口にしてまずければ吐き出す、そんなことを繰り返しているうちに、見極めができる様になったのである。
大仙陵古墳に住み着いて幾年、そうしてあやかしにとって美味しいきのこだけを食べて来たのだった。今日持って来てくれたものは、そのおすそ分けである。
「ありがとうございます。すごい量ですねぇ」
袋はスーパーのいちばん大きい袋ぐらいのサイズである。そこにどっさりときのこ類が入れられていた。袋を開けると、渚沙が普段食べているようなしめじや平茸などに加えて、白や黄色がかったものなど、いろいろな種類のきのこが見えた。
「今日はどうしましょ。お味噌汁? バターソテー? オリーブオイルで黒こしょう効かします?」
渚沙がぱっと思い浮かんだ数種類のきのこ料理を提示すると、茨木童子は「う~ん、そうやなぁ」と唸る。
「酒のあとに汁もんがええな。中華風っちゅうんか? ごま油使ったやつがええわ」
となると、きのこのお出汁を活かすためにお水から煮て、中華スープの素を入れ、調味してからごま油を落とすとしようか。彩りの青ねぎも、ここはたこ焼き屋なのだから充分にある。
「ほな卵も使いますか。竹ちゃんと葛の葉さんもそれでええですか?」
「良いカピよ」
「ええわよ~。お酒のあとのあったかいお汁物、美味しいんよねぇ~」
きのこの使い道が決まり、紙パックの日本酒とグラスを出し、さぁ、たこ焼きを焼こうとした時。
「邪魔するぞ」
店内に、小さな女の子の可愛らしい声が響いた。この声は。
「わらしちゃん、いらっしゃい」
「うむ」
渚沙のお迎えに、紫色の着物を着たおかっぱ頭の女の子は鷹揚に頷いた。「さかなし」のドアの前にちょこんと立っている。
わらしちゃんと呼ばれたこの女の子、正体は座敷童子である。家に福をもたらすと言われている、見た目が子どものあやかしだ。
主に岩手県に伝わるあやかしなのだが、いたずら好きで好奇心が強いためか、数体が住処である有名な某旅館を飛び出し、日本のあちらこちらに点在しているのだ。正確な場所までは渚沙には分からないが。
そして、それはここ大阪にも及んだ。この座敷童子は大阪府内の家庭を練り歩き、これと決めたお家に棲み付く。そして渚沙たちがわらしちゃんと呼ぶこの座敷童子が選びがちなのは、あまり裕福で無い母子家庭なのである。
「なんや、わらし、またどっかの父無し家庭を没落させて来たんか」
茨木童子の無神経とも言えるせりふに、座敷童子は「ふん」と鼻を鳴らし、茨木童子たちが着いているテーブルの空いている席、いつもは渚沙が掛ける椅子にひょいと飛び上がって座った。
「人聞きが悪いのう。裕福になった母親が外に男を作り、ふたりの子どもをないがしろにし始めたのじゃ。そんな家に用は無い」
「あらぁ~、それはあかんわよねぇ~」
葛の葉は優美な顔を軽くしかめる。
「自分の子をないがしろにするなんて、母親としてありえへんわぁ~」
「そうカピね」
自らが親である竹ちゃんも葛の葉も苦言を呈す。この2体は我が子を大事にしているので、余計にそう思うのだろう。
親になったことの無い渚沙でも、それが良く無いことぐらいは分かる。母親とてひとりの女性だという見方もあるのだろうが、子どもの環境が悪くなってしまうのはいただけない。
「そういうわけで渚沙、竹子、次の家が決まるまで、また世話になるぞ」
「はぁい」
「良いカピよ」
渚沙たちの返事に、座敷童子は満足げに「うむ」と頷いた。
「ちゅうことは、明日からまたしばらく忙しくなるなぁ。たこ、倍量用意せな」
「うむ。せいぜい励め」
座敷童子は竹ちゃんがこの家に来るまでは、憑くご家庭にいない時は大仙陵古墳に帰っていた。だがここにいた方が次のお家を探しやすいという理由で、来る様になったのだ。
その間、それはもう「さかなし」は繁盛してしまうのである。ここも一応「お家」である。しかも商売をしている。なので座敷童子のご加護が、てきめんに出てしまうのだった。
11
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる