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2章 未来のふたり(仮)

第2話 ふたり、仲睦まじく

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岡薗おかぞのさん、グラタンとスープのアドバイスありがとうございました」

「彼氏くん、喜んでくれたか?」

「はい!」

「それは良かった」

 週明け、出勤した紗奈さなはさっそく岡薗さんにお礼を言った。紗奈に恋人がいることはすでに事務所内の全員が知っていた。わざわざ言う必要は無かったが隠すことでも無かったし、お昼ごはん中の世間話のひとつとして、話題に挙げていたのだ。

 もちろん愚痴ぐちなどでは無いし、惚気のろけにならない様にも注意している。紗奈も学生時代には友人の恋バナにお付き合いしたものだが、人の惚気はそうおもしろいものでは無い。悪いことでは無いのだが、聞いている方は「あ~はいはい」と、微笑ましいながらも生ぬるい気持ちになるのだ。

 入社しておよそ1ヶ月半、紗奈はすっかりと事務所に打ち解けていた。仕事に関してはまだあまり進んでいないが、楽クラのお仕事には大分慣れて来た。所長さんからもそろそろ畑中はたなかさんか岡薗さんに付いて、クライアントに直接ヒアリングをしようかと言われている。

 仕事も恋愛も順調だと、紗奈は意気揚々の面持ちでiMacを立ち上げた。



 紗奈と雪哉ゆきやさんは週に1度、週末にデートを重ねている。土曜日か日曜日かはそれぞれの予定によるが、ほぼ会えていない週は無いと思う。

 まれに雪哉さんのご両親がご実家から1泊で遊びに来ることがあって、その時はさすがにご両親を優先してもらっている。だがそんなことは年に1度あるか無いか。大型連休になれば雪哉さんが実家に帰るので、親子の関係は良好なのだろう。

 その週末は映画を観に行くことにしていた。前評判が高いハリウッドのアクション映画が世界同時上映とのことで、日本でも興行が始まったのだ。

 封切りすぐは混み合い、特に有名な作品であるほど座席が取りにくい。なので紗奈たちは1週間ほど日を置いて、少し落ち着いたころに観に行く様にしている。

 雪哉さんが好むのはメジャーなものばかりだった。ジャンルはアクションやSF、ホラーなど様々。要はメジャーであるなら良いと言うのだ。と言うものの無節操と言うわけでは無いらしい。CMや公式サイトを見て、雪哉さんの琴線きんせんに触れるものを厳選している。

 映画の中にはいわゆるB級映画と呼ばれるマイナーなものも数多くある。小さな映画館でひっそりと上映されていることが多いが、そういったものには興味が無いらしい。

「俺は多分ミーハーやねん」

 だから大作映画ばかりを好むのだろうと雪哉さんは言っていた。世界的にも著名ちょめいな監督がメガホンを取り、有名な俳優が演じ、予算がたっぷりと掛けられた派手な映画。

 紗奈自身は映画にさほど興味があるわけでは無いが、こういう映画だから雪哉さんの趣味にお付き合いができているのだと思う。

 ただ雪哉さんは恋愛映画だけは観なかった。ラブシーンが照れ臭いからだと言うのだ。その気持ちは分からないでも無かったが、紗奈だって女の子なのだ、たまには華やかな恋愛映画も観てみたい。だがそれを雪哉さんに訴えるほど望んでいるわけでは無かった。恋愛ものは少女漫画で充分だ。清花さやかが好きで、部屋に大量のコミックスがあるのである。

 チケットは前もって雪哉さんがオンラインで買っていてくれた。映画館に着いたら発券するだけだ。その時に紗奈の分のチケット代を雪哉さんに支払う。

 前回の映画鑑賞は3月で、紗奈は学生割引で観ることができた。だが社会人となった今、一般料金だ。

 だが今回選んだ映画館、天王寺のあべのアポロシネマには会員料金が設定されている。雪哉さんが会員なので割り引きがあるのだ。同伴ふたりまで対象なので、紗奈もその恩恵を受けることができた。前売券より安価なのも魅力である。

