僕と死神の癒しご飯と最後の手紙

山いい奈

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3章 癒しの母の味

第4話 穏やかな時間

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 土曜日になり、昼前に両手いっぱいの荷物を抱えた父と母が、真守まもるのマンションにやって来た。

 夏日も増え始め、両親の額には薄っすらと汗が浮かんでいる。

 エアコンが効いた部屋に入った途端「あら~気持ち良いわねぇ」なんて声が上がる。

 ここに来る時にはいつも駅前まで迎えに行くことを申し出るのだが、母が「お父さんとあちこち見て回りたいから」と言って辞退されてしまうのだ。

 デート感覚なのだろうか。いつまでも仲が良いのは息子にとっても嬉しいことだ。

「まずはお昼ご飯にしましょうね。今日はお野菜たっぷり入れて焼きうどんにしようと思って。嫌いじゃ無いわよね?」

「好きだよ。削り節たっぷりだと嬉しいな」

「はいはい。すぐに作るから待っててね~」

 母は言うと座る間も無く、膨らんだ大きなエコバッグから食材を出して行く。

 いつもこうして買い物をして来てくれるのだ。真守もいつも使っている駅近くのスーパーだろう。普段とは違う店での買い物も、母にとっては楽しい様だ。

「忙しないなぁ。少しは休んだら?」

 真守が軽く呆れた様に言うと、母は「何言ってるのよ」と返して来る。

「ゆっくりしちゃったら時間無くなっちゃうでしょ。ご飯のあとは作り置きのお惣菜たくさん作りますからね」

 母はてきぱきと動く。すぐに使わないものを冷蔵庫に放り込み、勝手知ったると言う様子で包丁とまな板を出した。父はダイニングのテーブルでそんな母をにこにこと眺める。

「まぁまぁ真守、母さん久しぶりにお前に会えて張り切ってるんだよ。いつもちゃんと食べているか心配してるんだぞ」

 真守はパソコンデスクの椅子を出して来てそれに掛けた。

「母さんほどじゃ無いけど、それなりに作って食べてるよ。包丁もすっかり慣れたものだよ」

「へぇ、私なんかよりもよっぽどできるんだな。凄いなぁ」

 父は感心した様に言って微笑んだ。

 拓真が来てから、冷凍庫から便利な冷凍野菜は姿を消した。どうせなら新鮮な野菜を食べて欲しいと、平日でも生の野菜を使う様になった。お肉にも下味を付ける様になった。

 手間ではあるのだが、拓真が「美味しい美味しい」と食べてくれると、少し手を掛けるぐらいなんとも無かった。母もそんな思いで料理をしてくれているのだろうか。

 真守がダイニングの片隅かたすみを見ると、そこには拓真たくまがふわりと浮いている。

 久しぶりに見る父と母の姿に感極まっているのか、目を震わせ頬を紅潮こうちょうさせていた。拓真にとって両親との再会はおよそ3年振りなのだ。

 そうなると、両親と拓真を会わせてあげられないことが、とてももどかしい。きっと互いに大喜びするだろうに。

「ああ真守、トマリさんのケーキも買って来たからあとで食べよう。焼き菓子の詰め合わせもあるから、おやつにすると良い」

「ありがとう。ありがたいけど、いつもこんなたくさん持って来てくれなくて良いんだよ」

「こういう時、親はなんでも持って行きたいものなんだよ。特に私たちは拓真の分まで真守にしてあげたいんだ。だからまだまだ足りないぐらいだ。ここは子どもらしく受け取っておきなさい」

