お昼ごはんはすべての始まり

山いい奈

文字の大きさ
17 / 41
2章 未来のふたり(仮)

第1話 初めての振る舞いごはん

しおりを挟む
「ん、美味しい」

 紗奈さなが作ったグラタンをはふはふと頬張った雪哉ゆきやさんは、細い目を精一杯丸くして口元をほころばせた。

「ほんまですか? やったぁ!」

 紗奈は嬉しくなって喜びを素直に表す。

 事務所のお料理部でこつこつとお料理に励み、包丁の扱いにも大分慣れて来た。基本の工程はレシピ頼りだし、さすがにプロの料理人みたいな高速千切りなんてことはまだまだ夢の話だが、手際もかなり良くなって来ている様に思う。岡薗おかぞのさんにも「上手になって来たな」と言ってもらえる様になった。

 その日は土曜日。紗奈も雪哉さんも仕事が休みで、雪哉さんがひとりで住まうワンルームマンションでのお家デートだった。

 雪哉さんは大学進学を機に実家から独立し、大阪市の大国町だいこくちょうに居を構えた。

 大国町駅周辺にはえべっさんの愛称で親しまれている今宮戎いまみやえびす神社や、金運上昇のお守りである種銭たねせんが有名な大国主おおくにぬし神社がある。大阪メトロの御堂筋みどうすじ線と四ツ橋よつばし線が乗り入れており、天王寺てんのうじやなんばに近く、激安スーパーもあって、利便性の高い街である。

 雪哉さんは社会人になってからも同じマンションに住み続けている。荷物が増えたこともあり狭いと感じることもあるものの、貯金をしたいので妥協だきょうしているそうだ。

 季節は初夏、5月の折り返しに入っていた。ますます気温は高くなり、異常気象と言うのか夏日と呼ばれる暑い日になることもあった。今日は例年通りなのか、薄手の長袖で過ごしやすい気候になっている。そこかしこの植え込みにはつつじと入れ替わる様にさつきの花がほころんでいた。

 紗奈は週に2度ほどのお料理部当番をせっせとこなしていた。初めのころは岡薗さんのお手伝いをする様な形だったのだが、1ヶ月あまりが経った最近では、紗奈主体で作れる様になって来た。

 なので今日のお家デートで、紗奈が晩ごはんを作ると申し出たのだ。まだまだリクエストを受け付けることは難しいが、紗奈は雪哉さんが喜んでくれたら嬉しいと、現時点での自信作であるお野菜たっぷりのグラタンを作ったのだった。とは言えひとりでは不安だったので、雪哉さんに付き添ってもらいながらだったのだが。

 これまでお家デートの時のごはんはデリバリーかテイクアウト、外食か、時折雪哉さんがお手製ごはんを振る舞ってくれていた。

 紗奈は前までお料理ができなかったし、雪哉さんのお家なのだから、作るのであれば雪哉さんがするものだろうと思っていたのだが、こうして少しでも作れる様になってみたら、例えそう凝ったもので無くても、作ってあげられたら、それで喜んでもらえたら、と思う様になったのだ。

 近鉄きんてつ本店の地下で何度か買い物をするうちに、いろいろと分かったことがある。岡薗さんに教えてもらったことも多い。

 お野菜は一般的なスーパーと比べてもそう価格が変わらず、特価品はかなりお得だと言うこと。その一方でお肉類や魚、加工品などは特価でもお高めだと言うこと。

 ならお野菜をたっぷり使えば、お安く抑えることができるということに至るのは簡単だった。

 なので紗奈は岡薗さんに相談しながら、お肉類が多く無くても満足できるグラタンが作れる様に練ったのだった。もちろんレシピ本も参考にしながら。

 そうして事務所で作ったグラタンは好評で、紗奈も我ながら巧くできたと自画自賛してしまった。

 今日雪哉さんのために作ったのは、そのグラタンだった。ただ事務所で作ったものより、お肉を多めにしている。その分お野菜を少し減らした。そうした加減も岡薗さんに相談していた。

 大国町駅まで迎えに来てくれた雪哉さんと合流して、スーパーで買い物をした。大阪では激安で有名なスーパー玉出たまでだ。黄色い派手な看板とこれでもかと明るい店内が特徴である。

 陳列には据え付けられている棚の他に、商品が梱包されていた段ボール箱も活用され、店内はいささかごちゃごちゃした印象を受けるのだが、近鉄本店よりお得な商品に紗奈は目を見張った。

 紗奈の地元あびこにもスーパー玉出はある。だが家からは少し離れていることと、日常の買い物は万里子まりこがしているので、紗奈は前を通ったことはあるものの、入ったことは無かった。

 こうして雪哉さんとスーパーで買い物をすることは初めてだった。これまで雪哉さんが作ってくれた時は、前もって買い物をしてくれていたのだ。

 黄色いかごをカートに置き、雪哉さんが押してくれた。紗奈はそれに食材を入れて行く。特売品もあるが、それは意識しないで手元のスマートフォンのメモの通りに選んで行った。