 上映時間は14時半ごろ。まだ若いふたりの小腹が空き始める時間帯でもあった。

「ポップコーンでも買うか」

「そうですね」

 ふたりで食べるために、ポップコーン塩味のドリンクセットと単品ドリンクを買う。紗奈はジンジャーエール、雪哉さんはペプシコーラを選び、いざ、と客席に向かった。



 その約2時間後、紗奈と雪哉さんはあべのアポロビルに隣接するあべのルシアスの地階にある居酒屋で、向かい合わせに腰を降ろして乾杯していた。紗奈は酎ハイカルピス、雪哉さんは生ビールだった。

 あべのアポロとルシアスには多くの飲食店、居酒屋が入っており、ほぼ全てのお店でお昼からお酒を飲むことができるのだ。まだ明るい時間帯なのに、居心地の良い店内はお客の活気で溢れていた。

 もうすぐ17時になるが、夕飯にはまだ少し早い時間だろうか。だが新陳代謝しんちんたいしゃの良い若人わこうどであるふたりは、とうにポッポコーンなど消化しきっていた。

「迫力やったなぁ。最後派手やったぁ~」

「ですよね! 最後の方でビル爆破とか、どう落ち付けるんかと思いましたよ」

「でもまさかそのビルの会社が黒幕とか、最後の最後にどんでん返しやったもんなぁ」

「びっくりしましたよねぇ!」

 紗奈と雪哉さんはそれぞれグラスとジョッキを握り締めながら、熱く語り合う。ふたりはこれでもかと起こったアクシデントとアクションシーンにすっかり興奮していた。

 雪哉さんは横の椅子に置いたトートバッグから、買ったばかりのパンフレットを取り出す。雪哉さんは映画がお気に召すとパンフレットを買う。記念と言う名の戦利品なのである。それを無造作にぱらぱらと開く。

「俺はまた帰ったらゆっくり読むとして、紗奈も見るか?」

「少し良いですか?」

「うん」

 雪哉さんが渡してくれたパンフレットをめくり、紗奈は最後の方のページに載っているクレジットを見る。そこにはやはりそうそうたる面々の俳優の名前が並んでいた。

 雪哉さんとお付き合いをする前は、海外の俳優なんてよほど有名な、それこそトム・クルーズ氏の様な大物で無ければ知らなかった。今ではほんの少しだが詳しくなった。

「やっぱりキャストも凄いですねぇ。さすがハリウッド」

 紗奈が嘆息たんそくすると、雪哉さんはなぜか得意げに「まぁな」と胸を反らす。

「1本の映画に大物がぞろぞろ出るから、見応えもあるやんな。邦画ほうがでもそうやけど」

 雪哉さんは邦画やアニメでも、評判が高くて自分の好みなら観賞するのだ。やはり恋愛ものは観ないのだが。

「でも雪哉さん、恋愛もの避けてる割に、ハリウッド映画って最後主人公とヒロインがくっついて、抱き付いてキスシーンで終わるの多いですよね」

 紗奈が言うと、雪哉さんは何かを諦めた様に表情を無くす。

「……あれぐらいやったら大丈夫や」

 だがそのハッピーエンドも、ハリウッド映画のお約束と言えるだろう。紗奈はいつも「それな」と思いながら観ているのだが。

「次は何がええかなぁ。また調べとくから付き合うてくれるか?」

「もちろんです。楽しみにしてますね。私、ミステリーとか見てみたいです」

「ええのんあったらええけどなぁ」

 雪哉さんは紗奈が「ありがとうございました」と返したパンフレットを大事そうにトートバッグにしまう。

 そこからふたりは映画の感想も含め、他愛の無い話で和やかな時間を過ごした。
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