 父はそう鷹揚おうように言うと笑みをこぼす。

 父は最近良くしゃべる様になった。母とふたり暮らしになって、母の話し相手が主に父になったからだろうか。

 確かに以前は真守がいて、生きていたころには拓真もいたのだから、父がそう口を開く必要は無かったのかも知れない。

「ありがとう」

 真守は素直に礼を言う。父は満足げに頷いた。



 約3年振りに会えた両親の顔には笑顔が浮かんでいて、拓真はほんのわずかな寂しさを感じつつも、心の底から安堵あんどしていた。

 真守の様子からして、今でも悲嘆ひたんに暮れているとは思わなかったが、拓真が生きていたころとそう変わらない生活を送っている様に見えた。

 拓真は死んだ時に迎えに来た死神がせっかちで、問答無用で連れて行かれてしまったので、最後に両親にも真守にも会うことができなかった。

 なので真守たちがどうしているのか、ずっと気になっていたのだ。

 三途さんずの川を渡り、閻魔えんまさまの裁判を待つ35日。死神はその間に霊的素養のある死者の中からスカウトされる。拓真もそうして死神になった。

 修行をして独り立ちし、拓真は一も二もなく真守の元に向かった。

 拓真に備わっていた霊的素養。双子だと片割れにもあるのだと言う。だがそんな話を真守から聞いたことは無かったので、拓真は不安を抱えつつ真守の元に行ったのだが。

 念願は叶った。真守は見事拓真の姿を見ることができたのだ。

 聞くとやはり金縛りにはしょっちゅうっていた。だが幽霊を見たことは無いと言う。霊感にも五感があるそうで、真守はあまり目が良く無いのだろうと思った。

 3年振りに会った真守は、拓真が覚えている快活な真守だった。

 父も母も真守も、きっと拓真がってしまった時には悲しんでくれたのだろう。両親の愛情は確かに感じていたし、真守とも特別仲が良かったわけでは無かったが、一緒の空間にいれば話もした。

 真守も拓真もテレビが好きだったので、バラエティなど見ながら笑い合ったりもした。

 真守は拓真に会えたことに、驚きつつも歓迎してくれた。「お帰り」と迎えてくれたことは本当に嬉しかった。叶うなら真守が天寿てんじゅを全うするその時までそばにいたいと思う。

 真守は拓真が逝去せいきょしたあたりのことは語りたがらなかったし、拓真も聞かなかった。話したく無いということは、それはきっと苦く辛い思い出なのだ。

 だが今、にこにこと真守と話す父、うきうきとキッチンに立つ母がいる。

 キッチンからはじゅうじゅうと言う音とともに、醤油がほのかに焦げる香ばしい香りが漂い、拓真の鼻にも届く。

 ああ、旨そうな匂いだ。母の焼きうどんの味を思い出す。素材の甘みも感じるが、お醤油の香ばしさとたっぷり削り節の旨味。

 栄養がかたよらない様に、豚肉とお野菜がたっぷりと使われた焼きうどん。食べたいなぁ。拓真はつい喉を鳴らす。なんと言う飯テロだ。

「はーい、できたわよ」

 母の声が上がると真守が立ち上がる。柄の違う3枚のお皿に盛られた焼きうどんを、真守と母のふたりで運ぶ。飲み物はポットで作る水出し麦茶。これは実家からの習慣だ。

 さて、運ばれた焼きうどんは本当に美味しそうだった。

 芳しいお醤油に淡く染まったうどん、程よくしんなりと炒め上がった玉ねぎときゃべつ、しっとりとした青ねぎに脂が甘い豚ばら肉。それらの上でたっぷりの削り節が湯気と一緒に踊っていた。

「いただきます!」

 真守たちはさっそくおはしを動かす。つるつるしゃくしゃくと小気味好い音を立てながら、焼きうどんがするすると口に運ばれて行く。

「母さん、すっごく美味しい」

「そう? 良かったわ」

「これ味付け、醤油と何?」

 真守が訊くと、母は「あら」と驚いて目を見張る。

「あなたがそんなことを聞くなんて。でもそうよね。自炊してるんだものね。これね、豚肉にお酒とごま油で下味付けて、フライパンに油は引かずに炒めるの。テフロンのフライパンだし豚から脂も出るからね。で、野菜を入れて全体に油が回ったら軽くお塩をしてね。おうどんを入れたら解すためにお酒を入れて、味付けはお醤油と、仕上げにこしょうを振っているのよ。お手軽でしょ?」

「へぇ、なるほどな」

 真守は感心した様にうんうんと頷いた。



 お昼ご飯の洗い物は真守がして、その間に父と母は一休み。キッチンが空いたら母はさっそく作り置き惣菜を作り始めた。

 タッパーに手際よく作られて行くお惣菜の数々。かぼちゃの煮付け、突きこんにゃくのきんぴら、ピーマンとツナの塩昆布炒め、豆もやしのナムル、いかのねぎ塩炒め、牛肉のしぐれ煮、肉団子のトマト煮込み、などなど。

 2口コンロと電子レンジを駆使しながら完成させて行く。

「冷凍できるのもあるからね」

「ありがとう。いつも本当に助かる」

「なかなか来られないからねぇ。来た時ぐらいはね。真守もなかなか帰って来てくれないし。拓真の分までしっかり食べて欲しいのよ」

「帰省はどうしても連休の時とかになるからなぁ。ごめん。ご飯はしっかり食べるからさ」

 真守は困った様に頭を掻いた。



 和気あいあいと過ごす父と母と真守。それを拓真は穏やかに見守る。

 こうして笑い合える様になるまで、きっと色々なことがあったのだろう。

 自意識過剰じいしきかじょうと思われるかも知れないが、きっと拓真の死は家族に大きな影を落とした。だからこの光景を拓真は望んでいた。

 嬉しくなってついにこにこしてしまう。今日は死神の仕事を休んで本当に良かったと思う。

 両親に拓真の姿は見えないが、こうして一緒に過ごせることは幸せだった。
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