 紗奈にはまだ代替だいがえ品の知恵が無かった。これが安いからあれの代わりにこれにしよう、それができるほどのスキルが備わっていないのだった。

 そうしてできあがったのは、鶏のひき肉と玉ねぎ、アスパラガスにしめじ、トマトとマカロニを使ったグラタンだった。

 ひき肉を使うことでお肉が全体に広がり、どこをすくってもお肉が付いてくることが魅力的だった。これは岡薗さんの提案だった。レシピではひとくち大に切った鶏むね肉を使っていた。

「ほら、紗奈も冷めんうちに食べぇ」

「はい」

 ほかほかと湯気を上げるグラタンにスプーンを差し入れる。すくい上げるとたっぷり載せたチーズがとろりと伸びた。

 やけどをしない様にそっと口に運ぶ。はふ、はふと熱を逃しながらも味わいを追い掛けた。

 ソース代わりにもなっているトマトが持つほのかな酸味と、火を通すことで引き上げられた甘さの中に、しんなりと炒めた玉ねぎの甘味、柔らかく爽やかなアスパラガス。それらを覆うのは絶妙な塩っけを含むチーズ。焦げ目が付いて香ばしい。

 オリーブオイルにバター、白ワインも使い、お塩とこしょうもだが、隠し味にケチャップを使っている。ケチャップにはスパイスが多く使われているそうで、それが深みになるのだ。岡薗さんに教えてもらったことだった。

「良かったぁ。美味しくできた~」

 紗奈が頬を緩ますと、雪哉さんが「な」と微笑む。

「これ、家でも作ったりしたん?」

「いえ、作って無いんですよねぇ」

 紗奈が苦笑すると、雪哉さんは口角をあげたまま少し眉尻を下げた。

「いや、手伝いとせぇへんのかなと思って」

「うーん、ありがたいことに、お母さんが全部やってくれるんですよねぇ。私も平日は仕事ですし、終わったらさすがに疲れて。休日は外やったりもしますしねぇ。もちろん気持ちはあるんですけど。自分でお料理をし始めて、大変なんやなって分かって来ましたし」

 以前は万里子がするのが当たり前の様に思っていたことなのだが、紗奈はお料理部の活動を通じて心境の変化があったのだ。

 だが平日は紗奈が帰って来たらほとんどの家事は終わっているし、休日はそもそも家にいないことが多い。雪哉さんとのデートもだし、友人との約束だって入るのだ。

「まぁ……そりゃそうか」

 雪哉さんはそれ以上は言わず、一緒に作ったベーコンとレタスのコンソメスープをずずっと飲んだ。

 お鍋に沸かしたお湯にコンソメキューブを溶かし、ベーコンとレタスをさっと煮て手軽に作ったものだ。オリーブオイルとお塩とこしょうで味を整えている。これもレシピ本にあったものだ。

 シンプルではあるものの口の中をさっぱりとさせてくれる。サラダとどちらにしようかと迷ったのだが、お野菜は火を通した方がたっぷり摂れるという岡薗さんのアドバイスに従ったのだ。

「うん。これも美味しくできてるなぁ。ベーコンの旨味が出とる」

「ありがとうございます」

 紗奈も口に含むと、ベーコンの燻製くんせいされた香りがふわりと口に広がった。お塩とこしょうの割り合いは少なめなのか、コンソメの味わいが優しい。レタスはレシピの通りにどっさり入れたのだが、柔らかく煮込まれてそのかさを減らしていた。なるほど、これならたくさん食べられる。

 雪哉さんも喜んでくれた様で良かったと、紗奈は微笑ましくなる。事務所で岡薗さんと牧田まきたさんに美味しいと言ってもらえるのももちろん嬉しい。だがやはり恋人の雪哉さんの言葉は別格だ。ついにまにまと口元を綻ばせてしまう。

 結婚はまだ考えられないが、つい「ええお嫁さんになれるかな」なんて思ってしまう。まだまだ仕事を続けたいが、旦那さまや子どもに美味しい食事を振る舞う未来があるのかも知れない。そのころには目分量で味付けができる様になっているだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡立夏
キャラ文芸
【完結】 後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

丘の上の王様とお妃様

よしき
恋愛
木崎珠子(35才)は、大学を卒業後、帝国財閥の子会社に勤めていた、ごくごく平凡なOLだった。しかし、同じ職場の彼に二股をかけられ、職場にも居づらくなり、あげくに両親が交通事故でいっぺんに他界。結局会社を退職し、両親がやっていた喫茶店「坂の上」を引き継ごうと、地元へ帰ってくる。喫茶店の仕事は、会社務めに比べると、珠子にはなんとなくあっているようで...ご近所さんを相手にユルくやっていた。そんな珠子が地元へ戻ってから半年ほどして、喫茶店「坂の上」の隣にある、通称「お化け屋敷」と呼ばれる大豪邸に、帝国財閥の偉い人が越してくると話題になる。珠子は、「別の世界の人間」だからと、あまり意識をしていなかったのだか... 「お化け屋敷」の噂からひと月後。いつもは見ない紳士が、喫茶「坂の上」によってきて。そこから始まる現代シンデレラ物語

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

処理中です...